益荒男日記2002

2002年3月31日 続 怒りを通り越して

 さて、先日の続き。
 今日見たら、復活したAサイトの概要、原文イメージが消えてしまった。パスワード式の場所に移ったらしい。
 勿論、どこにも事情の説明はない。一体、管理人は何を考えているのやら。何をしたいのだろうか。何を恐れているのだろうか。説明も何もないおかげで、いろいろと想像をたくましくできるという楽しみを私たちに提供してくださってるんでしょうかねえ。
 いい加減、頭にくるので、そのサイトにリンクを張っておく。興味のある方はご一読を。トップページから間違い探しを楽しめる。
 
結婚に向けての男女の出会い
 なお、最初文字化けするかもしれないが、エンコードすれば見えるようになるので大丈夫。
 普通だったら、私もここまで意地悪な気持ちにはならないのだが、今回だけは許せないので。
            
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2002年3月28日 怒りを通り越してあきれたぜ

 先日、いつもROMしているサイトを見て仰天した。掲示板を閉鎖するらしい。前々から、妙な人が掲示板に書き込んでたり、匿名で他のサイトの掲示板で管理人をずいぶんと悪く書いている人がいたのを知ってはいたが、閉鎖まですることになったとは。匿名の人物と思われる人物の管理するサイトは実は以前の日記で誤字脱字のひどさにあきれたサイトである。どちらも結婚情報サービス関連のサイトで、私は会員時代から見ていたのだが、サイトの毛色は多少違うが、共存していてもいいんじゃないかと思っていた。
 だが、今回の件の数日前から誤字脱字サイトを見ていて、意見を変えた。
 なぜなら、そこのサイトの更新がいい加減だから。ポリシーがないのだ。
 昨年、結婚情報サービス関連サイトの一つ(仮にAサイト)が、O社からの圧力なのか、閲覧できなくなったことがあった。O社の対応を糾弾するサイトで、少々過激だとは思ったものの、こういうことがあってもおかしくはないだろうと私は思っていたので、もう少し上手にO社も対応すればよかったのに、管理人さんも困っているだろうななどと思っていた。しばらくして、今年に入って、誤字脱字サイトの記事「結婚情報サービス検討」をたまたま見たら、Aサイトの概要がまとめられていた。誤字脱字サイトの管理人さんは、行き場のなくなったAサイトの管理人さんのために、自分のサイトのスペースを提供したのだろう、まあなんだかんだと言われても、いいところがあるじゃあないかと思ったわけだ。O社から削除せよという圧力があったらしいが、それなりの対応も管理人はしているなと思ったのだ。
 ところが数日後、更新記録にもないのに、Aサイトの記事をパスワード式の掲示板に移動させてしまった。Aサイトの概要は見られなくなってしまったのだ。結局、O社の圧力に屈したわけかい、とがっかりした。せめて、その経緯くらいサイトに書いておけばいいのにと思った。でないと、O社に対してもAサイトの管理人さんにも失礼ではなかろうか。O社は圧力をかける不当な会社だと思われるし、Aサイトの管理人さんは簡単に自分の信念を曲げる人だと思われてしまうのではなかろうか。もしかしたら経緯を書くこともO社に禁じられたのだろうか。
 そんなことを思っていると、2、3日後、突如、Aサイトの概要が復活した。原文イメージまで付け加えられて。
 更新記録には何もないし、掲示板にも何にも書いてない。なのに、突然消えたり、現れたり、一体、なんなんだ、こりゃ。大勢の人が見に来るんだから、それなりの説明をする義務が管理者にはあると思うのだが。がっかりした。
 誤字脱字サイトの管理者は、はっきり言ってこういうサイトの運営には向かないと見た。人を納得させる説明ができない、もしくはしようとしない人なのだ。黙っていてもわかってもらえると思ったら大間違いだ。人間関係はたとえ、親子、兄弟の関係でも黙っていたらわかってもらえるはずがない。ましてや、不特定多数の人間が来訪するサイトである。言わなければ絶対理解してもらえないのだ。
 なぜ、誤字脱字が多いのかという理由が十分わかった。正しい表現をしなくても、他人はわかってくれるものだと彼は勘違いしている。わからないのは自分が悪いのではなく、自分を理解できない他人が悪いからだ、と思っているのだろう。かわいそうな人である。
 と、他人のことは人間よく見えるような気がするものだ。私だって、よくないことが起きたら、相手のせいにしてしまうことがある。4月から、パートとはいえ仕事に出るのだから、自戒せねば。無論、それは家庭の中でも同じことだ。
            
