ミュートスからロゴスへ・・・ほとんど定説になっている「神話から理性へ」これは近年疑問視されている。

例えば、数学史においても次のように語られている。「古代オリエントからタレスへの移行は、世界及び自然を擬人的神々に依拠し説明することから、自然そのものの内在的な働きを原理として説明することへの移行と言うことができる、それゆえ、この移行は識者から『神話から理性へ』という標語で簡潔に表現されてきたのである。タレスの場合『水』の非神話化が自然の神話的解釈から理性的解釈への転換の糸口であった。」(「ギリシア数学の探訪」)つまり、タレスは水について述べたが、水の神については述べていない。

Lloydによれば、呪術やその実践は、ホメロスの時代から、古典期を経て中世にまで、さまざまな種類のものが記録されている。ドッズによれば、BC5cの「啓蒙の時代」からの反動・反作用としてBC4cに呪術など非理性的なものがは顕著になったとしている。さらにLloydは、古典学者たちが、まだ、科学が呪術に、理性が神話に取って代わったと主張していることを批判している。例えば、エンペドクレスのように、科学や宇宙論の発展に顕著な貢献をした人たちが、自然の探求と同時に呪術に関心があった。さらに古典期からルネサンスにおいて天文学者は同時に占星術者であった(錬金術もふくめることが出来るかも)。ブルクハルトによれば、アテネにとって問題であったのは、あらゆる迷信の破棄であって、これは天界現象を自然に即して説明することによってなされたのであった。しかしかれは次のように注意している「ここで十分注意してもらいたいことは、一切はかなり高い教養をもった人たちのためになされたということである」と(現存する資料ではヒポクラテス集成がある)。ここでは、主にLloydに従って、このことを裏付ける資料を可能な限り収集して、検討していく。

『神話から理性へ』は、さまざまな説があり、それらを網羅することは出来ない。ここでは、ギリシアにおいて論証数学の成立に関して、合理的思考(呪術・魔術・超自然的なものによる説明の排除。首尾一貫した説明の起源)また、政治的・社会的背景等、論証数学成立の探求のヒントとなるものを取り上げる。

この図式は、おそらくコンフォードの「宗教から哲学へ」(1912)において表明されている。タレスについては、資料からいえる三つの概念が確認できる、それは「水、神あるいは霊、および魂です。ここですぐさま、あの哲学の第一声のうちに、私たちは、哲学が始まる以前の、宗教的表現としての長い歴史をもつもろもろの概念に出会うのです。・・・この思索の精神がいかに科学的なものであるとしても、たえずこれらの宗教的概念とともに作用し・・・」さらに、アナクシマンドロスについては、彼の秩序に関する見解は「彼の発見ではなく、前科学的なものから継承したもの」としている。つまり「自然、神、魂の三概念はどれもみな、哲学の第一声の背後に横たわる長い歴史をもつ」いずれにしろ、ミレトス派の主張は、前科学的なものから、科学的なもの、つまり、『神話から理性へ』と見なされる。さらに、コンフォードは、「ギリシア哲学のうちには神秘的とオリュンポス的という二つの型の宗教から出発している」としている。さらに、「Principium Sapientiae」では、BC6世紀の賢者たちは「自分の精神からあらゆる神話的な先入観をきれいに取り払うなどということがありえたならば、それは奇跡であったろう」と述べている。

バーネットは、コンフォードの説に対して近代科学に通じる合理的思考・科学的思考の源泉をミレトス派に見ている。「初期ギリシア哲学」(1892)によれば、「ミレトス人は完全に伝統的信仰を無視したのである。ミレトス人が、究極的基体や無数の宇宙に対して『神』の語を使用するにしても、宗教的意義はもたせなかった」「イオニアの学問の起源を、その種の神話上の思想に探し求めるのは、全くの誤りである」「宗教上の意味では、『神』の語はまず第一に、つねに信仰の対象を表しているが、すでにホメロスではまさしくその意味を失っている。ヘシオドスの『神統記』(では)・・・記されている神をだれひとり信仰していなかったし、或る神のごときは自然現象のたんなる擬人化、あるいは人間の情念の擬人化すらある。」さらに「神話から学問を引き出す誤りにけっして陥ることはないであろう」として、上記コンフォードを批判している。結局「イオニア人は、民間信仰と通じてすごく馴染んでいたにちがいないけれども、最初からその区別に反対している。後の時代になって、アリストテレスはこの区別を再現したが、しかしギリシア人の学問はそれを拒絶することによって始まったのである。」と述べている。

