結婚情報サービス
生理的に受け付けない、とは?

なお、このページには不快感を感じさせる表現があるかもしれません。
ご容赦ください。

交際申込受理

お受けの送付

居住地

ネックになったこと

4

平成12年3月

なし

九州

生理的に受け付けられない方でした。

12

平成12年3月

なし

東北

生理的に受け付けられない方。

17

平成12年3月

なし

県内

合わない感じ。

19

平成12年3月

なし

九州

なんだか違う。

21

平成12年4月

なし

九州

生理的に駄目。

27

平成12年4月

なし

県内

生理的に受け付けない。

35

平成12年5月

なし

県内

生理的に駄目でした。

41

平成12年7月

なし

九州

生理的に受け付けない。

46

平成12年9月

なし

県内

優しそうだけど…

 上の表は「交際申し込みの傾向」からの抜粋です。「ネックになったこと」の共通点は「生理的に受け付けない」というもの。別の理由が書いてあっても、その根底にあるのは「生理的なもの」です。
 他でもよく「生理的に受け付けない」という表現が見られますが、これは果たしてどういうものなのでしょうか。私なりに考えてみたいと思います。

1 受け付けないとは?
 単刀直入に言えば、そばに寄りたくない、話もしたくない、当然、触られるのも真っ平ということである。したがって、絶対に結婚の対象にはなりえない。無論、以心伝心ということがあるから、たいていは相手も近寄ろうとはしないはずである。だから、もし会ったとしても、交際の進展が望めないのは言うまでもなかろう。
 たとえ、とりあえず会ったとしても、一回きりで終わるのは自明のことなので、最初からお断りする。その方が自分のためにも、相手のためにも、時間の無駄がないと考えてのことである。

2 なぜ、受け付けられないのか?
 一 過去の体験
 過去に似た人間にひどい目に遭わされたという経験があれば、そうなるだろうと思う。逆に、好感を持っていた人間に似ていると受け入れやすいということはあるだろう。実際、学生時代に近所に住んでいた真面目な高校生に似た雰囲気の人から申し込みを受けた時はいいなあと思ったことがある。(他の理由で断ったけれど)
 学校や職場で非常識なことをする人に似ていたりすると、写真を見ただけでごめんなさいということになる。断れない見合いでそういう人に会ったことがあるが、結局お断りになった。相手も私の感情になんとなく気づいたのだろう。

 二 直感?あるいは原因不明(これが最大)
 実を言うと、私は某ジャニーズ系のアイドルが好きになれない。見ていると不愉快というのではなく不吉を感じることがある。知人にも変わっていると言われるが、こればかりは仕方がない。過去に似た同級生にいじめられたとか、そういうことは一切ない。客観的に見れば、確かに美形ではあるが、そばに寄りたくはない。(向こうもそうだろうけど^^;)
 実はそのような原因不明の「受け付けられない」というのが最大のものだと思う。
当然、本人にもわからないのだから、相手の男性に理解できるはずがない。「なせ俺が、このルックスばっちりの俺が、振られるんだ!」と怒っている男性の皆様、女性にもそんなことわからないのだ。
 ただ言えるのは、そういう直感に関しては、男性より女性が一般的に優れているということである。私の周囲の女性でも、私自身に関しても、直感が当たるのはよくあることである。賭け事は当たらないが、人間に関しての直感(この人は私に害を与えるのではないか、この人は安全か)は結構当たるという女性は多いはずである。

 三 困った…これは…
 生理的に、というのは正確ではない表現かもしれない。しかし、見たとたんに、ああっと感じるのは、生理的というのに近いものかもしれない。
 こんなことは書きたくないのだが、明らかに顔に出ている人がいる。何がということはネット上でも書けることではない。生まれつきのものというか…。見合いではさすがになかったが、結婚情報サービスでは明らかにそういうタイプの人が複数いた。まさしく日本の独身者の縮図だったのだ。
 送られてきた本紹介書の顔写真を見て、一目であっとわかってしまう。結婚は誰にでも平等なものだと思うし、幸せになる権利は誰にだってある。しかし、日常の会話に支障が出たり、価値観に差があるとなると、結婚以前の恋愛、友情も育めないないだろう。結婚は経済生活でもある。お金の細かい計算ができない配偶者とは暮らせない。心の広い母親役のできる女性でないと、とても結婚などできないだろう。しかも何年も一緒に暮らすのだ。耐えられないことがたくさんでてくる生活を喜んで受け入れられるほどに私は心の広い人間ではない。結局、その本紹介書は即返却となる。
 結婚情報サービスの会社の人は何を考えて、彼らを入会させたのか、ということを考えると腹が立つ。彼らは学歴も高くないし、収入も少ない。それだけでも女性に会える確率はうんと少なくなるのである。彼らと似たような状況の女性と結婚できればと思って、周囲の人が入れたのかも知れないが、そういう女性が果たして、入会してるかどうか、そういう男性を条件に入れているかどうか、と考えると彼らが配偶者に巡り会える確率は少ないのではあるまいか。彼らはほとんど誰にも会えないまま、会期を終えてしまうのだろう。文句も言えないまま。40万ものお金を無駄にして。
 そんなことを考えてしまい、私はそれまでチェックを入れていなかった学歴と年収にチェックを入れるようにした。チェックを入れないことは罪作りなのだ。彼らに期待を抱かせて、緑の葉書で突き落とすような真似を私はしてしまったのだから。
 この件は結婚はきれい事では済まない、という事実を私に突きつけた。入会当初は学歴がなくても、年収が少なくても、いい人がいたらと漠然と考えていたのだが、それは甘い考えだったのだと気づかされた。

