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雨森氏は藤原氏の同族として、中世湖北にその勢力を誇りました。 しかし小谷城を本拠とする浅井氏と織田氏の合戦に、浅井氏に組し一族七十二騎の大半は討ち死にしました。 そして僅かに生き残った者は他地方に離散しました。世話人雨森恒の祖先氏康は関が原合戦後、縁あって山内一豊の家臣となり、主君とともに高知入りし明治維新まで続いた家の第13代末裔であります。 下記同家名前集は、雨森清修氏(一門会幹部)から頂いたもので、同氏も天川命神社(五十八社大権現)が、一門の方に対し氏神であることの、周知運動を進めておられました。
   
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