円の正方形化(円積問題)は、次の資料より、すでにプラトン以前に研究がはじまり、一般の人にも知られていた問題である。(主にKnoor文献6p 25-47を参照)
 
資料1、プルタルコス「亡命について」DK
アナクサゴラス(BC500〜428)は、獄中で円の正方形化を研究した。
 
資料2、アリストファネス「鳥」これは喜劇でありBC414初演。GM1-p309、
「直線定規で、円を正方形化してみます」とMetonに言わせている。(PENGUI CLASSICS The Birds and Other Playではp188)
 
次に、ソクラテスの時代にアンティフォン(ソクラテスと同時代のソフィスト)が、後のエウドクソスの『取り尽し方』の先駆けとなるような方法を考えた。
 
資料3、シンブリキオス(アリストテレス「自然学」注解)
 多くの人たちが円の正方形化(これは,円の面積に等しい正方形を作図するということであった)を探求し,アンテイボンとキオスのヒポクラテスはそれを発見したと信じたが,彼らは誤っていた。しかしアンテイフォンの誤りは,後に見られるように,幾何学的原理から出発していないことによるものでありそれに反論することは幾何学者の仕事ではない・・・アンテイボンは円を描いたうえで,それに内接可能な多角形であるものを内接させた.例えばいま,その内接図形が正方形であるとしよう.次に彼は,正方形の各辺を二分割し,その分割点から円周に向かって垂直に直線を引いたが,その直線のおのおのは明らかに,(正方形によって)分割された円の一つ一つの弧を二分割していた.次いで彼は,それぞれの弧の分割点から,正方形の各辺の両端へと直線を引いて結びつけてゆき,それらの直線から四つの三角形ができるようにし,全体の内接図形が8角形になるようにした.そしてそのようにして彼はふたたび同じ方法で,8角形の各辺を二分割し,それぞれの分割点から円周に向かって垂直に直線を引き,引かれた垂線が円周に接する地点から,分割されている各線分の両端へと直線を引いて結びつけ,内接図形を16角形にした。さらに同じ手順で今度は,内接している16角形の各辺を分割し,各点を直線で結びつけて内接多角形を2倍にし,そしてこの作業をたえず続けてゆくと,彼はついにこの方法で平面が尽くされて,各辺がその小ささのゆえに円周に一致するような多角形を,円に内接させることができると考えたのである。しかるに,われわれが『原論』[エウクレイデスUI14]で知ったように,任意の多角形と面積の等しい正方形を作図することができる以上,しかもここで円と一致する多角形は円と等しいと見なせるので,われわれはまた円と等しい正方形も作図することができることにな

資料4、テミスティオス(アリストテレス「自然学」注解)
 アンテイボンに対しては幾何学者はもはや反論すべきことをもたないであろう.というのも彼は正三角形を円に内接させ,各辺の上に別の等辺三角形を円周の方に作図し,この作業をつぎっぎに繰り返すと,ついには最後の三角形の辺は直線でありながら円周に一致するだろうと考えたのだから.しかしこれは,無限分割を否認する者の考え方であって,幾何学者の方はそのような分割を仮設として受け入れているのである.
            
*アンフォホンに対するアリストテレスの批判。結論えおさきに言うと、アリストテレスの頃には無限小数学の概念がなかった。しかしHeath文献3p 222も指摘するように、後の積分学の先駆けであると評価できる。しかし、多角形が円と一致するというのは,
明らかに論理的な間違え。
 
資料5、アリストテレス(自然学185a14)
しかし同時に,あらゆる問題を解くというのも適切ではなく,ただ人が諸原理から誤って演繹するかぎりのものに答えを与えればよく,そうでないものにはその必要はない.例えば,弓形による円の正方形化の問題を解決するのは幾何学者の仕事であるがアンテイボンのものは幾何学者の仕事ではない。     

*上記の資料5において、アンテイボンのものは幾何学者の仕事ではないに関連 して。アリストテレスは具体的に述べていない。このことについて考察する。  

(1)、アンティフォンはソフィストとされていた。アリストテレス、プラトンは,ソフィストに対して次のように述べ悪名高い人々としている。(しかし  近年では、ソフィストの学的貢献を評価されている「ソフィスト」クセジュ文庫)さらにアリストテレスは、ソフィストのプロタゴスに対して幾何  学の例を引用して批判している(資料C)しかし、これらがアリストテレスの言及の一つの動機と考えることは可能である。

