ギリシアの神々と近東の影響
カークは「ギリシア神話の本質」において、次のように述べている。まず、「ギリシア神話に繰り返し現れるモチーフの起源を近東と結びつけるのは、魅惑的であるが危険な作業である」それは、主観的にならざるを得ないからだと注意しながらも、「紀元前三千紀および二千年紀の近東と西アジアは、習俗と観念のるつぼであり、それらは、メソポタミアからエジプトに、そして時にはその逆の方向にも、またシリア、小アシア、そしてエーゲ海域のキュプロス、クレタ、ギリシア本土に伝搬した。また、セム系諸族は、インド・イラン人から、また後者は逆に前者から、観念を受容した。インド・ヨーロッパ語族のヒッタイト人は、インド・ヨーロッパ語族ではないフリ人から、セム族のアッカド人は、セム族ではないシュメル人から神体系を取り入れた。文化と信仰の主な源泉は、明らかにメソポタミアであった」と。そして具体的な例を述べている。
*エヌマエリッシュおよびクマルビ伝説と神統記、この神の交代は、つまり、クルマビ=クロノスのモチーフの伝搬は紀元前二千年になされた想像している。
*エレウシスの二神、デメテルとイナンナやドウムジおよびテレピヌ、そして、ペルポセネはアジアの神アドニスに近い。
*ギリシアの神々の主な成員は非ギリシア的であり、おそらく、西アジアの起源である。アポロンは、小アジア起源の可能性を示唆している
*アフロデティは、シュメルのイナンナやアッカドのイシュタルのギリシア的形態である。
*冥界の概念もメソポタミアとギリシアに共通している。
*ギリシア洪水伝説は、なんらかの仕方でメソポタミアの原形に由来することは疑問の余地がない。これと関連する「神が人間と滅ぼす」というテーマも。しかし、人類創造は受けとらなかった。
*地理的景観(山や海)の呼名、地名、植物の名などに、西アジアの言葉と酷似しているものがあり、形も起源もギリシア的なものではない。これらは、ギリシア語を話す移住者たちによって、神話、神々、祭祀、儀礼など、その他もろもろのわれわれに知る術もない要素と共に、継承された。そして、二千年から千年の間に受容されていったが、その頂点をなすのがアルファベットの受容である。
*ホメロスの「イリアス」「オデッセイア」が「ギルガメッシュ叙事詩」何か負ているところがあることに関しては、カークは、新しい証拠が発見されるまでは解決が不可能であろうとしている。たしかに、パトロクロスとアキレウスの愛は、ギルガメッシュとエンキドウの精神的友愛と、正確には同じではないが、共通点があり、ギルガッメシュもアキレスも母は女神であり、試練の時に息子を助けている。友が冥界から出てきて話しをするという類似もある。また、ヘラクレスのライオンの皮の着用、巨人や怪物との闘争、死にたいする関心や、オデッセウスの魔法の土地を旅する物語も類似している。しかし、偶然か、すでに広まっている民話のモチーフかもしれないとしている。
さらに、カークは「バビロニア時代に数学と天文学によってギリシア文化にもっとも明白な貢献をしたことが知られているが、われわれはバビロニア文化がそれ以前にもいっそう深い影響を、神話を媒介としてギリシアに与えていたことを、認知しはじめつつあるように思われるのである。」と述べているが、バビロニアの数学とギリシア数学の関係はそれほど明らかになっていない(このことが本来の目的のテーマで、新しいページを作成する予定です)以下、原点を参照しながらこれらを見ていくことにする。

@王位継承と争い(エヌマエリッシュおよびクマルビ伝説と神統記)以下の資料において、三代にわたる暴力による権力の交代、敗れた神  が復讐をその子に託す、怪獣との戦いが同じモチーフになっている。

神統記のこの部分のあらすじ
・天(ウラノス)は大地(ガイア)との間に十八人の子供を儲けるが、これらをすべて大地の腹中に閉じこめ、この世に現れでぬように計る。大地は自分の子に助けを求め、クロノスだけが応じ、天の陰部を切り取り、子供たちは解放される。そして、クロノスが王位につく。(154−210)
・クロノスは、レイアとの間に六人の子供を儲けるが、父ウラノスと同じように、しかし、今度は、子供を自分が呑み込んでしまう。これは、自分以外のものが王位につくことを恐れたからだ。レイアはガイアとウラノスの助言により、末っ子ゼウスをクレタの地に隠し、代わりに産衣にくるんだ大石をクロノスに与え、彼はそれをゼウスと思って呑み込む。つまり、クロノスは騙された。ある策(方法は書かれていない)を用いて、子供たちを解放する。(453−500)
・クロノスは他のティタンの神々を糾合して、ゼウスたちの新しいオリュンポスの神々に戦いを挑む。戦いは、ゼウスが地下に幽閉されていた百手巨人族を味方として連れてくるまで十年以上続いた。この援軍により、ティタンたちに勝利し、彼らをタルタロスに幽閉する。(820−868)
・その後、ゼウスは大地と、タルタロスの子怪物チュポエウスとの戦いでは、怪物はゼウスの雷電に焼かれ、タルタロスへ送られる(820ー868)
・ゼウスは王権を強固にすうるために一連の結婚を行う、最初の妻メティスは、己より強力な息子を生む定めになっているため、ゼウスは、生まれてくる子供を待たず、メティス自身を己の腹に収めてしまう。王位の循環は終わる。(息子を呑み込むことはなかった)(881−929)
クマルビ神話(フルリ神話のヒッタイト語版)のあらすじ
・神々の系譜を述べられている。最初の天上の王者はアラル、次にアヌがアラルを蹴落として王座につき、さらにアヌをクマルビが打倒する。アヌは身を隠し、復習を自らの子天候神に託す。クマルビはアヌと戦った時、勝ちに乗じて彼に咬みつき、その精液を呑み込んでしまったために、慌てて吐きだしたもののすでに遅く、敵を自らの体内で育て、生み落さざるを得ない羽目に陥ってしまったのである。やがて生まれ出た天候神は直ちにクマルビとの戦いを準備する。結果は、欠損しているが、天候神の勝利。
・後半はウルリクムミの歌と呼ばれている。クマルビは天候神への復習のため、アヌと同じように自らの子を作り、これに託そうとして、「岩」と契りを結び一子を儲ける。これが、全身が母と同じ岩であるウルリクムミである。クマルビは天候神とその仲間の目を避けるために、生まれたばかりのウルリクムミを生みに隠す。ウルリクムミは成長して海面にすがたを出し、天候神の住まいまで達するようになった。エアの助けで天候神が勝利し天候神の覇権が成立する。

