書込みありがとうございます。またお願いします。

AAB - 02/06/21 18:42:57

コメント:
あなたが神の意識のレベルにまで向上したら、 ほかの人間の魂への責任はないこと、すべての魂が安らかであれと願うのは立派だが、それぞれの魂 が自らの運命を選ぶべきだし、選んでいるのだということが理解できる。 もちろん、意図的にひとを虐待したり、破滅させたりするのは高尚な行為ではない。また、自分に頼 るようにしむけたひとたちの欲求を無視するのもよくない。 あなたの仕事は、彼らを自立させること、できるだけ早く完全に、あなたなしにやっていきなさいと 教えることだ。彼らが生きるためにあなたを必要としているかぎり、あなたは彼らにとって祝福とは ならない。あなたが必要ないと気づいた瞬間に、はじめて祝福となる。 同じ意味で、神の最大の瞬間は、あなたがたが神を必要としないと気づいた時だ。 わかっている、わかっている……このことは、これまで教えられてきたすべてに反すると言うのだろ う。だが、あなたがたが教わってきたのは怒りの神、嫉妬の神、必要とされることを必要とする神だ。 それは神ではなく、神性であるべきものの神経症的な身代わりにすぎない

AAB - 02/06/15 15:12:32

コメント:
>それが、あなたがたが犯してきた「罪」である。ひとりひとりが犯してきた罪だ。



罪というものも絶対的なものではなく、ある観点から見た考え方に過ぎない。
我々の「罪」を犯せば「罰」が必要だという考え方は非常に幼稚な考え方である。

実際に今のわれわれの社会構造は罪を犯していかなければ(ばれないように)成り立たない。
そんな社会構造は必要だろうか?


AAB - 02/06/15 15:05:09

コメント:
あなたが真実だと思っている価値判断のなかで、体験にもとづいたものはごくわずかしかない。
あなたがたは体験するためにこの世に生まれ、その体験を通じて自分を創りあげるはずだった。
ところが、他人の体験から自分を創りあげている。

罪というものがあるとすれば、これがそうだろう。他人の体験で自分を創りあげてしまうことだ。
それが、あなたがたが犯してきた「罪」である。ひとりひとりが犯してきた罪だ。
あなたがたは自分で体験するまで待たず、他人の体験を (文字どおり) 福音として受け入れ、実際の 体験をするときには、すでに知っていると考えていることをなぞる。

AAB - 02/06/14 12:30:15

コメント:
AACさん、こんにちわ。
意外ですね。こんなところに書き込まれるとは。


>片言しか話せないのですか
まさにそのとおりです。
しかし意外ですよね。
私もここには本当に久しぶりに来ましたから。

AAC - 02/06/12 21:36:29

コメント:
片言しか話せないのですか。

AAB - 02/06/11 12:24:38

コメント:
償わなければならない。
〜しなければならない。

しなければならないことなど何もない。
何かに執着しなければ。

AAB - 02/06/11 12:22:40

コメント:
久々のカキコです

最近はアリスベイリーの訳はやっていません。


罪を償う。罪を償う。
罪を償う。
他人の価値観に自分自身の価値観を照らし合わせること。
罪。罪。罪。

いちろ - 01/12/06 12:26:13

コメント:
アリスベイリーに伝えられた知識はいい加減な占いに使うようなものではありません。

- 01/01/06 22:13:40

コメント:
うらないにつこうとるようではいかんで。

AAB - 99/04/16 19:28:53

コメント:
この本は家族の愛を語っています。
私は少年Aの犯罪は両親だけの問題ではないと言い切ってもよいと思います。それにはAの被害者の御家族に対しても考えて頂きたいのです。本当に被害を受けたのは誰か、何がそうさせたか?
それははっきりと申しまして、魂の観点からしかわかりません。現代に欠けているものは魂の認識、神の認識であります。
私たちは基本的に1つです。それから分離することは不可能なことです。それについての知識が欠けているのです。なぜならばそれを教えないから。そして教わらないから。私たち1人1人に責任があります。
もう、個人だけの責任にしてそれでお終いは止めましょう。

AAB - 99/04/16 19:18:23

コメント:
『少年Aこの子を生んで』を読んだ感想です。

読んでみると、この御家族はごく普通の生活をしていたようです。
というよりも、普通の家以上に家族愛があったことを感じます。
それでもあのような事件が起こってしまったのは、もはや家族を超えた問題であったと言うべきでしょう。

私の勝手な憶測ではありますが、Aはいじめがなんらかの原因で、あのような酷い行為を行ったのではないかと思われます。
そのことは多少本文の中でも触れられてはいますが、それが幼児期におけるものと書かれていることが気になります。
おそらく幼児期に陰湿ないじめでもあったのでしょう。
この本を読んでそれ以上に感じたことは、御家族の苦労です。これは決して家族だけの問題ではありません。この事件を知っている私たち1人1人の責任であります。なぜ両親だけが責められるのでしょう?
両親の責任にしてしまえば、すべてが終わってしまうと思うのは完全な誤解でしょう。もし自分がこの御両親と同じ立場に立ったとしたら、どうでしょう?この御両親のように、あなたは自分の責任だと言い切れますか?



B - 99/01/27 18:30:01

コメント:
このサイトは書き込み自由です。
見に来るのはたまにです。
いつもは余所に行っています(アストラル界に)。

私のホームページへ | Technopolisのページへ | メイン | 今すぐ登録