資料A プラトン(ソフィスト231c-242b)                
 「金持ちの若者を獲物に金儲けする者、魂の糧である学問知識をあつかう通商 業者、見せかけだけの偽物の学問知識をあつかう者、一種のいかさまし」

資料B アリストテレス(詭弁論駁論165a)                
「見せかけだけの知識で金儲けするもの」                                           

資料C アリストテレス(形而上学998a1)                
「いずれの感覚的な直線も定義通りに直ではなく、また円もその通りではなくたとえば丸い棒と物差しとは、決して幾何学でいわれている通り一点において接するわけでもなくて、むしろプロタゴス(ソフィストの一人)が常に幾何学者を駁して言ったように(線に沿って)であるから。」
*線に沿ってならば、多角形が円と一致すると考えられる

資料D シンブリキオス(アリストテレス自然学注釈)
シンプキリオスは、資料5に対する注釈において、アンティホンが破った原理を二つあげている。一つはアレクサンドロスが伝えるもので『幾何学者が前提とする、円は直線と一点で接する』(原論V-16で証明されている)シンブリキオスは続けて、言い換えて直線は決して円周と一致しない、なぜなら、直線は円の外では一点で交わり、円の内では二点で交わり、無限に分割を続けても、直線と円周は一致しない。つまり、『量は無限に分割できる』これが第二のもので、エウデモスの伝えるものだとシンブリキオスはいう。
 
(2)アンティホンは、当時の原子論者(デモクリトス)の考え方、またはアンクサゴラスから、または他の誰か、多角形を円の弧と一致することを考えついた。それは、『量は無限に分割』できるということである(デモクリトスは、原子は別にして、数学的な量は分割できると考えていた資料D参照)アリストテレスの批判の原因の源であり、アンティフォン適用の仕方が間違ったのか等、推測することが可能であると思う。
 
資料E プルタルコス(ストア派の共通概念について)DK 155
「デモクリトスは次のように自然学的な仕方で的確に問題を提起している。『円錐が底面に平行な面で切られた場合、切られた(二つの)平面は、どのように考えるべきであろうか。等しくなるであろうか、それとも等しくなくなるであろうか。等しくないとするなら、円錐は多くの階段状のギザギザを得ることとなり、一様でない様相を呈することになろうし、他方、もし、等しいなら、切り口も等しくなるであろう。従って等しくない円からではなく、等しい円からなることになり、円錐は円柱に様相を呈することになるが、これはきわめて不合理である」
 
注、このことはユークリッドが原論]U-5で、エウドクソスの発明とされる取り尽くしの方法で証明されている。
 
資料F アナクサゴラス
「量はかぎりなく分割できる。(小さいものでは、最小というものはなく、ただ無限に小さくなってゆくだけである。
 
(3)『量は無限に分割』という概念がアンティホンにあり、それを適用したと仮定すると、次のような単純な技術的な間違えがあった。
 アンティホンは、正方形(資料によっては正三角形)の各辺の垂直二等分線を引き、円周との交点を結んでいった、そうするとこれは分割ではなく、新しく多角形を作っているだけである、従っていつまでも多角形のままであり円周とは一致しない。つまりユークリッドが原論]U-2のように、弧を二等分すれば、それは弧の分割になるのでは幾何学の原理に基づいているともいえるのではないか。
 
ブリュゾン(ソクラテスかメガラのエウクレウデスの門人)の方法

資料6 アレクサンドロス(アリストテレス詭弁論駁論注釈)
ブリュゾンの円の正方形化は、論争好みであり、詭弁的である。なぜなら、幾何学の原理に従わず、もっと広い原理に基づいた。円の内側と外側に正方形を描きその間にもう一つの正方形を描いた。この正方形は、外側の正方形より小さく、内側の正方形より、大きい。従って円も同じように、外側の正方形より小さく、内側の正方形より大きい。だから、円とこの中間に描いた正方形は一致する。しかしこれは、8、9は10より小さいが7より大きい、8=9ではないので間違った議論である
 
資料7 アリストテレス(分析論後書75b40)のブリュゾンに対する批判。おそらく、上記の7、8、10の例のことをさしていると思われる
「論争好みで詭弁的であり、幾何学特有の原理に基づかず、他の事柄にも適用できる原理に基づいた。」

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