エジプトにおける幾何学の誕生についての伝承,及びギリシアにおける解釈等の諸資料を検討する
 
資料1ヘロトドス(BC484〜425)「歴史」(岩波文庫P.226)
 王が国土を運河で切り刻んだのには理由があった。・・祭司たちの語るところでは、この王はエジプト人一人ひとりに同面積の方形の土地を与えて、国土を全エジプト人に分配し、これによって毎年年貢を納める義務を課し、国の財源を確保したという。河の出水によって所有地の一部を失うものがあった場合は、当人が王の許へ出頭して、そのことを報告することになっていた。すると王は検証のために人を遣わして、土地の減少分を測量させ、その後は始め査定された納税率で(残余の土地について)年貢を納めさせるようにしたのである私の思うには、幾何学はこのような動機で発明され、後にギリシアへ招来されたものであろう現にギリシア人は、日時計、指時針(グノーモーン)、また、一日の十二分法をバビロニア人から学んでいるのである。

、ヘロトドスは、下線部のように、伝聞や推測で語っているが、後の資料では、このことがエジプトで実際にあったことになってしまう(中学生や高校生向きの数学の本にはこのような記述がよくある。例えば、角川文庫の「数学物語」P23)。次のプロクロスのソースはヘロトドスであると推測することは可能であるろ思われる。

資料2プロクロス「ユークリッド原論第一巻注釈」
Proclos.「A commentary on the First Book of Euclid’s ElementPrinceton P.65
 「多くの人々が語っているように、幾何学は最初エジプト人により発明され、土地を測量することから生じたのであるとわれわれはいう。なぜならこの土地の測量は、ナイル河の増水が各人に所属している(土地の)境界を消してしたうゆえに、かれらにとって必要なものであったのである。この幾何学やその他の学問の発明が、必要から生じたことは何も驚くことはない。なんとなれば生成するものはすべて、不完全なものから完全なものえと進んでいくからであるそれゆえ感覚から合理的推論へ、さらにこれから純粋な知性へと移行が生じるのはもっともなことである。そんなわけで、数の正確な知識がフェニキア人において貿易や通商のためにはじまったように、幾何学は上述したことが原因となってエジプトで始まったのである。」
資料3、クレメンス(AD150頃〜215頃)「雑録集」DK68B299
彼(デモクリトス)はここでも確かに自分自身についても(書いている)。ある箇所で博識を誇って次のように言っているのである。「私こそ同時代人のうちで最も広く大地を遍歴し、最も広範囲を探究した、そして最も数多くの気候風土と土地を目のあたりにし、最も数多くの学識ある人びとの言葉を聞いた。そして、証明を付して図形を構成することにかけては未だかつて私を凌いだものはだれ一人いない。エジプト人のうちアルペドナプタイと呼ばれる者たちさえもである。(他の)すべての人びと(と交わった)後、私はこの者たちとともに80年間異国ですごしたのだが」実際、彼はバビロン、エジプトに赴いてマゴスたちや神官の弟子となったのである。
、アルペドナプタイ・・・字義どおりには網を結ぶ者、土地測量技師のこと。
  マゴス・・・ゾロアスター教の神官(魔術師)
 
資料4プラトン「パイドロス」247C
「エジプトのナウクラティス地方に、この国の古い神々のなかのひとりの神が住んでいた。この神には、イビスと呼ばれる鳥が聖鳥として仕えていたが、神自身の名はテウトといった。この神様は、はじめて算術と計算、幾何学と天文学、さらに・・・将棋と双六などを発明した神であるが、とくに注目すべきは文字の発明である。
、テウト・・・ヘルメスに当たる発明の神

資料5プラトン「エピノミス」
「ギリシア人は、異国の民からうけとったものを、みな最後にいっそう美しく完成する」
 
資料6ストラボン(BC64/3〜AD24以降)「地理書」
「一年(の真の長さ)とか同様な他の多くのことどもは、そのときまでギリシアの人の間に知られていなかった。それが知られるようになったのは、後の天文学者、エジプト人の神官たちの覚え書きをギリシア語に訳した人びとから、それらのことを学んだからである。これらの学者は今日でもなお、このエジプト人の記録やカルデア人の書きものから、多くのものを得つづけている」
 
資料7ディオドロス(BC1世紀後半〜AD1世紀初め)「歴史」
「エジプト人の神官は彼らの聖なる書物の記録に従って、サモスのピュタゴラスや数学者のエウドクソス、さらにアブデラのデモクリトスやキオスのオイノビデスが、彼らのもとに来たと述べている。これらすべての根拠として、彼らのあるものどもはこれらの人びとの像を、他のものどもはひれらの人びとの名を冠した場所や建物を呈示する。そして、これらの人びとが、そのことゆえにギリシア人の間で賞讃を博したすべてのものは、じつはエジプトから移入されたものであることを主張しながら、これらの人びとが熱心に真似た学問のなかから、このことの証明をもたらす」
 
