耕助の持ち物あれこれ 
あるいは、時代錯誤の部屋


金田一耕助を形容する時によく用いられる言葉が「アナクロニズム」。
この部屋では、そんな彼の持つ独特の雰囲気、彼の身の周りの品々、
あるいは時代錯誤にまつわることを、らくこの観点から、
自由連想形式で述べていきます。


何時の時代も変わらぬ金田一耕助の服装
 セルの着物によれよれの袴。白かったはずの足袋は、何時の間にか薄汚れて、ねずみ色に
なっている。彼が活躍した昭和20年代に於いても、このような服装は、まずもって周囲から
浮いていたと思われる。況や、30年代以降にはこの様な姿はコスプレと誤解されかねない。
 調査に奔走する際にも、袴の裾をヒラヒラさせていたのでは、まことに身動きが取りにくい
であろうし、尾行する際にも目だって仕方ない。それなのに、何故彼はこの服装を頑として
守り通すのであろうか?

推測その一:耕助の、実は頑固な性格の現れ。
推測その二:耕助のずぼらな性格の現れ。
推測その三:アメリカ滞在の経験から、却って日本文化に対する郷愁が生まれた。
推測その四:取り繕わぬ風体をもってして、他者をなごませるため。

金田一耕助のタバコ
 彼は時々、タバコをくゆらしている。タバコの銘柄は(テレビシリーズで確認した影響もあり
ますが)、安価な「ゴールデンバット」みたいです。緑色の、いかにも安そうなパッケージ。
「蝙蝠」というネーミングも、彼にはピッタリかしら? 楽子も一度、こっそり失敬して喫って
みたけれど、まったくもってむせ返るばかりの代物でした。
 また、「黒猫亭事件」の時、おけらになった耕助は、風間さんからタバコを振舞われています。
その時の銘柄は「ラッキーストライク」

金田一耕助の団扇と手ぬぐい
 彼はとっても暑がりである。小柄で貧相な体格との描写ですが、実際に見ていると、大変
新陳代謝の良い体質のようです。よって、いつも日本手拭いを腰からぶら下げたり、時には
鉢巻のようにして、流れる汗と戦っているようです(横溝正史シリーズ「獄門島」、「悪魔の手毬唄」
参照)。今の時代、吸湿性に優れた良質の下着もあるから、彼にもそれを勧めようと思っています。
 また、夏は彼の右手にはいつも団扇があります。扇子ではなく団扇という所に、耕助の
こだわりがあるのでしょうか?。
 手拭にしても団扇にしても殆どがお祭りなどに出かけたときに頂いた、その土地所縁のもの
ばかり。楽子も、旅をした時などは、耕助さんへのお土産は団扇と決めてあります。

目を引く手拭いその一:下呂温泉のもの。白地に毛筆体で「下呂おどり」とある。
目を引く手拭いその二:菊水紋など、古典柄のものはテレビシリーズでもお馴染み。

金田一耕助の時計
 最初の頃は、ずっと懐中時計を使用していました。いつも大切そうに扱っていたので、彼に
とっては何らかの縁のある品物と思われます。父親、あるいは祖父から代々伝わる年代物かも
知れません。楽子がちらっとみせてもらったら、スイス製の高級もの。ロンジンでした。
 昭和30年代になってからは、腕時計も使用しています(『白と黒』参照)。

金田一耕助のマフラー
  冬になると、いつもの黒い二重回しと共に、マフラーをまとっています。灰色だったり、青灰色
だったり。地味目な好みには変わりないです。もしも、耕助が真っ赤なマフラーを着用するように
なったら、それは還暦祝いに、ファンの方から頂いたものと思ってください(なんてね)。
 北国生まれで暑がりの耕助も、やっぱり寒いものは寒いようです。股引も着用。冬は紺足袋に。
火鉢も愛用。

金田一耕助の文房具と筆跡
 彼はモンブランの万年筆の愛用している。横溝正史シリーズの「悪魔の手毬唄」では、彼の悪筆ぶり
が一つのエピソードになっています。金田一耕助が流麗な文字を書くなんて、ちょっと想像できませんね。
その他の映像で観ることが出来る耕助の筆跡は(古谷さんの筆跡といったほうが正確?)、カクカクと
尖っていて、とても特長のある文字である(横溝シリーズ「仮面舞踏会」、二時間テレビシリーズ「死仮面」参照)。

以下、調査続行中。




                                 
                                 


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