神統記では、ウラノスをその子クロノスが討ち、クロノスをまたその子ゼウスが討つ。そして、ゼウスが覇権を握る。クルマビ神話では、アラルにあたるものは神統記にはないが、アヌをクルマビが追放し、その子の天候神(雷電と雷光の神ゼウスと等価)がクルマビを打ち負かし覇権を握る。さらに、ウラノスもアヌも天の神であった。また、クロノスはウラノスを去勢し切り取った男根を海に投げる、クルマビがアヌを去勢し、男根を噛み切り、その精液を呑み込むという特異な部分で似ている。同じように特異な点似ているのは、ゼウスはクロノスが呑み込んだ腹の中の二人の兄弟ポセイドンとハデスを救い出し、彼らと共にテェイタン族に打ち勝った。アヌの精液を呑み込んだクマルビの胎内に、クマルビの敵になる天候神等の種が宿り育った。次の挿入されている話では、クロノスが、自分の子供を呑み込み、ゼウス身代わりの石を、クロノスが飲んでだまされた。クマルビが、アヤ神に自分の息子を食べたいので渡してほしいと頼んだ際、何かを受けとり食べたところ、彼の口を傷つけ、鳴き声をあげた。これもだなされた話である。最後に、ゼウスと怪物チュポエウスとの戦い、天候神とウルリクムミの戦いも似ている。このように、神統記は、このヒッタイトの影響にああると考えるのがもっともらしい。

エヌマ・エリシュ(アッカド)

Aシュメールの滅亡後、バビロニア人が勢力を強め、天地創世神話「エヌマ・エリシュ」が物語れる。(様々な神が色々なものに関連させているのは、ホメロス、ヘシオドスに似ている。こらは、シュメールの最高の神エンルリから、バビロニアの最高の神マルドクへの交代劇でもある。内容は、宇宙の起源と、現在の世界秩序の形成である。マルドクが生まれるまでは次のように語られている。

上ではまだ天空が命名されず
下では大地が名づけられなかったとき
彼ら(神々)をはじめてもうけた男親、アプスー(淡水)、ムンム(生命力)、かれらをすべて生んだ女親
ティアマト(塩水だけがいて)、彼らの水(淡水と塩水)がひとつに混ざり合った。
草地は(まだ)織りなされず、アシのしげみは見あたらなかった。
神々はいずれも(まだ)姿えおみせず、天命も定められていなかったとき
(そのとき)神々がその混合水のなかで創られた。
(男)神ラッムと(女)神ラハムが姿を与えられ、そう名づけられた。
かれらの年が進み、背丈がのびていく間に、アンシャルとキッシャルが創られ、かれらにまさるものとなった。
かれらは日を重ね、年を加えていった。
かれらの息子がアヌ、父祖に並ぶもの。
アンシャルは長子アヌを(自分と)瓜二つにつくった
そうしてかれらの生き写し、アヌは、ヌディンムド(エア)をもうけた。
ヌディンムドこそかれらの祖父たちの主人公だった。・・・・
エアは反逆者を捕縛したりうち殺して、おのれの敵に対する勝利を祝った。
かれは自分の部屋で心なごんでゆっくり休み、それを「アプスー」と名づけ、聖所と定めた・・・
神々のなかでもっとも賢明なマルドクが聖なる「アプスー」で生まれたのだ。父エアがもうけた、母はダムキナ

