ギリシアではいわゆる無理量とはいかなるものであったか。以下に見るように古代ギリシアでは無理数の概念はなく数と数の関係で定義される。       
それは、ユークリッド原論第10巻定義1において定義されている、つまり
定義1                                
「同じ尺度によって割り切れる量は通約できる量といわれ、いかなる共通な尺度をもちえない量は通約できない量といわれる」
            
つまり A=nK、B=mKというとき通約できる(n,mは自然数)   
                                   
さらに、線分のみにおいてさらに分類している。
             
定義2                                
 「二つの線分はそれらの上の正方形が同じ面積によって割り切れるときには 平方において通約でき、それらの上の正方形が共通な尺度としていかなる面積をもちえないときには通約できない」              
つまり、長さにおいて通約できる・・・例えば、2と3、6と9                
    平方において通約できる・・・例えば√2と√3、6と√7              
    長さにおいて通約できない・・・√2と√3、6と5             
    平方において通約きない・・・√2+5と3、√6+√7と√5-√3             
一般に、通約できる・・・通約可能                     
      通約きない・・・通約不能
                     
さらに、
有理、無理
については定義3
のべられている。         
定義3(一部略)                           
 「定められた線分と長さと平方において、あるいは平方においてのみ通約できる線分が有理、通約できない線分が無理」             

  √2と√3や,,5と6は有理  √2+5と3は無理 となる
                                                                     ユークリッド原論第10巻命題2には判定の方法が述べられている    

命題2                                
「もし二つの不等な量のうち、つぎつぎに小さいほうが、大きいほうからひかれ、残された量がけっして自分の前の量を割り切ることがないならば、それらの2量は通約できないであろう
                  
  いわゆるユークリッドの互助法のことは命題3にある
         
命題3                                
「二つの通約できる量が与えられたとき、それらの最大公約数を見いだすと」                                
例えば、75と55の最大公約数は次のように見つけることができる    
 75−55=20                          
 55−20×2=15                        
 20−15=5                           
 15−5×3=0  より最大公約数は5となる
            
注、ギリシアでは、数とは二以上の自然数であり、いわゆる無理数という概念はない。また、通約不能というのは、一つの量に対してではなく、つねに二つの量の相互関係である。                   

前回のリンクでは、無理数(通約不能量)に関する資料はピュタゴラス派に関するものであったが、他の現存する諸資料を全て提示しすることにより、無理数の発見がピュタゴラス派に危機や衝撃があったとする説には根拠がほとんどなく、推測でしかないことを明らかにしたい。(Fowler p289-298PPEENDIX参照) 

資料 デモクリトス                         
 ディオゲネス・ラエルティオスの「ギリシア哲学者列伝」によれば、デモクリトスに「通約不能な線分と立体について」(DL18) 
          
                                  
資料 プラトンが伝えるもの(通約不能量に関する最古の資料であり、テオドロスがルート3から17までを示したが具体的にどのようにしめしたかはプラトンは述べていない)                     
@「テイァイトス」(BC368頃書かれた)             
 注、テオドロスは、「プロクロスの摘要」によれば、アナクサゴラス(BC500-428)より後で、キオスのヒポクラテスとほぼ同世代の幾何学者とされている。プラトン「ティアイトス」「ポリテコクス」やクセノポン「ソクラテスの思い出」において幾何学者とされている。なお、イアンブリコスの「ピュタゴラス伝」では、ピュタゴラス派とされているがプラトンは何も示唆していないのでピュタゴラス派であるかは確実なことは言えない。

