レター249    
  

――――― モーツァルト愛好家の集い ――――――

第376回 モーツァルティアン・フェライン例会 2017年12月23日

事務局レター【第249号】/2017年12月

【編集者】澤田義博/松永洋一/高橋徹/大野康夫/笠島三枝子




●12月例会(第376回)のお知らせ

演題:「大司教コロレドはいつモーツァルトを許したのか ―1780年代のザルツブルクにおけるモーツァルト受容―」  お話:西川尚生氏

日時:2017年12月23日(土)午後2時(午後1時30分開場)

会場:日仏会館501号室(恵比寿駅東口から恵比寿ガーデンプレイス方面へ徒歩10 分)

例会費:¥3000(会員・一般共)


――― お話:西川尚生氏

昨年、国際モーツァルテウム財団の訪問研究員として、1年間ザルツブルクに滞在しました。同地の大聖堂アーカイヴや聖ペテロ修道院の図書館には、モーツァルト親子が演奏に使った当時の筆写パート譜がそのまま残されており、私はそれらを包括的に調査・研究する機会に恵まれました。今回は、その成果の一部をご紹介したいと思います。
 周知のように、1781年5月、ザルツブルク大司教コロレドと決裂したモーツァルトはウィーン移住を決意しますが、故郷との関係がこれで絶たれてしまったわけではありません。彼は1787年まで健在だった父レオポルトと頻繁に連絡をとり合い、旧作の楽譜を取り寄せる一方、ウィーンで作曲した新作を故郷に送りつづけ、レオポルトは息子の作品の演奏・普及につとめました。その結果、ザルツブルクは1781年以降もモーツァルト作品の受容の場として、ウィーンに次ぐ重要性を保ち続けたのです。
1782年の《ハフナー交響曲》K. 385の原曲セレナードの初演や、1783年のモーツァルトの一時帰郷の際の《ハ短調ミサ曲》K. 427の初演は有名ですが、これは当時演奏された作品のごく一部であり、ザルツブルクにおけるモーツァルト作品の受容の全貌は、これまで明らかにされてきませんでした。
 今回の講演では、残された楽譜資料をもとに、1781年以降のザルツブルクにおける、モーツァルト作品の演奏状況の再構築を試みたいと思います。その際、当然ながら問題になるのが大司教コロレドとの関係です。モーツァルトは一時帰郷の際、自分が大司教によって逮捕拘禁されるのではないかと恐れていましたが、そのような状況のもと、大司教が直接管轄する大聖堂や宮廷内で、モーツァルトの作品はどのように扱われたのでしょうか。
 大聖堂で近年発見された《ハフナー交響曲》の筆写パート譜や私がザルツブルク近郊のランバッハ修道院で発見した《ミサ曲》K. 258の筆写譜(レオポルトが同修道院に献呈したもの)など、新資料にも言及しながら、1780年代のザルツブルクにおけるモーツァルト受容、および大司教との関係についてお話しする予定です。




例会後は恒例の懇親会へのご参加をお待ちしております。 会場二次会場:銀座ライオン・恵比寿ガーデンプレイス グラススクエア店


●今後の例会のご案内(会場記載のないものはお茶の水クリスチャンセンターです)

2018年1月20日(土) 新年会

2月17日(土曜日)黒岩 悠氏  ♪ピアノリサイタル♪ 場所:代官山教会チャーチ・ホール
チラシ:その1 チラシ:その2

3月24日(土)森垣桂一氏

4月21日(土)田辺秀樹氏




♪会員の皆様へのお知らせ♪

★モーツァルティアン100号記念号は好評につき、 例会会場で1冊1500円で販売します。

★2018年2月17日 黒岩悠ピアノリサイタルチケット販売の御案内
前売りチケットを販売致します。全席自由席 ¥3,500円です。12月23日の例会での販売のほかに電話でのご予約、取り置き、当日お支払いも可能です。
以下の電話番号にご連絡下さい。詳細はチラシをご覧ください。

お問い合わせ
澤田:090-2223-8101 高橋:090-4661-7525 松永:090-1682-3496

★季刊誌第101号 原稿募集のお知らせ
第100号記念号は皆様のご協力により年刊2017として発行することができました。第101号以降は通常の季刊誌とすることが11月理事会で決まりました。次号は18年3月の発行。原稿締め切りは1月末です。
モーツァルトに関する随想、旅行記、演奏会評などふるってご寄稿くださるようお願いいたします。写真、カットも大歓迎です。送付先は編集担当山崎まで。メールはhyrynx@gmail.comです。


