水に落ちた犬を打て
矛盾論日記

BBS

昔の記事


3/11
2004大宮アルディージャ
大躍進キャンペーン

カッコつけたクソ浦和サポがゲバラの肖像を掲げたりしてるけどよ、大宮はひと味違うぜ。



敢然とたたかい、敢然と勝利する。
(By China Mao)


↑「浦和のスパイ」菅野前監督、「新潟のスパイ」黒崎、
「売国奴」川島、「蛮族」エジソンの「四人組」を批判する
労農プロレタリアのみなさま


 誤り敗戦挫折昇格失敗によって教訓をあたえられて、われわれはより賢くなり、仕事サッカーもすこしはうまくやれるようになった。どんな政党クラブにとっても、どんな個人選手にとっても、誤りは避けがたいもので、われわれに必要なことは、誤りパスミスを少なくすることである。誤りをおかしたならば、あらためることが必要で、あらためるのは、はやければはやいほどよく、徹底的であればあるほどよい。
「人民民主主義独裁について」(1949年6月30日)、『毛沢東選集』第4巻(改)

 われわれは、自己サポーターの内部にあるあらゆる軟弱無能「どーせ今年もJ2の強豪止まりだろ」な思想を一掃すべきである。京都の力を過大に評価し、人民盛田の力を過小に評価するあらゆる見方は誤りである。
「当面の情勢とわれわれの任務」(1947年12月25日)、『毛沢東選集』第4巻(改)

 もしかれらが戦いたいというなら、かれらを徹底的に殲滅ディフェンスするまでである。ものごとはこうしたもので、相手が攻めてくれば、われわれはそれを殲滅奥野・トニーニョのCBがディフェンスする、そうすれば、相手はさっぱりする。すこし殲滅ディフェンスしてやれば、すこしさっぱりし、たくさん殲滅ディフェンスしてやれば、たくさんさっぱりし、徹底的に殲滅ディフェンスしてやれば、徹底的にさっぱりする。中国大宮問題サッカーは複雑だから、われわれの頭もすこし複雑にならなければならない。むこうが攻めてくれば、われわれは戦うがディフェンスするが戦うディフェンスするのは平和勝ち点をかちとるためである。
「重慶交渉について」(1945年10月17日)、『毛沢東選集』第4巻 (改)



 われわれ自身の願望についていえば、
われわれは、ただの1
試合も戦いたくはない。
だが、
情勢にせまられて向こうは攻めてくるから、どうしても戦わないわけにいかないとすれば、われわれは最後までバックパスで戦うことができる。
「アメリカの記者アンナ・ルイズ・ストロングとの談話」(一九四六年八月)、『毛沢東選集』第四巻(改)



12/10
2003
大宮アルディージャ総括識者?座談会

<特別対談>
桜端
×大宮駅前東口カフェマスター(天皇杯2回戦・対栃木SC戦を見ながら@大宮サッカー場)


本日のゲストである大宮駅前東口商店街でカフェを営むマスター氏はいつも試合後にコーヒーを飲みながらアルディージャ談義をするサポーター仲間である。アルディージャの旗を店にディスプレイしているのに、それを「店の汚れ隠し」などとうそぶき、一人で自転車に乗って見に来るあたりがニクいというか、いかにも大宮ファンの(破廉恥な浦和とは違う)感じがするオッサンである。
ちなみに、何もわからないフリをして、人生経験豊富な視線からくりだす的確な批評は実に鋭い。大宮アルディージャを語らせたら、今、この人の右に出るものはないと筆者は信用している。

※尚、これはマスター氏と試合を見ながらの会話を桜端が再構成したものです。彼の発言は必ずしも正確かどうかわからず、ここでの発言は全て桜端に責任がありますのでご了承ください。

(キックオフ直前)
桜:こんちわ。
マ:おう。おまえ来たの?一人?まぁた負けんじゃねーの?ケケケ
桜:いや、さすがに今日は…
マ:まあ座れよ。

(メガネをかけて選手名鑑の下敷きを見ながら)
マ:戦力外になったのは、原崎、竹村、大塚、アキラ(伊藤)、磯山……あ、あと木村か。若えのになあ。何もユース上がりを2年でクビ切らなくったっていいじゃねーかって
桜:あと、リューゴ(岡本)が引退だって。
マ:ああ、コイツNTTの社員なんだよな。斉藤もそうだけど。(スタメン発表・岡本の名がコールされる)お、今日は最後のゲームか。
桜:NTT関東以来、大宮一筋ですからね、ファンも気合い入れるんじゃないすかね。ミスター大宮の最後の大宮公園
マ:村田も仙台帰るみたいだしなあ。DF来年どうすんだろ?あと、エジソンも帰るんじゃねえかな。
桜:エジソン帰るんですか?
マ:なんかそんな話聞いたぜ。あと黒崎は引退だろ、さすがに。
桜:さすがに引退ですよね?
マ:わかんねーぞ(笑)100ゴール決めるまでヤメねえ、なんて言いそうだよ。

