| 百合香の日記(Diary of Yurika) | 父のHP(Father's HP) |


| 平成3年12月6日が、小林百合香の誕生日です。 結婚から5年目、待望の長女が生まれました。私たち夫婦は幸せいっぱいでした。 何もかもが順調に行くはずでした。しかし、神は私たちに大きな試練を与えました。 生後3ヶ月ごろから頻繁にケイレンが出て、小児ケイレンだろうという診断は、 大きなミスジャッジとなりました。 6ヶ月、精密検査の後に脳梁欠損障害による点頭てんかんを引き起こしていることが判明。 私たちは天国から地獄に落ちました。わが子が植物人間となる危険を冒し ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)コートロシンZの投与を行いました。 百合香は奇跡を起こしました。後遺症無し、ケイレンも止まりました。 地獄の中でのわづかな光でした。しかし、その後の生活は厳しいものでした。 いつ直ることの無い生まれつきの障害との闘いは熾烈でした。 お百度参りや宗教などの神頼み、度々の母子入院、夫婦の亀裂、仕事の制限 周囲の人との人間関係に悩み、自己否定・被害妄想・悲観・この世の恨み・・・・ うつ病・・・薬・・・、<どこまで続くのだろう> わが子を元に戻したい一心からの焦り・・・・ついに家族心中まで・・・・ しかし、私たちは自殺しませんでした。それは・・・・・・ 百合香が居たからでした。 神様の存在が無くても、百合香が私たちを救いました。 人として未熟な私たち夫婦のもがきを尻目に百合香は成長していました。 百合香だけは前向きに「生きよう」としていました。 お腹が減れば、一生懸命手をのばして、食べるものを探しました。 その姿を見て、夫婦は食事を作り食べさせました。当然ですね。 お腹が満足すると、穏やかな顔で横になりました。 死ぬことを考えている私たちに、食事の心配をさせてくれました。 そんなある日、食事が終わるとニコニコ笑顔になり笑ってくれたのです。 その笑顔は私たち夫婦の悲観的な人生を砕きました。 その笑顔を見たくて、生きてきました。一緒に食べてきました。 いつの間にか、死ぬことを考えなくなっていました。 日常の生活は大変でしたが、「人」として学ぶことが多くありました。 私たち夫婦に百合香はいろいろな人と引き合わせました。 そして、「生きてる」ことが奇跡であることを示してくれました。 百合香はしゃべれません、極度の斜視です、自立できません。 でも、そんな百合香からの学びを大事にしたいと思っています。 December 6, 1991 is a birthday of Yurika Kobayashi . A long-awaited eldest daughter was born during year fifth from the marriage. We couples were happy and full. Everything was to have gone well. However, the god gave us the great tribulation. Our baby occurred the convulsion months of three after one's birth more frequently. The diagnosis that it might be a convulsion in childhood became a big Miss judge. The thorough examination during month sixth after one's birth was done. It turns out that the result causes Epilep tic spasms by Agenesis of Corpus Callosum. We landed in hell from the heaven. Though there was danger that our baby becomes plant man Cortoroshin Z of the ACTH treatment (adrenocorticotrophic hormone) was administered. Our baby (lily smell) caught lightning in a bottle. There was not a sequelae, and either Epilep tic spasms stopped. It was light in the hell. However, life afterwards was severe. The fight with an inborn trouble without recovering when was keen. It became Ohyakudo-mairi and a religious believer and praying for God's help was pushed. Frequent mother