練習法

 

私がはじめてピアノを習い始めたとき、練習するときは「ゆっくり右手を3回、ゆっくり左手を3回、そのあとでゆっくり両手で3回弾き、だんだんテンポを上げる」と教わりました。3という数字には「完全」という意味があるようで(キリスト教でも三位一体という考え方がありますね)縁起がいい数字のようです。初心者の方にはわかりやすい練習方法ですね。曲のレベルが上がるにつれて、その回数をだんだん増やしていくわけです。

 

ところが、です。この方法には落とし穴がいくつかあります。それを考えていきます。

 

  1. 回数さえやればいいと、練習中に頭がお留守になる可能性がある。
  2. 大譜表を同時に見る能力が伸びない(初見演奏の訓練がやりにくい)。
  3. 両手のバランスに注意を向けにくい。

 

もしかしたら、もっとあるかもしれませんが、今思い浮かんだのはこれだけでした。

 

  1. の「頭がお留守になる可能性がある」というのは大問題です。「今日の夕飯は何にしようかな」と思いながら練習するのと「私の音、きれいかしら」と考えながら練習するのとでは同じ時間をかけても練習の質が違います。回数を増やしてもできないことがあるということは、以前にも申しましたが、「才能がない」というのではなく「弾くのに必要な知識がない」ということです。知識を身に付け、それを「新しい」習慣とすることができれば、弾けるようになるものです。「どうやったらもっときれいに(苦労をしていないように)弾けるようになるかしら」と実際に考えていろいろな方法を検討できるようになれば、練習の効率はもっと上がるでしょう。
  2. の問題も大事です。練習に時間をかけられる方はいいのですが、伴奏を頼まれるなど、他にやることがある方は短時間である程度のレベルに到達できる(=譜読み)の能力が高い方が望ましいのは言うまでもありません(譜読みの能力を上げる方法は別の機会に述べたいと思います)。
  3. についてですが、ピアノの先生に「左手(あるいは伴奏)はもっと小さい音で弾きなさい」と言われることはありませんか?毎回毎回言われるのでしたら、1.の問題と関連して練習の改善の余地があります。

 

また、テンポについてもお話させてください。

 

変な例ですが、私は中学校時代に何を思ったのか陸上部に所属していましたが(短距離でした)、「たくさんの距離を歩くことからはじめましょう」なんて悠長なことは言われませんでした。いきなり「ウォームアップに校庭を3周、流し150メートル3本、30メートル走5本、50メートル走5本、100メートル走3本。」今になってみれば理屈がわかりますが、当時太めで(今も太めでダイエットをしようと重い腰をやっと上げましたが)走ることが苦手な私は家に帰るとヘトヘトですぐに寝ていました。今になって理屈がわかるといいましたが、その理屈とは『「歩くこと」と「走ることは」根本的に違うものである』ということです。「歩くこと」と「走ること」に要求される能力には重なるものもありますが(足を動かす、持久させるなど)、足の着地の仕方、腕を振ること、スタートの方法など、違うことの方が多いのです(そういえば、やはり小学生のころは水泳をやっていましたが、クロールや平泳ぎを練習したときには足と手の動きを別々にやってから一緒に動かす練習をしました。理屈で説明できない子供には有効な方法かもしれませんが、頭で考えられる大人にはあまり効率がよくない方法ですね)。

 

ここで言いたいのは、右手でゆっくりさらうことで1曲、左手でゆっくりさらうことで1曲、両手でゆっくりさらうことで1曲、だんだんテンポを上げることで1曲、と4曲分の労力を費やしていることになるのではないか、ということなんです。それよりも初めから1曲を指定のテンポで両手で弾く方が効率がいいのではないでしょうか。ちょっと長くなってきました。次回に続きます。