多数となった若い神々は騒々しいため、アプスーは機嫌を損ねた。アプスーはティアマトの反対を無視して若い神々を滅ぼそうとたくらんだ。そのたくらみを見抜いたエアはアプスーを呪文によって眠らせて殺害し、その神々しい輝きをはぎ取って自分が纏った。ここで、上記のようにマルドクの誕生が書かれている。エアはアプスーという自らの聖所を定め、妻ダムキナとの間にマルドクをもうけた。マルドクは女神たちに育てられ、屈強な神となった。アプスーを殺されたティアマトは多くの神を招集し、十一の怪物を創造して復讐を準備していた。ティアマトは息子に「天命の書版」を与え、その命じることはすべて成就するように定め、戦闘の指揮官とした。エア、アヌそしてアンシャルもティアマトの敵意を恐れ、ティアマトと戦うことを、マルドクに要請した。マルドクは自分が天命の決定権をもつ最高神になることを条件としてティアマトと戦うことに同意した。マルドクはティアマトの体内に風を送り込み、ふくれあがらせたところに矢を放ち、その体をふたつに裂いた。十一の怪物も捕らえ、キングから「天命の書板」を取り上げて自分の胸につけた。そあいて、裂かれたティアマトの半分からそれぞれ、天と地を創造した。さらに神々の機能や天体の運行などを定めた。また、捕らえたキングの血を取って人間を創造した神々に仕えさせた。600の神々を、半分ずつを天と地の神のわけた。神々はマルドクのためにバビロンの町を築き、エサラギ神殿を建て、マルドクがすべての神々に王者であることを認める誓いを立てた。「ハムラビ法典」では、アヌと「天地の主」「国の運の決定者エンルリがエアの長子マルドクに「エンルリの名誉を与える」という書き出しによって、マルドクが最高の神になったことがうかがえる。

これは、神統記との関係でいうと、細部にわたっての一致はないが、神々の覇権争いや怪獣たちとの戦いが描かれている。むしろ、神統記におけるゼウスを讃える、エヌマ・エリッシュのマルドクを讃える意図が共通している。

動機として可能なものは(カーク「神話 その意味と機能」p286より)
・年長者と若年者の一般的緊張の反映
・王位継承をめぐる個々の抗争の反映、および発展の区別、すなわち宇宙生成はアヌ、ウラノスあるいはティアマト型の自然神の機能であると感じられ、一方人間世界の秩序と豊穣の確立はエンキやゼウスのような十分に人間形象的な型に属するとい区別

デメテル・・・クロノスとレイアーの子でゼウスやヘラの姉妹の大母神。大地母神であるとか、穀物女神であるという説があるが、ガイア(大地)の後神であり、万物ことにも人間を養う穀物を育むものとしての大地の側面が、特殊化され神格化されと言う見方もある。大地が生命育む場であると同時に、大地の下に死者が赴くことによって、地下神の性格をも持ち合わせる。穀物神であるだけではなく、あらゆる生き物を司る神となった。その娘ペルセポネ(地下にいるときはコレーという名)は、デメテルの分身であり、同体である。デメテルはエレウシスでおこなわれた密儀の崇拝の対象になった。このことより、デメテルは、ホメロスやヘシオドスが、ギリシア神話の神々の系統を述べた頃よりもかなり以前から崇拝されていた。ヘシオドスは「ゼウスは 数多を育むデメテルの臥所に入られ 腕白いペルセポネを生まれたが ハデス(アイドネウス)が彼女を 母親のもとから 攫って いかれた 賢いゼウスが授けられたのだ」(神統記913〜)このことは、ホメロスの名で呼ばれている「デメテル賛歌」に詳しい。あらすじを述べる。

デメテル賛歌より
主題は、ハデス(プルトン)によるペルセポネの冥界への誘拐である。これは、ペルセポネと結婚したいゼウスによる企てである。それはデメテルが許しそうもなかったからだ。
@ペルセポネは、野原で花を摘んでいた、その中の水仙は、ゼウスの意向ででガイアが、少女を欺くためにかせた。(水仙の花は死の花とされていた。
Aすると、突然大地が裂けて、クロノスの子の死に神が、神馬を御して現れ、少女を黄金づくりの車に乗せて連れて行ってしまった。
B少女は声をあげた、何にかの神はその声を聞いたが姿は見えなかった。デメテルにも聞こえた
Cデメテルは探し回ったが、十日目に太陽神から、ゼウスが、ペルセポネを冥界のアイランスに妻とした。と聞いた
Dデメテルこのひどい仕打ちに激怒して、神々の間から姿を消し地上を彷徨い、エレウシスの王ケレオスの館たどり着く。王の妻に、男の子どもの養育をたのまれる。デメテルは、その子を不老不死にするために毎夜、可死なる部分を取り除くことをしていたが王の妻に見つかる。
Eデメテルは神であることを王に告げ、自分のため社殿や祭壇を作ることを命ずる。王は立派な神殿を築き、デメテルから祭儀の仕方を聞く。(これがエレウシスの密儀の始まりの物語)
Fこのことを知ったゼウスは、デメテルに仲間に神々のもとへ返るように、いろいろな神を派遣して説得につとめたが、ペルセポネを返さぬうちは、地上に作物を生かすことは決してしないと言う。
原文は
「そして女神は多くのものを育む大地の上に
人間たちにこの上もなく恐ろしくまた呪わしい一年をもたらした。
大地は播かれた種子の一粒として芽を出させはしなかった。
みごとな花冠をつけたデメテルがそれらを隠してしまったからである
畑で牛どもが曲がった犂を幾度曳いても無駄だったし
白い大麦をどれほど地にまいても実を結びはしなかった。」
Gしたがって神々への捧げ物や供儀もなくなってしまう
原文
「もしゼウスがそれに気づいて心の中で思慮をめぐらさなかったら
言葉をもつ人間の族は、残らず酷い飢えに責められて死に絶え
オリュンポスに宮居する神々も、捧げ物や供儀を受ける栄誉を失うところだった」
困ったゼウスは、ハデスにペルセポネを返すよおう命令する。ハデスは従ったが、ペルセポネが返るときにザクロをくちに押し込み食べさせた。死者の国で食べものを口にしたので、冥界との縁を絶ちきることはできなくなった。ゼウスは、妥協案を示し、ペルセポネはハデスと結婚し、一年の三分の一を冥界過ごし、三分の二を地上で、デメテルと過ごす。
そして、デメテルは「ただちに肥沃な畑地から実りの芽を生い出させた。広々とした大地は、一面に木の葉とさまざまな花におおわれた」

