むいみつづり
<< top
06

本棚  エリックの本棚が相当いかがわしい書籍で埋められていることぐらい、英語がほとんどできない私にだってわかる。エリックは香港生まれの生粋の漢民族であるけれども、植民地時代の置き土産か、彼の地の英語教育が(どこかの国とは違って)優れていたためか、英語は母国語よりも得意なくらいだ。この本棚に並んでいる本も、ほとんどは洋書である。
 対照言語学が専門の彼だから、きっと研究のための資料なのね、などと思ってはいけない。神経質に詰め込まれた夥しい数の書籍は、研究という名目で集めるには、いささか、否、大いに偏りがあるように見受けられるのである。

 psychology, freaks, Gothic, eroticism, fetish...

 背表紙を目で追えば、気になる単語がいくつも見つかる。
「研究熱心ですね」
半分以上皮肉で言ったつもりだが、彼は素直にうなづいた。長衣というのだろうか、紺色の裾の長い中国服を着ている。スリットからのぞくゆったりとしたパンツは、こちらは伝統的なものではなく、それを意識してデザインされた日本のブランドのものだろう。大学にいるときは洋服姿だけれども、プライヴェートではほとんどこんな格好だという。映画じゃあるまいし……。
 エリックを一言で評するならば、格調高き変人。童顔で愛想が良いから女子学生たちには大層人気だが、彼が女性とつきあっているという噂は一度も耳にしたことがない。
 私が本棚の前で待っていると、彼は部屋の奥から派手な赤色の紙袋を持って現れた。
「お借りしていたノート二冊と、上海のお土産だよ」
「あ……すいません、そんな気をつかっていただかなくても」
「すいません、違う」
「?」
「ありがとう、言って下さいよ。私はプレゼントあげたい。あなたはもらって嬉しい、それ、私も嬉しい」
エリックは嫣然と笑って、紙袋を手渡しながら、私の手を軽く握った。
 なぜか、鳥肌が立った。

 私は、また大学で、と手短に挨拶をして、逃げるように部屋を後にしたのだった。

2003/09/03