and child hospitalization, married couple's crack, and influence on work, etc. We married couples worried because of the interpersonal relationship with surrounding people. It has a grudge against this world repeating a paranoid and a pessimistic idea while self-denying it, and my child is pitied. Depression ・・・ medicine ・・・ However, we did not commit suicide. It is because there was Yurika. Yurika extended the hand when hungry, and looked for food. The appearance was seen, and the married couple prepared meal and had it eat. It is natural. When the stomach became full, Yurika lay by a calm face. Yurika worried about meal for us who thought the death. Yurika smiled with a smile when meal ended and it laughed one day. The smile broke we married couples' pessimistic lives. We want to see the smile, and have lived. It has eaten together. We did not think the death before one is aware. There was learning as "Person" though the life in daily life was hard. The god was Yurika. Yurika saved us. We immature couples grow up and we married couples have grown up with the growth of Yurika, too. Only Yurika was positively assumed to be "Let's live". Yurika introduced various people we to married couples. And, it was shown that "Live" was a miracle. 「百合香の風」として学びの紹介をいたします。 |
| この世に生まれて、 いらない人間はだれもいない。 みんな役割がある。 |
障害児は、健常者にとってお荷物でしょうか? 我が子は重度障害です。点頭てんかん、脳梁欠損という症状があります。 しゃべれません、目が正常に見えません、自分で立てません、耳が 聞こえていません。一人では何も出来ないのです。 障害者の気持ちは本人でなければわかりません。しかし、 それは健常者どうしでも一緒です。そして、誰でも障害者になる可能性がある。 その時、初めて障害がどんなことかわかるのかも知れません。 確かに、障害者は健常者と同じことは出来ないでしょう。 そんな障害者は健常者より劣っているのでしょうか? 障害者は健常者に絶えず助けてもらい続ける存在でしょうか? 健常者が日常見過ごしていること、「人」として忘れていることを 障害者は健常者に教えてくれます。 人は一人では生きていないこと。 他人に思いを馳せること、人の役に立つこと、今を生きる大切さなど。 当初、百合香のことを「かわいそうだ」「生きていく意味がない」などと 思っていましたが、その我が子百合香から多くを学びました。 また、現在も学び続けています。百合香は生きる勇気をくれました。 そして、現在も私の先生であり天使です。 百合香にも大きな役割があったのです。 「生きる」ことにはは大きな意味があります。何の役にも立っていない人は この世にはいないのです。みんな影響し合って生きています。 私も多くの人から影響を受けました。 「自分ひとりで生きている。」そんな人は居ないことを知りました。 |
| 命は奇跡。 生きている大切さを感じよう。 生まれてくるのも奇跡です。 生きていることが勉強です。 |
