研究室演習レポート

多電極培養皿を用いた神経ネットワークの解析

担当教官:斎藤 建彦

報告者:山本 卓

学籍番号:950483

1.多点による神経活動記録の歴史

 Verzeanoらが、1956年に初めて微小電極を用いて神経活動を報告した0)。彼等は2本の電極を用いて、30μmの距離に隔てた電極間を通過する活動電位の記録を行った。そして、電極間に現われる活動電位の時間差を利用しその伝播速度を計測した。

 その後、半導体技術の発展に伴って微小電極を加工する技術が進歩し、微小多電極を用いた電気生理学的研究が急速に発展した。Grossらが1977年に、初期の本格的な固定多電極システムによって活動電位を記録している2)。電極の大きさは厚さ2μm、幅12μm で、36個の電極をガラス基盤上に作成したものを用いて、ナメクジの直径約40μmの神経から400μV程度の神経活動を記録した(図1.1)。電極の規模は、現在もほぼ同様のものが用いられている。当時は、まだ微小多電極作成のためのフォトエッチングの技術がようやく確立したころで、多電極という特性を利用した記録は実際取っていない。Grossのグループはそれ以来そのシステムを発展させて、現在でもこの多電極培養皿を用いた研究分野をリードしている。

 1979年にはPineらが、250μmの間隔で16個が2列の電極による多電極培養皿を開発して、神経活動を記録した。ガラス電極によって細胞内に刺激し、その活動電位を神経細胞に最も近い細胞外電極からの記録と、刺激したガラス電極による細胞内記録を同時に行った。その結果、図1.2のような神経活動が記録された。ノイズの大きさが比較的大きいが、細胞内外の記録が一致していることがわかる。

 多電極培養皿による記録は、ガラス電極による細胞内記録と比べると、安定はしているが記録の大きさが弱いという欠点も持つ。そのため、多電極培養皿による記録を取るには、電極と細胞間の抵抗をどれだけ減少させるかという問題を解決することが必要である。工学分野・物理学分野を含むの多くの研究者が、この問題のための研究を行ってきた。Regehrらは、ガラス電極による細胞内記録、多電極培養皿による細胞外記録を同じ細胞から同時に活動電位を記録することによって、その抵抗に関する問題を考察している9)。うまくシールできた細胞では、細胞外記録と細胞内記録がほとんど同じレベルで記録が取れるが、そうでない場合はかなり難しいことがわかる(図1.3)。例えば、図1.3b)のように連続した活動電位の一部しか記録できなかったり、c)のようにノイズのレベルがかなり大きい場合もある。逆に、d)のように細胞内記録ではほとんど記録されなくても、細胞外記録によって大きな記録を取れることもある。細胞の状態、電極と細胞の距離(全ての電極に細胞が接触しているとは限らない)等によって変化するので、実験条件の安定が大切である。理想的に細胞が電極の上に乗り、かつうまくシールできたとすると図1.3d)のような等価回路で表現できて、うまく記録が取れるわけである。

 90年代に入って組織切片を多電極皿で培養して、神経活動を記録したものが報告されるようになった。Meisterら(Shatzのグループ)は、網膜全体を多電極皿にそのまま乗せることによって、そのネットワークとしての活動電位を記録した11)。その結果、網膜では活動電位よりも速いスピードで、波のように活動電位の発生が伝播していることがわかった(図1.4)。Boppartらは、海馬の切片を電極皿の上に乗せ32個の電極から同時に記録した13)。CA1の領域を刺激して、Schaffer側肢の付近から記録した(図1.5)。このように、組織レベルでの神経活動の記録はすでに確立された神経ネットワークを研究することによって、神経ネットワークの形成を研究するうえで重要である。

