山下監督の留任を希望する
ベストシート・イン・ザ・ハウス日記

BBS

昔の記事


08-25
TLC "OOOOOOOOHHH....ON THE TLC TIP
"


TLCといえば"Crazy Sexy Cool"だが、
このファーストもよい。
高校時代にこの、TLCのファーストを貸してくれた彼女を思いだした。

塾で教えている子の中で、「あ、この子はかわいいな」と思う女の子が3人いる。
ひとりは中2のヒトミちゃん。
あと、中3のユウちゃんと、カオリちゃんである。

共通していることは、3人とも顔が可愛いくて殊更笑顔が可愛いこと。服のセンスなど育ちがいいこと。親がすごくいい人だということ。恋人がいる、つまりマセているということだ(そして、これを書くとおれの趣味に惹きつけ過ぎかもしれないのであまり書きたくないのだが、みんなヒップホップ好き)。
見かけ的にも共通点はあって、みんな黒目がちで、スレンダーで、目つきが鋭い。いい女は、笑顔と怒り顔の落差が激しい。
性格的にいうとみんなさっぱりしていて、学業的に言えば、授業中間違った答えを言おうが、トンチンカンな質問をしようが平気なタイプである。好奇心と素直な感情で質問をしているだけだから。さらに、何より共通していることは、彼女らは同級生に好かれていないのである。

彼女らは同級生の女の子に敵が多い。敵が多くなるのはあたりまえで、他の女の子らはみんな群れているからだ。彼女らは群れていないが、敵が群れているのだから敵が多くなるのは当然である。群れてる女の子たちはやれ「なんかあの子変ー。みんな言ってるー」とか言っている。ましてや彼女らはみんな可愛いし、カレシいるしで、妬みも加わってますます加速する。しかしそこに「いじめ」は顕在しない。何も言えないからだ。

このCDを貸してくれた彼女というのもこういう子だった。ただ、他の女より可愛くて、洒落ていて、素直に素敵なモノを求めていた子だった。他の女に聴くと「ああ、彼女ねえ、みんなあんまりよく言わないね…」で濁るような子だった。
そんな彼女はこのアルバムを、ウットリと聴いていた。
そして、こんな音楽を聴いていた彼女を「みんな」嫌っていた。


昨日、ヒトミがおれに「キャー!せんせーい!」といって背中から抱きついてきた。
そういえば、TLC貸してくれた彼女もこの背中から抱きつく仕草をテンション高いときには挨拶代わりのようにやっていたっけな、と思い出した。
こういうことをすると、ますます他の女の子から嫌われてしまうんだが。

いつになく服がフォーマルなので「何でそんなカッコしてんだよ?」って聴いたら、「兄ちゃんのラグビーの試合を見に行ってきたからさー」と言った。親に言われたらしい。何だか、いい話だなと思った。

この話の意味、わかりまちゅでちゅか?
まず第一に、俺は、そういう女に好かれるし、そういう女が好きだということ。

そして、「みんな」が大嫌いだということだ。


08-23
怪しい交友録


久々に関内の「S」という昔の知り合いが開いた店に行くと(おれの隠れ家なので教えない)、かつてクラブで一緒に遊んでいた、俺の人生で出あった女の中で。本物の洗練を身につけている数少ない女Kがいた。こいつのJリーガーとの交遊談義がまた面白いんだが、それはともかくBガールなコスでへそピー女のスタイルで、美人ではないが小柄でキュートな彼女はカウンターに腰かけて「あーん、元気ぃー、どーしたのー」と抱擁。
「タケちゃーん、アタシー就職したのー金融ー」と言う。
「どこに?」って聴いたら、「先物取引の会社ー」と聴いてビックリした。


Kの人となりは野毛の金持ちの娘、ってことしか知らなかったんだが、彼女はフィナンシャルプランナーの勉強をしているほどの金融通なのであった。
そこから始まった話が凄い。「今はぁー、金よりプラチナ?」とか「中国政府がドルをストックしちゃってるからー、外貨預金は人民元?」とか半疑問形で語り、「FRBの出方次第なんだよねー」などなどをラムコーク飲みながら延々15分、金融最前線を語ってくれた。

ある日本経済方面の裏事情(しかもかなり厄介な)を教えてもらったのだが、彼女の商売に抵触する可能性があるのでここでは書かない。
その後、「こないださぁー、ハクホードーの男と合コンしたんだー(←クラバー風の口調で)、そしたらさー、みんなオタクでさぁー、誰それと知り合いとかそんな話ばっかで超寒みー」などと業界人の文句で盛り上がる。俺にして見りゃ、昼間中学生教えてその足で夜に踊り行って、先物語れるへそピーした女が知り合いの方がよっぽど自慢である。