 3 大きい個人差
 いろいろと書いたが、三を除いてどれも個人差のあることである。過去の体験はみんなそれぞれ違うし、直感に至ってはもう千差万別である。
 大体、女性にもてるタレントを考えて欲しい。千差万別ではないか。ジャニーズ系(といってもいろいろいるが)、体育会系(プロレス、野球、サッカー、相撲とこれもタイプいろいろ)、お笑い系(これも漫才と落語、吉本では大違い)、俳優(一人一人違う)と挙げていくとキリがない。有名人だけではない。会社のあの上役になぜあんな美人の奥さんがいるんだ、とか、近所の嫌われ者のじいさんになぜあんな優しい奥さんがいるんだ、とか、そういうことはないだろうか。
 当然、逆の受け付けられないタイプもみんな違うのである。しいて言えば、犯罪者顔(こんなのがあるかわからないが)の人はみんな避けるかもしれない。でも凶暴な犯罪者にも奥さんや子供がいたりすることもあるし、本当にわからないものなのである。
 考えれば考えるほどわからなくなる問題だが、実はこれは当然のことなのかもしれない。
 もし、生理的に嫌われるタイプ、好かれるタイプに個人差がなかったとしたらどうだろう。同じタイプが好かれる(あるいは嫌われる)となると、そのタイプの人間だけが結婚でき、子孫を残すことができるということになる。幾世代かするうちにそのタイプの人間で人類が占められることになる。そんな時に、そのタイプの人間だけがかかりやすい病気が流行したとしたら、人類は絶滅ということになる。
 そうならないために、生理的な好みの個人差があるのではなかろうか。
 それに人間は社会を作って生活する動物である。特定の役割にだけ適性を持つ人間しかいなかったとしたら、社会は円滑には動かない。いろいろなタイプの人間がいなければいけないような社会になっているのだ。会社で言えば、社長も部長も係長も主任も平社員も営業も経理もいなければ社会全体がバランスよく発展しないようになっているのだ。となると、生理的な好みに個人差があって当然ということになる。(そう考えると三の人達を好む人がいるということは十分にあるのだが)
 つまり、男性は相手の女性の好みのタイプが自分ではなかったからと言って、がっかりする必要はまったくないということである。たとえ、その女性に交際を強要したとしても、生理的に嫌いだという感情を強化するばかりで逆効果なのだ。
 どこかに必ず自分のタイプを好む女性がいると考えれば、振られても失望することはないのではなかろうか。結婚相手は一人で十分なのだから、多くの女性にもてる必要はないのだ。結婚相手探しは選挙や人気投票ではないのだから。

 ただ男性にとって問題があるとすれば、自分のタイプを求める女性の数が極端に少なかったり、自分の住んでいる地方やその近辺にいなかった場合である。特に都会に住んでいる男性は大変だと思う。年収の平均が地方に比較して高いし、物価も高い。そういう場所で育った女性が求めるのは当然高年収だろうから。
 そこでお勧めしたいのは地方。年収の平均が低いので、都会では平均程度の年収だったとしても、高年収ということになる。また、東京ほど平均身長が高くないので170センチあれば、大きい人ということになる地方もある。学歴にしても、東京の大学を出たというだけで、凄いということになる場合もある。なにより、地方は女性が多く地元に残り、男性は都会に出ているということが多いので、年頃の女性が都会よりは多い。
 都会で仕事を退職した後、妻の実家で第二の人生、という人も少なくない。なにしろ、土地や家賃が安い。(私は独身時代車2台置ける庭付き一戸建て3Kの家を3万円代で借りていた)
 結婚相手の実家が農家だったりしたら、お米を送ってくるので、食費がうくということもある。(その代わり田植えや稲刈りの手伝いを求められることもあるが)
 問題は女性の親、特に父親が都会の男性との結婚に反対することが多いということぐらいである。(そのため、地方に女性が多く残っていることが多いのだが)だが、いくら父親の権利が強そうな地方でも、財布を始めとする実権は母親が握っているということを押さえていればいいと思う。(実は私もすでに財布を握っていたりする)それと地方だから純朴だと思ったら大違いで、マスコミの普及でそんなに都会との差はないことは念頭に置いていたほうがいい。むしろ、東京の人より東京のことを知ってたりする人もいる。
 もし首都圏でなかなか相手が見つからない方は女性会員が男性会員に比べて多い地方を視野に入れてもいいのではなかろうか。

 というわけでなんだか別の方向に結論が向かってしまったようだが、要は「生理的に受け付けない」という女性の身勝手とも思える釈明は、女性自身にも理解できないが、それが一人一人違うということには、人類全体の生き残りを賭けた生き物としての戦略が垣間見えるということなのだろう。
 男性はそれに振り回されることなく、自分を生理的に好む女性がどこかにいると思って行動すればいいということなのではあるまいか。ただし、相手が見つからない都会の男性は、もっと範囲を広げないと見つからないままに終わることは十分考えられる。江戸時代から、東京は独身女性が独身男性に比べ少ないのだから。


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