 Grossらは、さらに閉鎖型の多電極培養皿を開発した(図2.5)。これは、電極皿を密閉しチューブを通じて培養液を非常にゆっくりとしたペースで流す、という系である。この方法により、より安定した長期間(1週間程度)の記録が可能となった。(→2.2参照)また、同様の工夫として、基盤に穴を開けて培養液の透過性を高めることによって細胞の寿命を伸ばすというものがある13)。Boppartらによると、細かい穴を開けることによって記録時間を約3倍(5時間から15時間)に伸ばした。彼等の実験は前述したように、組織からの記録のため、培養細胞に比べて特に培養液による酸素・栄養分等の補給、老廃物の排泄が重要となる。そのため、安定した記録を長い間記録を取るためには、様々な工夫が必要となる。

 さらに、Jimboらはガラス電極による細胞内記録、多電極による細胞外記録、カルシウム測光の3つの記録を組み合わせた系を開発した10)(3.2参照)。図3.?a)のように培養神経細胞を育て、それを図3.?b)のようなシステムで測る系である。この系は、現在主に用いられている電気生理学的手法を、培養細胞の研究のための実験において全て可能にしている。

図1.1

a)Grossらが用いた電極の全体図。多少の改良はなされているが、30年以上たった今でも同様のものが用いられている。

b)電極部分を拡大したもの。6個の電極が6列並んでいるのがわかる。

c)a)によって観察されたナメクジの活動電位。

(いずれもGross et al.(1977)2)より。)

図1.2

Pine et al.(1979)4)による細胞外と細胞内による、同時記録。

図1.3

a)細胞と電極の間がうまくシールできたもの。細胞外記録でも十分に読み取れる。

b)シールがうまくいかなかった細胞からの記録。ノイズが大きく、記録が小さいのがわかる。

c)逆に電極からの記録がうまく取れた例。

d)理想的な細胞と電極による回路の形成。

(いずれもRegehr et al.(1989)9)より。)

図1.4

活動電位が波のように順次伝播していく様子。この活動電位の伝播は特性に方向性はなく、網膜が発生して機能する直前まで起きている。

(Meister et al.(1991)11)より。)

図1.5

ラットの組織切片を培養皿に乗せ、32個の電極から同時に記録したもの。

(Boppart et al.(1992)13)より。)

2.多電極培養皿

2.1多電極培養皿の作成法1) , 2) , 3)

 いくつかの種類があるが、多電極培養皿最も代表的な作成法はフォトエッチングによって、絶縁体と導体によるいくつもの層(各々が数μm程度の厚さ)を形成する方法である。参考として、杉原ら(1996)1)による多電極培養皿作成法の概略を示す(図2.1)。

 ほとんど全ての多電極皿は、顕微鏡観察を行うため基板としてガラスを用いる。その上に、初めに導電層を形成する。方法としては電子ビームによる蒸着法や、遠心分離器を用いた方法などがある。導電層としては、抵抗の低いITO(indium tin oxide)を用いる。そして、エッチングを2-3回ほど繰り返し導電層のパターンを形成する。パターニングが終了したら全体を絶縁層で覆う。絶縁層としては、ポリイミドが多く用いられる。ITOとポリイミドは可視光領域でほぼ透明なため、顕微鏡観察に向いている。さらに、ポリイミドを電極の先端のみ、レーザー光などを用いて剥離させる(図2.2)。このとき、その剥離させる位置と電極の位置を一致させることが重要である。実際には、これだけで電極として使用可能となるが、前述したように細胞と電極の間の抵抗をできるだけ低くし、かつ安定した状態で記録を取るために、電極の先端に金のメッキ、さらに白金黒の電解メッキを施す。これらは、金や白金は細胞にとってほとんど無害なため、細胞と接触する部分に必要なメッキである。また、白金黒の電解メッキは無電解メッキのものと違い、表面が多孔質のため細胞との接着面積が増加する。また、一定のメッキを施すことにより、インピーダンスのばらつきを抑えることができる(図2.3)。そのため、より安定した記録が取れる。

 このようにして形成した多電極は基本的に、図2.4a)のようにポリイミド層に先端が窪んだ形やb)のようにポリイミド層と同じ平坦な形となる。また、c)のように白金メッキをさらに増やすことにより多少盛り上がった形にも加工できる。さらに、上述のようなプロセスに加えてポリイミドをまるで壁のように積み上げることにより、d)のように培養細胞をうまく導くようにした多電極もある。

