むいみつづり
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十字架 「あたしとヤリたかったらヴィンセント・ギャロそっくりに整形してきな!!
 ……って、聖書ギリシャ語ではなんていうんですか、先生?」

 ファザー滝川はわざとらしい作り笑顔をひきつらせて、私の肩にかけていた手を引っ込めた。詰襟のシャツの胸元でイエズス・キリストは揺れている。
「ホホ……面白い人ですね、あなたは。てっきり真面目一辺倒な学生かと思っていましたよ」
「わたくしも、滝川神父様が生臭いのはお車の趣味だけかと思っていました」
にっこりと笑顔で答えて、キリスト教文化研究室のドアを閉めた。古びたドアが壊れない程度に加減して、さりげなく一発蹴っておく。派手な音が廊下に響いた。
 ファザー滝川が不良神父らしいという噂は一部で流れていたが、まさかここまでだったとは。フェラーリを乗り回すのは有名な話、国道沿いのラブホテルからその車が出てきたというのも、聞いたことはあった。けれど、韓国旅行を餌に女子大生に関係を迫るなんて、神父ならずとも大問題である。
 学生部に訴えてみようか。いや、授業料を滞納している手前、行きにくい。大体、ファザーの授業はそこらへんの真面目神父様とは比べものにならないほど面白い。学外講座も大人気で、何冊かの著書も地元ではロングセラー。ミッション系とはいえども、私立大学が人気教授を処分できるだろうか。
 ベツレヘムカフェという、芸の無い名前ながらなかなか洒落た響きの食堂の隅には、ドリンクの自販機が据えられている。70円を入れてボタンを押す。限りなく泥水に近いコーヒーを飲みながら、ロッカールームへ向かった。

2003/09/29