注、ティアイトス(生年はBC420-415、没年は394年と369年等の説がある)は、「プロクロスの摘要」によれば、定理を増やしたと言われている。無理線分の分類や、立体幾何学の研究を行った。詳しくはサイトを作ります           
ソクラテス  それはいったいどんなふうなものだったのかね、ティアイトス
ティアイトス それは(ある種の)平方根について、すなわち三平方尺の正方形や五平方尺の正方形などの辺にあたるものについてテオドロスさんは図形のあるものを描きながら、それは長さのままで計ると一平方尺の正方形の辺とは同じ尺度で計りきれない(すなわちこの場合は通約できない)ものでせあることを明らかにされていって十七平方尺の正方形のの辺までをおのおの一つ一つ取り出してそういうふうにしてくだすったのですが、それまで来て、どういうことはありませんでしたが、それを止められたのでした。そこで私たちの間には何かこんなふうな考えが浮かんで来たのです。それはこの種(正方形の辺として示されたところの)平方根というものは無限に多くあるものだということが明らかなのですからして、これを一つに総括することを試みようという考えなのです。つまりこの種の平方根をわれわれが全部その言い方で呼べるようになるものを見出そうと試みたのです。                        
ティアイトス 数を全体として私たちは二つに分けました。その一つは等しいものの掛けあわせとなることができる(例えば4=2×2)もので、図形でいえば正方形に比すべきものであるとしまして、これを私たちは正方形数とか、等辺数などという名前で呼ぶことにしました。
                    
ティアイトス 次は(4と9、9と16などの)中間にはさまれている数で、そのうちには3もありますし、5もありますつまり等しいものの掛けあわせとなることが出来ずに、あるいは大きい数に小さい数を掛けたものとなり、あるいは、あるいは小きい数に大さい数を掛けたものとなるだけのものはすべてそうなのでして(図形の上では)これを囲む辺は常に一方が大きくて、他方が小さくなるようなものですから、これを別に長方形に比すべきものとして、長方形数と名づけました。
       
ソクラテス  その後どうしたのかを聞かせてくれたまえ
     
ティアイトス その平方が平面を囲む等辺数となる限りの線分は、これを「長さのままで通約できるもの」と定め、またその平方が不等辺数となる限りの線分(ルート3)は、長さのままでは前者の線分と通約が出来ないけれども、その平方によって得られる平面をもってすればその通約が出来るという意味で、これを「特に平方としてのみ用いられるもの」と定めました。そして立方体についても別にまたこれと同様のことが言われたのです。

注、テオドロスがルート3より始めているので、正方形の対角線よりルート2はすでに知られていたという推測は可能である。またプラトン「メノン」では、ソクラテスが少年に正方形の対角線がルート2であることを理解させようとする場面がある。 
A「パルメニデス」(140c-d) 
                    
「しかし、より大もしくはより少であるような場合には、相手が共通の尺度(単位)で計りきれるものなら、そのより少ないものに対しては、より多くの単位を含んでいることになるだろうし、より大なるものに対しては、より少ない単位を含んでいることになるだろう」
「また相手が共通の尺度で計りきれないものなら、その一方のものに対してはより小さい尺度で計られるものとなり、他方のものに対しては、より大きい尺度で計られるものとなるだろう」                   
「およそ(同)を分有することのないものに、単位(尺度)なり他の何なりが同じだけあるというようなことは不可能ではないのか」    
「不可能です」
                          