図2.1

杉原らによる多電極培養皿作成法。導電層としてITOの代わりに金を用いて作成した例などもある。

(杉原ら(1996)1)より)

図2.2

レーザー光で電極の先端のポリイミド層を剥離する様子。レーザー光のコントロールが重要である。

(Gross(1979)2) より)

図2.3

微小電極インピーダンスの様子。明らかに、白金黒メッキによってばらつきが抑えられ、その値自体も低くなっている。

(杉原ら(1996)1) より)

図2.4

a)多少窪んだタイプの電極の断面。

b)フラットなもの。組織切片に最も都合が良いと考えられる。

c)多少盛り上がったもの。

d)培養細胞を導くようなタイプの電極。組織切片の培養には不向きである。

2.2多電極培養皿系の種類

 多電極培養系が開発された当時は、全ての電極からの記録を取ることは不可能であった。しかし、コンピューターを導入したシステムによって、全ての電極から細胞への刺激・細胞からの記録が、容易に行えるようになった。

 Grossらが開発したシステムとして開放型と閉鎖型がある(図2.5)。開放型a)では、培養皿が露出しているために薬理学的実験が容易に行える。しかし、空気と直接触れるために、pHや温度などの様々な環境条件が不安定になりがちである。閉鎖型b)では、一定の温度に保った培養液を、培養細胞に影響を与えないように非常にゆっくりとしたペースで循環させるシステムで、より安定した条件で長期間(8日以上)培養できる5)。杉原らの開発したシステムには、pHを一定に保つために小型の二酸化炭素インキュベーションサブシステムを培養皿に取り付けることができる1)。このサブシステムは温度コントローラーも含んでおり、Grossらの閉鎖型に近いシステムとなっている。

図2.5

a)開放型の培養皿。

b)閉鎖型の培養皿。ヒーターによって培養液の温度を一定に保っている。

(Gross(1994)5) より)

2.3多電極培養皿のメリット

 多電極培養皿は、神経ネットワークの形成過程・活動に関する研究を行うため、同時にネットワーク全体の記録を行うために開発されてきた。微小電極は、微細加工技術の発展とともに飛躍的に改良されていった。

 理想的には、微小組織領域での電気的な活動を生体内から記録することができれば良い。しかし、例えばガラス電極で同時に複数の記録を取ることは、特に直径数mmという細かい領域についてとなると技術的に難しい。そのため、固定微小電極を用いて実験を行うのである。微小多電極はこのような必要性のほかに、多くのメリットを持っている。

 特に、よく用いられるガラス電極に比べて、細胞を傷つけないため長時間の記録ができる。113日の間培養し続けたという報告6)もある。このことは、神経ネットワークの形成を研究する上で重要である。神経ネットワークは、遺伝子発現にまで遡った相互作用によって形成されていくために、その研究のために長期間の培養の観察は欠かせない。また、刺激・記録が同時に同一細胞にできるというメリットもある。神経ネットワークの形成には、同期した細胞同士の発火や同期した外部からの刺激が重要あることが知られている8) , 11)。そのため、人工的な刺激を与えて実験を行うことにより、その自発的な活動電位の意味を知ることができる。実際、細胞同士の電気的な相互作用によって神経細胞のシナプス形成が促進される、ということが報告されている7) 。

 さらに、2.4で詳しく述べるが組織にある細胞とは違い培養皿での実験・記録を行うため、電気的な実験と同様に重要である薬理学的な実験も、長期間安定した条件で行うことができる。神経ネットワーク形成に関与する様々なホルモンの働きを、生体内の状態に近い状態で調べることができる。