(キックオフ後、盛田がゴール前に持ち込んで転ぶ)
マ:ったくまぁー盛田は、ゴールに近づくと転んじゃうんだよなあ(笑)
桜:FW向いてないんですよね、彼は。でも監督代わって右SHで調子いいっすよ
マ:最近盛田はいいけど、この癖は治らねんだよな。あと、盛田って以外と若いんだよな。どうもプレーがさ、年寄り臭い感じしない?
桜:遅いんですよね。でも足技とかはスゴイですよ。清雲さんもそこに目をつけたからMFにしたんでしょう、きっと。
マ:じゃ、
何で最初からやんねーんだよ!清雲さんがそう思ってんなら、最初っから菅野に命令してやらしゃよかったんだよ。ダラダラ秋まで菅野のやり方につきあって、それで清雲さんが監督なったらガラッとメンツ変わっちゃうって、おかしいっての。全然逆じゃねえのよ。
桜:ホントですねー。氏家も復活しましたしね。
マ:ありゃあヤンチャだからよ、ベテランがいると窮屈なんだよ。アキラをスタメン下げてから、ホントにキレてるもんなあ
桜:やっぱり来年は若いチームで行くってことでしょうね、これは。
マ:それの方がいいって。今日は大沢も、金澤も、マーカスも出てるだろ?あとは島田とバレーと川島で若手主体のチームにすりゃいいんだ。氏家が兄貴分になって引っぱってさ。FWだって横山がいるじゃない!
桜:おじさん横山好きっすねー
マ:だって去年の天皇杯のヴェルディ戦の横山みちゃったらさあ…
桜:ああ、おれ見れなかったんすわ
マ:いやー、スゴかったよ。ここんとこも凄かったし、でもケガしちゃってんだ。しょうがねえなあ。

(バレーの切り裂くようなドリブルから見事なゴール!)
桜:よっしゃ!
マ:すげえよなあーバレーは。(センターライン付近を指さし)あの辺からだーっって走ってっちゃうんだもんな。
桜:速いですしね、スゴイ選手ですよ。
マ:でも、バレーはちょっと神経質な感じがするんだよな、おれは
桜:どうしてです?
マ:ボール持ったら離さないだろ?ってことは、不安なんじゃない?しかも、ダメそうになるとすぐ転ぶだろ?失敗が怖いんだよ、アイツきっと
桜:なるほど。

(氏家が強烈なタックルで栃木の選手を2人連続で見事に倒す)
桜:いよっ!氏家!こうでなくちゃね、ウジは。大宮の番長に決定だ!
マ:菅野解任されてからイキイキしてるよなあ
桜:ウジはやっぱ悪役っすよ!2人ナギ倒しましたよ!すげー!サイコー!
マ:やっぱアキラとかが苦手だったんだろうなあ。あのポジションは運動量がスゴイよね、しかし。

(40分・金澤、島田に交代)
桜:もう下げちゃうんですね、金澤
マ:なんか不満そうだなー(笑)
桜:金澤ってプレーが地味ですからねえ。ウジみたいな派手さがないんですよね。
マ:たしかに、もうちっと走り回ってもいいと思うけどな
桜:去年に比べれば前を向くようになりましたけどねえ。

(ハーフタイム)
桜:こないだ、選手交えてのパーティがあったみたいですね。行きました?
マ:いかねえよ、そんなの。あれは、ホームゲーム22試合全部行った人だけ招待されたの。面白かったらしいけど、会費4000円取るんだっていうのよ。ホーム全部見た人なんだからカネ取るなよな〜。
桜:確かにそうですねえ。4000円は高いっすねえ。ホームゲームが2000円なのに。
マ:だろ?おかしいよな、それは。でも、フロントあんまりカネないんだと。NTTってデカイからカネあるようで、大きいなりにカネはかかるんだよ、きっと。
桜:後援会とか入ってんでしょ?
マ:
入ってない。おれはモグリだから。
桜:入ってないんすか?だって店にアルディージャの旗とかディスプレイされてんじゃないすか。毎試合見に来てんのに?
マ:ああ、ああ、あれは壁が汚れてっからそれを隠してんの。いや、ホント大変なのよ。あと、後援会とかそういうのオレキライなんだよ。別にいいじゃねーかそんなの。だって、後援会入ってたって試合見に来ないヤツいるぜ?
桜:まあ、そういう意味ではおじさん熱烈なファンだよねえ。毎試合見に来てるし。
マ:店がヒマだからな(笑)。うちの客で、43試合見た女の人がいるよ。斉藤雅人のファンなんだ。1試合は新潟のアウェイで、慶弔ゴトで行けなかったけど他全部見てるんだって。
桜:へぇー、そりゃスゲエなあ…、つーか、おじさんとこの店、スポンサーになりゃいいじゃん。肩のあたりに、こう「○○(店の名前)」って
マ:できねえよ!おれんとこなんざ赤字どころか、それこそ
「存続の危機」だ(笑)。鳥栖みたいだ。おまえも大宮の駅前見てみりゃわかるだろ?おまえんち大丈夫なの?
桜:まあ、うちは何とか……。でも確かに、合併してからおれの幼なじみの店とかどんどん辞めてるもんなー。
マ:なー、ホントに。浦和ばっか得しやがってなあ。アルディージャに頑張ってもらわねえとな、ヒヒヒ。