B「法律」(818C〜)                            
 ク・・・クレニアス  ア・・・アテナイからの客人
         
ア・・・1も2も3知らず、一般に奇数と偶数の区別もできず、数を数えることもまったく知らず、夜と昼とを数え分けることもできず、月や太陽や星の運行についても無知であるならば、そのような人はとうてい神的人間に慣れないでしょう」                      
・・・つぎに、線、面、立体の測定において、すべての人間がこれらすべてについて生まれつき持っている無知それを、免れさせるのです」
・・・私自身晩年になって、それについてのわが国の嘆かわしい状態を聞いて、まったく驚いたしだいなのですそのような状態は、人間ではなく豚のような動物にふさわしいものだと思われました。そして自分だけでなくすべてのギリシア人のために恥ずかしいことだと思ったのです      
・・・恥ずかしいって何ですか                    
・・・ちょっとした質問に答えてください。線というものをご存知ですね 
・・・もちろん                           
・・・では面は                           
・・・たしかに                           
・・・それらは二つの別のものであり、立体が第三のものだということも存知ですね                 
・・・知っていますとも                       
・・・ところであなたには、これらはいずれも、互いに通約可能だと思われませんか                 ・・・つまり、線は線と、面は面と、立体も同様に立体と、通約可能だという性質は以ていますね         
・・・大いに                            
・・・しかし、もし若干のものは、程度の多少はあれ、通約可能ではなく、あるものはそれが可能だが、あるものは不可能であるのに、あなたはすべてが可能だと考えておられるならば、ご自身がこの問題についてどんな状態にあるとお思いですか                         
・・・明らかにあわれな状態です                   
・・・さらに、線や面と立体との、また面と線相互の関係はどうでしょうか。私たちギリシア人は誰も、それらが何らかの意味で互いに通約可能だと、こんなふうに考えてはいないでしょうか(二つの立体が通約可能でも、面や辺が必ずしも通約可能だとはいえない)                
・・・たしかにそうです                       
・・・しかし、またもしそれがどんな意味でも通約可能ではないのに、私が言ったように、私たちギリシア人すべてが、可能だと考えているとしたら、みんなのために恥ずかしく思いながら、彼らにたいしてこう言うべきではないでしょうか。『ギリシア人たちの中で最も優れた人々よ、これはあの基本的なことがらの一つです。すなわち、それを知らないのは恥ずべきことだが、そのような基本的なことを知っているからといって、何もたいしたことではないとわたしたちがいった、あの基本的な事柄の一つです』と     
・・・通約可能なものと、通約不可能なものとの相互関係が、いかなる性質のものであるかということです・・・」                 
Cヒッピアス大                          
 「それぞれとしては無理数であるものが、合計したものとしては、有理数であるかも知れないし、無理数であるかも知れない」(303C)
   
D国家                              
 「その人々が、いわば無理数を示す直線のように」(534D)
 「その長方形(長方形数)の一辺は、5の有理な対角線からなる平方数を
  100倍したもの(ただし、その平方数のそれぞれは1だけ不足し(差し引かれ)あるいは、無理的な対角線がとられる場合には2だけ不足する(差し引かれ)という条件のもとに)であり、もうひとの辺は、3の立法を100倍したものである。(546C)
         
注, @5の有理な対角線とは、一辺が5である正方形の対角線(√50)に、最も近い整数7のこと,
    (49−1)×100=4800       
    A無理的な対角線がとられる場合には2だけ不足         
    (√50×√50−2)×100=4800             
Theon of Smyrna(スミュルナのテオン)は次のように述べている
有理な対角線をみつける方法を示した。「対角線と辺の比もまた単位の中に見出される。・・・2つの単位をとり、ひとつを対角線、ひとつを辺とする。辺に対角線を加え、対角線には辺を2つ加える。」(Thomas(8) P133)このようにしていくと。次のようになり三番目に、上記のプラトンの数がでてくる。

12 70 577 3363
対角線 17 99 408 2378
                   
また、プロクロスはプラトン「国家」注釈で次のように述べてこれをピュタゴラス派のものとする。                        
「ピュタゴラス派の人は、辺と対角線についてこのようなエレガントな定理を提示した。対角線は辺を加えると辺になる、辺は自身の辺を加と、対角線を加えると対角線になる。これは、原論第2巻命題10によって証明できる
 (Thomas(8) P137) スミュルナのテオンと同じ計算方法をのべている。証明は、Heath(3) P93にある。           
一般に、n番目の辺をan 、対角線をdn とすると           
   2an 2 −dn 2 =(−1)n-1                 
  となる。上の表で、辺÷対角線を計算すると            
   n=2のとき 1.5                       
   n=3のとき 1.4166666                    
   n=4のとき 1.41428571                   
   n=5のとき 1.41421568                   
   n=6のとき 1.41421362                   
   これは、√2 の近似値に近づいていく、フロクロスの報告から、ピュタゴラス派が、平方根の近似値の求め    方を知っていたかもしれない。 