DJのHさんに「今度新横でイベントあるから」とフライヤーをもらった。マスターのNくんが考案した「ノリのパスタ」試食会。美味。その後、Hさんに「安いよ」と薦められた横浜ワシントンが満室だったので、カプセルホテルに泊まる。

翌日、仕事を早くハネて、この春から密かに通っていた玉木正之氏のスポーツジャーナリスト養成塾最終講義に行く。為になったし勉強になった。

授業後、玉木氏らと九段会館のビアガーデンに飲みにいき、その時座った席がまた偶然で、おれの向かいのイラストレータの人が大宮市民、右隣が川越市民のサッカー好き、向かいのちょっと可愛い姉ちゃんがNHK浦和放送局のスポーツのレポーター、という偶然。

まさか、ここまで熱く大宮アルディージャの話ができるとは。特にレポーターのMちゃんはアルディージャ戦の取材など日課のようなもので、色々訊けた。某サイドアタッカーに昼飯誘われてよくメシ喰うとか、菅野監督は凄くいい人だが指導が高校サッカー的根性論で選手が音を上げているとか、NTTドコモに出資を仰いでいるとか、ちょっとズレるが「山形放送局のスイカップ女アナウンサーのNHKにおける境遇」など、諸々の裏事情を訊けた。肝沢くん、安藤は相当……らしいぞ。今度教える。

そして俺の左隣に坊主頭で厳つい男が座っていて、ちょっと話しかけてみると元ボクサーというKくん。彼はこの養成塾に、実家の岐阜から新幹線で通っているという、おれと同じ「厳つい顔の文学青年」なのであった。
好きな作家がドストエフスキー、カミュ、寺山修司、三島由紀夫というこれまたもの凄い偶然。「ほんの一瞬が何かを分けるところにボクシングのおもしろさはある」みたいな話をし、「ムルソーだって天気が悪けりゃ人は殺さなかったワケで」などと盛り上がる。2次会でもさんざっぱらボクシングと文学談義。「辰吉と大人になるということ」などの話をする。

しかし、ボクサー経験のある奴に文学語られたら何も言えない。
ああ、こういう知性がどうして岐阜なんぞに埋もれているのか(あ、岐阜出身の知り合いいたわ。すまんの)。前髪かきあげる男と前髪切りそろえた女がつまらぬスリルにうつつを抜かす昨今の文系にナックルパンチだ。「今度。東京きたら後楽園ホールに行こう」という約束をする。

その後、玉木氏がおれの横にやってきたので話をした。
音楽と映画の話を振った。彼は音楽評論家の顔も持つので、実は音楽の方の話を聞きたいと思っていたからだ。彼はクラシック畑の人だから、世に言う「サブカル」(この言葉を容認するわけではないが)をどう思っているのかを聴きたいからだ。
「玉木さんはロックは聴くんですか?」と聴いたら、「チャック・ベリーでおれは止まってる」と言う。だから、「じゃあイギリスのサッカーとロックの関係とかはどうですか?」と聴くと、「あれは本当かなあ?」と言っていた。おれも密かに思っていたことだ。

ところで彼曰く、プレスリーによるロックンロール革命は黒人音楽受容の問題として捉えるのではなく、トランジスタラジオが昨今の携帯のように若者に伝播したことの方が大きいのではないか、とのことだ。そういわれてみれば、以前黒人評論家による「リズム&ブルースの死」という本を読んだとき、NYにおける黒人向けローカルFM局の興隆を軸に論じていたな、と思いだした。
そもそもおれはメディアやテクというものが本質に先立つと思っているのだが、その理屈を音楽には適応していなかったところを見るに、おれが一番好きなモノはやっぱり音楽なのかも知れない。その後「この人はサブカル方面弱いだろ」という目論見で色々ケンカをふっかけたが、ことごとく撃沈。まあ、そのつもりでやっていたのだが、流石第一線でやってきたお人は違いますなぁー、と彼の出身地京都弁で思う。

ところが彼の息子はロック少年で、バンド名が「トナカイ」というらしい。なぜかというと「サンタクロースはトナカイなしではやってこれない!」ということらしい。おれが
「そういう理屈っぽいとこはもしかして親譲り?」と言うと
「それは言わないでくれ」と言っていた。

「『ウォーターボーイズ』はなかなかいいスポーツ映画だと思うんですが?」
「あれは脚本もテーマもいいんだけど、最後にオカマを出した段階でスポーツを愚弄してる」
と言ったときの玉木氏の怖ろしいまなざしが印象的であった。本当に怖ろしい目をしていた。
ちなみに『ゲロッパ!』はいい映画だと絶賛していた。井筒監督と友達らしい。

世界は、広い。まだまだ知らないことがいっぱいある。久々に閉塞感を感じない2日間。


08-08
なぜなんだ!アルディージャ!



