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ようこそ我が町本島小阪へ

   本島は、香川県丸亀市に属し丸亀港からフェリーで海上約35分1日5便、客船は4便、また、岡山県児島観光港から
   
   4便就航しています。

   瀬戸大橋のすぐ西側約1.5k二位置する。島の面積は約約6平方k,周囲約16kで塩飽諸島で2番目に大きい島です。

   私の集落小阪は、フェリーが着く泊まり港から西へ1,5kほどのところにあります。

   小阪は漁業で賑わう本島では1番活気のある集落です。

   漁は年間を通じて底引き漁、期間限定で12月〜4月タイラギ漁の潜水漁、ほかに蛸縄漁、たて網漁が主です。

 

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大山神社は、小阪部落のほぼ中央部に鎮座する。
大正8年5月28日山腹にあったものを現在のところに移転した。

現在の本殿は昭和62年9月吉日島内外の氏子のご寄進により新築された。

大山神社の建立について小阪に残されている一つの伝承がある。
小阪浦大石家の先祖山谷九朗兵衛は、本島屋釜の御用石調達場の石工の棟梁であった。ある日の事いつものように仕事場で働いていると地中から、大石大明神と刻まれた石材が忽然とでてきた。これを大山神社の御神体にしたというのである。

石碑に本社寛永十六年申十一月大阪石山城御普請ノ際神祇管領家得許可、大石先祖山谷九朗兵衛勧進スとある。

 

鳥居

狛犬

この鳥居、狛犬は、昭和7申(1932)年十月小阪出身で岡山市在住の岡兼一氏の寄進による。

大山神社移転記念碑

重三神社(十三神社)

土佐海援隊

大山神社境内裏に建てられている。
重三とかいてこれを【とさ】と呼ぶ。昔は十三で【とさ】神社とも言われていた。

明治元年辰正月廿日に小阪騒動が発生し、この騒動を、高松藩朝敵事件討伐にきていた土佐藩士の知るところとなった。
この騒動を土佐鎮撫軍によって騒動を鎮圧し小阪の復興に働いてくれた恩人として小阪島民が土佐のかわりとして重三神社を末代まで祀り建立した。

この時の土佐藩士は、八木彦三郎、長岡謙吉、石田英吉、島村小右衛、橋詰啓太郎、武田保輔、中村官兵衛、島田源八郎等がおもだったかおぶれだった。

明治8年、小阪で漁師をしていた大橋元造さんが立て網で鯛を取る方法を考案した記念碑である。

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