文金高島田への道
file.13 決算・結婚は公共事業?
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 終わった。私達はご祝儀袋の入った両家の袋を持って、ひとまず家に帰った。

 帰宅してすぐにしたのは、ご祝儀の計算だった。なんだかなあと思うが、お金のことは大雑把にはできない。それぞれ誰がいくら出したか、合計はいくらか、計算していたら、もう6時。詳しい決算はこちらにある。結婚式場の支払いはご祝儀で足りた。都会では前払いだということだが、田舎では式披露宴の後に支払うので、本当に助かった。

 その後、いったん式場に戻り、私達はE氏の叔母さん達と食事をした。花嫁の一族は翌日仕事のある妹を除いて、予約していた居酒屋で大宴会。E氏の父上はすっかり酔っ払っており、母上ともどもホテルで休んでしまった。

 翌日はE氏の両親を実家に送った。E氏が両親の車を運転し、E氏の車に両親を乗せて私が運転した。E氏の両親はいつになく神妙だった。私の運転がこわかったのかもしれない。帰宅した後、結婚式場の支払いを済ませた。後で式場から食事券をもらった。

 新婚旅行は6月に行くということにしていたので、次の日仕事を休んだだけで、火曜日にはE氏は仕事に行った。私は支払いやらあれこれで大忙しだった。支払いでご祝儀は消えた。引き出物の支払いをすると、記念品をもらった。式のアルバムは5月の連休前に出来上がり、請求書の額に私らは仰天した。アルバムの出来はさすがプロといえる出来だったのだが。

 さて、新婚旅行はE氏の仕事の都合で5月になった。おかげで結婚式の翌々日から新婚旅行の手配をするはめになってしまった。目的地と交通手段は決めていたが、細かいルートは全部私が決めた。旅行ガイドを買い、旅行社に行き、ネットで情報を集め、チケットを購入し、というので式後は大忙しだった。気が付くと、4月は終わり。新婚旅行は目の前だった。

 家計簿をつけているので、振り返ってみると、大金がこの数ヶ月間に動いたことがよくわかった。こんな大金二度と入ったり出たりすることはないだろう。この結婚で潤ったのは式場、印刷屋、引き出物の店、宝石店、美容院、写真屋、寿司屋、旅行会社、郵便局等・・・。なんだか公共事業をやったような気分である。そうそう、リクルートもだ。ゼクシイを何冊か買った。でもあの中に載ってる式場、美容院、写真屋、引き出物の店、一つも使っていない。ドレスの形や色々なアンケートは参考になったけれど。大体、考えて欲しい。雑誌に載せてるということは広告代を出しているということ。つまり、式や披露宴のコストが広告代の分だけ増えるのだ。ブライダル雑誌に広告を出しているところは高くつくということは念頭に置いてたほうがいいかもしれない。

 ところで、赤字の分(約50万)はどうしたかというと、お互いの貯金から等分に出した。冬のボーナスをあまり使わなかったので、それがそのまま、結婚費用に回ったわけである。しかし、そのお金も実は、後で補完できちゃったりしてるから、本当に世の中うまくできてる。詳しくは番外編で。

 結局、ほとんど二人の資金で何とかなった結婚だった。新郎の両親は年金と新郎の仕送りでやっているから、そちらからの援助はなかったし、最初から計算に入れていなかった。新婦側からは、婚礼布団セットと新婦の喪服一式(田舎のしきたりというやつです)、祝儀(福沢諭吉10人分)という程度。でも、親戚の接待をしてくれたのだから、その負担を考えると記録されない新婦側の出費というのは結構あるかもしれない。婚礼家具は買わなかったが、家を建てる時(後述)にいろいろ買い揃える予定である。

 ちらっと思ったのだが、結婚披露宴をやったカップルや、子どもを結婚させた世帯に減税措置を行なったら、結婚式・披露宴で世間にお金がもっと行き渡るのではないだろうか。それに、少子化の歯止めにもなるかも。でも、結婚式のご祝儀を申告したり、領収書をとっておかなくてはいけないから、無理かなあ。そうなったら、今度は葬式もということになるかもしれない。でも葬式は本人の身内がちゃんとしてくれればいいけど、そうじゃない場合もあるし・・・。やっぱり無理か・・・。

 最後になったが、お世話になった式場、美容院、写真屋、引出物屋他業者の皆さんにお礼を言いたい。そして、それぞれの両親や親戚・出席者の皆さん、お祝いをくださった方々に感謝したい。私を選んでくれたE氏にも。そして、きっかけを作ってくれたO社の皆さんとそこで出会った方々にも。
 ありがとうございました

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