資料8アリストテレス「形而上学」981b2
「ここに、快楽を目指してのでもないが、しかし、生活の必要のためでもないところの認識(すなわち諸学)が見いだされた。最も早くそうした暇のある生活を送り始めた人々の地方において最初に数学的諸技術がおこったのである。というのは、そこではその祭司階級のあいだに暇な生活をする余裕が恵まれたのだからである」
 
注、ヘロトドスのように「必要」から生まれたのではなく、アリストテレスは「暇」から生まれたと見ている。これはアリストテレスの学問に対する「観照」(テオリア)を重視する考え方の反映ではないか。さてエジプト側の資料としてはBC2000年末の「アメンエムオペの教訓」には「耕地の境界の石を動かしてはならない、測量のための網を移動してもならない」(「古代オリエント集」筑摩世界文学大系)とある。したがっておそらく「縄張り師」という、測量の技術者がエジプトにいたことは確かであろう。
 
資料9、イアンブリコス(250頃〜325頃)「ピュタゴラス伝」158節
「エジプト人のもとに幾何学の問題が数多くあるからで、太古よりこのかた、神々を原因としてナイル川が土を堆積し、あるいは奪いとるため、策定する土地た(ゲー) をエジプト人熟練技師が測量する(エピトレメオ)するのは至極当然なる理由により、さてこそ幾何学(ゲオメトリア)なる名称はあるのだ」。
 
資料10セビリヤのイシドルス(560頃〜636頃)幾何学とその名称の発案者」
幾何学という学科はエジプト人によって最初に発見されたと言われている。ナイル川が氾濫して人々の土地を泥で覆ったときに、紐と物差しで土地を分割する方法が、幾何学という学芸の名称の起源となった。やがて、賢人たちの巧みな業で、海の領域そして天と空気の領域さえも測量された。そうした研究に刺激されて、地球や空の大きさの探究が始まった。月と地球のあいだの距離は、また太陽と月のあいだの距離はどれほどあるのだろうか。また、天の極点はどれほど離れたところにあるのだろうか。信頼できる推論で、彼らは天球の隙間や世界の大きさをスタディオン〔古代ギリシアの長さの単位〕で示した。しかし、この学科は土地の測量から始まっているので、元の名称はそのまま残った。「幾何学」という名称は、「土地」と「測量」という二つの語に由来する。ギリシア語で、「土地」はゲー「測量」はメトラである。従って、この学科は線・距離・量・図形を扱い、また図形
 
注、エジプトの「リンド・パピルス」は、いろいろな容器の穀物の量、パンや小麦の分配、いろいろな形の面積、ピラミッドの傾斜(セケド問題)など実用的な問題の解法であ り、証明を伴うギリシアの幾何学とは別のものである。ヘロトドスの推測の方がアリストテレスもっともらしい。アリストテレスは、司祭階級としているが、リンド・パ ピルスは書記の教科書ないし参考書であり、次のエジプト側の資料より,これらの計算は書記階級の仕事であることは明らかである。
 
資料11 「古代オリエント集」より
役所は公開され、その調査記録はもちさられている・・・書記たちは殺され、土地台帳(書記の台帳)は破り去られている」
「かつては、耕したものが、穀物の所有者だ、いまでは、刈り入れても報告がなされない、書記は役所に座ってい るが、その手は何も書き写すことはない」
「都で何らかの地位にある書記は困窮することはない」
「書記がひとり岸に上がって収穫税を記録しようとしている」
 
結論、タレスやピタゴラスがエジプトへ行ったという伝承は確かにあるが、エジプトの数学は、リンド・パピルス等の内容から見ると実用的なものであり、数学の一部門とはいえない計算術であった。さらに、数学を、アリストテレスのように、さまざまな書物に、祭司や神官と結びつけることも、エジプト側の資料から無理がある。また、有名なgeometryが土地と測るのギリシア語からきている。ヘロトドスの推測(資料を見ていくと、その後だんだん事実になってしまっている)から生まれた言葉といえるかもしれない。
 デモクリトスの資料のアルペドナプタイという言葉は、エジプトの言葉ではなくギリシア語であり、資料10にあるように、ギリシア語で、土地」はゲー「測量」はメトラである。さらに 、バーネット「初期ギリシア哲学」によれば、語源からして全ての数学用語は紛れもなくギリシア語であるという。従って、幾何学がエジプトで始まり、それが土地を測るからきているということは、エジプト人ではなく、ギリシア人の推測か想像であり、エジプトとは無関係である、と資料から読み取れるのではないか。さらにこのことは、資料4プラトン「パイドロス」247Cの続きの部分で、プラトンは、パイドロスに次の様に語らせていることからも補強される。「ソクラテス、あなたは、エジプトの話でも、また気の向くままにどこの国の話でも、らくらくと創作されますね」

注、エジプトの文字が神聖文字とか、神官文字と言われているが、これもギリシア人がこれらの文字が寺院の
へき面に書かれていたからという理由で、エジプト人とは無関係にこのような名前をつけた。つまり、これもギリシア人の想像から生まれた言葉である。

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