国指定史跡
見沼通船堀 みぬまつうせんぼり
National historical spot Minuma-tsusenbori Brook
最終更新 06.11.6

我が国最古とされる閘門式運河である。見沼代用水は見沼 (さいたま市見沼区に存在した沼) の代替として1728年に井沢弥惣兵衛為永によって開削された水路である。利根川の利根大堰から取り入れられ、一部は星川 (一級河川) を流路として利用し、上尾市で東縁・西縁の2本の水路に分かれ、埼玉から東京北部にかけて大きな役割を果たした。1731年、東縁・西縁と芝川 (一級河川) の間に船を通すことになったが、芝川と見沼代用水は水位が3mも違っていた。そのままの水路では船の行き来ができない。そこで井沢弥惣兵衛為永により2か所の堰 (関とも書く) を設け、片方を締め切ることで水位を調整し船を通す仕組みを持つ水路が開削された。パナマ運河と同じ方式で、これを閘門 (こうもん) 式運河と呼ぶ。*1
取扱区間:全区間 掲載順:東縁 → 西縁
※写真はクリックすれば拡大。

*1 現地の案内板による。


地点から下流側、見沼代用水東縁。今も農業用水として使われており、しっかりしたコンクリート水路に改修されており流量もかなり多い。(06.7.2)

地点。通船堀東縁への取り入れ口がある。さすがに今は船は通らないので小さな水門が設置されているのみ。(06.7.2)

地点、東縁二の関。きちんと復元されており、今も年に一度通船の実演が行われる。(06.7.2)

地点、東縁一の関。向こうに二の関が見える。東縁から芝川方へ船を通すときは、一の関を締め切り、二の関を開く。二つの関の間は東縁と同じ水位となり、東縁から船の進入が可能となる。船が入ったら、二の関を締め切って一の関を開く。水面は徐々に下がって芝川と同じ水位となり、船は芝川方へと航行できるようになる。芝川から東縁へと通すときはこの逆の手順となる。(06.7.2)

地点、芝川との接続点。左岸手前に合流しているのが通船堀東縁、右岸で分かれているのが通船堀西縁。(06.7.2)

地点、通船堀西縁の入口。こちらは深い森の中へと入ってゆく。(06.7.2)

地点、西縁一の関。森の中を流れており東縁とはかなり雰囲気が異なる。(06.7.2)

地点、西縁一の関と二の関の中間。ここに船を待機させておき、関を締め切りあるいは開放させて水位を変える。(06.7.2)

地点、西縁二の関跡。ここは復元されていない。(06.7.2)

地点、見沼代用水西縁との合流点。取り入れ用の小さな水門があるだけで実質締め切られている。(06.7.2)

以上。

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