エラトステネス(BC275〜194)・・・126オリンピア年(BC276〜273)に生まれ、プトレマイオスV世によりアテネに招聘された。さまざまな分野(数学、天文学、地理学、文学)で高度な研究をしたにもかかわらず、彼はベータ(二番目)の人と呼ばれた。また、二番、新プラトンとも呼ばれた。また、さまざまな分野にまたがって研究したので,「ペンタクロス」(五種競技)と呼ぶ人もいた。視力を失い、80歳で自ら餓死を選んだ。(スーダ)彼は、プトレマイオスV世の息子ピロパトルの家庭教師をし、後に、アレクサンドリアの図書館の館長になった。(GM1−p256、GM2ーp261)

教科書では次のよに二つの業績が取り上げられている。
@エラトステネスのふるい・・・この方法は、2200年もの前のギリシアの数学者エラトステネスが考えたもので「エラトステネスのふるい」とよばれています。その方法として。1から100までの数を書く。1を消す、2を残して2の倍数を消す。以下3,5,7,も同様に行う(啓林館、大日本図書)とある。しかし、ニコマコスが伝える資料では、異なった方法が伝えられている。古代ギリシアにおけるピタゴラス派やプラトンにとって1と2は数ではなく、数を作り出すものであった。奇数を表すoddはもともと3という意味である(ユークリッドの素数の定義とは違う。なお、ニコマコスは新ピタゴラス主義者である)。ニコマコスはつぎのようにの述べている。まず、素数を見つける方法は、エラトステネスによって「ふるい」と呼ばれたとしか書いていない。原典の英訳は次のように訳されている。The Method of obtaining these is called by Eratosthenes a sieve(「ニコマコス算術入門」GM1−p101)そして方法は、奇数(ピタゴラス派では3から)3、5、7、9、11・・・・をありったけ並べ、5、7、9は除き、11・・の倍数を消していくとある。従って教科書に書いてあるものと若干ちがいがある。 

A古代ギリシアの数学者エラトステネスは、地球の大きさを測ることを考えました。彼は、古代エジプトの町シエネにある井戸では、夏至の日の正午に太陽の光が底を照らすということを聞き、その時刻に、シエネの真北925kmにあるアレクサンドリアで、太陽が真上から南に7.2度傾いた方向にあることを測定しました。中心角で弧の長さが925kmですから、集の長さが求められますね。(大日本図書)
これも、エラトステネスの著作ではなく、BC1世紀中頃書かれた、Cleomedes(クレオメデス)の「天体の円運動」に述べられている。クレオメデスによれば、井戸ではなく、Sundial(日時計)となっている。ヒース「ギリシア数学史」ではグノモンという訳語がつかわれており、教科書や数学史における記述とは違っている。エラトステネスはアレクサンドリアとシエネの距離を5000スタンディオンとしそれに50を書けて、地球の周の長さを25000スタンディオン。しかし、ヘロンは、エラトステネスの著書「地球の計測」において、エラトステネスは、25200スタンディオンとしていると報告している。ストラボン、スミルナのテオンも25200となっているそうです。(ヒースは60で割り切れるからだと想像している)(G2−p267から 273にクレオメデスとヘロンの原典が収められている)さて、古代ギリシアにおいて、1スタンディオンがどのくらいの長さか確定できない。ボイヤーは161m、英和辞典では180m、183mとさまざま。

エラトステネスは他に、プラトンが対話者と登場する「プラトニクス」を書き、その中に立方体倍積問題の解法を示している。その他さまざまの平均の研究もしたようです。