益荒男日記2002

2002年1月29日 本屋にて

 買い物のついでに、本屋を覗くことがある。最近気付くのは、ブライダル雑誌とマタニティ・育児雑誌の多さである。以前から多くなったと思っていたが、最近は本棚の一角を占めるまでになっている。
 ブライダル雑誌は大手だけでなく、地元のタウン誌の発行会社も出しているし、先日は地元の新聞が無料でブライダル情報紙を新聞にはさんで各家庭に配布した。4月には希望する家庭にブライダルブックを無料で届けるというのだから、力の入れようが知れよう。それだけ広告の集まる媒体なのだろう。
 マタニティ・育児雑誌も子どもが減っているにもかかわらず、何種類も並んでいる。
 結婚できない、しない人が増え、子どもが減っているのに、雑誌だけは増えている。妙な話である。恐らくは、宣伝媒体として企業が利用しているのだろう。結婚する人が減り、子どもが減った社会で、企業は宣伝して生き残りたいし、供給する出版社・発行元も不況でなかなか広告がとれないのだから、その挙句の雑誌の氾濫なのかもしれない。
 さらに、本を買う側の結婚・妊娠・育児についての知識・知恵の不足もある。知恵を持つ老人がおらず、年の離れた弟妹のいない家庭では、いざという時どうすればいいのかわからないのだから。
 結局、買う側(消費者)、売る側(企業)、媒介者(出版社)の思惑が一致したのだろう。
 ちなみに、私はブライダル雑誌は買ったが、あれで提唱しているオリジナルウエディングはほとんどやらなかった。面白いかもしれないが、はっきり言って疲れる。若い時ならしたかもしれないが。ふと思ったのだが、これから先30代以上の結婚が増えたら、オリジナルを提唱するよりも、なんでもそろったパックや質素な披露宴を紹介するほうが受けるような気がする。
                                        
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2002年1月28日 2001年の実績って

 たまにO社のサイトを覗くことがある。最近、?と思っていることがある。それは何かと言うと、いつまでも2000年の入会者数と2001年1月1日の会員数が出ているということである。1年以上前のデータって意味がないのではなかろうか。他の会社もデータ更新の頻度は似たようなものだが、人数を自負している会社が最新の情報を掲載しないのはどうも解せない。
 私が入会したのは2000年の初め頃で、その時もらったパンフレットには前年の99年の6月のデータが出ていた。約半年前のデータである。それから考えると、当然、2001年6月時点の会員数ぐらい集計できていて当然だと思うのだが。
 何か掲載すると不都合なことでもあるのだろうか。適齢期の年齢が少子化で減っているのだから入会者が減って当然だし、会員数が多いということは、入っても結婚できない人が多いということの裏返しなのだから、減ったほうがいいとも考えられるのだが。まさか結婚しないまま退会した人が増えて会員数が減ったってことなんだろうか。
 ともあれ早く発表したほうが、変な勘繰りを招かなくていいと思うのだが。
                                        
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2002年1月25日 納得できないなあ―していいのか、こんなこと―

 結婚してすぐに、知り合い二人が家に訪ねてきたことがあった。二人とも既婚者で、子どももいる。会話の中で、お色直しの振袖が気に入らなかったので、もう一回結婚式ができたらいいのに、と真顔で話すのには驚いた。二回することじゃあないと思う。大体、結婚式でも「重ね重ね」だとか「また」とか繰り返す言葉は忌み言葉として使わないのが常識だ。その時は笑っていたものの、ちょっと先日笑えないものを見てしまった。
 某局の夕方のニュースの中で暮らしの知恵を紹介するコーナーがあって、私も家事の傍ら見ることが多い。節約主婦ということで、面白そうだと見ていたのだが、途中から私の頭は?マークでいっぱいになった。懸賞でいろいろなものを手に入れるのはいい。私もよく応募する。たいがいははずれるが、たまには図書券くらいは当たる。そういう時はありがたく使わせてもらう。
 だが、彼女の当てたものは、結婚式、それも二回……。勿論同じ相手とだ。
 当たったからやったと笑う彼女。彼女はそれでいいだろうけど、なんだかこれは違うと思った。一回目の当たりはいい。お金のない若いカップルには素晴らしい贈り物だったことだろう。でも、二回目は、私だったらできない。辞退する。他の人に譲る。結婚式はどんな結婚式であれ、同じ相手とは一回だけのものだ。一回だけだから素晴らしいのだ。人生が一回しかないからこそ素晴らしいのだということと同じ理由で。
 私が親だったら、決して自分の子ども(生まれればの話だが)には同じことはさせようとは思わないだろう。こんなこと書く私は古い人間かもしれない。しかし、人生には常識的に考えて、犯罪ではないけれど、してはいけないことというのはあるのだ。
 彼女の生活の知恵は素晴らしいけれど、その一点のせいで、彼女の若さと美しさの魅力が半減したような気がした。
 でも、テレビ見た人の中には二回も式ができていいなあと思った人もいるんだろうなあ。
 ちなみに帰宅したE氏にその話をしたら一言。「なに、それえ?!」
 私らはやっぱり古い人間同士なのかもしれない。
                                        