11-21
『キル・ビル』便乗!
11.23新潟決戦怨み節キャンペーンpart2(毎日更新、のつもり)

クソ田舎チーム・アルビレックス新潟J1昇格の夢をうち砕くキャンペーン
涙はとうに捨てました 心はとうに捨てました
昇格できない大宮の 哀しく咲きます怨み花


アルビレックス新潟J1昇格絶対阻止キャンペーンイメージキャラクター
梶芽衣子(←『キル・ビル』便乗)

2001年に14連勝を阻止された時も、
オレが見に行った試合で3-0で負けて大宮の喫茶店でマスターとケンカしたときも、
今年の開幕戦でクソジャッジのせいで4-1で負けたときも
大宮サッカー場をほとんど乗っ取られたのも
あの黒崎が前にいたチームもすべて、アルビレックス新潟
11月23日(日)13:00 KICK OFF
新潟vs大宮(新潟スタジアム)

「裁きは、私が殺る」

11-14
変化


ひきこもる筆者近影


最近ではコイツまでおれを避ける(ママ派)


セシルちゃんを味方に付けるため実弾攻勢
留守中にオイルサーディンを与える(おれ派)

そして、ハルちゃんvsセシルの
「代理戦争」は
泥沼の一途をたどるのだった。

(
今も下で吠えてる。うるせえ)

最近、色々と災厄が降り注いでくれやがったので、あまり人と接しないようにしておりました。携帯も切り、メールも送り返さず、男女問わず人に電話も掛けず、カネも使わず酒も飲まず、サッカーも見に行かず(こんな時に3連勝)、音楽も聴かず、映画も見ず、テレビ見ていても久本クラスのタレントあたりが出てると腹が立つのでもっぱらジータスの『お宝ボクシング』以外は『囲碁・将棋チャンネル』を流す。
反面、こう言うときは諸々のことなどに鋭敏になるモノで、『仁義なき戦い・広島死闘編』における大友が山中を半殺しにするような勢いで言葉の竹竿を振りかざしボンクラどもをボコボコにしてやりたのだが、無理やり読書記にすることにしよう。

『囲碁・将棋チャンネル』を流していたので、将棋関連の本を読んだ。とはいえ、戦法とかそういうのではなく、将棋界の話。現状、一番読みやすいのは河口俊彦の本であるから、図書館で借りてそれを片っ端から読んだ。
現代における名人とはなんたって羽生なんだが、詳しくはよくわからないのだけれど彼がとてつもない天才であり、それまでの将棋界の思想と構造、それを取り巻く環境それ自体をも変えてしまう存在なのだということがわかった。
同じ事はモハメド・アリなんかにも言えるし、日本国内規模においては中田ヒデがそうだ。つまり、サッカーだのボクシングだの将棋だのといったその世界内部(早い話がこれは技術)だけでなく、外部環境まで変えてしまった、ということだ。たとえば中田は、今でこそあたりまえになったがHPを立ち上げることで既成メディアとの関わりを根本から変えてしまったし、彼が解説するゲームはほかのジャーナリストには追いつかないものであり、必然的にサッカージャーナリズムを成立させつつ発展させた。
こういう存在の元祖でありさらに世界規模の存在だったのはアリだ。アリは公民権運動に関与しベトナム反戦を唱えたことで、結果としてクオリティペーパーである新聞各紙のコラムニストを保守派から世代交代させることとなった(この編はノンフィクションの超傑作『モハメド・アリその戦いの全て』TBSブリタニカ刊に詳しい)。
奇しくも、羽生が史上初の七冠を達成した1998年に中田がペルージャへ移籍したことを考えると、何かを考えさせるというものだ。

ちょうどこのあいだ総選挙が行われたわけだが、小泉の言う「構造改革」というのは、実はさほど大がかりなことではないのかもしれない。アリや羽生や中田のやったことは紛れもなく「構造改革」で、そこにあるのはテク/スキルとそれを持った優秀な人間である。変革だの何だのとかまびすしい昨今だけれど、本当の変革とはひょんなことからズズズズーと勝手に進んでいくもののように思う。「やるぞ!」とか「痛みを覚悟せよ!」とかのかけ声ではなく、ある優秀なスキル、あるいは優秀な個人が一人いるだけで変わってしまうものなのだろう。一歩まちがえればファッショだが、俺にはある種の予感があって、若い奴からそういうのが出てきそうな気がする。昨今の親殺しなんかを見ていると、デバイドの差というのはもはや「親子の確執」や「世代間の相克」では語れないものになっているのではなかろうか。
と、こうして書いてくると、こないだおれが『仁義なき戦い』を見たことはあながち的外れな行為ではなかったのかもしれない。あの映画はまさにそのデバイドを描いた作品であり、悲しいことに若者に体力以外少しもアドバンテージのない時代のものだ。だから結局、あの映画は「徒労感」の映画になってしまうのだが。

