身元保証が誕生した状況と保証の現実

 

身元保証事業が日本ではじめて誕生した状況と保証の現実

 

身元保証の事業(身元保証證券)の生みの親は人材銀行

 

我が国初の身元保証事業の生みの親は

 

@ 昭和39年8月 東京都千代田区かんだ神保町1丁目3番地にて「人材銀行」を発足させ、
登録した人材を各企業に提供し、全国に支店を設け高度成長の波に乗りました。

A 当時は人手不足のため身元調査もせずに、どんどん採用しましたので企業内における
従業員の不正事故も多発した時代でした。そのため、業務開始して1年ぐらいの昭和40年頃から、
当人材銀行から経理として採用して頂いた企業にて大金の使い込みが発生しました。
企業からは、身元保証を、求められましたが、身元保証はしていませんでしたので応じることが出来なかつたのです。
このような不祥事が多発したために新聞の三面記事にもなつてしまいましたがために、
各企業の経営者,人事採用担当者から,身元の保証も出来ない人材銀行からは採用できないといわれることが増大してきたのです。
そのため,身元保証の必要性に直面し身元保証の事業化を研究しながら,
昭和41年後半から保証證券による身元保証の事業を開始したのが,日本で最初の身元保証事業であります。

B 人材銀行は,株式会社 求人休職情報センター(人材銀行の情報センター)として、全国的に支店を設けました。

C 昭和50年頃,人材銀行を専務に譲り,身元保証事業に新年することにしました。

D このように,昭和41年に身元保証事業が日本にはじめて誕生しました。

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      全信協  顧問  村田浩二

      E-Mail mura3@olive.ocn.ne.jp まで御願いします。

 

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