2.4多電極培養皿における薬理学的実験  Grossらによって、初めて本格的な多電極培養皿における薬理学的な実験が行われた8)。約20のactive channelを持つ培養系を確立し、そこにBicuculline, GABA, NMDAを投与した。結果は、通常の実験で予想されるものであった。BicucullineとGABAを投与した場合は自発的な活動電位が減少し、GABAの場合には最終的に自発的な活動電位を発しなくなった。NMDAを投与した場合は、自発的な活動電位が増加した。また、Bicucullineを投与した場合には細胞間の活動電位の同期がより多くなり、NMDAを投与した場合には細胞間の活動電位の同期がより少なくなる、と行った結果も報告されている。(図2.6)

図2.6

各々の物質を投与したときの自発的活動電位の変化の様子。

(Gross(1996)8) より)

3.その他の記録法との関係

3.1細胞内記録との関係

3.1.1細胞内記録と細胞外記録の違い

3.1.2細胞内記録と細胞外記録の同時記録9)

3.2カルシウム測光との関係10)

4.発生における神経回路の形成

4.1発生における電位の変化の影響11)

4.2組織切片の培養12), 13), 14)

5.参考文献

0)M.Verzeano Activity of Cerebral Neurons in the Transition from Wakefulness to Sleep, Science 124:366-7, 1956

1)杉原宏和、小川竜太、竹谷 誠 神経活動の多点計測法[1] ブレインサイエンス 7(4):73-82, 1996

2)G.W. Gross, E. Rieske, G.W. Kreutzberg and A. Meyer A new fixed-array multi-microelectrode system designed for long-term monitoring of extracellular single unit neuronal activity in vitro, Neuroscience letters 6:101-5, 1977

3)G.W. Gross Simultaneous Single Unit Recording in vitro with a Photoetched Laser Deinsulated Gold Multimicroelectrode Surface, IEEE Transaction on Biomedical Engineering BME-26(5):273-9, 1979

4)J. Pine Recording action potentials from cultured neurons with extracellular microcircuit electrodes, Journal of Neuroscience Methods 2:19-31, 1980

5)G.W. Gross, F.U. Schwalm A closed flow chamber for long-term multichannel recording and optical monitoring, Journal of Neuroscience Methods 52:73-85, 1994

6)K.V. Gopal, G.W. Gross Auditory Cortical Neurons in Vitro:Cell Culture and Multichannel Extracellular Recording, Acta Otolaryngol 116:690-6, 1996

7)Yu-Jiuan Lo and Mu-Ming Poo Activity-Dependent Synaptic Competition in Vitro:Heterosynaptic Suppression of Developing Synapses, Science 254:1019-22, 1991

8)K.V. Gopal, G.W. Gross Auditory Cortical Neurons in Viro:Initial Pharmacological Studies, Acta Otolaryngol 116:697-704, 1996

9)W.G. Regehr, J. Pine, C.S. Cohan, M.D. Mischke and D.W. Tank Sealing cultured invertebrate neurons to embedded dish electrodes facilitates ling-term stimulation and recording, Journal of Neuroscience Methods 30:91-106, 1989

10)Y. Jimbo, H.P.C. Robinson and A. Kawana Simultaneous Measurement of Intracellular Calcium and Electrical Activity from Patterned Neural Networks in Culture, IEEE Transaction on Biomedical Engineering 40(8):804-10, 1993

11)M. Meister, R.O.L. Wong, D.A. Baylor, C.J. Shatz Synchronous Bursts of Action Potentials in Ganglion Cells of the Developing Mammalian Retina, Scinece 252:939-43, 1991

12)G.W. Gross, A.N. Williams and J.H. Lucas Recording of spontaneous activity with photoetched microelectrode surfaces from mouse spinal neurons in culture, Journal of Neuroscience Methods 5:13-22, 1982

13)S.A. Boppart, B.C. Wheeler, C.S. Wallace A Flexible Perforated Microelectrode Array for Extended Neural Recordings, IEEE Transaction on Biomedical Engineering 39(1):37-42, 1992

14)M. Meister, J. Pine, D.A. Baylor Multi-neuronal signals from the retina:acquisition and analysis, Journal of Neuroscience Methods 51:95-106, 1994