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 無矛盾性の証明に邁進するヒルベルト一派。数学の世界の証明や推論全てをただの計算に翻訳し、無矛盾性の証明をその枠組みの中でやってのけようというのだ。そしてついにその努力が成果をあげる日がやってきた。

 クルト・ゲーデルによって不完全性定理が証明されたのだ。ヒルベルトのアイデアを縦横に用いて、しかしヒルベルトの意図に反して、無矛盾性の証明はあり得ないことが示されてしまった。返す刀で、ゲーデルの不完全性定理は集合や無限を認めようとしない陣営にもKOパンチを浴びせた。整数だけの世界に閉じこもったとしても、その世界で矛盾が出ない、という証明は不可能だというのだ。「解けないし、解けないという証明もない」という整数論の問題を作ってみせることによって、ゲーデルは保守派と革新派を同時に一太刀で斬って捨てたのである。

 

不完全性定理は数学の世界に意外な影響を及ぼすことになった。

「矛盾のことは心配したって、どうせ満足のいく解決は得られない」

ということで誰も本気で心配しなくなったのである。そもそも数術師は論理をまともに使っていればおかしなことなど起こるはずがないと信じ切っている。それでもゲーデル以前はラッセル達のパラドックスに敬意を表して、一応心配しているふりだけでもしなくてはならなかったのが、その足枷が取り外されて何の後ろめたさもなく集合論が使える時代が初めて訪れたのだ。後ろめたさがないことはないのだが、その後ろめたさを取り除くのが不可能だと数学的に証明されているのだから、もう恐いものはない。

 

 無矛盾性の証明の試みは、もう一つ思わぬ副産物を生み出した。コンピューターである。数学的論証行為を全て計算に帰着させようと努力する中で

「人間は数学において、如何に思考をしているか。」

という問題を徹底的に追求していった結果、全ての機械的な計算が可能な万能機械、コンピューターの原理が発見されたのだ。第2次世界大戦の暗号解読競争のためにイギリスで、アメリカで、コンピューターが実際に制作されることになる。

 

 かくして人類史上数学が最高に面白い時代がやってきた。カテゴリー理論、ホモロジー代数、モチーフ理論など集合論がなければ決して生まれる事のなかった理論が次々と誕生し、それらがまた互いに影響を及ぼしあってものすごい発展をし始めたのである。その上最近ではそれにコンピューターが加わり始めた。

コンピューターがこれから数学をどのように変えていくのか。正直なところ、私には見当もつかない。

 

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