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2002年1月23日 特別送達

 特別送達がやってきた。12日のところに書いた件で裁判所から口頭弁論呼出状とかいうのが送ってきたのである。2月に入ってからだから、最初の特別送達から約一ヵ月後にやっと口頭弁論ということになる。日本の裁判の長さはよく論議されることだが、民事の軽微なものは、もっと速くできないものだろうか。量刑が重く慎重に審議しなければならないものならともかく、借金の督促なのだ。間違いのないようにということかもしれないけれど、速く済んだほうが原告も被告も楽なのだが。それに口頭弁論と言っても、こっちは「借りてません」という一言だけ言って終わりだ。そして約一ヵ月後にまた向こうから代理人が来て、一言二言言って終わり。去年なんか、二回目の時は原告の消費者金融の代理人が来なかったので、それで取り下げと見なされ、裁判は終わってしまった。一体何だったんだとE氏ともども肩透かしをくらってしまった。
 ともあれ、闘いの第一ラウンド開始である。
                                        
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2002年1月21日 なんかひずんでる

 久しぶりの更新である。
 先日、県庁所在地の都市に買い物に行った。ついでに、興味のあった証券会社の投資セミナーなるものに行ってみた。投資なんて大げさなことが出来る資金はないが、景気の先行きは知りたいし、証券会社の本社の部長なんて見たことがないので、好奇心もあり、某ホテルのホールへ向かった。
 立て札を見つけ、エスカレーターに向かい、びっくりした。じいさまの集団がエスカレーターで会場のホールへ向かって行くのだ。何かの間違いかと思った。まるでインチキ商法の被害者の会のように、年寄りが集まっているのだ。会場に入ってもそう。次から次へとじいさま達と少数のばあさま、若い男が入って来る。会場はほとんど遅刻もなく、定時にはほぼ会場は満杯になった。田舎では平気で時間に遅れて来る年寄りがいるのが常なのだが。
 話自体は特に変わったものでもなかった。標準語の部長の話は、立て板に水ですらすらと耳に入る。(早口なので、ちょっとぼけっとしていると、聞き流してしまいそうだけど)受け付けの事務員もさすが東京に本社のある会社だけあって、田舎の商店の事務とは大違いで気が利く。
 それにしても、田舎で投資をしている人なんているのかと思ったけれど、こんなにいるとは。しかも、年寄りばかり。平日の昼間だから、働いている成人男子は来ることができないとはいえ、老人が多過ぎ。
 彼らの風体はごく普通(着ているものは品が悪くない)の田舎の老人だが、時間に正確で、人の話を大人しく聞いていられるところから類推すると、会社勤めや公務員をしていたのではあるまいか。恐らく退職金を投資して、そこから少々こづかいを得ているのかもしれない。あまり生活に窮した感じの人はいない。
 彼らはお金をがっちり貯めこんでいるのだろう。自分の子や孫に残すためか。それとも老後のため?
 こんなところにも不景気の要因があるような気がする。お金を使わずに貯めこんでいるのだから。
 ふとE氏の両親のことを思った。残せるのは、わずかな宅地と家だけ。少ない年金とE氏の仕送りと畑で作った野菜だけで暮らしている。二人は全然お金の心配はしていない。心配するのは、私とE氏の家が無事に出来ることと健康のこと。
 小金を持っている老人達とどっちが幸せかなんて比較の仕様がないけれど、二人がセミナーに出るような老人でなくて正直、私はほっとしている。
                                        
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2002年1月12日 闘いのゴング

 E氏には結婚当初貯金らしい貯金がなかった。給与はこの地方の勤め人ではわりといいほうだし、生活も質素で、お金が貯まらないような生活ではない。本人も昔は小金を結構貯めていたと言う。では、なぜに貯金がないのかというと、例の親戚のせいである。まず、この親戚(仮にHとしておこう)はE氏がけがで入院中にE氏に金を借りたが、ほとんど返していないのだ。その後も、E氏は自分の保険から金を借りてまで、Hに金を貸したが、ほとんど返ってこない。これでE氏の貯蓄はほとんどなくなってしまった。さらにHはE氏と年が近く背格好も似ているため、E氏の保険証を騙して借りて(これがE氏の最大の落ち度かもしれない)、複数の金融会社から金を借りたのである。無論、Hはこれも金融会社にろくに返済していない。
 で、E氏のもとに、金融会社から返済督促の葉書が届くわけである。最初は私もびっくりして、まさかと思ったが、E氏の地味な生活(服装・外食・趣味など)を見るにつけ、E氏の借金ではないと確信した。なにしろ、E氏は月に30000円ほどのこづかいをガソリン代とちょっとした工具を買うぐらいにしか使わない。こづかいが少ないからと言って、パチンコや賭け事をすることもない。どう見ても、E氏は借金体質の人間ではない。E氏の話からしても、どう考えても、悪いのはHである。
 さて、ついに昨日は裁判所から特別送達がきた。金融会社が返済督促の訴えを出したのだ。実はこれは二度目。昨年、新婚旅行前に特別送達が来たのだ。裁判所に異議申し立てをして、私の入院中に、E氏は二回ほど裁判所に行って「私は借りてません。」と申し立て、結局、相手の会社(今回とは別)が取り下げたのだ。それ以前にもE氏は裁判をしたことがあるので、今回も似たような展開になりそうである。
 それにしても、E氏をどこまで苦しめるのか、Hよ。まだ保険から借りた分は返してないのだ。E氏はHが返してくれることを期待しているらしい。保険の分は、死亡保険金から最終的に差し引かれるとはいえ、利息が高いのだ。私が勝手に返済するわけにもいかないし、その金もない。Hは私らの結婚の祝い金もくれないし(H自身は2回結婚しているので、E氏から2回もお祝いをもらっている)、自分の実家にも帰省できないくらいだから、E氏に返済するのは不可能かもしれないが、せめて何か一言ないものだろうか。自分の親戚に対して「結婚おめでとう」の一言もなければ、年賀状もないのだ。
 というわけで、今年の幕開けは裁判になりそうである。
                                        