運とかツキはある方なのだが、元々おれは雨男の性があって、おれが外出すると雨が降ったり、ここぞという日に雨が降る。
そういうサガの延長にあるのかどうなのかはわからないが、今季、大宮アルディージャのゲームを見に行ってまだ1勝しか目の前でみていない。
手帖などを開いて確認してみると、3/28の対鳥栖戦にシラトくんと映画監督のオーノさんと見に行って以来、勝ちゲームを見ていないのである。まあ、一人でいって負けるだけならまだしも、わざわざケンマに「いっぺん見て見れ」と誘ってやったときも惨敗して顔を潰された。

しまいにゃ、幼なじみの肝沢に「アイツは来ない方がいい」とまで言われる始末。こないだおれのママが病院に行ったら待合室に奴がいて、ママにそう言ったらしい。てめえ、言うに事欠いてずいぶんなこと言ってくれやがりますね。
奴は去年の天皇杯ヴェルディ戦やら、福岡戦やら、いいゲームを見ている。
おれはそういうゲームを仕事などでことごとく見逃している。この文章を読みながら嘲笑する肝沢が目に浮かぶが、
まあその程度の運ぐらいお前に分けてやるよ。
タダでさえ人間芸術の俺様が、これ以上お前らに勝ったら申し訳ないからね!
と、まあこれは。おれが負け犬の時の常套句である。

で、今日の湘南ベルマーレ戦、今季にやってきた観戦態度を改めようと思って「チケットを定価で買う」を実行した。縁あって大宮駅前のアルディージャ後援会会員のカフェのマスターから招待券をもらったり、ファンクラブ特典のチケット引換券などで観戦していたのだが、それをやめた。カネを払っていないのに、文句などつけるスジはない。今日はちゃんと2200円払って入場した。そしてビールを飲むのをやめ、いつもの席から少しズレてみた。

台風一過の日曜日の夕暮れ、大宮サッカー場のムードは最高である。暑い一日だったが風があって、夕涼みムードでお客さんも5000人の大台を越えた。
肝沢本人はみつけられなかったが、肝沢パパが見に来ていて、カフェのオヤジさんも近くにいた。肝パパは
「おれは湘南ボーイだからね」とウソばっかし言ってる。結構見に来ているようだ。「お前が見に来ちゃったら、こりゃダメかな?」。親子してこの家はおれをおちょくることが趣味らしい。一方、カフェのマスターも「今日は勝てるかなあ?大丈夫かなあ?」なんて言う。どいつもこいつもおれのキモチを踏みにじる。

開始2分で俺の大嫌いな黒崎が先生ゴールを決める。しかし相手は湘南ベルマーレで、過去6ゲーム全てドローという因縁の相手だから安心はできない。とはいえ、今日の前半の大宮はよく動いていた。逆に湘南もいい攻めをしていたし、ヒイキ目さえなければなかなかの熱戦だ。

後半に入ると、今度は湘南ペースでゲームは進む。何度となくシュートを浴び、川島の好セーブとポストに助けられた。前半の派手な動きに疲れてきたのか大宮は動きが鈍くなっていき、特にトップのバレー、黒崎の運動量が落ち込む。
そこにバレーと交代で出てきたのが我らが盛田である。

なぜか大宮ファンは盛田を偏愛している。盛田が出てくる時のスタンドの盛り上がりようは、他にはない種類のモノだろう。隣の赤チームにおける福田や、ジュビロの中山のような「待ってました大将!」って感じのそれではなく、往年の
タイガースの川藤の代打とかのそれに近い。「川藤出さんかいー!」って散々言っておいて、代打で三振して「ホンマに出してどないすんねん」ってアレだ。結果度外視でワクワクさせる選手である。
しかし、野球ならわかるがサッカーでこういう選手ってのは珍しい。きっとあまりのヘタレぶりに浦和レッズでいじめられた、ということも作用しているのだろう。

そしたら即、決めたね、盛田!コーナーキックをヘッドで押し込んだよ!2-0。
スタンドも大騒ぎだ。いつもは静かなバックスタンドも「盛田!」コールで大盛り上がり。
盛田のゴールはその希少性とある種のホーリーさがあり、先日もスカパーの実況のアナウンサーが「盛田のゴールを見ると幸せになると言われております」と言っていて笑った。
俺は盛田のゴールをこれで2本見たことになる。肝沢がナンボ粋がったところで、おれは盛田のJリーグ悲願の初ゴールをナマで見ているのだ。まいったか、肝沢。

