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Start DATE 98/02/17 20:58:17:JST
 
 

---------- 2003/03/18  ----------

さて、ふたたびのみち。                          

かたるべくことのは、いくたびも重なり、なおことばの虚ろにして、今

またこのかんばせ老ふままに花のうつろいを見過ごしてあり。   

われらは、春のいでたちを知るか。ひとのまめまめしきわざは、積み

てまた、はるかのたかみに達すものなり。そを知りつつ、いくさびとの

叢某、西のかた死海のわたりにいくさぐるま、いくさぶね、あまたの屍

をならべんとするか。われらは、いままさに春のいでたちを知るか。  


---------- 2002/5/12  ----------

しばしとて綴る文の、ただ、いたずらに長途の憾みを散らすは、

おとなふ者として恥ずべきといふにとどまるのみか。文は短句なれ

ど折々の案内をこそ有りたくて難きこととおもはめ。         

いでや、ひととせにひとことの話は可なり、として、またしばし春眠

の浮き橋をめでむとす。                         

---------- 2001/10/07  ----------

かたるべくことのは、いくたびも重なり、なおことばの虚ろにして、

いな、ことのはの責にあらず。わが心象のただむなしきが故なり。



 

 ---------- 2000/07/07  ----------

かたるべきかな、本館もすでに廃墟。わが更新のいくつかも日々の

たつきのつたなくて、あなや、かいない努力のうつくしさ。しばし、

時のためらいをここにとどめんとて、したためし言の葉そをはじめて

より、ねまちていまちてたちまちにけふのこよひとなりにけり。  

 ひとは寂しいとき、むなしいとき、心許ないとき、所在なく、かたろ

うべき相手の無いときに、往々にして名言半句の披瀝をもって、おのが

心のやるせなさをまぎらわせる。                

    いでや、甲斐なき努力もまた一とせ二とせ、よはいなかばの今こそをか  

     たりてなどか心慰めん。                     

  なにげない一日が十年 なにげない一日が一世代のようなそんな重みを

           もってのぞむ そういう一日が終わろうとする 陽は荘厳な夕映えととも

          に惜しみつつ西の山へかたぶく みよ 陽は語りかけている     

   今日の一日がいかにすばらしいものであったか  風は輝き 木立はかし

こくゆるぎ 庭のそこかしこに かわいらしい笑い声が 玉がころが

るようにみちたよ 日の暮れに 燦々とふりそそぐ日差しの中を歩い

てきて 感傷的に過ぎる時間にひたりながら 黄昏の水平線をみつめ

る 私なんかにはもったいない夕日が 私と相対峙している 黄金に染

まっていく雲の峰 永遠に届かぬのは分かっている 星たちがささやき

はじめる宵闇がしだいに支配するのを感じながら 私はこのひとときは

たして自然と対峙するのを許された存在か この夕日は 今日の輝ける

日差しは すべて 私 もしくは私のまわりの者達だけのものであると

思っていると そんなことに今頃気づいて はじめて 私は自然の一部

になる とけこめれば あの星と太陽は わたしのものだ

 

   ---------- 99/04/13  No.1 ----------

     斯様の切り出しにて噺ことはじめをいたせしははやすでにひととせまえ

のことなり。 いかであまたの時しるしまいらせなん。      

げに幼き乳飲み子とてこの間わたりあへば這ひもし母者人したふ

つたなき言の葉ぞ増えさふらふ。                

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