
◆◆このコーナーは、私が普段想うことや感じたことを書いていきます◆◆
| 料理人という仕事 2007/05/12 | |
| 朝7:00に調理場に入り、ガスの元栓を開け調味料の準備をし、米を研いで釜にセットをする。ランチ用のザーサイを切ったり食器を揃えたりしていると、11:30からランチタイムが始まり、戦場のごとく約200人ほどの料理を運ぶ。14:00頃さっとお昼ご飯をいただき、ランチに使った食器を洗い、夜の宴会の準備にはいる。18:00から夜の宴会が始まり、多いときで400人ものお客様の料理を運び、大量の食器を洗い片付け、夕食をいただき、最後に調理場の掃除をし、料理を作る練習をし23:30ぐらいに帰る。・・・こんな見習い時代1年目のある日のざっとしたタイムスケジュールです。 懐かしい日々です。皆さんどのように思われますか? あの時は毎日当たり前だと思っていたし、なんの疑問ももっていませんでした。「昨日より早く終わらせるには、どうしたらいいんだろう?」「少しでも早く帰るには何をすればいいんだろう?」って毎日考えて仕事を覚えていきました。こんな日があったから今があるのかなって思います。 |
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| 頑張れ! 料理人!! 2007/01/06 | |
| 2007年明けましておめでとうございます。レシピ更新を予定していましたが、あまりにも多忙により結局完了していません。この場をお借りしてお詫び申し上げます。1月後半か2月前半には更新いたしますので、なにとぞ今年も宜しくお願い申し上げます。 この数年、料理を作りお客様に提供していく環境、状況が劇的に変化しています。以前と比較にならないほどの、インターネット等による豊富なレストラン情報や食材情報によってもたらされた「料理」に対するお客様自身の“こだわり度”の上昇、そして各自の料理への好みが明確になってきています。そんなお客様の大きな期待や高い望みに応え、「感動」を与えるような一品を作り続けていくのは本当に大変なことです。そのうえ、「効率重視」による労働時間の短縮や、調理師の人員確保、適正な労務管理の徹底など克服しなければならない課題が山積みの中、「従業員の教育:レベルアップ」と「お客様による評価」の狭間で料理長達は日々神経をすり減らして戦い続けています。・・・もう昔の考え方は全く通用しません。みんなで朝早くから夜遅くまで一緒に仕事をするという時代は確実に終わりました。このことを理解できない料理人は生き残っていけないでしょうし、社会的にもお客様からも認知されることはないと思います。「そんなの無理だよ」という単なる「批判」だけでは誰も耳を傾けてはくれないのです。根底にある我々料理人のプライドや情熱は不変です。だからこそ「料理」そのものを変えていく「勇気」がいま一番大事だと感じます。「できる」のか?「できない」のか?ではなくて、「やる!」か「やらない」かの決断ではないでしょうか。まさに「本物」しか生き残れない、ある意味公平な時代になったということです。小手先のテクニックや、複雑な仕込、華やかな盛り付けだけがプロの料理ではなく、食べ終わった皿の底から作り手(料理人)の顔や人格が伺えるような料理こそが、私の永遠の目標です。 「満事如意」 頑張れ、料理人!他の職業に負けるな!! 今こそ「やるなら今しかねぇ〜」です。 |
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| 久し振りの中国について 2002/02 | |
| このコラムをアップするのも久し振りで、楽しみにして下さっている皆様には大変申し訳なく思っております。昨年の夏より、新しい仕事に就きあっという間に新年を迎え、あまりにも多忙な日々をおくっていました。ホテル関連のレストランに携わっている今の自分なのですが、その関係で中国に行ってきました。香港の洗練された料理も勿論美味しいのですが、私は昔から大陸ののびのびした料理が大好きでした。そこそこ高級店でも、皿がかけていたり、お客さんのペースなど完全に無視してどんどん料理が出てくる・・・こういったアバウトな雰囲気が、気兼ねなく皆でワイワイと楽しめたりと、これが本来の「中国スタイル」なんだろうなぁ〜って、いつも感じていました。またこの感じを上海をはじめ、各地で味わうことができました。行ったことがある方は、ご存知でしょうが、街中が、わいわいガヤガヤしているのが中国です。これだけは、どんなに発展しようが不変なんでしょうね。あのパワーには感心します。ロシアに住んでいた時みたいに、理不尽なトラブルはなかったので、ちょっと寂しい思いがしました。(笑)画像でもご覧いただけますが、今上海のホテルはレベルが高いですね。料金も一流ですが。日本じゃここまで思い切って作れないだろうな〜っていう作りが、随所で見受けられました。ゴールドの色をこれだけ使えるのも中国ならではです。ムクの木をふんだんに使うから重厚な家具になるのでしょう。昔から材料はあるのですから、技術が伴えば強いものです。でもコンセプトは、海外の有名な人に任せているとか言っていました。そこを逆にセールスポイントにしているのが上手です。と、同時に昔ながらの伝統はけっして崩さず、古いお店が一杯残っています。ふと日本は、この先大丈夫なの?って不安にさえ感じさせるこの一週間の旅でした。・・・・「みんな、あまり神経質にならず、もっと肩の力を抜いて楽しくやろうよ!」と、中国が語りかけてきた気がしました。 | |
