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矛盾の章

「1=−1やって知ってた?」

「はっはっは。馬鹿にしないで下さい。」

「いや、ほんまやて。証明したるわ。囲み記事、読んでみ。」

「ああ、よくある手ですね。(4)から(5)を出すところが間違えてるんでしょ。」

「あれえ、知ってたん?まだゆうたらあかんで、読者にも考えてもらうんやさかいに。」

理屈に合わないことが証明されたら、証明のどこかに間違いがあるはずだ。だが万が一、正しい推論だけを積み重ねて理屈に合わないことが証明されてしまったらどうだろうか?

 

「数術は自由だ!」の掛け声のもと、カントールは無限の怪物を打ち倒し、集合論という素晴らしい財宝を持ち帰った。だが無限もさるもの、その宝の山の中に畏るべき罠を仕掛けておいたのである。集合論から正しい推論を重ねるうちに、あってはならないことが証明されてしまうのだ。数術師バートランド・ラッセルによる「自分自身を含まない集合全体がなす集合」が一番有名だが(「パラドックス!」参照)、他にも怪奇現象が相次ぎ、数術界はパニックに陥る。「無限なんて怪物に手を出すからこんな目に遭うのじゃ。」とかさにかかってカントールを攻撃する保守派。集合論を手放すまいと、右往左往しながらもを避ける手だてを模索する改革派。この事件は「数術の危機」と呼ばれ、巻き込まれた数術師達は惨たらしい争いを繰り広げた。

 

本が一冊あって、中にはただ一言

 

この本に書いてあることは全部ウソである。

 

と書いてあった。これは本当なのだろうか、ウソなのだろうか?もし本当ならば、この本に書いてあることはウソなので、この文章はウソだ、ということになり、逆にもしウソならば、この本に本当の事が一つは書いてあるはずで、文章はただ一つしかないのだから、この文章は本当だ、ということになる。こういうものを自己言及文と言い、自己言及から矛盾が起こることはギリシャの昔からわかっていた。ラッセルのパラドックスを初め、数術の危機の怪奇現象はみな巧みに自己言及的な集合を構成していたのである。人類は無限が仕掛けた自己言及の罠から逃れることが出来るのだろうか?

 (後略)

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