この話は、エレウシスの秘儀の起原を物語るとともに、ペルセポネがどうして冥界の女王になったかを物語っている。さらに、ペルセポネは作物が地上に生えだし、成長し、実り、収穫されれば冥界に戻っていく。つまり、春、夏は地上冬は冥界。麦に代表される作物の豊穣神とした話でもある(ここでは作物は、っすでにあるとされているが、伝承によっては麦の栽培を広めたとされている)。なお、ヘシオドス、ホメロスの頃は一年は三つの季節であったようである。アルクマンの断片には「ゼウスは三つの季節を作りたもうた、夏と冬と秋・・・四番目に春。また、アイスキュロス「縛られたプロメテウス」(45行)では春、夏、冬であった。

神は姿を消し再び現れというモチーフは、ヒッタイトのテリピヌ神話にみられる(バビロニアのタンムズ、シリアのアドニスのように、春になるとその活力を復活させる植物の生成に疑したものであって、おそらく農耕に結びついている)

テリピヌ神話のあらすじ
@テリピヌ神が姿を隠す、そうすると不毛が現れた
原文
「窓辺を霞がとざし、屋並を霧が包んだ。
竈には火だねはなく、神坐に神々、居らず、羊柵には、雌羊らが、また、牛舎には、牝牛らが、悉く失せ去った。
雌羊は仔羊を拒み、牝牛も仔牛を拒んだ。
神テリピヌは遙かに歩み去った。彼は穀、種を、成・育を、亦飽食をも持ち去った。
彼は、野や牧にある不毛の中に入り込み、その不毛の中に解け込んだ。
彼は(欠落)駆け去った。
早く小麦も燕麦も実らず、復、牛、羊、民らも子を孕まず、孕んだ者たちは、その子を生むことはなかった。
山々は乾き、樹々は枯れ、而して芽を出さなかった。
牧は干上がり、泉も涸れ、地に飢えが訪れた。民の子孫たちも、数多の神々も、飢えによって皆、失せ去った。(ここでも神々にも災難が訪れる)
大いなる日の神は、自ら祭儀を催し、八百万の神々を集い寄せた。
神々は食事をとったが、満たされず、亦、飲み物をとったが、渇きはいやされなかった。
嵐の神は、その息子テリピヌを患(うれ)いて言った
『吾が息子よ、お前は何処にいるのか。怒って、よき物全てを持ち去ったのか』」
A神々、鷲、嵐の神、蜜蜂が探した
「嵐の神がハンナハンナに言って『私どもは、どうしたものでしょうか(このままでは)わたしどもは皆、飢えて逝ってしまいましょう』」
B蜂がみつけて、手足を刺すと、テリピヌはさらに怒って、泉や河の水をあふれさせる
Cテリピヌの怒りを静めるために供物を供えたり、供儀をおこなう。
D怒りが静まり、テリピヌの復帰と生命の再帰が述べられる。末尾は不明
「王の道を築かせよう。実り豊かな地、園、木々を(彼岸へ)往かしめないように。日の神、どうか地に於いて道をお踏み下さい
門衛は扉を七つ造って、七つの門をもとに戻して、闇い地に銀の壺を於いた。それらの蓋、ついでそれらの銅の錠を下ろした。
斯くして、万の妖(わざわい)は外に出ず、その内に失せ去った。
テリピヌの恨み、苛立ちは、この内に包み込まれて、それらは二度と戻らなかった
テリピヌは、再び家に戻って、その地に患(うれい)をもった
明かり取りの霧は失せ、家並みの霞は失せ去った
神座に、神々の範が戻り、竈に火だねが解き放たれた。
柵には、雌羊らが解き放たれた、牛舎には牝牛らが解き放たれら。
母は稚児を抱き、雌羊は子羊らを、牝牛は仔牛らを抱いた」

アフロディテ・・・美と愛の神だがもともとは、むしろ天地万有の創造者としての愛である。天の女王であり、直接には、大地の豊穣、人畜の繁殖であり大地母神であった。シュメールではイナンナ、バビロニアではイシュタル、フェニキアではアスタルテと呼ばれていた。夫ないし愛人の名は、シュメールではドゥズ(ドゥムズ)バビロニアではタンムズ(タンムーズ)また、タンムズのために悲しみ嘆く毎年の祭りは、メソポタミアからシリアそしてパレスチナに広がり、ギリシアにはアドニスというギリシア名で伝わり広ろまった。旧約聖書「エゼキエル書」(8−14)には「神殿の北に面した門の入り口・・・そこには女たちがタンムズ神のために泣きながら座っている」とある。このラテン語訳にはアドニスと記されているそうです。グレイによれば「タンムズは季節ごとの自然崇拝におけるギリシアのアドニスに対応する存在である・・・彼の死は季節ごとの儀式の中で彼女(イシュタル)の崇拝者たちによって嘆き悲しまれた。その儀式古代近東や地中海世界の至る所に広まった」(p104)そうです。アフロディテはホメロスではゼウスの娘となっているが。ヘシオドスは、キュプロスと結びつける物語を述べている。