が、その直後に1点返され……ああもう面倒くせえから省略するよ。
試合終了3分前に、FK決められてドローだバカヤロウ。

もう、脱力感で座り込んでしまった。またしても勝ちゲームを見れなかった。
いつもなら相手サポーターのガキを威嚇したりするのだが、そんな気力も起きない。3分前まで勝っていて、やっと悲願達成かと思えばこれだ。
もはやツキとかそういう問題ではない。こうなってくると「不条理」とか「青春の蹉跌」
とかそういう文学的タームの問題ではあるまいか。こうなりゃ勝負だ。おれが死ぬか、お前らが俺の前で勝つか。ここでヤメるわけにはいかねえ。

肝パパは「今日の敗因は応援団(おれのこと)だな」と言い、マスターも「またダメだったねえ」と笑う。笑えるんだから、さすが人間歳取ると器がでかいって話だ。大人に笑いながらなじられるなんぞ、何年ぶりの経験だろう。ふと、小さい頃の大宮夏祭りを思い出したぜ。久々におれは「子供」扱いを受けた気がした。最近子供の相手をしていることが多いから、あたかも自分が大人になったような気がするが、こういう不条理の前ではやはり子供なんだろね。


08-08
知ってる/知らない

俺の一番の友人としておなじみのダイスケ(小4)はきっとみんなに愛される男

左に掲げたダイスケの写真は、空き時間に散歩中に撮ったものである。ヒマな時にはコイツと横浜岡野界隈をウロウロしている。コイツと時間をつぶしている時が今一番心休まるというか、楽しい。缶ジュース1本おごってやればカネはかからないし、野球の話もできるし、カネの話はしないし、昔話もしないし、下町小僧にしちゃ四谷大塚の問題をスラスラ解けるほど頭がいいんでそこそこ難しい話もできるし(たとえば宇宙の話など)、しかもコイツはギャグのセンスがよく、小学生のウンコチンチン的刹那笑いレベルではなく、本格的に笑わせるから飽きない。先日も二人でラーメンを喰いに行ったり、近所の丘の上の公園に登って花火みたり、なかなかいい夏の日だった。やはり夏の主役は子供である。

ところで、コイツと一緒に個別指導を受けているタローという小学校5年生がいて、コイツはそこそこ頭はいいハズなんだが、どうしても「正解」を書かない。とりあえず「わかんない」と言う。で、おれが「だから……」と説明を始めると「あ、わかった!」と言って正解を書く。要するにコイツは、答えはわかっているんだが、度胸がないのである。俺の顔色や、隣に座っているダイスケの目を気にして書けないのだ。一度、「おまえ、もっと自信を持てよ」と言ったら「だって、間違えたら恥ずかしいじゃん」と言った。

そしたら、ダイスケは
「えー?何でー?ボク(自分のことをボクと言うシツケをされている)と先生しかいないのに、なんで恥ずかしいのー?別にここで間違えたって全然平気じゃーん」
と、言い切った。偉い。おれはダイスケを益々好きになってしまったから、この日から授業後に必ずジュースをおごってやることにした。

しかし、ダイスケのようなスタンスに達している奴は、残念ながら大人でも多くはない。
大人はミスは許されない、というのは正しいが、「知らない」とか「わからない」に素直でないと、結局ミスをしてしまうのだ。タローはいい奴だが、この点においてジュースをおごってやるような器量はない。タローがシャイなのはわかるのだが、コイツは典型的なのだ。というのも、前の授業で間違えておれが説明したところを、翌週必ず間違えるのだ。つまり、タローは自意識過剰であり、自分が指摘されたミスを聞いていないのだ。それよりも前に「恥ずかしさ」とか「贖罪」が先に立ってしまうのだろう。しかし、このパターンは優等生社会でよく見かける図である。

とにかく人より知っておかないと気が済まない、知らないことが何より恥ずかしい、結局どうなるかというとイヤーな知識品評会のような会話になってしまう。
知らないから、なんだっていうんだよ。逆に言うと、今ある知識とやらに確固たるプライドを持っているということは、相当現状認識が甘いというか、世界が狭いという証拠だろう。

まあ、とかくそういう素直さを認めにくい世の中ではあるんだろうけどね。皮肉でもなんでもなく、がんばってくださいよ。さあ、明日終われば来週いっぱいお休みだー。久々に横浜で夜遊びでもしてくるか。


08-06
My Birthday

誕生日の誓い:「目指せ内田裕也」

29歳になってしまいまちた。
(気合いの大宮・大門町祭半纏スタイルでサクサク見てる筆者。映像は関根勤の大滝秀治)
あと一年遅ければ、内田裕也よろしく埼玉県知事選立候補したのに!