ふと思い出した言葉。

老人は世界が変わるものだと思っているから変えようとせず、若者は世界は変わらないものだと思っているから変えようとする。
その結果、どちらにも満足のいかない変革が繰り返されるのである。
(三島由紀夫)

しかし、さすがにそういう時代ではもうないような気がする。


10-03
青春ばかちん
辰吉丈一郎
日ハム最終戦にて


中年&老人のハムファン。現在、一塁に坪井。


小笠原のタイムリー三塁打の瞬間、もの凄い速さで手摺りに登った。


エチェバリアの4三振について議論する二人。「ったくまいっちゃうヨナー」「何なんだろうな、アイツは」とか言っていた。


1994年12月。WBC世界バンタム級タイトルマッチ辰吉vs薬師寺戦の前に、俺のオヤジが、「おまえは辰吉みたいの好きだろ?だけど、おれは薬師寺が勝つと思うぜ」と言ったのを覚えている。

先日の「世界前哨戦」への思いはともかく、辰吉丈一郎のこと。

あの試合の翌々日に、岐阜に住んでいる友人のKが東京に来たので酒を飲んだ。
彼は元々ボクサーで、名古屋のタウン誌の編集などをやっていたが休刊してしまい、一念発起してボクシングライターを目指している27歳である。
彼は文学部で、おれの読書傾向が非常に似ていて、二人して「よくないことかもな」と言いながら、どこかでボクシングに「文学」を見てしまっているフシがあるロマン派男である。現在定職についていないことや、今回のスポーツジャーナリスト講座のアンケートで「呼んで欲しい講師はいますか?」の回答欄に「ジョー小泉」と書いたことや(多分、おれらだけだ…)、ジョイス・キャロル・オーツ女史の『オン・ボクシング』を愛読していることなどの共通点もあり、一気に仲良くなってしまった。

そんなKは、おれが人生で最大の歴史である「1985年のタイガース日本一のゲームを観戦している」という事実に負けない歴史をもっていて、「1994年の辰吉vs薬師寺戦をナマで見ている」という男なのである。羨ましい。おれのスポーツ観戦史上第2位の感動を覚えたあの試合を生で見ているというのだから。

彼はデビュー当時の辰吉グレグ・リチャードソンから史上最速でチャンピオンになった試合も見ているし、網膜剥離後にラバナレスに挑んだ2度目の試合で王座奪取したのも見てるし、ウィラポンに最初に負けた防衛戦も見ているというから筋金入りである。辰吉の王座初奪取の時に彼はボクシングを始めたという。
そして世紀の決戦、辰吉vs薬師寺戦を見たころ、彼は高校3年で、おれは大学1年。辰吉が負けて、おれと大学の友人KS水は怒りながら早大近くの『一休』で飲んだ。それで、マフラーを店に落としてしまった。
何でだ?何であんな中古車販売業社長に負けた?英雄、天才、ケンカ屋ジョーがなぜ、なぜ、負けた?

しかし、Kとおれは今、辰吉丈一郎というボクサーと冷静につきあえるようになった。
この間の試合はどう考えても辰吉の負けだし、次に世界戦というのはちょっと難しいのではないか、とひとしきり話をした後に、
「まあ、リチャードソン戦の頃に中高生やってたら、誰だって辰吉の方を応援するよなー」
「だよなー。ノーガードっぷりとかさ、ビッグマウスとか、あのフットワークとかガキ心を刺激するもんなー」
なんて、話をした。

ガキというものはどうしても「天才」に憧れるものだ。努力、友情、勝利、はわかっちゃいるがそれをうち破るような存在が欲しいものである。それはこれからの人生の長さとかに対する漠たる不安のようなモノが無意識に出ていたのだろう。
そう、おれたちは辰吉が好きだった。だけど、今は、好きだが、好きではない。

おれのオヤジが「おれは薬師寺が勝つと思う」と言ったのは、オヤジのボクシング見巧者としての眼もあっただろうが、きっとそれだけではなかっただろう。俺よりも30年以上生きてきた人間の経験則もあったに違いない。「ビッグマウスは格好いいが、最後は堅実なヤツが勝つ」ということを、オヤジは無意識に判っていたのだ。
才能とかに惹きつけられやすい息子に何かを言おうとしていたのでは……とか書けばカッコイイね。気分は沢木耕太郎だね、って感じなのだが、あのオヤジがそんな深いことは考えているワケが、ない。