スネルは、「精神の発見」(1955)において、ホメロスにおける人間は「喜びとか思考等々といった事柄を決して精神もしくは魂の活動作用と考えていない。この意味ではまだ精神も魂も存在していなかったのである」とし、「ギリシア人たちがヨーロッパ的思考のために根本的な点において獲得した多くのものは・・・通常精神史の側からよりは宗教領域の側から見たとき、われわれに一段と親しみ深い形をとって現われている」そして、個人の発見といえるようなものは、ソロンの時代であるとし「抒情詩人の時代にギリシア的ポリス、つまり都市国家が成立し、・・・個人意識と、ポリスという国家秩序が同時に生じてくることはなんら矛盾していない」と述べている。なおソロンはヘロドトスによればタレスと同時代。また、DLには、タレスからソロンへの手紙が記されているがおそらく偽書。ここでも『神話から理性へ』という図式が見える。

逆に、ドッズ「ギリシアと非理性」(1951)はギリシア人と非理性的な関わりを強調した、例えば、ホメロスに関して「平常の人間行動からのあらゆる逸脱は、その原因が当人自身の意識によってにせよ他人の観察によってにせよ直接に確認されない場合には、超自然的な働きかけに帰せられる天候や弓弦の平常な行動からの逸脱もまた、同様である。この発見は古典に馴染みのない人類学者を驚かせはしないだろう。・・・日々絶え間なく超自然的なものに依存しているという感覚が、非宗教的だと思われてきた『イリアス』『オデュッセイア』の如き誌の中に強固に根を下ろしているのを発見することは・・・」とのべている。なお、ピタゴラスに関してはシャーマンとしての解釈を提出している。この非理性的なものはホメロスからヘレニズムまで確認できるという。

イエガーは「ギリシア哲学の神学」(1947)初期の自然学者たちがむしろ自然神学、神話的思考と密接な関係を持っていると強調した。イエガーは「神的なものにおいて神話的な意識がこしらえた『神々』個別性と形態が失われ・・・その知的な形式において単一な特徴を示し・・・その目標は自然や存在の認識」イエガーが神的と呼んでいるのは、特定の宗教・宗派のドグマや解釈や体系ではなく、主にアリストテレスのいう「究極の原理・原因の学」としての神学であり、第一哲学のことである。

これは、バーネットのように、初期ギリシア哲学に単純に西洋近代科学の萌芽を見のは一面的であって(私も、タレスが数学において証明したとは思えないし、後のことであると思う)、タレスの残した「万物は神々に充ちている」という言葉に示されるように、ミトレス派の語った「水」「無限なるもの」「空気」といった万物の原理というのは、彼らにとって一種の神であった。その意味で彼らは神話的思考を完全に脱却したわけではないのだ、という見方。ミトレス派にとって、神々とは、たしかに、ギリシア神話あるいはホメロスの英雄叙事詩に見られるような擬人化され、またそれゆえに社を建てて崇め奉られるような神ではなかった。きわめて人間に近い姿をとり、人間と交流している、たしかに、絵に描かれ、彫刻に刻まれ、神殿が造られたが、人間から全く超越したものではなかった。ガスリー(1962)は、バーネットとコンフォードの折衷し、、科学と神話の混合をみているようだ。結局初期のミトレス派に関しては、近代科学の夜明け前というより(実験や観察なしに)、神話体系を神の名を使わず、新たな世界の説明(宇宙生成論)を始めた、つまり哲学の夜明け前といえるのではないかとしている。

この、ミュトスからロゴスについては、ギリシア独特の変化であり、直線的なものではなく、複雑なものであったというカークの指摘は説得力のあるものであると思える。カークは次のように述べている。