お前のドリームボールは俺が打つ!宣言


ギャグなど抜きでちょいとまじめな文章でも記しておこう。
散々ここでも主張しているし、酔っぱらうと語っているのだが、『野球狂の詩』水原勇気篇についてあらためて書いておく。

この物語は、水原勇気という美少女にして「ドリームボール」を投げる才能を持ったピッチャーと、その才能を見抜いた万年2軍キャッチャーである武藤兵吉、そしてベテラン投手の岩田鉄五郎の3人の、それぞれの「プロ意識」の話である。決してアマチュアリズムやスポ根の話ではない。この物語は、そこそこの年齢になった俺らにとって非常に重要なことを考えさせてくれる。

最終回のシーン。
クビになった武藤が「水原のドリームボールを打つ」という一心で、ドカタやったりしながら各球団のテストを受け、古葉監督の温情で「一日だけ現役復帰」を許される。ただし「ドリームボールを必ず打つ」という約束で。

水原が一球だけのリリーフに上がると、当然、代打は武藤だ。九回裏2-0、あと1球で水原のメッツは勝つ。さあ、そこでキャッチャーの鉄五郎の出すサインはというとフォークボール。それにクビを振る水原。スライダーにもクビを振る。鉄五郎はタイムをとってマウンドに駆け寄る。

鉄「今の武藤は普通のフォークでも打てん!素直に投げろ!」
勇「わたしはドリームボールを投げます!」
鉄「アホ!こう言うときに裏をかいて打ち取って勝つのがプロや!」
勇「武藤さんはドリームボールを打つためにはい上がってきた、私もドリームボールには絶対の自信がある。コレで打たれたら私は引退するし、打てなければ武藤さんが引退する。それがプロでしょう!」

みたいな議論が行われる。

これ、非常に重要である。
まずハッキリさせておかなければならないのは、鉄五郎の考え方はプロとしてあたりまえのことであり、間違っていない。
しかし、勇気の言うこともプロだと思うのだ。こっちも全く間違っていない。
そして何より、小娘のボール一球打つためにいらん苦労をし、血の滲むような、狂信的な情熱をもって愚直に帰ってきた武藤もプロなのだ。

つまりどういうことかというと、この三人のプロ意識というのは
「どれも自分で出した結論であり、誰も文句は言えない」という点において完全にプロなのだ。そしてこれらは、「才能にかける」という若者と、少し歳のいった人間でムダに慣れることをしなかった中堅と、老練なベテランそれぞれのプロのあるべき姿といえる。

プロといったって、職人とかアスリートに限った話ではない。これらはすべて、俺らの人生ってやつに置き換えられることなのだとおれは思う。自分自身の年齢はもはや勇気のそれではなく、鉄五郎になるにはまだ若い。当然、武藤のそれである。反省と自戒をこめて言うならば、いまのおれは武藤を見習わなければならないし、そうありたいなと思う。

昨今の風潮として、プロってのは即、鉄五郎のようになることだと思っている若い奴が多い。たしかに鉄五郎はプロであって間違っていないんだが、そこに至るまでに武藤のような時期がなきゃいけないだろう。それがイヤだから、すぐ離職とかしちゃうんだろうと思う。
鉄五郎になるには40前まで待つべきだ。もし、30代で鉄五郎みたいなこと言ってる奴いたらそいつは負け組だと思うべきだ。

愚直だろうと不器用だろうとバカだろうとがさつだろうと、ドリームボールを打つ、という情熱を持って当分は必死でありたいと、決意を固める誕生日の夜である。


ちなみに、オチを言えば。
武藤はドリームボールを見事にとらえ、スタンドに運ぶ。
ホームに戻ってきた武藤に鉄五郎が一言「サヨナラホームランとは、キッツいのう」
ドリームボールに賭けていることを知りながら、あえて「プロとして」その日のゲームに話をまとめる鉄五郎。いいセリフだ。

そして試合後。
武藤に「ドリームボールの打ち方」を聞きに詰め寄るナインに向かって、武藤は一喝するのです。

「プロなら、自分で考えろ!」

本当の泣き所は、ここだよ、ここ。


07-13
永遠の触法少年


今、おれの一番の親友・ダイスケ(小4)
利発で、愛嬌があって、ヤンチャである。
「と、思われる」が口ぐせ。
こいつにだけは缶ジュースをおごってやる。
よく、「永遠の少年」なんていう惹句があるけども、まあ、おれなんぞは永遠の触法少年だと思いますな。一歩間違えれば「生まれてすいますん」って話になっちゃうけども、「すいません」とはツメの先ほど思わないところが鑑別所送りなワケで。一抹の共感のようなものを覚えてしまうのだ。