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2002年3月26日 静かな生活

 新居はまだちゃんと片付いてはいないが、本当に毎日が嘘のように平穏だ。
 E氏の両親からはとんでもない電話はないし、E氏の親戚Hの音沙汰も聞かない。嵐の前の静けさかもしれないが、今は平和なひとときを味わっている状態だ。
 4月から、パートの予定も入った。こづかい稼ぎくらいにはなりそうだ。家にじっとしているのもよくないし。
 ところで最近知り合いからある漫画家のネット事件を教えてもらい、関連のサイトを見ている。WEB上に日記を発表する危険性をつくづく考えさせられる。私などは有名人じゃないから、安心という面もあるのだが、知っている人が見たら気付くという恐れは十分にある。
 今にして思えば、結婚情報サービスに入っている時は結構危ない橋を渡っていたかもしれないし。幸い、お断りした方々は紳士だったので、特別不安なことはないのだが、中には?という人もいたしなあ。今住んでいる地域にもパーティで会った人がいたし。
とりあえず、静かな生活を今は味わっている。
              
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2002年3月7日 第一の目標

 1 新居への引越しを平穏無事に成功させる。
 と書いたのは1月の日記である。あれから約二ヶ月、やっと引越しが一段落ついた。
 引越しの準備は年明けからぼつぼつやっていたのだが(不要品の整理等)、本格的になったのは引越し約二週間前。着なくなった衣類、不要品をまとめ、ごみ出ししたり、ダンボールを集めたり、箱に詰めたり。2月の半ば過ぎて、やっと新居に荷物を入れることができそうだということで、車で一日三往復して荷物を運んだ。この時点でかなり疲れていたのだが、2月最後の日曜日で疲労はピークに達した。E氏と二人(E氏の友人が来る予定だったが、風邪で来れず)、E氏の会社の人から借りたトラックで荷物を運び、やっと2月末で旧居を引き払うことができた。
 だが、その一週間後に親戚呼んでのお祝いということで、今度は荷解きと収納が待ち構えていた。とりあえず形だけは整い、祝いに来た家族にダンボールの片付けを手伝ってもらい、祝いの席も設けられた。(これがまた凄かったんだ)
 今はほっとして虚脱状態といったところである。でも、現実はうかうかしていられない。私らは借金王になったのだから。今月には銀行からつなぎ資金が下り、来月には住宅金融公庫からお金が下りる。その後は返済の20年が待っている。こうなったら繰り上げ返済で期間短縮だ。ということで1月の日記で掲げた目標の
5 100万円貯蓄し、来年ローンの繰り上げ返済ができるようにする。
へとつながるわけである。
 ちなみにダイエットのほうは年初に比較して1キロばかり減った。でも1キロってすぐ回復するんだよなあ。
              
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2002年3月5日 怒涛の引越し

 久方ぶりの更新である。なぜこんなに長い間があいたのかというと、題名にもあるように引越しのためである。昨日まで、引越しとその片付け、およびもろもろの作業で日記書いてる場合じゃなかったのだ。
 荷物を新居に運び込み、家具に収納し、残ったダンボールを整理する。たったこれだけのことだが、とてもじゃないが夫婦二人の手ではできなかった。結局3日前来た家族に手伝ってもらってほぼ目途がついた。
 とりあえず、今はこれが精一杯。疲れた……。
              
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