プラトンの資料から読み取られることは正方形に関して、ルート2は既知のものとしている。テオドロスはルート17まで示した。プラトンはピュタゴラス派についてピュタゴラスの名前を挙げているのは、「国家」(600b,530d)の二カ所しかない。そこでは、無理数(通約不能量)の発見によるピュタゴラス派の危機などは指摘していない

                                  
アリストテレスが伝えるもの                   
A分析論前書                            
 @この部分が奇数・偶数で証明されていたという根拠である     
 「不可能によって(帰謬法によって)(結論を)決定づける諸理論は、まず偽を推論して、最初の論点を仮定から証明するが、このとき矛盾が措定されることによって、結果としてなにか不可能にことが生ずるわけであってたとえば正方形の対角線は辺と通約不可能であることが、もし対角線が通約可能と措定されると奇数どもが偶数どもと等し結果が成立してくることによて証明される場合のごとくである。すなわちそこではまず奇数どもが偶数どもと等し結果が成立してくることを推論して、つぎに矛盾によって偽が結果として生じるがゆえに、対角線が通約不可能であることを仮定から証明するわけである。」(41a23−30)          
A「もしひとが、正方形の対角線は辺と通約不可能であることを証明しようと欲しながら」(65b16−21)              
B「たとえば、正方形の対角線が辺と通約可能であるとされると、奇数と偶数が等しいことになる(50a37−38)           
C「たとえば、正方形の対角線が辺と通約不可能か、通約可能が問われる場合に・・・彼らはただ対角線が通約不可能か、通約可能を推論しただけなのである(46b26−37)
                
B動物発生論                            
  「正方形の対角線は一辺と通約できない、これらは一定の原因(理由)があるし、論証もできる」(742b27)            
Cエウデモス倫理学                         
  「たとえば、正方形の対角線はその辺と通約不可能であるというふうに」(1226a24)
   
D弁論術                              
  「正方形の対角線が辺と通約できる状態は、生じ始めることもないだろうし、現に生じてもいないのである」(1392a15−18)
   
Eトピカ                              
  「矩形の対角線は辺と通約できないということを考察することからくる快楽(106a38−b1)                
  「対角線が辺と不通約であることを論証すべきであるのに、辺が対角線と不通約的であると要求するゆうな場合である」(163a11−13)
                                  
F詭弁論駁論                            
 「正方形の対角線は、その辺と共測可能(通約可能)であると主張したとすれば、人は、それが共測不可能(通約不可能)であることを証明することによって、相手の主張を論駁することができるであろう」(170a25−26)
「正方形の対角線は、その辺と非通約的である、という真理性については意味が別れている」(170b19−20)           
G自然学                              
  「たとえば、正方形の対角線はその辺で測られる(通約的である)ということなど」(221b24)                  
  「たとえば、対角線は非通約的であるということが常に存在するように」(222a4)                   
H天体論                              
  「たとえば、通約的な対角線の場合がそれである」(281a6−7)
 
  「対角線が通約的であることは、不可能だとかいあ場合である」(281b5−6)
 
  「対角線が通約的であるとか言うのは、虚偽であるばかりではなく、不可能でみある」(281b12−14)              
I霊魂論                              
  「たとえば、共測でないものと対角線とのように・・・」(430a30)
    
Jニコマコス倫理学                         
  「正方形の対角線とその一辺が通約しえないということについては、人は思案をめぐらせない」(1112a23)            
K分析論後書                            
  「対角線が一辺と通約しうることの知識をもつことがありえぬように」(71b25−26)
  
  「対角線が一辺と通約しうることを」(89a29−32)     
L形而上学                             
  「あるいは正方形の対角線が辺で測りえないこと・・・すでに幾何学的認識を獲得所有していね者にとっては もしも対角線が辺で測りうるということになりでもしたなら、そりこそかえって驚異すべきことであろうから。」(983a−19)      
  「正方形の対角線はその辺と通約的である」(1012a−33)  
                                  