神統記180〜
(クロノスは)父の陰部を刈り取り・・・海原へと投げ棄てるや・・・そのまわりに
白い泡が不死の肉から沸き立ち そのなかで ひとりの乙女が生い立った。
まずはじめに乙女は いとも聖いキュテラに進まれ
そこから四面を海の繞るキュプロスに着かれた・・・
彼女をアフロディテ(すなわち泡から生まれた女神 麗しい花冠つけたキュテレイアと)
キュテレイアと呼ぶのは キュテラに立ち寄ったから
キュプロゲネスはキュプロスで生まれたから

キプロスとアフロディテ
アフロディテは、元々東方が出自であり、キュプロスは東方のボイニア人の植民地であった。また、古くからギリシアの植民地でもあった。ここでの接触から、セム系のアスタルテが取り入れられたと推測できる。キュプロスにはこの女神を祭る社があり、パポスには大神殿があった。ヘロトドロスは次のように述べている。

歴史(1−105〜)
スキタイ人の少数のものは、シリアの町アスカロンのアフロディテ・ウラニア(天なるアフロディテ、アステルをギリシア風に言い換えてある)の神殿を荒らした・・・この女神の社としては最古のものであるキュプロスにある社も、その起原はここに発している。また、キュテラ(ヘシオドスにその名がみられる)の社はシリアのこの地方から行ったフェニキア人が創建したもの。

アポオロドロスが伝えるアフロディテの物語は、アドニスと結びついている。

アドニスは未だ子供の時にアルテミスの怒りによって狩りの最中猪に傷つけられt死んだ。しかしヘシオドスは彼をポイニクスとアルペンシボイアの子と言い、パニアッシスは、娘スミュルナの父たるアッシリア王テイアーテスの子であるという。この女は、アフロディテを崇拝しなかったので、その怒りによって父に対する恋に襲われ、自分の乳母を共謀者として、何もしらぬ父と十二夜の間臥所床をともにした。しかし彼はこれを知るや刀を抜いて彼女を追った。女はまさに捕らえられんとして、神々に姿を消すことを祈った。神々は憐れんでスミュルナ(没薬)と呼ぶ木にその姿を変えた。十ヶ月後にその木が裂けていわゆるアドニスが生まれた。アフロディテは彼の美貌のゆえに未だ幼い枯れを神々に秘した箱の中に隠し、ペルセポネ(冥界のこと)しかし女神は彼を見た時に、かえそうとしなかった。ゼウスは審判の結果アドニスは三分の一を自分の、三分の一アフロディテの所に留まるべく命じた。しかしアドニスは自分の分をもアフロディテに加えた。後アドニスは狩猟中に猪に突かれて死んだ。

シュメール語で保存されている「イナンナの冥界下り」。なお、アッカド語では、同じ内容で、「イシュタルの冥界下り」があるが話は途中でとぎれている

何らかの理由でイナンナ(天の女王)は冥界に下っていくことを決意し。それに先だって使者ニンシュブルに三日たっても戻ってこないならば、神々に助けをもとめるようたのむ。冥界の女王で自分の姉エルシュキガルの許可を受け下っていくが、そこに行く途中に七つの門があり、門を一つずつくぐるごとに身に付けている衣服・装飾品ははがされてしまい、最後には全裸になってしまう。地獄の女王の前には裁判官たちが控えている。挙王はイナンナに「死の目」を向ける。彼女は死体に変わり果てて、木釘にぶらさげられてしまう。ニンシュブルは、彼女が帰ってこないので、神々の助けを求めるが断られる。最後にエンキが、イナンナのために二つの生きものを作り、それらに生命の食物と水を託す。エンキは、命令する「地獄の女王の言う通りにして彼女の病を癒してやりなさい。ただしそのお礼としてもらうべきものはイナンナの死体であるぞ」と。彼らはその通り実行して、死体をもらい受けて、それに生命の食物と水をふりかけると、生き返った。イヌナンは地上に戻るには、身代わりが必要。そこで自分の夫ドゥムジを見るなり。地獄からイヌナンについてきた鬼に対して「『さあ、おまえたち、彼をつれて行きなさい』(と言い)浄らなイヌナンは牧人ドゥムジをかれらの手に与えてしまった」
つまり、冥界にイヌナンが地上界に昇ってくるにはその代理人をひとり置かなくてはならない。彼女はそれを夫ドゥムジで解決した。冥界に連れ去られた弟を捜しにやってきた、彼の姉ゲシュティアンアナと、このドゥムジに対して、イヌナンはドゥムジが活動的な半年にはその姉が、そして姉が活動的な半年はドゥムジが、冥界にいるとしてしまった。牧神であるドゥムジは春に穀物が収穫され、家畜が肉の貯蓄のために屠殺されると、冥界に行く。姉(その名は天の、またはブドウ樹)は弟を冥界にさがしに行く。その時期は夏から秋でブドウが収穫される時期である。
注、ギルガメッシュにも、冥界のドゥムジに合う場面がある

最後の、部分はデメテルの最後の部分とも対応しており、毎年ごとの収穫と関係づけられている。豊穣の神としてのイヌナンの冥界下りの意味はよく分からない。アフロデティとイナンナの、愛憎の二つの面が描かれている。しかし、アドニスはイノシシに殺されるところがちがう。つまりここでは。エレシュガル=ペルセポネ(冥界の神)、ドゥムジ=アドニス、イナンナとゲシュティナントの役割はアフロデティに融合されている。

