益荒男日記2002

2002年5月29日 ある営業さんのぼやき

 それはまだ私が20代だった頃。まだ元号が昭和だった頃のこと。私はある会社に事務員として勤めていた。そこの会社には営業さんが大勢いて、あちこちの小売店を回って商品を売っていた。月末近くになると、ノルマを果たすため、営業さん達の形相は必死になっていたものだった。
 さて、ある中年の営業さんが外回りから戻って一服しながら、他の営業さんとの雑談でこんな話をしていた。
 「バレーボールが前みたいに売れない。サッカーボールがよく売れるようになった。」
 それはどこの小売店でもそうらしく、もう一人の営業さんもうなずいていた。
 その後、元号は平成となりJリーグが始まり、サッカーがブームになり、ワールドカップの日韓共催が決まり、世界で通用する選手も登場し……。恐らく、大半の人はJリーグがあったから、今があると思っているかもしれないが、その予兆は昭和の終わりにすでに始まっていたのだ。田舎のある会社でのサッカーボールの売上増という形で。
 無論、一方では悲しいことに、バレーボールの衰退も予見されていたのだが。

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2002年5月24日 動物園で育ったゴリラを思い出した

 A雄はその母の最初の子だった。だが、母は生んだというだけでほとんど育児をしなかった。特に身体が弱いというわけでもなく、母はほとんどA雄の面倒を見なかった。後から生んだ子達の面倒は見ていたという。嘘のような話だが、彼女の行為は別にとがめられず、A雄はその祖父母に育てられたのだという。
 成長したA雄は、いつも精神的に不安定だった。母が育児に携わらなかったのが原因かもしれないが、そうではないかもしれない。とにかく、周囲の人と衝突せずには済まなかった。そのくせ、自分に自信がなく、いつもいじけていたようだった。学校を卒業する頃戦争が起き、その混乱で定職につく機会を逸したのも、彼のそんな傾向に拍車をかけた。そんなA雄も結婚した。かなり強引に相手の女性の親兄弟を説得し、自分の妻にした。だが、子どもが生まれてもろくにかまいもせず、大きくなったらなったで、やたら理由もなく罵倒の言葉を浴びせ掛けた。それは妻に対しても同様で、ありもしない疑いをかけ、妻をいびった。その挙句、やっと軌道に乗ってきた家業も家庭も捨て、金だけ持って飛び出して行った。数年後、彼は何もかも失い、尾羽打ち枯らして戻って来た。
 帰って来たA雄は、家族の縁は切っても切れないものと都合のいいことを言って、息子や妻が自分の世話をするのは当然とばかりの態度であった。仕方なく家族は年老いたA雄の面倒を見ることにした。ここで放り出したら、かえって他人に迷惑をかけることになると。
 数年後、A雄の娘の娘が結婚し、やがて子どもが生まれた。ひ孫である。やがて都会にいた孫娘が二つになったひ孫を連れて遊びに来た。A雄もやはり人間、嬉しくてたまらない。つい抱き上げようとした。だが、孫娘は絶句した。A雄は口に火のついたタバコをくわえたまま、抱き上げたのだ。幸い、灰は落ちなかったものの、今度は酒とタバコの匂いのする曽祖父を嫌がって、ひ孫がむずがった。A雄はかっとなった。危ないと、孫娘は我が子を取り上げた。だが、A雄は一層怒り、ひ孫の額に手を上げた。直撃しなかったが、孫娘は子どもを抱いて、部屋を出た。妥当な判断だった。直後にA雄は腹立ち紛れに、彼女の座っていた場所に向けて、そばにあったごみを投げたのだ。それはまるで、自分の思い通りにことが進まなかった子どもがする動作と同じだった。いや、子どもというより、動物園の檻の中で類人猿がする仕草に似ていた。

 A雄とはE氏の父、つまり舅のことである。彼の生い立ちを聞いた時は半信半疑だったのだが、先日、上に書いた場面に出くわし、納得した。
 普通の大人は子どもの頃に愛情が満たされなくとも、それを自覚していれば、自分は愛情を注ごうと思うものだろう。ちゃんとした父親になろうと努力するものだ。だが舅には、そんな自覚などないのだ。アダルトチルドレンという言葉など昔はなかったわけだから、それは仕方ないかもしれない。足りなかったのは父親たろうとする努力だったのだろう。それがあれば、家を飛び出すこともなかっただろう。
 私達にはまだ幸か不幸か子どもがいない。子どもができたらE氏はきっと父親になる努力をするだろう。今でも、よき夫たろうとしているのだから。問題は舅だ。いい父親や夫には今更ならなくていいから、せめていい祖父になって欲しい。でないと、孫ができても走って逃げることのできる年齢までは舅に抱かせるわけにはいかない。(冗談ではなく)