7月開催の会員総会で承認された新理事メンバー
ホームページの「モーツアルティアン・フェラインのご案内」より
名誉会長:若松茂生
会長:澤田義博
副会長:松永洋一、高橋 徹
理事:大野康夫、山崎博康、小川恒雄、真部淳、笠島三枝子、澤田正彦、山田健二
監事:山本博幸
事務局委員:佐藤梓
顧問:久元祐子、田辺秀樹
名誉顧問:石津勝男、倉島収、川口ひろ子


♪ 11月例会報告(第368回 2017/11/18) ♪

演題:「W.A.モーツァルトとM.レーガーに見るユーモアの共通性」
お話:伊藤 綾氏(鹿児島国際大学・国際文化学部音楽学科・准教授)

マックス・レーガーは、1873年3月19日バイロイト近くのブラントで生まれ、1916年5月10日43歳で心臓発作によりライプツィヒで没した、作曲家・ピアニスト・指揮者である。
 モーツァルトとレーガーは出生地も活躍した年代も異なっているが、中年で死亡したこと、ユーモアに富み、筆まめであったことなどの共通点がある。
 モーツァルトとレーガーの手紙には、双方とも、ユーモアや駄洒落(だじゃれ)、エロス、言葉遊びが散りばめられている。レーガーは手紙(1902.1.31)で、「私のユーモアはグロテスクな性格で、大抵そこでさらけ出される『病的に』陽気な言動は、私自身に不快な思いを起こさせる」と書いている。





作品の中で活かされた言語センスの例として、モーツァルト《フィガロの結婚》KV492 の第3幕、スザンナと伯爵の二重唱(第16番)で、ダ・ポンテの台本にはない掛け合い部分を取り上げる。
 一方、レーガーの例として歌曲《上品な契約》(Op.62 No.16 )を取り上げる。クリスティアン・モルゲンシュテルンの詩(1897年)への作曲で、5回登場する歌詞「ナイチンゲールNachtigall」の基本リズムとそのヴァリエーションに、こだわりとセンスを感じる。
 モーツァルトに関するレーガーの言葉には、「私が 神のような手で荒涼の地を整理し、ワーグナー、リスト、R.シュトラウスをももたらしたモーツァルトの生まれ変わりとなる事など、誰も望んではいない」(1904.8.24)がある。
 レーガーのモーツァルト受容に関しては、彼の行った800回のコンサートのうち、モーツァルトを作品は41回しか取り上げなかった。内容にも大きな偏りがあり、特に室内楽曲は《ヴァイオリンソナタ第40番》KV454のみであった。





レーガーが編曲したモーツァルト作品は3作品であるが、そのうち、1914年にマイニンゲン宮廷楽団に献呈した《モーツァルトの主題による演奏曲とフーガ》Op.132を解説した。
同曲の成立過程は、1914年3月16日にブライトコプフ&ヘンデル社からモーツァルト原典版の《ピアノソナタ・イ長調》KV331を 取り寄せ、着想を書き込んでいる。
同年5〜7月に作曲し、初演は1915年1月8日にレーガー自身の指揮によりヴィースバーデンで行われた。管弦楽と2台のピアノ用の編曲に加えて、4手連弾版も自身で作曲しており、3か月間という短期間に集中して作曲している。




モーツァルトKV331 第1楽章とレーガー《モーツァルトの主題による演奏曲とフーガ》の構造と冒頭4小節を提示し、2作品を比較した。第3変奏でイ短調に転調する点は同じであるが、レーガーの第1変奏ではアーティキュレーションの違いがみられ、第2変奏では逆行形・反行形を用いて作曲している。
第4・第5変奏ではシェーンベルクの無調性を感じさせる変奏であり、第7・第8変奏はロマンティックな色調を織り込ませた変奏曲で、最終のフーガには壮大なオーケストレーションを含んでいる。
 レーガーはこの作品に関して、1914年10月3日の手紙で、「素晴らしい、モーツァルト・ヴァリエーションはオーケストラの中で素晴らしく響かなくてはならないのだ!
 このスコアはたいへんな努力によって作り上げられた。各音符は厳密に響きを『計算し尽くして』書かれているのだ」と記述している。

            (文責・松永 洋一)



例会・懇親会 写真コーナー

 今回の懇親会場は、いつもの「デリ・フランス」お茶の水店に戻り、趣旨に賛同する有志一同で、講師の伊藤 綾氏を中心に飲み会に早変わり。ビールで乾杯後、楽しく質疑・応答、懇親が行われた。 懇親会においては、皆さん元気いっぱい、話題も豊富で、楽しい賑やかなひとときを過ごすことが出来た。  


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