09-23
川に飛び込むその前に、まず拍手から


この「LOVE PRIDE」と書かれたマフラーを
インターネットで見て昨年の春に直接購入。

今日、テレビ埼玉を見ていたら「レッズナビ」っていう番組がやっていた。

司会はナック5かなんかでレッズの番組をやっているフリーアナで、埼玉新聞の担当記者、レッズOB、サッカー評論家などがレッズの試合を検証する番組だ。直前まで中継していたジェフ市原戦はドローだったものの、相当ヒドい内容だったらしく、司会の男は居丈高な口調で
「こんな状況でどうするんですか?私は旧中山道のパレードに行くつもりです!」と、まるで田原総一郎のようにアツい。ほかのパネリストたちも真剣そのもので、構造改革でも論じているかのような勢いだ。視聴者からのファックスもアツイものばかりで、不況にあえぐ地方の工場主の意見のように司会は読み上げる。その雰囲気は、毎週郊外の健康ランドで収録されている安っぽいセットの『演歌に挑戦』を中継している局とは思えない。

一方で今日の同じ日、我が大宮アルディージャは山形に敗れ、今季の昇格はほぼ絶望となってしまった。ファンサイトや2chなどでは悲喜こもごもだ。
同じ市内にあるチームでも、ここまでの差があるのは、単にJ1、J2の差だとか、ファンの数だとかの差だけではないような気がする。当然それらが大きな要因であることは確かだが、元々のファン気質、もっと言えば浦和と大宮という街の地域性の差もあると思われる。文教都市で比較的「市民」層が多く住む浦和と、商工業都市で商店主などの「庶民」層が多く住む大宮。浦和レッズのファンがどこか市民運動などにも通じるムーブメント性が強いのに対し、大宮ファンはちょっとした慰めとして見に行くサポーターが多いし、基本的に柄のあまりよくない不真面目なタイプの人間が多いので(ヒドイこと言うなあおれ)、ああいう一糸乱れぬ云々とかそういうのがどうにも趣味じゃないのだろう。

その「まったり観戦」に憤るコアなサポーターもいる。もっと声を出せ!もっとゴール裏に集まってオレンジ一色に染めよう!と。
この意見も間違っていないし、当然の主張である。コアなサポーターにしてみればサポートの声援こそが選手を動かし、クラブを動かし、J1昇格から世界へと押し上げると思っているからだ。ところが、大宮のファンはまったりしている。愛情は深いし、リピーターも多いが、声を出すサポーターは少ない。かく言うおれがその一人であり、いつもバックスタンドの前から2列目あたりでヤジったりしているだけで、「レッツゴー大宮!レッツゴー!」とかのゴール裏のコールに手拍子で合わす程度だ。いつも座る席の周辺には、大抵いつも同じ様な常連がいるが、ヤジったりはするものの、コールはしない。観客数も年々増えているが、大宮サッカー場全体が沸き上がるようなムーブメントにはまだ至っていない。

そこで、大宮のサポーターグループ「オレンジャー」の皆さんが今年の春に素晴らしい提案をした(ちなみにこのグループのオリジナルマフラーをおれは持っている。写真参照)。
「スタンディングオベーション」の推奨である。
日本で盛り上がっているスタジアムはたくさんある。マスゲームじみたパフォーマンスや、一色に染め上げるようなスタジアムはたくさんあるけれど、満場のスタンディングオベーションで選手を迎えるスタジアムはない。声を出す前に心からの拍手を、という主張である。
ホント、自分の街のクラブがこういう見識のサポーターに支えられていることは幸せだ。

今年の大宮は正直、いつもながらの、友達以上恋人未満みたいなサッカーに終始したわけで、大きな収穫といえばバレーの復帰と覚醒、盛田の覚醒?、島田のブレイク、デビッドソン・純・マーカスが美貌を買われて『ブルータス』でモデルデビュー、といったくらいのことしかないわけだが、一番の収穫は、大宮サッカー場におけるスタンディングオベーションが定着してきたことだ。これはいい。コールしねぇヤツはスタジアムに来るな、とか「戦う姿勢で」とかそういった大文字の主張を必要とせず、集団の意思統一も必要とせず、そして一番効果的な応援だと思う。

とかく日本人は日頃は口ごもる癖にお祭り好きだから、はしゃがないと喜びの意志表現をできないようなとこがある。阪神優勝のバカ騒ぎといい「熱狂する」ということにあまりに不慣れだから、やるとなると集団で熱狂する。集団でクラブ行ってオイオイ言っちゃうヤツ(最近減ったかな)とか、結婚式の二次会とか、スーパーフリー事件とか、集団でもって意思統一を確認した上で熱狂するから醜いし不自然になる。スーフリ事件の時に学生に聴いたコメントでよく耳にしたのは「この一体感がたまらない」ってセリフだ。一体感の何が楽しいのだ?とおれなんかは思うのだが、まあ学生のウチは解る気もする。どうもこの「一体感」というヤツは曲者で、レッズのサポーター達への何とも形容のしがたい嫌悪感はこの「一体感」への陶酔がそこここに見られるということだ。
しかも団塊世代あたりのライターが「鼓動が」とかいって讃えるんだよなあ。

