まず、ファンデルベルデン文献25「数学の黎明」のまえがきを引用する
 
「われわれの意図は、この本を学問的なものにすると共に、中学、高校、あるいは大学の教養課程ていくらか数学を学んだ人や、数学の歴史に興味のある人なら、だれでも理解できるものにすることである。ここで学問的なものにするというのは、それが原典の研究にもとづいていて、その結論はいかなる反論に対しても論拠が挙げられ、したがって読者が自分でその論拠の価値判断までできる、というような意味である。・・・数学史に関する書物で、原典を調べもせずに、他の書物から無比判にその主張を受け売りしている例、おとぎ話のようなことが『あまねく知られた事実』として流布している例、それは何と多いことであろう!一例を引用しよう。九割がたの書物に、エジプト人は3,4,5の直角三角形を知っていて、直角をつくるのにそれを使ったとの記述がある。しかし、この記述はどの程度の価値をもつものだろうか。何もない!では、それは何にもとづいて書かれたかというと、二つの事実とM.カントル(19世紀末の数学者)の推論が根拠である。まずその事実とは『縄張り師』がエジプトの神殿の建立に参画していること、および神殿やピラミッドの底面における角が、たいていは、きわめて直角に近いことである。そこでMカントルはこう推論する『これらの直角は縄張り師の作図したものに違いないが、私には、縄を張って直角を作るのに、長さが3,4,5の3本の縄を使って直角三角形を作る以外の方法はない。したがってエジプト人はこの三角形を知っていたにちがいない』と。
 これは信じがたいことであるまいか。もっともカントルは、別段、或る時点でこの仮説を立てたというわけではない。ただ、何度も受け売りが重ねられていく間に、いつしかそれが『あまねく知られた事実』になってしまったのである。しかし、本当の事実は上の通りである。」
 
さて、このことは日本の書物や教科書にもあてはまる。
★矢野健太郎「数学物語」角川文庫、
 「古代エジプトにおいて縄張り師が3:4:5の縄 から直角を作った」
 
中学校検定教科書(大阪書籍)
 3:4:5の直角三角形の図があり「三辺の長さがこのような三角形を作ると、直角三角形になるんだって」「古代エジプト人は、縄でこのような三角形を作って、利用していたんだね」
 
★中学校検定教科書(学校図書)
 「彼らは(エジプト人の縄張り師)、3辺が3,4,5,の長さの三角形は直角三角形であることを知っていました
 
★中学校検定教科書(啓林館)
 「3辺長さの割合が3,4,5である三角形が直角三角形であることや、・・・それより(ピュタゴラスの時代)はるか前に、バビロニアやエジプトで知られていたことがわかっています」
注、バビロニアで知られていたことは資料が現存する(前のリンク参照)
 
その他次の書物に同じような記述がある
「土地を測る」岩崎書店、「数と図形の発見物語」国土社、「ピュタゴラスがくれた贈り物」国土社、「数学ロマン紀行」日科技連「幾何の発想」講談社学術文庫
 
これは私の推測であるが、カジョリの「初等数学史」が果たした役割が大きいのではないかその部分を引用する(なにしろ、1920年代に翻訳が出版された超ロングセラー。現在復刻版として共立出版より発売されています)
 
カジョリ「初等数学史」共立出版,p72
「証明を付して図形を構成することにかけては未だかつて私を凌いだものはだれ一人いない。エジプト人のうちアルペドナプタイと呼ばれる者たちさえもである。」というのがある。カントールはアルペドナプタイを「縄張り師」という意味に解釈している。これから他のてがかりとともに、エジプト人が正確な天文観察によって南北線を決定し、そののちに神殿を建立したものと推測できる。彼らは、三つの杭のまわりに縄を張って、直角をなす直線をつくった(この三角形の三辺の比を3:4:5ととって)・・・ベルリン博物館所蔵の羊皮紙の古文書によると「縄張り師」は非常に早い時代にアメネムバット1世のころすでに知られていた、カントールの説が正しければBC2000年の早い時代にエジプト人は直角三角形の有名な性質(三辺の比を3:4:5の場合)を知っていた。・・・ギリシア人の書いた証拠を正しいとすれば、エジプトの幾何学は、少なくとも年1回おこるナイル川の洪水で、余儀なく土地の測定をしたことによって始まる。」
注、p73の訳注には「けれどもその後の研究によると、三辺345の三角形は直角三角形であるということを、応用した直接の証拠は、エジプトにはまだみだされていないという」とある
 
ではカントールはどのような根拠で推測したのか、Heath文献3p352によると、カフンパピルスに、3:4:5のピュタゴラス数はないが、その二分の一、四分の一、二倍四倍のピュタゴラス数の記述から推測したと言う(アンドレ・ビショ文献38にカフンパピルスの引用がある)、もちろんリンドパピルス(日本語訳があります)にもない。従って345の直接な典拠はエジプトの資料にはないし、さらに、ピュタゴラス数が知られていても、それが直角三角形ないし三平方の定理が知られていた根拠にはならない。しかし、逆に三平方の発見からピュタゴラス数の研究に向かうのは自然である。
 
ここでも、推測、想像→事実という古代数学史の特徴がくりかえされる。われわれ教師も気をつけないと虚像が実像になってしまっていることを見逃してしまう。
注、Richsrd文献42p242に諸説がまとめられているので参考になります

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