まず、前提として、一般的に、二つの社会についてこう述べている
@伝統的で無文字社会
この社会では、伝統的説話は、議論、説得、慰撫(なぐさめいたわること)、伝達などのための重要な手段として作用する。恒久的問題に関する一般的議論は、主として説話の形をとって行われる。説話は生活様式の一部である。しかし、それらは、常に首尾一貫してはおらず、まして哲学的ではばい。哲学は首尾一貫して合理的であろうとし、普遍的に適用する一般的主題を扱おうとする。しかし、神話はそうでない。
A非伝統的な文字を持つ社会
個人的見解の発達が助長され、「憲章」は書かれた形でもっともよく機能するようになり、事実が幻想や詩的想像より重んじられる。このすべての社会が哲学をもつわけではないが、合理的で普遍的な思考の発達のための基盤を提供する。この規範は、伝統的で無文字社会にはない。また、この社会の保守性と伝統性により、必要な答えを提供するものとして神話をもつことによって制度や習慣においても、また、信仰においても変化に対して敵対的である。
したがって、哲学の可能性をほんの曙光にせよ、開かれ得るためには、神話の有機的使用が衰減せねばならない。
Bギリシアでは、文字の使用がおくれた(線文字Bがそれ以前に使用されていたが、それらのほとんどは行政・経済の記録でしかなく、文化的なものではない)。しかし、ホメロス以前のギリシアは、前文字社会であったが、それだけの理由で@の伝統的文化であったとは言えない。ホメロス以前、というよりミュケネ時代以前より、政治的・経済的・社会的に高度に洗練された組織の発達により伝統性はすでに失われていた。そして、イリアスにおいてその頂点に達するギリシアの伝承は、文字で記録される以前に文字伝承の多くを獲得し、体系的なものになっていた。従って、ギリシアでは、伝統的態度のあるものが、他の点では進歩的・革新的である環境の中に残存していた。また、神話がその重要性を保持しつづける一方で、その神話の内容に、首尾一貫性が求められた。この希有で逆説的な状況がおそらくイオニアで(ミレトス派のこと)開始された、合理的な想像力による独自の冒険を可能にする一因となったのであろう。

注、線文字Bにおいて、ギリシア神話で有名なゼウスやヘラ、アテナ、ヘルメス、アルテミスなどのオリンポス神の名が記されているが、ホメロス以前の神々についてはよく分からないのが現状である。

では、ホメロスにおける合理性は

一般化・普遍化が行われている例
@オデュッセイア(1−11〜)
人間どもが神々に罪を着せるとは、なんたる不埒な心がけであろう。禍はわれわれのせいで起こるなどと申しておるが、実は自らが己の非道な振る舞いによって・・・
Aイリアス(2−2049
統率者は一人でよい・・・王権とを授け給う王が一人おればよい。
Bイリアス(6−241〜9
人間の舌というものは滑らかで、その舌にのる言葉は数も種類も多い
Cオデュッセイア(6−182)
夫と妻が心を通わせながら家庭を営むことより望ましく結構なことはありません。・・・それは好意を寄せる者たちにとっては嬉しいことで、またその当人たちに一番良くわかることです。
これらの例において、一般化と普遍的判断がなされている。ギリシア哲学の神話からロゴス、つまり神話の合理化だけではない。つまり伝統的な神話の説明の拒否は、世界において何が関心に価し、重要であるかということに関する態度の変化と、個別から普遍へ、実用的なものから理論的なものへの変化が始まっている。

さらに言うと、この傾向をホメロスにおいて、宗教の移行として見る研究者もいる。フィンリーによれば、ホメロスの神々は、擬人化され、「形のない霊として、・・・あるいは怪物的な形態として描くのではなく、人間のような喜怒哀楽を具えた男女として」また、魔術や祭儀はギリシアに栄え続いたが、ホメロスには「古代祭祀の痕跡がほとんどなく」従って「ホメロスが神々を人間化したことによって、人は己を知り始め」とし、ホメロスに後のギリシア文化の開花を見ている。つまり「ホメロスの詩はその神話の取り扱いにおいていわば前ギリシアてきである場合もあるが・・・詩は世界を秩序づけ、人間と自然、人びとと神々に調和をもたらす・・・そのようなホメロスの行き方拡張し高めることで、ギリシア文化に栄光に道を開くことになった」

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