なんとも伝えにくいことで相済みませんけれども、おれが言いたいのは、大宮サッカー場における「スタンディングオベーション」を是非とも定着させたい、ということである。大宮のサポーターは拍手で選手を迎えるのだよ、という評判を千葉ロッテマリーンズのファンのように全国区にできたらいいな、と思う。そして、浦和の「集団」のストロングスタイルのサポーターに対抗するには、徹底した「個」の集まりであるというところを強調すれば最高である。もういい加減、レッズ式、スーフリ式「一体感」の時代は終わるはずなのだ。

あとは、何か1曲でいいから「この歌だけはみんなで歌う」という歌があれば言うこと無い


09-12
恋とファイターズ


一人観戦の背中
言うまでもなくおれはJ2大宮のファンであるが、それを公言して受け入れられる世界というのはなかなかに少ない。何もそんなことを気にしなくたっていいじゃーん、好きっていっちゃえよ!いっちゃいなよ!という意見もあるだろうが、そもそもJリーグの話がなかなかしにくいのと、知っている人でも「埼玉、ああ、レッズね?え?大宮?そんなのあるの?」という場合も少なくない。しまいにゃ「埼玉なのにレッズじゃないんだ。変なの」とまで言われかねない(おれが通っていたスポーツライター養成塾でさえそうだった)。

最近になってリテラシーというか民度というかそういうものが上がってきてそういった少数チームのファブタル的な要素も理解されるようになり、また川島のおかげでずいぶんと知名度が上がったから、おれのケータイのストラップがリスのアルディくんであることを、中2のヒトミちゃん(熱狂的マリノスファン&松田ファン←非常にセンスを感じる)でさえ「かわいい・」と言ってくれる。ところで他の女の子につきっきりで教えたりすると彼女の機嫌が悪くなって
プリクラをくれなくなるのは恋の予感でしょうか。

しかしながら、こういった(こう、は大宮ファンの俺を指すのであってヒトミちゃんではない)ファブタル的な愛し方……たとえばマンチェスターユナイテッドではなくシティを応援するオアシスのリアム・ギャラガーや、映画『ブラス!』におけるバーミンガム・ユナイテッドの扱い方など……に理解を示されない民度の低かった時代をずーっと生きてきたチームがある。日本ハムファイターズだ。そしてとうとう、東京を去る。
思い返せば昔の日ハムには好きな選手が多かった……とまたしても野球思い出話になってしまいそうなので島田誠と柏原とソレイタとウィンタースが好きだったよ、ということだけ言うに留めるが、とにかく、ささやかながら日ハムのファンという人々におれは最大限の敬意と親愛とシンパシーを示しておきたい。有名なところではえのきどいちろう、伊集院光、真木蔵人がそうだ(このラインナップを見るだけでも、日ハムファン、ひと味違うってものだ)。

野球が好き、というのは日本の男では一般教養だった時代が長く続いたわけだが、その中で「日ハムのファン」であるということはどういう状況におかれることだったのか。「え?日ハムなの?」「巨人じゃないの?」「ヤクルトじゃないの?」「つーか、パリーグだろ?」そんなことばかりだったのではないか。
しかしながら閑古鳥無くスタジアムで、首位争いとも何の関係もないゲームを見続けた彼らに映る日ハムの魅力とはきっと本物の魅力だったに違いない。彼らは本物の「魅力」を知っている。その魅力とは「何でこんな人気のないチームなのに、好きなのだろう?」ということだ。別にジェット風船とばせるワケでもない、仲間と酒の肴になるわけでもない、地域のアイデンティティを表明できるわけでもないのに。きっと小学校とかでも日ハムファンなんてほとんど
いなかっただろうに、「日本ハム」なんてカッコ悪い名前なのに。それでも好きなのだ。

奇しくも、「本物の愛」ってやつぁこういうのを言うんだろうと俺は思う。優しいから、オッパイがでかいから云々と細々説明ができるものではないのだ。何だか知らないが好きで、何だか知らないが涙がでるような、そんなもんである。『あいのり』みたいな良いわけがましい恋愛が跋扈しているが(ある意味でこれは文学の責任か?)、ああいうのはきっと今年になってタイガースファンになるようなもんだろう。

近年の日ハムは小笠原や片岡といった派手な選手が入ったし、プロ野球も巨人・セリーグ一辺倒ではなくなったが、伊集院光やえのきどのような古参のファン達は「札幌で地域密着型チームを作る」と宣言して札幌に行ってしまう日ハムをどう思うのだろうか。ずっと好きだったのに、結局一緒になることが出来なかった、みたいな気分だろうか。

