くらい、ここはどこだろう。
くらい、けど暖かい。
くらい、けど心地よい。
くらい、けど何か聞こえる。
とてもやさしい。誰の声だろう。

「いってきます。」
いつからだろう。その言葉が言えなくなったのは。
ただドアをばたんと閉めるだけになったのは。
のどまででかかった言葉を飲み込む毎日。
素直に言えない言葉。
たった一言が言えなくなったのは、中学が変わったときから。
友達ができなくて寂しかった。
一人っ子だから兄弟と遊ぶなんてこともできず、ただ家に閉じこもる日が増えた。
それと同時に、「いってきます」が言えなくなった。

父さんは毎日母さんに言う。
「いってくる。」
母さんも答える。
「いってらっしゃい。」

「ただいま。」も言えなくなった。
家にはいつも母さんがいるのに、
ただ黙って自分の部屋にはいるようになった。
「いってきます。」と同じようにのどまで出かかる言葉。
でも途中で詰まって出てこない言葉。
そのせいで寂しさがまた膨らむ。
悪循環だ。
一瞬の言葉なのにでてこない。

ある日、ただいまが言えないまま階段をのぼろうとした。
ふと、歌が聞こえた。
子守歌。
「ただいま!」
母さんに向かって叫んだ。
自分でも驚いて階段を駆け上がった。

母さんの子守歌。
とてもなつかしい。
そしてとてもやさしい。母さんの声。

それからは「いってきます。」が言えるようになった。
「ただいま。」も。

あの日から欠かしたことがない言葉。
「いってきます。」
そして、今日も言うのだろう。
「いってきます!」