の特別レポート
    
行く前 行く前の事である。2月の29日、どうも頭が重い。39度代の熱が2〜3日
続いている。いっこうに下がる気配がない。私はとある病院に行って解熱剤を
注射し自力で運転して松山に帰ることとなった。ちょっと視界がぼぅっとする。
いつもは33号線(山道)を通るのだが、今日は上手にハンドルを切れる自信が
ないため泣く泣く高速に乗る。お金に羽が生えるように飛んでいく。        
実家につく。異常なほどしんどいので明日病院に行くことが決定する。
病院に行き、聴診器で見られた後レントゲンから何から取られる。
その結果レントゲン写真にわずかに白い影が
「やっぱり、インフルエンザこじらして肺炎になりかかっているね」
これ以上とないぐらいにこやかに医者は言う
肺炎、排煙、廃園思わず頭の中で漢字変換をしてしまう。
「はっ?」思わず聞き返す。
「まあ、初期だからすぐ直るから気にしないで」医者は言う。
「でも、あまりほっとくと不味くなるよ。病院一切行かなかったでしょ。」
「いえ、行ってはいたのですが・・・」
「どんなところ行ってたの?」
「いえ、その土佐山田にあるちょっと大きな病院です」
「ふ〜〜ん」
私はその病院には二度と行かないことを近いながらも、ちょっとショックを
受けていた。同時に喘息も起こしていたこともあり、しばらく吸入と点滴を
受けた帰る。「絶対安静!!」を言い渡された。
帰って親に肺炎だったと告げる。
旅行に行かない父は一人で家に残るのが寂しかったらしくこれ以上とない笑み
を浮かべる(それでも親か?)
母は母で「じゃあ旅行はキャンセルかもね。もうキャンセルは出来ないからお留守番ね。
まあ、〜円(マイレージ+〜円でチケットを購入)で済むんだから気にしないでね。」
気にしてない!!というかこういう状況で誰がそんなこと気にするか。
家族の(きっと)暖かいジョークにつつまれ、睡眠に走る。

昔から入退院を繰り返してきたためか快復力だけは早かった。
一応、前々日ぐらいに医者に行ったとき薬を持っていくことを条件にOKをもらう。

そのことを帰って母に告げる。父が会社で「息子はマレーシアに行けなくなった」
と言いふらしていたらしい。ちょっと腹が立つ・・・。

そんなこんなで何とか旅行までこぎ着けれました。
それでは旅行記の始まり始まり!!