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| 『行ってきました!』 そういう名前のお土産がありました。 このページは、お土産を食べてはいただけませんが、“チョット出掛けてきました”−ご紹介いたします− のコーナーです。 お楽しみください ! |
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| -リメイク版- |
神戸・厳島神社物語(上) | ||
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| しかも、この名前がつく神社が、神戸市内の中央区と兵庫区に。早速、中央区「厳島神社」から訪ねた。 ■ ■ ■
次に訪れたのは兵庫区の「厳島神社」。 |
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神戸と「厳島神社」、この結びつきに登場するのが都を兵庫・福原の地に移した(いわゆる「福原遷都」)平清盛。ではなぜ清盛はこの地に厳島神社をおいたのか。その理由は、清盛は福原遷都以前からこの兵庫津を基幹に外国との交易を通じ、日本経済の基盤強化に取り組んでいた。そのため兵庫に築島を築き、大和田ノ泊の修築事業をおおいに進めた。 こういった時期、清盛は工事の安全、そしてこの地に住む人々の安泰を願い、平家一族の氏神である安芸ノ国厳島明神を勧請する。この時、宮島の七浦にちなみ兵庫の七ヶ所にその社を建て七弁天として祀った。ちなみにこの「兵庫七弁天」とは、花隈弁天(花隈厳島神社)、佐比江弁天、夢野弁天、西宮内弁天、真野弁天、外弁天(兵庫厳島神社)。従って、この七社のうち「厳島神社」と称するのが上記二社となる。余談だが、港を造った清盛は、多くの人がこの地に長く“イツク”(定着する)よう厳島神社を建てたともいわれている。また現在「兵庫七弁天めぐり」とコースが設定され、巡拝する人も多い。 神戸に「厳島神社」。これで意味合いが判明したようだ。やはり兵庫の地に縁が深い源平時代の一方の雄「平清盛」がキーポイントになっていた。昔に思いをはせながら、現代の「厳島神社」に歩を運び当時をしのぶのもいいのではないか。 |
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| さて、二つの「厳島神社」の調べを進めるうちに、この名前を持つ神社が神戸市内にさらに存在することが判明。 次回は、市内各区に点在するこれら「厳島神社」をさらに訪ねます。おたのしみに! |
| 〔訪問時期−2006年10〜12月(remake09年11月)〕 |
| −参考資料− | |
| 「神戸の神社」 兵庫県神社庁神戸市支部・編著 「神戸の史跡」 神戸市教育委員会編 「神戸の伝説」 田辺眞人 著 「神戸歴史トリップ」 神戸市中央区役所編 「日本の歴史」 中央公論社 |
| ※リメイク版=別サイトに掲載していた当方ページを、一部編集し本サイトに紹介しました |
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