アポロン・・・出自については古代から、さまざまな論議があり、決定的な学説がなくよくわかっていない。主に三通りの説がある。

@小アジアのリュディア、リュキア地方に起源をもつ説。
A北方説、ヒュペルポレオイ人との関係を重視する説。
Bドーリス人によって崇られていた牧畜の守護神でギリシア民族の神説

ハデス(プルトン)・・・彼は地下の領域に妃ペルセポネと共に君臨する。ハデスの入り口の門には頭が三つあり、口から火を吹き、尾は蛇の猛犬ケルベロスが守っている。裁判官が三人おり、冥界にきた死者をその生前における所業によって判決を下す。重い者はハデスより下のタルタロスに行かされる。オデュッセイア(11章)では「黄金の錫を執って座し、死者たちを裁き判決を与える」とある。冥界への入り口やその周囲には訳五つの河があり、そのい内のスティユクスでは、死者はこの河を渡らなければならなかった。イリアス(14、15章)には、「スティユクスにかけて誓う」という章句があり、神々に誓うときの常道句になっていた。

「イナンナの冥界下り」では、冥界の入り口に「冥界の大門番ネティ」がいて、七つの大門を通って行く。そして、冥界では「裁判官であるアヌンナキ(冥界にいる神々の総称)たち七人が彼女の前で(イナンナ)に判決を下す」とあり、ギリシアの資料にない七つの大門以外は平行する部分がある。もっとも裁判官の人数も違うが。また、「ネルガルとエレシュキガル」(アッカド)では、天の神ネルガルが、冥府の女王エレシュキガルの夫になる話が書かれている。従って、ギリシアでは、プルトンとペルセポネの夫婦、バビロニアでは、ネルガルとエレシュキガルの夫婦が君臨していることは一致している。

冥界に関する共通点、死んだ者が冥界の境を流れる川を渡る
・「エンリルとニンリル」におけるエンリルを舟に乗せて行く渡し守は、ギリシアのカロンと一致
・ギルガメッシュがウトナピシュティムのものに辿りつくために切り抜けねばならなかった有毒の水は、ギリシアの冥界の川とは完全に一致していないが、「オデッセイア」11巻オデッセウスがハデスの入り口に着くためオケアノスを横切って航海したことと相似している。
・死者の営む悲惨な後半生、生前の事跡や埋葬の正常性、また彼らに捧げられた供物によって定まる位階など、両者に共通している。エンキドウの亡霊とパトクロスの亡霊とのあいだには、両者とも死者の世界から一時的に逃げ出してその状態を報告するという相似性がある。(カークp293)

洪水伝説
「キュピリア」(イリアス1−5の古注)によると、地球が、人々に満ちあふれ、人類は地球にたいして冷たかった。そのために、地球は、ゼウスに「人類に苦しみを与えてくれ」とたのんだ。まず、ゼウスは、テーバイの戦いを起こし、多くの人々を滅亡させた。その後、モモスと相談して、トロイア戦争起こした。これを、ホメロスは「ゼウスの決定」と呼んでいる。さらのゼウスはその、電光と洪水で全てを滅ぼすことができたが、モモスは、次の提案をしてこれを防いだ。それは、ティテュスを人間と結婚させ、そして美しい娘を生ませよと。その結果、アキレウスとヘレンが生まれた。(次の資料もヘレン誕生と結びつけている)
つまり、過密した大地の人口を減らそうとするゼウスの企図が「イリアス」の出発点になってる(カーク「神話 その意味と機能」p296)
アポロドロスが伝えるもの
ゼウスが青銅時代の人間を滅ぼそうとした時に、プロメテウスの言によってデウカリオンは一つの箱船を建造し、必要品を積み込んで、ピュラーとともに乗り込んだ。(ゼウスが大雨を降らしたので)近くの高山に遁れた少数の者を除いては、すべての人間は滅んでしまった。・・・デウカリオンは九日九夜箱船に乗って海上を漂い、パルナッソスに流れついた。そこで雨がやんだので、箱から下りて避難の神ゼウスに犠牲を捧げた。ゼウスは彼にヘルメスを遣わして、何事でも望みの物を選ぶようにと言った。彼は人間が生じることを選んだ。そこでゼウスの言葉によって石を拾って頭ごしに投げたところが、デウカリオンの投げた石は男、ピュラーのは女となった。・・・デウカリオンはピュラーによって先ずヘレンを生んだ。彼はゼウスの子という(人もある)・・・ヘレン=ギリシ人子供たちに地を配分した。

洪水伝説(オリエント)・・・目的をもって人間を創造したにもかかわらず、神々は、洪水を起こして人類を滅ぼすことを会議で決定する。しかし、知恵の神(エンキ=エア)は滅亡を逃れる方法を一人の人間に密かに告げる。以下の資料で、その名はシュメール語版では「ジウスドラ」アッカド版の「アトラハシス」の神話では、アトラハシス、「ギルガメッシュ叙事詩」では、ウトナピシュティムである。旧約聖書では、有名なノアである。「一握りの人間を除いては、全人類を絶滅させる大洪水」というテーマは、BC20世紀〜19世紀のものでシュメール以後であるという説もある。