百合香は重度障害です。前例の少ない病気です。でも、 普通に生まれてくる命の誕生は、もっと貴重で奇跡に近いです。 人間のからだのことはまだまだわからないことが多くあります。 阪大の先生も「人体の構造も未知なことばかりです。」と言います。 百合香の脳障害の原因や治療方法も症例が少なく手探り状態なんです。 その反面、障害なく生まれてくるのも、また生命の奇跡です。 生命の不思議です。医療の最先端でも、 人体の脳の仕組みは未知でわからないことばかりです。 障害者は抵抗力が弱く、いつも「死」と隣り合わせの人たちが 多くいます。死ぬことはある意味簡単なことです。 奇跡の命を大切に、多くを体験しましょう。 生きていることが勉強だから、苦難を生きていくことで、 よろこびがあり、出合いと創造の機会が生まれます。 生きている今を大事に、大切にしましょう。 思い通りの人生より、思いもしない人生を体験する人が 大半です。それを受けとめ、楽しむのは自分次第です。 「人」は必ず死にます。今、生きていることを大事にして 少しでも楽しい人生にしましょう。 死ねば終わりです。 |
| 自分ひとりでは生きていない。 だれかのおかげで生活している。 |
百合香は一人では生きて行けません。 朝起きて寝るまで、すべて一人では何も出来ません。 着替え、歯磨き、朝食、準備物確認、 スクールバス見送り、登校、授業、昼食、 スクールバス出迎え、帰宅、夕食、風呂、 着替え、歯磨き、就寝、そしてトイレなど・・ しゃべれないので会話が出来ません。 自分の意思を伝えることが出来ません。 すべて人にお世話になっています。 でも、良く考えてみると、私たちも 一人では生きていません。 両親、おじいちゃん、おばあちゃん、親友、兄弟、姉妹、 おばさん、おじさん、先生、となりのおばさん・おじさん、 日常生活で必ず誰かのお世話になっています。 自分とは違う多くの人からの影響を、必ず受けています。 嫌いな人、会いたくない人からは 「あんな人にはならないぞ。」という反面教師。 口うるさい親族からは無償(タダ)の説教時間。 うっとうしい両親からは「あんたのことを思って言ってる。」 という無償の愛、子供はいつまでも子供です。 一人で生きている人はいません。 自分は多くの人から支えられ、生かされている。 少し自分のまわりを見てください。 生きている感謝をしよう。 |
| 本当に自分のことを考えてくれる人 それはいったい誰? 両親・きょうだい・お友達を大切に! |
自分のことを、無条件で心配してくれる人、 相談できる人、頼りになる人、本当に怒ってくれる人、 泣いてくれる人、そんな人はいますか? 遊んで楽しい友達、気楽な友人、それも悪くない。 でも、多くの人は自分に影響すること(損得・利害関係)には、 けっこう真剣にいろいろ考えます。 しかし、自分に直接関係のないものには、あまり真剣に 考えない人が大半です。遊び友達、お付き合いなどでない、 本音を話せる人、本当の親友は居ますか! 何の得もしない時間をさいて、親身に話を聞いてくれる人。 泣く、怒る、笑う人。心配をしてくれる人。 いつも見守ってくれる人。嫌わず大事にしょう! そして、あなたのわがままを受け入れている人は誰ですか? わがままを言える人は大事な人なのかも知れません。 ズケズケ言う人は本当にあなたを心配している のかも知れません。親・兄弟・姉妹・友達? |
| できないことがたくさんある。 でも、できることもたくさんあるよ。 |
人には出来ないことが多くあります。 百合香はもっと出来ないことが多くあります。 あれも出来ない、これも出来ない、数えるときりが無い。 だんだん滅入ってしまいます。希望がなくなります。 たしかに、百合香は自分のやりたいことや欲しいものを 人に伝えることが大変むずかしいです。 出来ることがほとんど無かったのです。 でも、だんだんと出来ることも多くなってきました。 泣く、笑う、怒る、手を伸ばす、手を叩く、ひざで歩く、 吐き出すなどなど、出来る事から前向きにひとつひとつやろう。 ひとつ出来るたびに感動でした。 そして、ひとつひとつを重ねることで、 これから出来る事がもっと増えて行くでしょう。 人の目を気にせず自分のペースでいいから着実に1歩づつ。 私たちも皆と一緒でなくてもあせらずに。 多数派でなくても、個性で勝負! 世界を変えるのはいつも少数派からということもある。 明日はいつも失敗のないあたらしい日々。 自分を信じて、一歩前進! 自分には確かに出来ない事が多くあります。 でも、出来ることもきっと多くあります。 |
| コミュニケーションの大切さ。 言葉だけではないよ。 心のふれあいの大切さ。 抱きつく、ほっぺすりすり、キッスする。 |
小学校4年生の同級生から 疑問を投げかけられました。「百合香はしゃべれへんで。」 「どうしたらコミュニケーションできるん?」 当然の疑問でした。私は生徒たちの前で百合香とキッスをした。 ディープキッスです。みんなは「キャー!キッスしとる。」 大騒ぎでした。でも、これが私とのコミュニケーションです。 朝起きるとき、百合香に抱きつき”ごろごろ焼き芋ごろごろ” 布団から抜け出ます。移動するときも抱きつき合ってごろごろ、 百合香も笑ってくれます。 言葉だけでなく、スキンシップ、ボディートークは 大事なコミュニケーションです。言葉が通じなくても 理解しあう方法が存在します。 言葉の遊びのようなコミュニケーションに惑うことのないように。 いろいろなコミュニケーションで、お互いの理解や 信頼などをつくりましょう。 |