暗くて孤独でちょっと行動が荒れてて家庭環境が複雑な頭のいい子なんて山ほどいる。かくいう、おれだってそうだったし、おれの知己にもずいぶんいるハズだ(失礼ですか?)。彼の生い立ちを云々する報道を見ると、前の宅間守でもそうだったのだがおれはどうしても他人事とは思えないので、正直ムカついてくる。あたかも、孤独で暗くて家庭環境が複雑であることからくる過保護が犯罪の温床のような言い方をされると、一面としてそれは正しいことは認めるのだが、気がつくとブラウン管を睨み付けているおれがいる。

なんぼ取材に自信があるとはいえ、少年法の壁というものはいいにつけ悪いにつけ加害者の情報が得られにくいことになっている。孤独で一人っ子で家庭環境が複雑で、というようなことをダラダラと流し、何の結論も出さないで「少年の心の闇」などと語尾を濁して終わり、というのはまさに「大人として失格」である。ハッキリ言う、この番組を見ている「孤独で一人っ子で家庭環境が複雑」な子供がどう思うか?日本型世間社会の中にそういう未知のファクターを流して、共同体の中でどのような目で見られるか?だらしないことを自覚していながらも必死で働いて子供を育てているかつてのおれのママのような大人がどういうキモチになるか?そういうことを考えているのだろうか。はなはだ疑問である。

前にも書いたことだが、昔、ママが大宮西武で買ってくれたラルフ・ローレンのポロシャツを着て学校に行ったら、担任のバカ女教師がおれの胸のマークを掴んで
「こんな風に一人っ子は甘やかされてる!」って公開処刑されたことがある。
絶対に許さない。未だに許していないし、死ぬまで許さない。時代がもし今だったとしたら、おれは「キレて」いたかもしれない。

「親が悪い」ってのもどうも組できない。それだと子供は親を選べるのか?という壮大なテーマがやってくる。
そういえば、先月仕事が少なくて、ママが仕事をしていておれが家で寝てるという日が何日かあったせいで、最近ママの視線が厳しい。「働け!」「こんなバカに育てたアタシが悪い」から始まり自分の人生の悔恨をトツトツと語られている始末だが、何せ現代の雇用形態に理解も知識もないのでどうにもならない。
まあ『バッファロー66』とか、アイス・キューブのブラック・ムービー『フライデー』(「金曜日だっていうのにカネも仕事もないなんて!」)みたいでちょっとオツな心持ちだと思っている、のが伝わってしまってますますママに怒られる。閑話休題。


「ゲームが悪い」も納得が行かない。「命をリセットできると思ってる」というPTA的クソバカな鋭いフリしたコメントを聴くと呆れ返ってしまう。「命をリセットできると思ってる」ワケねーだろバーカ。リセットできるとおもう命を奪う快楽で満足ができないから、ああいうことをする、ってんなら話はまだ分かる。ビルから突き落とした人間をリセットできるなんて、思うわけがねーだろう(ちなみにこの論理は、昨今の右傾化した若者を憂う見解としても使われるが、そういうボンクラはおとといきやがれ)。リセットできないから、楽しいのだ。

ところで、どう考えても快楽殺人であるこういう長崎の事件とかを見るとき「芸術」っていうのは相当な犯罪の抑止力になるんではないのかなと思う。幼児をハサミで斬りつけてビルから突き落とすことと、夢中で絵を描いたり本を読んだり漫画を読んだり音楽を聴いて陶酔することは、正直言えば紙一重どころか同じだとおれは思うのだ。
おれは浜崎だの鬼塚だのボコボコに言うけど、ああいう音楽でリスカに行かない女は山ほどいるだろうし、テレビ神奈川でやってるへなちょこロックがずいぶんと少年の凶行のようなものを抑止しているだろう。お笑いだっていい。

暗くて孤独で一人っ子で頭は良くて少々荒れてる人格を持った子供のなれの果てとして言わせてもらえば、おれを救ったのは「豊かさ」である。豊かさとは、「いいな」と思うモノが、「いやだな」と思うモノより多かったという土壌のことだ。そして、そういう「いいな」と思うものだったり、ひいては自分の中にある狂気のようなものを愛撫してくれる「芸術」というものがこの世にあるのだということを早く知ることができたということだ。それはおれの婆ちゃんと両親の影響だが、おかげでおれは小林秀雄言うところの「美の魔道」に落ちたことでずいぶんと面倒なことになっているということは否めない。だがしかし、レンタルビデオの長期延滞(1ヶ月)とチープスリルのドラッグ以上の犯罪に手を染めずに生きているのは、きっとそういう「豊かさ」があったからだろう。ここからスーフリ事件などの「田舎のネズミ/都会のネズミ」論へと発展も可能だが、めんどくさいのでやらない。ちなみに根は同じだとおれは思っている。