大宮アルディージャのゲームをスケジュールの許す限り見に行くようになって、客も少なくパッとしないこのチームの退屈なサッカーをボロボロのバックスタンド松の木下で一人で見ながら何度と無く気取って思うことは、ああこれが恋というものかな、ということである。つまんないのに、強くもないし弱くもないのに、何度見に行ってもドローなのに、ここで見ていたい。サイドを駆け上がる原崎が唇を噛んでいるところを見たい、クロスに合わせてボレーを放ってポストに直撃する伊藤彰を見たい、勝って拍手がしたいし、ドローになってブツブツ言いたい、負けて敵のサポーターに中指立ててダッシュで逃げたい。

Jリーグの調査で、大宮サポーターは「スタジアムに一人で来る率No.1」だという。
伊集院光が日ハムの試合を一人で見るのが好きだと何かで言っていたのを思い出した。登校拒否時代にいつも後楽園に行っていたという。
予想だが、日ハムファンも一人でスタジアムに来る客が高いのではないだろうか。大体がファン自体少ないし、そもそも日ハムを応援することは「恋」そのものだからだ。ナンダカワカラナイが魅力を感じる、というが恋だよ、なんてのは昨今の合コン全盛の世には古いかも知れないが、薄々みんなそれが「恋」だということに気づきながら、あるいは目をつぶりながら生きているよな気がしないでもない。

日ハムファンにとって、ゲームを見に行くのはきっとデートなのだろう。
日ハムと俺がいて、もしそこに友人やら彼女を連れていったら、デートに他の人間を連れていくようなものかもしれない。
そういえば、タイガースのゲームには彼女と実際行ったことあるし、レッズのゲームにもある。でも、横浜時代にベイスターズのゲームに連れていこうと思ったことが不思議とない。

そして大宮は……そういえば考えたこともない。一瞬たりとも思ったことがない。彼女という存在自体が、その時にない。
おれが大宮のゲームに誘ったのは男ばかりだし、「俺の彼女、いい女だろ?」と自慢するような気分で誘っている気がする。

最後に、昨今流行りのトリビアを一つ。
「日本ハムと大宮アルディージャには、意外なほど共通点が多い」
1、チームカラーがオレンジ
2、NTT関東とのパイプがある(大宮は元NTT関東サッカー部。日ハムの小笠原はNTT関東野球部出身であり、出身選手も多い)
3、駒沢大学とのパイプがある(盛田がそうだし、コーチ陣にも多い。日ハムにも出身多い)
4、パナマ出身選手が活躍(大宮のバルデス、日ハムのオバンドー)
5、そして、「チームの存在が地味」(
チームの移転だけは勘弁してくれ)


09-06
久々のナマ観戦勝利に寄す


試合終了後20分も客席に座ったまま

2003いかにおれが
↓気合いを入れていたか↓


暴挙その1


暴挙その2

そもそもおれは今年の春に埼玉の実家に引きこもるという英断を下し、どうせ埼玉に引きこもるならと、大宮アルディージャのゲームを見まくってくれるわ!という決意は並々ならぬものがあったわけで、たとえば3月のシーズン開幕直前に開かれたファン感謝デーでは、ピッチのど真ん中で写真を撮る、というサッカーファンとしてあり得ないような暴挙に出て、盛田に(σ゚д゚)σゲッツ のポーズをさせて写真を撮ってもらったりしたのである。そして開幕戦に審判のクソな判定と黒崎のありえない失策で惨敗から始まり、次の鳥栖戦は辛くも勝利したものの、それからずーーーーーーーーーーーっと、俺が見に行くゲームでは勝ちがなかった。よくて引き分け。しかも引き分けは1試合だけで、ほかは全部負け。この恨みつらみは先日書いたしもう聞き飽きたぜ桜端、という声もあるが、この間のおれの呻吟がお前らにわかってたまりますかってんだい。呻吟、呻吟、シンギンザレイン、だよ。何が困るっておめえ、「もしかしておれが見に行くのが悪いの?」というように、しまいにゃ自分を責めるようになってしまうのである。こんな本末転倒が許されてたまるかと。本来ならば責めるべきは小倉優子なみのユルいクロスを上げ続ける安藤であり、低脳体育教師風の顔して「風格と経験」という免罪符を切りまくっている黒崎であり、山下大輔監督並みの愛嬌と珍采配を下す菅野監督であり(でも好きだ)、干されたころの佐伯並みにふてくされる氏家であるハズなのだが、ここまでくるとおれが悪いんじゃないか、おれが見に来るから負けるんじゃないか、と思うのである。ベイスターズぐらいハッキリとへなちょこならば別にそうは思わない。問題は「そこそこの力があるというのに」負けるからである。さらにいえば、結果的に現在4位につけているし上位に勝ったりしてるわけで、弱小ではないのである。だーかーらー、益々もって自分を責めたくなってしまうのである。女にフラれるとかならば自分で直すべきところや反省をすべきだろうが、こればっかしは反省のしようがない。だっておれがボール蹴ってるわけじゃねーんだもの。

