楽子の観点
その3:横溝シリーズ『犬神家の一族』の巻


ネタばれ注意報
横溝正史シリーズ第一作『犬神家の一族』を
見所も含めて、楽子の視点で紹介します。
今回のテーマは「芳香」(ちょっとベタですが)
主観に満ち溢れた内容ですが、お楽しみ頂ければ幸いです。

「見ていると匂いまで伝わるような、独特の映像美を堪能して下さい」耕助談


     *匂いのメッセージ*
     匂いの分子は、直接脳の中心部に到達するため、理性などの抑制の対象となりにくい。その結果、匂い
     は意識しなくても記憶に残ると言われている。また匂いの記憶は、感情と結びついている事が多く、他器官
     による記憶よりも長く残ると考えられている。香料によって、人の直観が呼び覚まされることもある。
     現代は、殆どの人が清潔好きで匂いを消すことにやっきになっているが、自然の匂いは、実は人にとって
     大切な要素でありメッセージである。

      ○冒頭:東京、昭和二十二年
      金田一耕助は、事務所のあるビルの屋上で、のん気に逆立ちをしている。留守番のおカネさんから
      「汽車は先生を待っちゃあくれないよ、急いだ、急いだ!」と追い立てられて、ようやく長野へ出発する。
      この頃の耕助は、銀座の一角にあるビルの最上階に事務所を構えていた。
      耕助の事務所の匂いは、推して知るべし。彼が清潔好きで、いつもコロンなどの香りを漂わせていたら、
      いつもの直感的な閃きは生まれないと思います。

     
     ○長野県・那須、犬神邸
      犬神佐兵衛が横たわる日本間。濃灰(茶)色の地の壁に描かれた、
真っ赤なヒガンバナ(曼寿紗華)が印象的である。
      いまわの際に使われた香りは何だったのでしょう。香を焚いている様子はありませんが、独特の古臭があったと思われます。
      *ヒガンバナ(ヒガンバナ科):9月から11月にかけて、野原や道端、畑や空き地に咲く草の花。葉は冬に茂り、花の咲く頃
      にはない。毒草。花びらは3枚。雄しべ6本、雌しべ1本。高さ30センチから50センチ。

      ○犬神邸の廊下。ボンボリ型のペンダント・ライトと
緋色のカーテン。奥行きのあるカメラ・アングルが静かな雰囲気を
      かもし出しています。この廊下では耕助が逆立ちし、静馬が感慨深げに歩き、犬神家の一族が右往左往するシーン
      などが展開されます。
       
      ○犬神邸の展望台。
      
青いライティング。霧が立ち込めていて、湖畔の雰囲気がよく表現されている。雨のシーンも印象的。
      霧の感触、雨の匂い、そして血の匂いもする場所です。

      ○犬神邸の温室。
      猿蔵が大切に菊を育てています。第一の惨劇の舞台にも。色とりどりの菊花から、清冽な芳香が漂ってくるようです。
      *キク(キク科):日本や中国に野生していたものをだんだん改良したものといわれる。タイリンギク、チュウギク、コギク
      などに大別される。

      ○那須ホテル
      名前からしてとっても高級そうなホテルですが、実際は庶民的な宿(耕助も安心して泊まれる?)。
      しかし、部屋から臨む風景は絶景である。ここで働く明るい少女、キヨちゃんがいつもキレイに掃除をしているので、
      きっと清潔な香りがするでしょう。あ、そうそう、火鉢の灰は沢山飛び散っていそうな部屋ですが。
   
      ○古館弁護士事務所
      石油ストーブの匂い、書庫のような古い本の匂い、そして古館弁護士の整髪料やウールの服についた樟脳の匂いが
      しそう。
      *古舘さん演ずる
西村晃氏は、本当に素敵な役者さんだと思います。飄々として、絶妙のタイミングで台詞を言う所なんて
      今見ても惚れてしまいます。合掌。
      