「心の闇」は誰だって持っている。もっと言えば「魔」というものは誰だって持っている。問題は、「心の闇」は通常自覚しないで済むんだが、ある種の人間というのはその「心の闇」すら見えてしまう。「魔」はどうするかといえば、他の代用品を持って誤魔化す。それだけのことだ。それだけのことなのだが、代用品を見つけることが出来ないうえに「心の闇」を見据える眼力のあるヤツが、あんなことをしても何ら不思議ではない。少なくとも「代用品」が見つかれば、そしてそういうものが転がっているような状況なら、「豊かさ」によってなんとかなった。

まあ、とりあえずビートルズとジミヘンとJBに感謝ってことだ。

03-07-5
ふるさととは何だろう?
竹中労『鞍馬天狗のおじさんは』について。


タイガース強いね。
なんかファン辞めたいね。
 「鞍馬天狗」と言われたら、おれの両親あたりなら映画で見ているだろうし、じいちゃんやばあちゃんの世代だったら「ああ、あのチャンバラねえ」と軽く侮蔑の笑みをこぼしながら言うだろう。
 で、オレはどうかと言えば、鞍馬天狗なんというヒーローに憧れたことはなく、それよりもかっこいいものはいっぱいあったし、嵐寛寿郎なんて死んでしまっているので全然知らない、当然映画なんてみたことない。ただ、桃屋の三木のり平のアニメのCMで知っているくらいだ。じゃあ、三木のり平のCMがそんなに幼い頃の自分にインパクトを与えたのか、といえばそうでもない。でも、「鞍馬天狗」は知っている。
 きっと幼い頃、おれは聞いたんだろう、「あの黒い人は何?」「鞍馬天狗っていうチャンバラの人だよ」とか母親に教えてもらったんだろう。だから鞍馬天狗は知っている。ヒーローとしてではなく、ポップイコンを知っているに過ぎない。
 だが、不思議なことに『鞍馬天狗のおじさんは』(竹中労/ちくま文庫)を読んでいると泣けてくるのである。鞍馬天狗にも嵐寛寿郎にもなんの思い入れもないおれが、竹中労という死んでしまったルポライターの思い入れだけで書き上げたこの本を読むと、なんだか知らないが泣けてくるのはなんでだろう。
 読み終わって気づくのです。日本映画史の資料としての側面というのはたやすく気づくことだけれど、実はこの「どうして泣けてくるのか?」それがこの本の主眼なのでございます。

 冒頭に竹中が、いつもながらの前口上として自分の幼い頃の思い出から筆を起こし、「私は魔人に憧れ」て、「満たされぬ欲求は永遠の願望になって、人の情念に生き続ける」とオレは良く知らないけどヴィルヘルム・シュテーケルという人(誰?)の言葉を引用する。
 幼い頃にカネがなくてタダ見で気まずい思いをした紙芝居の黄金バットで「天駆ける夢」を思いつづけ、そして嵐寛寿郎の鞍馬天狗にどれだけ憧れたか、という話から、竹中労は書く。
「私は杉作であった」
 杉作とは鞍馬天狗を慕う孤児の獅子舞踊り・杉作少年である。「天狗のおじさーん、新撰組がやってくるよう」と天狗のおじさんの役に立とうと一生懸命なけなげな少年。
 そして杉作少年の役を戦後に務めた美空ひばりの『越後獅子の唄』で序文を締める。

笛に浮かれて 逆立ちすれば 
山が見えます ふるさとの……

 ふるさと、とはなんだろうか。ふるさととは空間的なものであろうか?イヤイヤそうではないのである。ふるさととは「笛に浮かれて逆立ち」した時に見える「山」を感じさせてくれるものを「ふるさと」というのです。
 昔、ジミー大西のギャグで、明石家さんまがジミーの股間をさわると、ジミーが「ふるさとぉー」と叫ぶギャグがあったことを急に思い出した。あれが正しい「ふるさと」像なのかもしれない。

