ビッグバン宇宙論は完全に間違っていた! (1)

『無』から宇宙は誕生しない!
ビッグバン宇宙論は宇宙は『無』から誕生したと考えている理論である。
しかし、科学的に考えてれば明らかに間違っている。
『無』は存在しないものだからである。

存在しない『無』から宇宙が誕生するなどということは、どう考えても間違いであり、
科学的に証明する事など不可能なのである。

ビッグバン宇宙論を実質的に支えているのはユダヤ教やキリスト教、イスラム教などの一神教の思想である。
ビッグバン宇宙論は科学ではなく、宗教の一つなのである。
現代の科学者は科学と宗教の区別さえつかなくなったのだ。
間違いであるビッグバン宇宙論を否定しなければ人類にとって平和な世界はやってこないのだ。

『無』とは、「存在しない」から『無』なのである
「無」とは存在していないから「無」と言えるのである。

「無はある(有る)」、
「無は確認できる」、
「無は存在する」
などということは、明らかな間違いである。

「無」は「有る」のならば、それはすでに「無」ではないということだ。
「無」は確認できるのならば、それは「無」ではない。
「無」はあったら「無」じゃない。
「無は存在する」・・・存在したら「無」ではない。

このような、人間として基本的な知識が無いのが
ビッグバン論者たちなのだ。
なさけなすぎるではないか!
したがって、「無」とは、観念的、空想的、概念的なものであり、
宇宙のどこを探しても存在せず、
人間の思考の中でしかありえないものなのだ。

ビッグバン論者たちは、 現実にはありえない「無」を理論の中心に置き、
宇宙はある時点から始まったと言っている。

あほらしい。あほらしい。

ビッグバン論者には、論理的な思考が完全に欠如しているのである。

『無』から『有』は生まれない
「無」から、「有」(宇宙)は生まれない。
あたりまえのことである。

「無」とは、空間も、時間も、物質も、何もかも無いのだ。
何も無い「無」からは、何をどう考えても 宇宙は生まれない。
あたりまえである。

「宇宙が生まれる」、「宇宙は始まった」と
考えること自体がバカであるとしか言いようがない。
「150億年前に宇宙は始まった」というのなら
その宇宙の材料になるものは存在していなければならない。
では、その材料はどこにあったというのだ!
それは「無」から生まれたというのなら そんなことできるのはと考えると、思い浮かぶのは「神」しかいない。
ビッグバン宇宙論は、宗教がなければ成り立たない。

イコール、

ビッグバン宇宙論は一つの宗教であり、
科学ではない。

ビッグバン宇宙論は完全に科学を逸脱した 大間違い理論なのだ。

ビッグバン宇宙論は世界的には宗教であると考えられている
世界中の人々は、ビッグバン宇宙論を純粋な科学の理論だとは考えていない。

ビッグバン宇宙論の根幹は明らかに、ユダヤ・キリスト教の 教義そのものであるからだ。

欧米では、ビッグバン理論を正統な科学理論だと考えてる人などいない。

欧米諸国はキリスト教国であるため、
ビッグバン論思想の考え方は、正しいか、間違っているかには関係なく 存在しているのだ。

欧米の科学者たちはビッグバン論が非科学的であることは十分わかっている。
わかってはいても、彼らはビッグバン論がユダヤ・キリスト教の 教義に即したものであるため、
それを完全に否定することができないのだ。
欧米においてはビッグバン論が非科学的だと批判されても
それが自分たちの宗教の教義であるため、 完全に開き直って、ビッグバン宇宙論は正しいのだと
主張しているのが現実なのだ。

欧米においても、科学と宗教を分けて考えなくてはいけない、
とちゃんと考えてる人たちも大勢いる。 そのような人たちはリベラルである、 というだけではなく、
しっかりと現実を見ているということなのだ。

そのような人たちの意見が日本にほとんど伝わってこないのは
科学における権力者たちによって冷遇されているためである。
そのことはあまり知られていない。

ローマ法王が認めているのだから、
ビッグバン論が宗教であることは事実である。
世界的には、ビッグバン論がユダヤ・キリスト教から生まれたものだということは周知の事実なのだ。
日本は無宗教の国であるため、世界で一番、宗教に関する知識が無いのだ。

そのため、日本人はビッグバン論の社会的、宗教的背景などは知らず、
純粋な科学理論だと思い込んでいる人が多いのだ。

ビッグバン論は科学的に考えただけでもおかしいことはよくわかる。
そして、ビッグバン論が宗教そのものであることを考えると
ビッグバン論が科学ではないことは誰にでもわかることである。
難しいことではない。

ビッグバン宇宙論を信仰する日本の科学者は
もう信用できない!

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