(No26)兵庫七福神 
『行ってきました!』  そういう名前のお土産がありました。 このページは、お土産を食べてはいただきませんが、“チョットでかけてきました” −ご紹介いたします− のコーナーです。
   お気軽にご覧にいただき、お楽しみください。
                 
   平成十八年
お正月特集
 兵庫
    七福神めぐり
  


 起源は?−“江戸時代”
 七福神は室町時代の末期ごろ、農民や漁民の民間信仰として成立しました。
七福神めぐりは正月元旦より七日まで、一年の福運を祈るため七福神をまつった社寺を巡拝するものです。これが江戸時代の江戸より全国に広まり、庶民の年中行事として行われるようになりました。

 福を呼ぶ神様七か所を巡拝することで「七難即滅・七福即生」、つまり七つの災いからのがれ、七つの福徳が授かるといわれてます。
巡拝はスタンプ収集も楽しみ

 七福神とはダ〜レ?
大黒天(だいこくてん)
 ヒンドウ経の神様で有福を示し、有徳、財宝、戦闘の神様。二俵の米俵に立ち、糧食をつかさどる。
毘沙門天(びしゃもんてん)
 インドの神様で、左手の塔は法蔵を示し、右手の宝棒は悪霊を撤退させ財宝を授けるといわれる。
弁財天(べんざいてん)
 七福神の中では唯一の女神。インドでは河の神様。水の流れは音楽に結びつき、芸能の神様として信仰。
恵比寿天(えびすてん)
 商売繁盛の神様として名高い蛭子。手に持つ鯛と釣竿がシンボルで、漁業、海の安全の神様。
福禄寿(ふくろくじゅ)
 中国の神様で、南極老人星の化身とされる。幸運福寿の神で、生活に安定、長命をもたらす。
布袋(ほてい)
 中国五大聖人の一人、弥勒菩薩の化身とも言われる。忍耐と和合を教えてくれる神様。占い、天候予知が上手と伝えられる。
寿老人(じゅろうじん)
 長寿の神様で、老子の化身といわれる。人々の安全と健康を守る神様。杖を持ち鹿を連れて現れる。
おまけ  出身ルーツを探ると‥
   背景色の神様仏教
     〃     →神道
     〃     →道教

さて兵庫七福神はここ!
 和田神社(弁財天) 兵庫区和田宮通3-2-45   柳原天神社(布袋) 兵庫区東柳原町1-12
 主神に天御中主大神を相殿には市柿嶋姫大神と蛭子大神をお祀りしある。平清盛が港修築のさい安芸の宮島より市柿嶋姫大神を詔勅した。  昌泰4年(901)に菅原道真が筑紫へ左遷された時、暴風雨をさけて和田岬に一時上陸。彼の死後その縁地に、太宰府の廟所から菅原道真の分霊をうけて祀った。
 薬仙寺(寿老人) 兵庫区今出在町4-1-14   柳原蛭子神社(蛭子) 兵庫区西柳原5-20
 行基が開山したと伝えられる時宗の寺院。本尊は平安時代の木造薬師如来坐像。後醍醐天皇がひどい頭痛に悩まされた時、薬仙寺の霊水を捧げると頭痛が癒えたとある。  福の神として、古くから崇敬されている。御鎮座の年代は詳らかではないが、社記によると往古、蛭子命天磐櫞船に乗り淡海島より津国に遷座し、一社が創建。のちこの地に遷座、創建された。
 真光寺(福禄寿) 兵庫区松原通1-1-62   福海寺(大黒天) 兵庫区西柳原町10-10

 時宗の開祖、一遍上人が亡くなったところに建立されたお寺。境内の左手に一遍上人の廟所があり、五輪塔は県の重要文化財に指定されている

 本尊は釈迦如来で、足利尊氏が開いた。福原西国33か所の第23番札所で、足利尊や義満もたびたび訪れ、足利歴代将軍の厚い崇敬を受けた。
 能福寺(毘沙門天) 兵庫区北逆瀬川町1-39
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「兵庫大仏」で有名。延暦24年(805年)唐留学の帰途和田岬に上陸した伝教大師は、自作の薬師如来(本尊・秘仏)を堂に安置し、能福護国密寺と名付け我が国最初の教化霊場としたのが由来。現大仏は平成3年に再建。


 古くから港町として栄えた兵庫津(兵庫地区)は、西国街道の要所でもあり、陸路や海路を通じてたくさんの神様がここに集まったといわれている。「兵庫七福神めぐり」は、多くの人々によって昔々から受け継がれてきた幸福祈願のかたち。
 このコース、十分歩いて巡れる距離にあり、お正月の体力づくりにもぜひどうぞ!






 
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