まあ改行なしできょうは書くよ。実はこの7月に「川崎フロンターレのフリーペーパーの仕事」というオファーが来たんです。だけど、ちょっと夏場の予定がすでに出来てたんで辞退したんだが偶然にもおれの知り合いがその仕事をやることになって、今日、彼と会う約束をしていたので川崎に行ったんですよ(と、同時におれはこのフリーペーパーを大宮でもできねえもんかなと思ってて球団の総務の人なんかに話を持ちかけてみたりしてるのだ。誰か知恵をかしてくれ)。んでね、今日その彼に逢いがてら見に行った川崎戦、やっと勝ったよ。嬉しかったよー、ホント。武蔵小杉駅降りたとき「ああ、今日も負けてしまうのだろうな」と思っていて、鬱んなってて、もうダメかな、おれもダメかな、と
赤く光る行き先掲示板が「地獄」って書いてある人生の終バスがやってきそうなそんな気分だったよ。だけどねー、よかったよ。俺は今年もう大宮の勝ちは見れないんじゃないかと、本当にこりゃダメなんじゃないかと思って浜スタに逃げてみたりしてたんだけども、よかったなあ。勝って良かったホント良かった。やっと鬱が晴れたよ。イヤ、これ冗談抜きでね、結構深刻な問題だったのよ。何をやっても「おれは負け癖ついてる」とかそういうことがよぎるから、仕事だっていまいちできねーし恋もいまいちできねーし麦茶は旨くないしネコのハルちゃんには吠えられるしケンマにゃメーワクがられるしカネは溜まらないし無修正エロ動画を保存したCDRはどこかにいっちゃうし友人は検査入院しちゃうし昔の女が夢に出てくるし目が覚めて全ての女がおれを笑ってるとか思って若干宅間守チックなキモチになるし餃子は肉が少なくて失敗するし学校ないし家庭もないしイヤじゃないしカッコつかないし。

つまりこの数ヶ月というモノ、こういうことは人生で初めてなのだが何が楽しいのか解らない、早い話が軽い鬱だったわけである。軽い、ってのはまさに大宮の「観戦負け癖」に起因する本格的な鬱ではない。いろいろ今は忙しいやらなんやらあるんだけども、せめて見に行くサッカーぐらいは勝ってほしいなと思っているのに勝てないんだよ?そりゃおれだって相当ノーテンキとはいえストレスは溜まりますからね、買い物したり女にちょっかいだしてりゃすべて解決っていうワケじゃないしおまけに冷夏と多忙で夏が味わえないとくりゃ、まーいい加減煮詰まるってもんだよ。まあ逆に言うと、楽しいばかりでなく何かに精進せよ、というばーちゃんのお告げだったのかもしれない。ここで大宮が勝ちまくったらまぁたおれはチョーシこいて何もしなくなるからね。おかげでいろいろなことができましたね。これでやっと喪が明けた、というかすっきりしたってもんである。ああよかった。

ところで武蔵小杉は元沿線だし多少のユカリはあるのだが、あの川崎の北の方ってのはスゴイ雰囲気だね。南武線のメロウっぷりは十分知っていたけども、ここまでとはね。なにせ、帰り道で死にかけのネコを見たからね。フリペ編集者のHくんも言っていたことだが、川崎はやっぱり土壌が特殊で、フロンターレへの認知もなかなか難しいらしい。大宮も川崎と同じく色んな意味で「都会」だから、どうも勝利に拘泥しない土壌というか、娯楽は気楽にやろうみたいな都会的な風土というのはある。Jリーグの成功した街、新潟や鹿島や磐田や浦和や札幌というのは他に娯楽がないからこその盛り上がりで、川崎や柏や大宮はそこそこ娯楽が多すぎる。横浜ぐらいの大きさになればまたパイがでかすぎるという問題があるが、下記にも書いたとおりベイスターズの伝統なんかにもその「都会の拘泥のなさ」がある。大宮も川崎も柏も横浜Mも勝負弱いチームなんだよねー。

そういえばある浜っ子の友人が「横浜生まれのヤツって出世しないんだよなー」と言っていたが、それは首都圏近郊で育ったやつはみんなそうなんじゃないだろうか。どうもこう前へ前への感覚がないというか、そういうのがヤボったいというか、そういう感じはあるよなあ絶対。自戒をこめてるんですよ、これでも。田舎者の蛮勇にゃかなわないよな、ホント。そういう局面多いもんねえ。世界=選択肢とかは狭い方が幸せなんです。鹿島や磐田や新潟の強さとか、柏や大宮や川崎のいまいち勝ち切れない感じなんかそれを象徴してるね。それいけ石原新党!公共事業削減でヤッホーイ!