  「対角線は辺と通約的ではあらぬ」と言う場合(1017a−35)
 
  「正方形の対角線はその辺と通約的である」(1019b−24)
  
  「およそ数は共通の単位で測られうるものうなわち通約的なものであり、したがって通約的でないものを数で言い表すことはできない」(1021a−5)
  
  「正方形の対角線はその辺と通約的である」(1024b−19)
  
  「正方形の対角線はその辺で測られることの可能なものである、しかし、測られない。」(1047b−7)               
  「或る物事についてはそれらの通約性や非通約性を、或る物事についてはそれらの比を考究する」(1061b−1)           
、Aの@は、原論のいくつかの写本では、では次のように証明されている。第10巻117の証明 
訳文は伊藤俊太郎他(19)による,Artman、山川偉也(34).九州大学(40)も参照した)     
以下の原論にある証明は、もともと第10巻命題117にあったものだが、アウグスト以降の編集者により、他の命題と全く遊離しているというので取り除かれている。(日本語訳では、現代表記で、付録にある)なお、アルファベットは英語のものになおした。
            
(命題)次のことがわれわれの前に証明すべく、おかれているとせよ。すなわち、正方形の図形において、その対角線は辺と長さにおいて通約不能である。                          
                                                   
                                  
    いまABCDを正方形とし、その対角線をACとせよ。     
    ACは、ABと長さにおいて通約不能であるという。      
                                  
(証明)                               
もし可能ならば、通約可能であるとせよ。その場合は偶数と 奇数が同じもの
であることになるであろうと、私はいう。               
さて、ACの平方がABの平方の2倍に等しいことは明らか(1巻命題47)
ある。                               
そして、ACとABは通約可能だから、ACとABは数の比(注1)をもつ。
それが、EGのHに対する比であるとし、かつEGと(7巻命題33) Hはそ
と同じ比をもつもののうち最小のものであるとせよ。          
ところでEGは単位ではない。なぜなら、もし単位だとすれ ば、ACがAB
対してもっているのと同じ比を、それはHに 対してももっており、ACはA
より大きいから、したがってEGは数であるHより大きいことになり、これは
不可能なことであるからである。それゆえEGは数である。そしてAC対AB
はEG対Hであるゆえに、ACの平方対ABの平方は、EGの平方対Hの平方
である。さらにACの平方 はABの平方の2倍である。それゆえEGの平方
Hの平方の2倍である。それゆえ、EG は偶数である。その結果としてEG
自身も偶数である。なんとなれば、もしかりにそれが奇数であれば、その平方
も奇数になってしまうからである。けだし 奇数が奇数個集められるならば、
の全体は奇数である。それ?9巻命題23 ゆえEGは偶数である。 Fにおい
て、EGは真半分に分けられたとせよ。EG、Hは(7巻命題22) 同じ比を
つもののうちで最小のものであるから互いに素である。そして、E
Gは偶数である。したがってHは奇数である。なぜ なら、もしかりにそれが
数であるとすれば、2でEGとHの 両方が割り切れることになるからである
けだしすべての偶数(7巻定義26) はその半分の部分をもつ。そしてこの2
割られたEGとHが(7巻定義12)互いに素ということになるが、これは不可
能なことである。それゆえHは偶数ではない、Hは奇数である。そしてEGは
EFの2倍であるから、EGの平方はEFの平方の4倍である。EGの平方は
Hの平方の2倍である。それゆえHの平方はEFの平方の2倍である。したが
ってHの平方は偶数である。したがって上に述べたことからして、Hは偶数で
ある。しかしまた奇数である。これは不可能なことである。そ れゆえ、AC
ABと長さにおいて通約不能である。これが 証明すべきことであった。  
                                  
