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2018  10月 29日コラム(講題):昭和の価値観


 10月が終わります。いよいよ秋も晩秋へと入ります。秋には、食欲・スポーツ・芸術…などと、頭に冠する言葉がたくさんあります。考えてみれば、○○のと冠される季節は秋だけかもしれませんね。

 私は、そのように,、季節にさえ情緒感が織り込まれるような、古くから日本人が育んできた感性が好きです。言い換えれば、冒頭のような気付きを感じる時が、自分自身について「日本人で良かったなぁ」と思う時でもあります。それから、胸に手を当てて恥ずかしいことはしない〜というような感覚も、この国の大人達から子ども達へ語り継がれて、私の心の一部分を成しているのだと思います。

 そのような情緒感の赴くまま、秋のお祭りの最終盤を飾る徳守神社の大祭を覗いてきました。特に、日本三大神輿といわれる重量感のある神輿には、200人以上の担ぎ手が法被姿で集まっていました。一方で、自分が考えていた以上に知っている顔に出会いました。それぞれが、愉しみながら地域の伝統文化と行事を次世代に継承して行こうとしている姿に、頼もしさとこみ上げてくる何かを感じました。

 この国には、まだまだ古き良きものがたくさん残されているのだと思います。しかし、一方でその背景には、少しでも気を抜けば一気に衰退・消滅してしまう危うさが隠されているような気もします。例えば、伝統に培われたお祭りにしても、特定の個人(意気に感じて、頑張っている人達)に対する負荷が大きくなる傾向は続いているように見えるからです。

 もう少し言えば、人間力というのか、人間そのものの能力が弱くなっているような気がします。そのことは、人間の質という面から考えても、平均値(定量的でなく観念的に)が下がっているように思えてならないのです。上手く言えませんが、何というのか「常識」という範疇に含まれるべき事柄も、大きく変わってしまっているような気がします。それと共に、公と私とか、恥を知るというような考え方も薄れてきました。

 私の好きな向田邦子は、「どうせ、私は新聞を裏から読む様な女です〜」という一節をどこかで書いていました。昭和4年生まれで、父の転勤と共に引っ越しを繰り返すという少女時代を過ごした向田さんの時代は、新聞は一面から読むものであるということが、あたりまえの時代でもあったのでしょう。他にも、厳しい父君から受けた理不尽とも思えるエピソードが、エッセイに垣間見えたりします。

 例えば、机の上の花瓶を落として割った時、「花瓶が落ちた」というと「花瓶を、落したのだろう」と叱られた話などがあります。しかし、少女期の向田さんは、一方でそのことを「なるほど、そうだなぁ」と思える素直さも持ち合わせていました。最近では、何でも子どもが傷つくなどといって、きちんと叱れない親や先生が如何に多いかということを考えると、人間の質という面における著しい低下を感じます。

 昭和の時代では、例えば向田家のようにトイレのことをご不浄というような家庭でなくても、日本の多くの家庭において、多くの父親(もちろん、母親の場合もありますが)が、公と私のけじめについて説き、胸に手を当てて恥じぬような生き方を語っていたように思います。しかし、現状を見渡せば、他者を責める手練手管ばかりを磨き、喧しく権利の主張をする人ばかりがあまりにも増えた気がします。

 そのような傾向が進む社会では、少しでも誰かが間違えば直ぐに徹底的な糾弾が始まり、皆で吊し上げてしまおうとするような風潮も生まれます。その様子が、最も顕著に見られるのがテレビのワイドショー番組ですが、かといって彼らも、興味本位の視聴者が示す視聴率優先という呪縛からは逃れられず、あらゆる不正に対して、本当の意味で息長く徹底的に解明・糾弾していくということもやりません。

 いつの間にか、責任を取るべき人に対する追及がうやむやになっていたり、政局に影響しない状況になった途端に、くすぶっていた問題が話題になるような状況を見ていると、大きな意味において、体制に対する阿(おもね)りとか忖度という言葉が浮かんできます。マスコミ、ジャーナリズムのかざす正義というものについて、懐疑的な気持ちを深めているのは私だけではないはずです。

 私は、業界人でも芸能通でもありませんが、例えば娯楽番組の出演者にしても二世等の縁故者が増えた割には、独特の個性や奥行きを感じさせる人は減ったように思います。その背景には、この国の社会全体の力が衰退している現実があるのだと思います。家庭でも地域社会でも、日本人が持つべき価値規範や、矜持などを教えられる機会が極端に減っていることは残念で憂うべきことです。

 最近、BSで「時間ですよ」を見ました。庶民の、何気ない日常が舞台のドラマです。あの頃、多くの日本人が理屈ではなく頷き、泣き笑いして見ていたと思います。まさに、昭和の価値観のドラマでした。
       
       
                    徳守神社秋の大祭と神輿