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2002年5月18日 まとめて更新

 久しぶりに日記を更新する。何日か分まとめてというのも変なことかも知れないが、これには事情がある。
 4月の末から妙に来訪者が多いので変だと思っていたら、某巨大掲示板サイトのスレッドからリンクが貼られてた。一体誰がしたのか、何のつもりなのか、わからないが、なんだか気味が悪くて落ち着くまで更新を止めることにした。何しろカウンタの数字が2週間余りで数ヶ月分増えてるのだ。
 この間、いろいろ考えた。
 このまま無視して何もなかったような顔をして継続しようか。それとも、これも何かの機会かもしれない、潮時が来たのかもしれない、いつまでも過去のことを語ってもつまらない、他にもするべきことがあるのではないか、何かが私に暗示を与えているのかもしれない。考えてみれば、私とE氏の出会いから結婚までには偶然の一致がたくさんあった。交際に関しては自分の意志で動いたことは言うまでもないが、まるで何かが私たちのために計らってくれたかのようなこともたくさんあった。だから、今度のこともきっと何か私の与り知らぬ存在の企みなのかもしれない。調子に乗って、他人のことをあげつらったりしている場合じゃないよ、あんたにはやらなきゃいけないことがあるだろう、と言われているような気すらした。パートとはいえ仕事もあるし、E氏の両親の健康状態も心配だし……。もうやめてもいいかと思っていたのだが……
 そんなこんなでしばらくネットを見ないでいたのだが、先日久しぶりに某老舗のサイトを見に行ったら、閉鎖すると言うではないか。おいおい、それはないだろう。掲示板を閉じるぐらいならともかく、掲示板の過去ログやコンテンツはまだまだ使えるじゃないか。勿体無いよ。管理人さんに非はないのに。他人の言葉をいちいち気にすることはないよ。大体、人間というのは自分の中にある欠点と同じものを他人に見出すとそれを嫌悪したり、攻撃したりするもの。あれこれ言っている言葉は実は本人自身に言っているようなもの。天に唾するようなものだ。
 そう思った時、私のところも別に閉鎖する必要ないんじゃないかと気付いた。他人が何と言っても、別に気にすることはないんだと。
 ただし、やたら他人のことをあげつらうのはやめておこうと思う。以前に書いたものは仕方ない。消したほうがいいのだろうけれど、自戒のため残しておきたいと思う。実際、自分にとって不都合になることを書いておきながら、それを後でなかったことであるかのように削除しているサイトを以前見てしまった時、非常に不快だったので、同じことはしたくない。
 というわけで、このサイトは続きます。

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2002年5月15日 お登勢

 主婦の特権は昼間にテレビが見られるということだ。で、今ちょっとはまってるのが、「お登勢」の再放送。去年放送された時は忙しくてとびとびにしか見られなかったので、見なかった回がどんなだったのか楽しみで見ている。
 昔、まだ小学校の低学年だった時、学校が午前で終わるので、わりと学校の近くに住んでいた私は「お登勢」を見た記憶がある。「ポーラテレビ小説」とかそんなシリーズでお昼の12時45分くらいから平日毎日放送していたはずだ。津田貢という名前はなんとなく覚えていて、子ども心に「津田貢ってばかだ」と思いながら見ていた記憶がある。なんで小学校の低学年の女の子がそんなことを思ったのか今でも不思議である。
 しかし、実際今見ても、津田貢って奴は……。昔の「お登勢」で怖いと思った志津は今見ると、すごく面白い女だと思う。なんというのか、恋愛というのは理屈ではない情で動く部分があるものだが、彼女は鋭い頭が情の部分を邪魔しているというか、なんだか頭でっかちのお嬢様という感じなのだ。
 肝心の主人公だが、沢口靖子より下の年齢で、お登勢の役ができる女優の顔が思い浮かばないのが残念だ。粗忽な田舎娘が貢への愛を知り、変わっていく……。沢口靖子は無論うまいのだけれど、やはりもう少し若い女優でこういう役柄のできる人がいたらよかったのにと思う。
 ちなみに、昔の「お登勢」は北海道へ渡ってからの話が延々と続く。志津と貢のドロドロもまだ続く。お登勢の苦労も終わらない。NHKでは北海道へ行くところで終わっている。まさか第2部とかいって北海道編やったりせんだろうな。

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2002年5月10日 オペラ

 噂のタブブラウザ「Opera」をダウンロードした。早速インストールしてみると、これがまた速いし使いやすい。でも、IEで関連付けしたファイルのアイコンが変わってしまうのはちょっと困る。E氏も乗り換えて、会社の人にも勧めているようだ。

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2002年5月6日 簡易保険の罠

 連休の間、E氏の実家に行ったのだが、そこで驚愕の事実が判明した。
 昨年、E氏の両親から家を建てるに当たり、いくらか援助をいただいたのだが、それはE氏の父上の郵便局の簡易保険(養老保険)の満期金から出たものだった。それはそれでいいのだが、その後、E氏の父上はまた保険に入ったと言うのだ。「わしが死んだらお金が下りるから、葬式代の心配はない」と言う父上。私らは不審に思った。E氏の父上は、すでに
70半ばを越えている。従って簡易保険には加入できないはずである。保険証書を見てびっくり。契約者は父上。これは問題ない。被保険者はE氏で満期・死亡・生存保険金受取人はE氏の父上!要するに息子が死んだら保険金が父親に入るということだ!なんでこんな保険を契約したんだ。しかも、E氏の父上は年金が少ないので、E氏からの仕送りを受けている。つまり息子の仕送りで保険金を払い、もし息子が不幸にも死んだら、保険金100万が父親の手に渡るということになる。E氏の父親が死んでも、保険金はないのだ。
 こんな保険に入れた郵便局の保険外交員がいるということにあきれたものの、このままにしておくわけにはいかないので、連休明けに契約を変えることにした。
葬式代はなんとかなるものだ。舅や姑には、こんな保険にお金を払わせるより、生きている間に好きな酒やタバコを楽しんでもらい、うまいものでも食べてもらったほうがよほどいい。

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