資料(シュメール語版
まず、人類が創造されたことを回顧している。また王権が天からのものであるとしている。
アン、エンルリ、エンキおよびニンフルサグが
人類を作って以来
動物があらゆる地上に繁殖し
家畜や四つ足の(野生)動物が野原にふさわしいものとして存在してきた。・・・
王権の聖なる○○が天より降ってきた・・・
彼は(アンかエンリル)は(毎年)の洪水を留めはしないで(洪水を引き起こさない)、土を掘り水を通らせた(灌漑のこと)・・・
エンキは自分の心に相談した(考えなおす)
天地の神々は、アンとエンルリの名にかけて、誓ってしまったのだった(洪水による人類滅亡を)
そのことを、ジズウドラはエンキから壁を介して間接的に聞いた
「側壁よ、私はそなたに言いたい。私の諭しに耳を傾けなさい。すべての住居の上を、(首都)の上を洪水が暴れすぎるであろう」
人類の種を滅ぼすことが(神々の)会議の決定なのだ・・・

洪水が(首都)の上を暴れすぎた
七日七晩
洪水が暴れすぎてから
(そして)巨船が洪水の上を大風によって
(あちらこちら)吹き漂わせてから、太陽が昇ってきて、天地に光りを放つ。・・・
王であるジウスドラ、動物と人類の種を救済した。
王ジウズドラはウトゥ(太陽神)の前にひれ伏した。
王は牛を殺し(神々に犠牲をささげるため)羊を屠殺する・・・
アンとエンルリの前にひれ伏した
彼らは神の(生命の)ごとき生命を彼(ジズドラ)に与えた・・・
王ジズドラ、動物と人間の種(子孫)とを救済した。(海を)渡った土地ディルムンの山に、彼らは、(ジズドラ)を住まわせた。

「アトラ・ハーシス」においても同じように、天地創造および洪水伝説が述べられている。

「彼等のアヌは王者だった」
「彼等の顧問官は戦士エンルリで」
「彼等の式部官はニヌルタ」
「彼等の保安官はエンヌギであった」
「アヌが天にのぼり、エンキがアプスーに降りた」(注、アヌがそらの神、エンルリが大気の神、エンキが水の神)

そして神々は、自分たちの重い仕事をさせるために粘土より人間を作った。しかし、人口が増えてしまい、エンルリいわく「人間どもの耐え難い騒ぎはひどくなった」、そして、人間に始めに「疫病」、次に「飢饉」、最後に「洪水」をもたらす。アトラハーシス神はこれを救う。この「洪水伝説」も同じように船を作り脱出する。

ギルガメッシュ叙事詩・・・ウトナピシュティムが、洪水から救われたことをギルガメッシュに語る設定になっている。これは、この叙事詩に挿入された物語である。それは、神々が洪水を起こすことを決めたとき、エアは、シュルバク(ユーフラテス河岸の町)に住むウトナピシュティムに箱舟を造らせ、それに動物のすべての種類と共に乗り込ませた。どのように洪水のことを伝えたかは、次のように間接的に伝えた(壁が使われている)

彼らは彼らの言葉を葦屋にむけて叫んだ
「葦屋よ、葦屋や、壁よ、壁よ、葦屋よ聞け、壁よ、考えよ
シュルバクの人、ウバラ・トゥトゥの息子よ
家を打ちこわし、船をつくれ・・・

そして、船が完成し、洪水がやってきた。箱舟に乗らなかった人間は全て粘土になった

第七日目に船は完成した・・・(私の持ち物のすべてを)そこえおいた・・・私の持てる生命あるもののすべてをそこえ(置いた)
私は家族や身寄りの者すべてを船に乗せた。
野の野獣、野の生きもの、すべての職人たちを(船に)乗せた。・・・・
六日と六晩にわたって、風と洪水が押しよせ、台風が国土を荒らした
七日目になって洪水の嵐は戦いにまけた。

箱舟はニムシュの山に着いた、ウトナピシュティムは、鳩と燕を放ったが戻ってきた、鳥を放つと戻ってこなかった(水が引いて陸地に降り立った)。ウトナピシュティムは神々に供物を捧げると神々は戻ってきた。ウトナピシュティムが生きていることを知ったエンリルは激怒したが、洪水を起こして人類を抹殺してはならぬというエアの説得を受け入れた。ウトナピシュティムとその妻は、永遠の世を受けて神々の仲間になり、遠くの河口付近に住まわせた。

アルテミスについて、ブルケルトは「エペソスのアルテミスが、アナトリアの伝承に根差していることは明らかである。この女神の非ギリシア語系の名前がウピスということも知られている」(「ギリシア神話と儀礼」p191)カークは、ギリシア神話の神々の由来について述べている「アフォロディテ、アポロンとアルテミスだけに限っみても、これらの神々はギリシア神話の全体においていかに決定的であり、ギリシア宗教にとっていかに中心的であることだろうか。もしも彼らが事実、ある比較的古い時期(少なくとも二柱の女神たちに関しては、ミュケネ時代より古く2000年の後半)に、西アジアから渡来したのであれば、われわれはもはや、神話の他の重要な要素についても、その渡来の可能性を排除する権利を全くもたないことになろう。」(「ギリシア神話の本質」p298)このように、ギリシア神話における近東の影響は否定することは出来ない。また、他のページで扱うが、ソクラテス以前の哲学にもその影響がうかがえる。