      ○犬神佐兵衛翁の妾の部屋
      松子の母親の部屋。白椿が漆塗りの背景に美しく映える鏡の扉は、一見の価値がある。勿論、ここでは「麝香」の香り。
      (また、鏡の間と言えば、ノイシュバンシュタインの城主ルートヴィヒ王を思い出します)
      鏡の真っ黒な扉には白椿に藤の花。襖は朱色を地として扇模様。香炉と衝立には梅の花が描かれています。
      
      *麝香(ジャコウ):東洋風の香り。別名、ムスク。一般に、濃厚で官能的な香りと言われる。
      香料の成分を二大別すると、植物性のものと動物性のものに分けられます。麝香は動物性の香料です。
      希少動物のジャコウジカあるいはジャコウネズミの性腺から採取されます。この他に、動物性の香料として、
      マッコウクジラから取れる竜涎香(りゅうぜんこう)、ジャコウネコからとれるシベット、ビーバーからはビーバー
      香(笑)などがあります。

      ○野々宮珠世の部屋
      白を基調とした清潔感あふれる部屋。調度品も上品で女性らしい。レースのカーテンが印象的。猿蔵が丹精込めて
      作ったお花がいつも活けてあったことでしょうから、彼女の部屋は花の香りがいつも仄かに漂っていたと思われます。
      
      ○犬神家のモーターボート
      キャビン付きの立派なボート。さすが信州一の財閥の所有物だけあります。ここで珠世は佐智によってクロロフォルム
      を嗅がされて昏倒します。クロロフォルムは強い酸(トリクロロ酢酸)を原料にした、刺激臭の強い劇薬です。

      
      ○旧犬神邸
      殆ど廃墟と化している。床は腐り、くもの巣が縦横無尽に走り、障子は破れ、ぼろぼろの絨毯からはカビ臭い匂いがする。
      垂れ下がったシャンデリアが、犬神家の象徴のよう。耕助はそれを振り子のように揺らしていますね。
      
      
○犬神家の庭(松子、佐清、耕助の会話のシーン)
      潅木と常緑樹、そして(多分)梅の木がある手入れの行き届いた庭。石灯籠は松子さんの部屋からも見えるので、あの
      シーンは、松子の部屋の縁側を出たところかしら。暗く重たい、佐兵衛翁との確執匂う犬神家の中に比べれば、庭の空
      気は新鮮で美味しかったに違いありません。
      松子の言うとおり、「久しぶりに庭に出てみると、とても気持ちがいい」というのは肯けます。
      *この後、佐清の機嫌を損ねた耕助は、松子から「あなたのせいですよ!」と言われる。
      暫く頭を掻いた後、舌を出してちょっぴり反撃してみせる金田一耕助。
      
      ○犬神佐清あるいは青沼静馬の雑嚢

     ビルマ戦線から生還した二人のリュックからは物凄い匂いがしそう。砂埃、汗、恐怖、落胆、孤独な夜の匂い。
     静馬は母親の写真を埋め込んだ手拭いを大切に持っていたのでしょう。そこには微かに母の香りがあったのかも
     しれません。

     ○那須警察署
     ここは事件以降、常時大勢の刑事、警官が詰めているため、男臭さ100%。タバコの匂いが相まって、緊迫した
     空気と煮詰まった空気が交錯しているようです。
   
     ○再び、犬神家の奥座敷
     12畳2間をぶち抜いた日本間(原作より)。ここから事件は終末へと向かいます。耕助は末席から、犬神家の
     一族に向かって静かに話し始めます。

     ○松子の部屋
     覚悟を決めた松子は静かにタバコをふかし、着物に香を焚き染めます。おそらくこの香も麝香でしょう。
     あるいは、今までの麝香にまつわる忌まわしい思い出を払拭すべく、まったく新しい香を焚いていたのかも
     しれません。旅立つために、新しく生まれ変わるために・・・。

     *松子、竹子、梅子の着物についても解説したかったのですが、まだビデオでしか見ていないので、
     細かな模様や正確な色(これはDVDにしても無理ですけど・・・)の記述は未完成です。
     少しずつですが着物について勉強中なので、画面で確認できれば加筆修正します。
     
                                以上


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