 ふるさと、とは出身地や愛着のある街、ということだけなのだろうか?ふるさと、というのは故郷ではない。この場合のふるさとというのは「大事なモノを置いてきたところ」である。そこに戻れば、何かを取り戻し安心できる、という確信のある場を「ふるさと」と言う。そしてそれらは空間として存在するものではなく、それらを呼び覚ます力をふくめた総体であり、いわば人間の心の中にある。例・チャールズ歌う「ジョージア・オン・マイ・マインド」、である。心の中のふるさとが、人間にとっての本当の故郷なのである。
 たまたま、そういった心を育んだ環境、つまり街やら村やらそういったものを「ふるさと」とすることでオレたちはナシをつけているに過ぎない。
 今、空間的な故郷に帰ってみてどうだろう?「ふるさと」にしては何もない空間に見えはしないか。なぜならば、オレたちは、その空間から何かを呼び起こそうとすることをいつの間にか忘れているからである。そこで何かを呼び起こす力を起こさせてこそ「ふるさと」なのであって、空間的、形而下での認識だけでは「ふるさと」ではないのである。

 竹中労にとって「ふるさと」とは、アラカンその人であった。ヒーローに憧れ紙芝居をタダ見で心細くみつめた日々、アラカンの鞍馬天狗を見るために映画館に通った時のキモチ、そういった「忘れてはならない大事なこと」が、アラカンにはあるのだ。それは映画館の跡地に行っても、昔の面影がほとんどない故郷に行ってもわからない、本当の「ふるさと」なのである。「今は離れてしまったが、その時のキモチは大事だな」と思わせるモノが「ふるさと」なのである。言い換えれば「前提」だ。自分が生きてきた、その前提は何か?その前提を象徴するモノはなんだったのか?それが竹中にとってはアラカンだった。

 同じようなことをおれは大宮サッカー場に感じるのである。大宮サッカー場に思い出はある。大体が大宮は出身地であり育った街なのだから、それこそ普通にある。大宮アルディージャが始動し始めるまでに、いくつもの思い出がここにはある。
 だが、今、おれがいう「ふるさと」というのは、大宮が本籍地であるとか、日本代表フォワードと同じ名字の女の子とサッカーを見に来て振られたとか幼なじみの肝沢と高校サッカーの予選を見に来たとかそういうことだけではない。そういう思い出ではなく、大宮サッカー場に来て、ピッチを駆ける選手達を見、ゴールを喜び、敗戦を哀しみ、雨を憎み、焼きそばを喰いながら夕焼けを見るときオレは「ふるさと」を思うのである。
 「笛に浮かれて逆立ちすれ」ば、サッカー場が見えます大宮の。実家に帰った時に家にあったタダ券をみつけて気がつくとオレは大宮サッカー場に向かって歩いていた。夏の夕暮れ蝉が鳴く。子供はバカみたいに先を急ぎ、母親は少しくたびれた顔をしていながらも笑顔であとを追う。きっとオレはああいう子供だったろうし、母親もああいう母親だったのだ。何だか知らないけれどイベントに行く高揚感、スタジアムの中にいるという高揚感、そしてピッチの中にいる人への憧れ。
 だけど、「笛に浮かれて逆立ち」してしまった悲しい越後獅子のオレたちは、それを忘れてしまう。
 バリアフリーの完備されたスタジアムやら、数万人入るスタジアム、チケット争奪戦、衛星放送、海外フットボール文化に、サッカー批評に、サポーター文化、「笛に浮かれて逆立ち」していたオレは、神社の中にある大宮サッカー場の仮設テントの粗末なエントランスに「ふるさと」を思う。石段しかないゴール裏と、長椅子しかないバックスタンド。売店で売っている太い麺の焼きそば。ここに「ふるさとの山」を見る。
 大宮サッカー場だけではない。後楽園ホールや神宮球場のヤクルトvs阪神戦のレフトスタンド、東京ドームの日ハム戦、池袋西口公園や浦和の駅前にも。そこに思い出があるからではない。そこにある思い出が、「今、そして未来につながっている」からである。これが大事なのである。

 ノスタルジーではない。これがそもそもの原点なのだ。おれたちは原初的なサッカー文化を知らない。かつてのイングランドでどんなゲームが行われていたのかを知らないし、南米でどのようなゲームが行われていたのかを知らない。アラカンの鞍馬天狗をしらないのと同じなのである。
 サイレントからトーキーになりチャンバラ映画なんか死滅してしまっても、そして水牛の腸を蹴りあった時代から、オフサイドトラップの時代になっても、同じように何かに熱狂し憧れるキモチそれ一つだけで我々は、幼い頃の、そしてアラカンにインタビューをしているときの、竹中労のように杉作となりうる。そして未来であっても。

「私は杉作であった」と竹中労は言う。
 
そして人間誰しも、少なからず「杉作であった」のである。