東方化革命説(Burkert「ORIENTALIZING REVOLUTION」p128〜
BC8世紀頃、ギリシアたちは、近東における、軍事的・経済的活動の拡大によってもたらされた、文化的交流(それには、読み書きのリテラシーも含まれる)のただ中にいた。その文化はセム人の高度に発達したものであった。そして、ギリシア人たちは、それを取り入れ、自分たち独自のものとして変えていった。(ギリシア本土は軍事的脅威にさらされなかったことも原因であると思う)その結果、ギリシアたちは、地中海の覇者になっていった。その、軍事的侵攻は、バビロニアからキリキアそしてキュプロスまで広がり、そこには、ギリシア人の商人や傭兵たちがいた。さらに、ギリシア人たちは、フェニュキアの西方、キュプロスやシリア西方に植民した。このような環境のもとで、青銅器の像、編み物、印章等の輸入品とともに、近東に特徴的な様式等をギリシア人は借用し、自分たち独自のものにしていった。輸入品とともに職人がギリシア移住してきて、その技術も伝えた。職人たちとともに、予言者や聖職者も移住してきて、物質的なものとともに、精神的な文化もギリシアにもたらした。その上、書字についてもアルファベットや、粘土板、革製の巻物、本の体裁ももたらされた。これらの精神的文化は、ホメロスに代表されるように、エヌマエリッシュやギリガメッシュ叙事詩等から借用したもがある。文化は、決してそれ自体から発生するものではない。ギリシアの文化は、東方化革命により発展したものである。「ギリシアの奇跡」は、このような下地があって起こった。つまり、「ホメロス的な新時代」は「東方化革命の新時代であると。東方とホメロスの関係は、完全な一致は見出せないが、同じようなモチーフやテーマが見出されるとBurkertは言う。ホメロスと東方の関係の一端をみていくことにする。

ホメロスと東方

@世界の分割、アトラ・ハーシスとホメロスにおける類似(Burkert p90)
アトラ・ハーシスでは、アヌ(天)、エンリル(大気)、エンキ(水)であった。別の箇所では「アヌ(天)とアダト(大気)が天界を守り、シン(月)とネルルガ(地下)は(中ほど)にある地を守り・・・(海の)門であるさい錠はエアが守り」とある。神々は、よろずの神が集まるところで集会をもった

ホメロス(イリアス15−187)ではポセイドンは「全世界は三つに分割され・・・私は灰色の海・・・アイデスは闇の世界・・・ゼウスは高天と・・広大な天空を得た」(オリュンポス山は共有)

両者の共通するところは
・世界は、天、地下、水は最高神に割り当てられている
・その神は男
・この三分割は、籤で決められた。(神統記では違う116参照,)
・よろずの神が集まるところ(アトラ・ハーシス)、三つの神がオリンポス山を共有(イリアス)と神の集まる所が定められている。

ギリシアにおける分割(他に、このような分割はない)
「天、地、地下」イリアス(15−36)、オデッセイ(5−184)、イリアス(3−277)
「天、海、地」イリアス(18−483)、オデッセイ(1−52)、
「天、地、海、地下」神統記(736)

エンキは淡水だが、ポセイドンに対応している

A上記の前節(イリアス14,15)は「欺かれたゼウス」とよばれ、挿入された話である。これは、口述されてきたものではなく、書かれたものでああるらしい(Burkert p91)東方との類似が見られる。
・この節の冒頭で「わたし(ヘラはこれから・・・神々の祖オケアノスと母なるテチュスに会いに行こうと思っている」オケアノスとテ  チュスに夫婦は、争いの結果長い間別れていた。また「万物の生みの親たるオケアノス」と宇宙生成論とも解釈できる。しかし、他の箇所では「大河オケアノス」(イリアス18)とか、流れ深き大河オケアノス」(イリアス21)とあり単に河と解釈されていた。しかし、これは経験にもとずくものではない。なぜなら、エジプトやメソポタミアみおける大河の観念がギリシアにもたらせられたものであると考えられる。そして、「欺かれたゼウス」の部分のみに現れる宇宙生成論てきなものは、おそらく水によってさまざまなものが成長したり、生成したりするということか。(大河の洪水のあとに肥沃な土地が現れるのような

注、プラトンやアリストテレスはこの部分を宇宙生成論として解釈している。プラトン「クラチュロス」(402b)「ティアイトス」(152e、180c、181b)アリストテレス形而上学(983b27)によると「ある人々の考えによると(プラトンを含む)、今の時代よりはるか以前の古い昔に(ホメロス、ヘシオドスの時代)、初めて神々のことを語った人々・・・この詩人たちは、オケアノスとテティスとを万物生成の父母であるとし、神々の誓約には、その詩人たちがスティクスと称するところの水がつかわれたとしている。」

「彼ら(神々)をはじめてもうけた男親、アプスー(淡水)、ムンム(生命力)、かれらをすべて生んだ女親ティアマト(塩水だけがい  て)、彼らの水(淡水と塩水)がひとつに混ざり合った。」(エヌマ・エリッシュの冒頭)従って、オケアノスとテテュス、アプスーとティアマトが原初の両親として対応している。また、Burkertはテテュスは、元々ティアマトがギリシア語になるときそう呼ばれたとしている(p93)

ホメロスの叙事詩のなかのフェニキア人に対する評価

オデッセイア
さてこの島へ、船乗りとして名高い、フェニキア人たちがやってきた。強欲な連中だが、さまざまな小間物を黒船に積んできたのだ。

イリアス
ペレウスの子は早速次の走り競べの商品を置く。見事な造りの銀製の混酒器で、その容量は6メトロン、手工に秀でたシドン人が丹精こめて仕上げたもので、その美しさは地上あまねく他に比類のない名品であった。

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