注1は「線分が通約可能だから数の比をもつ」これは、通約不能量の発見後 
    てなければならない。なぜならそれ以前は線分が数に対応することは
    自明のことであった。                    
注2 最初の部分に「プロタシス」があり、図があり具体的に命題の内容を述べる「エクテシス」がある原論のスタイルである。(  )で示したように原論の命題や定義が使われていて、ピュタゴラス派または原論以前にこの証明が通約不能量の最初の発見であったということはかなり無理があり、当時は別の
証明であったと推測される。注3参照                     
                                  
注3、Fowlerは次のように推測している。アフロディシアスの アレクサンドロスは、3世紀前半に、「アリストテレス析論前書注釈」に、正方形とその対角線を用いて通約不能性の正確な証明を残している。 しかし、アレクサンドロスの証明は第10巻117の証明とは違うが、現存する写本の原論の内容を一字一句引用している(他の著作でも同じ)Knorrは、この証明が、テオン(AD4世紀の原論の校訂者)までの間に原論に挿入され、証明は、続くヒロポヌスのような、アリストテレスの注釈者たちによって、第10巻117の証明になった(Fowler p295)

アルキメデスによるもの                                  

アルキメデス「平面板の平衡について」においてのみ次のように述べている 
 「通約不能量であっても、天秤のつりあいは、量に比例する」     
 「二量が通約できないとしても、同様に二量に反比例する距離において釣り合う」                             
アポロニオスによるもの                                  
 プロクロスは次のように述べている(原論第一巻注釈74) 
「アポロニオスは、かなりの量の無理数の理論を精巧に作り上げた」   
                                  
アレクサンドリアのヘロンによるもの                      
「定義集」に通約不能量のことが、エウデモスの「幾何学史」の縮約したものが言及されているが、発見については述べていない(Fowler p293)    
                                  
プルタルコスによるもの                            
ピュタゴラス派について「難解で神秘的な幾何学の進歩の秘密を、それに値しない者が漏らした時、彼らは次のように言った。神は、広くいきわったている災難で罰すると、その者を威嚇したと」(Fowler p294)         
                                  
スミルナのテオン、ニコマコスは語っていない             
   
                                  
プロクロス「ユークリッド原論第一巻注釈」              
(ピュタゴラスはこれらの人々の後に現れた人だが)この学問を一個の自由学芸の形に変貌させた。すなわちピュタゴラスはこの学問をいくつかの第一原理から検討し、種々の命題を、具体的な表現を使わず純論理的な思考によって研究しようと努めた。無理量(もしくは比例)の理論や宇宙的立体(すなわち正多面体)の作図も、彼の発見である。                 
注、一行目は、VoghtとSachsによれば、エウデモスのものではなくイアンブリコスの追加で、二行目は、新プラトン主義者おそらくプロクロス自身の追加である.いずれにしても通約不能量の発見の資料にはなりえない(Fowler p292)

結論アリストテレスは、資料にあるように「形而上学」では8回通約不能量について述べている。さらに同書では、ピュタゴラス派の哲学について述べているが。通約不能量の発見がピュタゴラス派に衝撃であったという記述はないさらに、プラトンも衝撃については語っていない、さらに他の資料にもない。従って、通約不能量の発見がピュタゴラス派に衝撃であったという資料は現存しないので、衝撃であったという事実はなかったと結論してよい思われる。(Fowler p292)なお、通約不能量の発見の年代は学者によりさまざまな説がある。ヒッパソスのものであるとすればBC480年前後であるがイアンブリコスの資料は以前に述べたように疑問が残る。、プラトン「法律」では、通約不能量についてはギリシア人にまだ知れわっていないように思われるので、プラトンの時代よりもそう遠くではない、またテオドロスの年代(BC410-BC390活躍)も考慮に入れると、BC5世紀後半が妥当であると思われる。多くの学者はBC450-BC410とし,knorrはBC430頃としている(Fischlerp59)

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