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2002年1月7日 同窓会

 先日久しぶりに高校の学年同窓会に行った。卒業して20年近くだが、恩師も出席し、当時は聞けなかった話など伺い、有意義な時間を過ごした。
 さて、そこで感じたことをいくつか挙げておきたい。
 1 学校の先生は若い
 恩師はそろそろ定年あるいは定年を迎えたといった年代なのだが、どう見ても同年代の方達に比べて若く見える。同じことは、同級生にも言える。学校の先生になった人達は同年代より若く見える。
 2 極端な子どもの数
 既婚女性の同級生と話していると、子どものことが話題になる。まったくいない人もいるのだが、いる人はたいてい3人はいる。4人の子持ちもいた。少子化と言われているけれど、子どものいない人が昔より増えただけではなかろうか。3人兄弟、4人兄弟もまだまだいるのだ。
 3 個体差の大きい男性
 個体差なんて生物みたいだけど、つくづくそうとしか思えないのだ。まず目立つのは頭髪の有無。かなり薄くなり、名前を聞いても結びつかない人も結構いた。でも、これは仕方のないことだ。老化は遅かれ早かれみんなにやってくる。
 そして、服装。先生方は背広を着ているし、女性は礼装とまではいかないけれど、きちんとした服装をしている。だが、男性の服装は、バラバラだった。勿論、背広姿は半分以上いる。しかし残りがすごかった。ジーンズはおろか、ジャージーまでいた。圧巻は、映画界にいる某男性。髪を染めているのは都会では普通だろうから仕方あるまい。しかし、遠目に見ても引いてしまった。街で前からやってきたら、目をそらしてしまいそうだ。
 先生達が背広着てるんだから、少しは考えろよと言いたかった。父の同級生でクラス会に鉛管服を着て来た人がいたという話を聞いたことがあるが、それは仕事が忙しくて間に合いそうもなかったからだった。どう考えても、正月三が日に仕事をしてた恰好じゃないぞ、みんな。
 ふと、某サイトで見合いの席に男性が無頓着な服装で来たなどという話があったことを思い出した。そういえば、妙な恰好の男性、結婚してないのが多いような。普通の恰好している男性はほとんど妻帯者だ。
 同窓会も社会の縮図かもしれない。
 4 出席できる幸せ
 同窓会では簡単な名簿も配布された。それでつい目がいくのは、女性の姓だ。(女ってこれだからなあ)数年前に同窓会名簿を買って以来、変化がないかというとそうでもない。結婚した人もいるし、旧姓に戻っている人もいる。しかし、ふと思うのは、出席できる女性は幸福な女性なのだということだ。どんな境遇にあれ、故郷の高校の同窓会に出席できるなんて幸福なことだと思う。誇りある仕事に就いて頑張っていると胸を張れる独身者。妻が留守にしても困らない家族、嫉妬深くない夫がいる既婚者。不幸にして結婚生活は破綻したけれど、新たな道を選んだ人。みんな出席できるだけの経済力(大した会費じゃないけれど)と心のゆとりがあるのだから。
 勿論、なんらかの理由で来られなかった人達が不幸だというわけでもない。人の置かれた状況は様々だから。でも、出席できた幸運を感謝するのは悪いことではないと思う。

 と簡単にまとめたけれど、3で書いたことについては、またいずれもう少しまとめて書いておきたいと思う。
                                        
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2002年1月4日 謹賀新年

 ついに2002年がやってきた。年末から年始にかけて、それぞれの実家に行ったのだが、特に大事件も起きなかった(普通ないか)。とりあえず、平穏な新年の始まりだった。
 ここで今年の目標をあげたい。

1 新居への引越しを平穏無事に成功させる。
2 E氏の実家のバリアフリー化計画を開始する。
3 E氏の健康状態を良好に保つ。
4 1日1400キロカロリー摂取でダイエットを成功させる。(5キロ減)
5 100万円貯蓄し、来年ローンの繰り上げ返済ができるようにする。
6 できたら、子どもが欲しい。

 太字で書いたことは、努力次第でできることなのだが、6に関しては偶然も作用するので、できたらラッキーというところだろう。
 さてさて12月にはどのような報告ができることやら。
                                        
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