墓石について
古代の墓は遺体を埋めた場所に手ごろな石をおいて、埋葬の目印にしただけでした。
鎌倉、室町時代になってようやく墓石の習慣が貴族や豪族の間に広まりました。墓石建立が一般化したのは江戸時代に入ってから、しかも、武士や裕福な町人、郷士や庄屋等で、庶民は長い間、河原石を積んだ程度でした。庶民も墓を作るようになったのは江戸時代後期(1800年代)からです。宗派の違いや地域的に材質にも特徴があるようです。
宝塔や層塔は平安初期に始まり、鎌倉、室町初期にも見られます。
五輪塔は平安初期から鎌倉におこっていますが、江戸期の大名や旗本もこの形が多いようです。卵塔は僧侶の墓です。
一般的にわれわれの先祖の墓は方柱形です。
墓地内に古い墓石をとり除いて一角に積んでいることがあります。これは新しい合同の墓を作り古い墓石を取り除いた為です。
場合によっては、この取り除かれた古い墓を調べる事があります。墓に彫られている字を、よく見て、もれなく写してください。
新しい墓では省略して彫っていない部分を見つけることが結構あります。
そして、墓の調査前と調査後には必ず手をあわせ、先祖供養をしましょう。
又、自分の家近くの墓ならば、盆や彼岸など墓参りをする機会に、ちょっと調査するのもいいでしょう。
墓に着いたらまず、お墓に手を合わせて供養し、墓の調査のお断りをしましょう。
そして、戸籍に載っている先祖、家の過去帳に載っている先祖の墓を一つ一つ丁寧に見ていきます。
特に、家の過去帳に載っている墓(戸籍より古い先祖)は家の過去帳に記載されてない事項(没年や享年、俗名など)が墓石に彫られている場合がありますので、よく目を凝らして見てみましょう。
例:家の過去帳に文化7年○○禅定門と記載。○○禅定門の墓には、文化7年6月24日 喜作 54才とある。
見難い時に、チョークをこすりつける(あまりお勧めはできません)、拓本を採るという方法もありますが、関係者の許可を必ず取りましょう。
江戸時代は、幕府が庶民に墓を作る事を勧めていなかった為、初期、中期はそこら辺の少し大きな石を目印にしたぐらいで、何も彫ってありませんでした。ノズラと言われています。
時代が下って1750年代頃になると、少し裕福な庶民は墓を作るようになりました。
一般的に江戸時代の墓石は石そのものが硬くないので、風化して文字が読めないものも多いです。
風化と同時に、苔むしている墓もあり、その時は苔を丁寧に除去してから調査しましょう。
そうやって、墓石に彫ってある文字を一つ一つ読み取って、全て書き取ります。
また、墓所内での墓石の位置をノートに記録しておいて下さい。次回の調査が楽になります。
写真も撮っておきましょう。
墓石に彫ってあるものは全て記録して帰って下さい。過去帳を持っている家は意外と少なく、あったとしても明治以後の比較的新しいものです。そこで、墓石が重要になってきます。墓石に彫られているものを全て記録して、年代別に整理しておき、後日、菩提寺の過去帳を見せて頂く際に合わせて見ると、スムーズに見られます。お寺さんもスムーズに検索しやすいでしょう。
さらに、墓石が複数ある場合、それぞれの位置関係で古さや親子関係が推測できます。
例:一番左のAの墓が1770年没と彫刻、隣のBには没年が彫ってなかった。
そのまた隣のCの墓の没年が1830年と彫ってあれば、おそらくBは1800年頃に亡くなったのではないかと推測出来ます。一世代は大体30年(多少誤差はあります)そうなるとAの子供がBでBの子供がCと推測出来ます。
お墓ではありませんが、神社やお寺の境内の玉垣の石柱に先祖の名前があることも見受けられます。
これも先祖が地域とどのように関わってきたのかを垣間見る一例ですので、一度調べることをお勧めします。
墓石を調査するにあたって、付録の墓地調査票を使ってみて下さい。デジカメも携行しましょう。
お墓には月を示す文字が彫っていますが現代とは違う名称も多くあります
例えば1月は正月 1日は遡日 11日は拾壱日 21日は廿壱日 31日は丗壱日などです
その他閏月などもありました。
色々な墓の種類

1層塔 (かなり背は高い)

2五輪塔

3宝篋印塔(ほうきょういんとう)
4笠塔婆 江戸時代中期の墓

5方柱塔 個人墓(写真は明治時代のもの) 夫婦若しくは個人の墓

6卵塔 僧侶の墓

江戸期の墓(個人ごとにある) 石を彫っていない自然石も見られる