| 一ヶ月が経ち・・・ 2001/06 | |
| 5月の26日に帰国し、早いもので一ヶ月が経ちました。最近想うのですが、つい一ヶ月前はまだモスクワに住んでいたのに、なにか遠い昔の思い出のような気がします。私が薄情なのか?日本での日々のスピードが速すぎるのか!は、定かではありません。逆に三年前はなにも感じなかったことが、現在妙に私の目に写っています。例えば、携帯電話・・・電車に乗ると皆が無言でピコピコと携帯をいじっている姿を見ると、「なんなんだっ!この風景は!!」って・・・私も携帯は当然持っていますが、そこまでやる必要があるのでしょうか?それに伴う料金も掛かるワケだし。なんでメールを受信するのにお金が掛かるのでしょう?(iモードの場合)みんながN×Tに踊らされている気がしているのは、私だけでしょうか!あと、毎月の請求書などに同封されているチラシの多さ。プロバイダーの場合も同様で、一体どれだけチラシを入れたら気が済むのでしょう。どんどん解りにくいシステムになってますね。料金体系もそうだし、日本人はチョイスが多いと結局値段が高い方向にいく?!傾向を逆手に取られている模様です。(笑)世の中が便利になるのは良い事ですが、頭を使わなくても事が済んでしまうというのは考えものです。利用する我々もそういったことに対して、もっと勉強するべきですね。じゃ、どうやって自分の疑問を解決する情報を得るか?これがまた溢れすぎていて逆にドツボにハマリます。本屋さんにいけばありとあらゆるジャンルの本が並んでいるし・・・・(でも本屋さんは大好きです)こんな事を思うのは私自身があまりにも理不尽な国に?住んでいた障害なのかもしれませんが。(苦笑)しかし二ヶ月後はどんなコメントに変わっているのでしょう。ちなみに私の特徴は“順応性”です。さぁ!、これからレンタルビデオ屋さんに行って来ま〜す♪ (オイ、オイなんだその無責任な終わり方っ) | |
| コーカサス旅行記その二 | |
| 最終日の朝7時にドンバイを出発し4時間掛けて、ミネラリヌィ・ヴォド空港へ向かった。行きと違い順調?に車は進み予定通り空港に着いた。テラスでコーカサス最後のランチを3人で食べ、搭乗手続きが始まる時間がきたので、今回大変お世話になったエディック君に最後のお礼を言い、そして彼にもう一度聞いた。「いったいあの時警察官にどんな殺し文句を言ったの?」(空港篇参照)彼は少しの間を置いて、「なぜ?そんなに聞きたいの」「そんなことはどうでもいいじゃないか!」と、ゆっくりとしたした口調で私に語った。・・・結局この言葉は謎のままだった。私達をピンチから救ってくれた“殺し文句”は最後まで彼の口からでてこなかったのである。さぁ、モスクワに戻ろう!と空港に入る直前また警察のパスポートチェックで引っ掛かり、奥の部屋へ連れて行かれ、モスクワへコンピュターによる私のビザ照会が行われた。が、今回のチェックは面倒もなく通過できホッとしたのも束の間、次は空港内の手荷物検査で女性職員からワ○ロの請求がきた。この国は公共施設の職員でも、平気で普通のように求めてくる。「あなたのバックにチョコレートが入っているわね。私達にもスペシャルチョコレートを頂戴よ!」といういわゆる隠語での請求だった。これがロシアなのだ!!こんなことにイチイチ腹を立てていては、前には進めない。彼女達も我々が日本人だからこそ求めるのであって、ちゃーんと相手を見ているのだ。これをお読みの皆さんはこういった事に対してどう思われますか?いろんな意見があると思います。日本じゃ考えられない事なのですが、実際あるんです。きっとロシアだけじゃなく、他の国でもあることでしょう。○とか×じゃ片付けられない問題だと思うのですがねぇ〜。私にとってこの3日間の旅行は、普段味わえない非日常的な体験ができ、感覚が更にマニアック?になってしまった旅でした。(笑) 〜終〜 | |
| コーカサス旅行記その一 | |
| イキナリ出だしから波乱含みで今回の旅行が始まった。ある程度予想はしていたが、最初から気合を入れるハメになるとは・・・今回の旅の目的は、「日本帰国を前に少しだけ休暇を頂こう!」ということだった。(それが何でコーカサス?)とにかくモスクワより南に行きたくて(笑)、知り合いの居るこの地に決まった。ロシアリゾート地の“ソチ”という手もあったのだが、選択したのは私なのでここは一つ男らしく腹を決め、心の中で「しもうた!!」と後悔していた。(苦笑)・・・お昼過ぎホテルに無事到着。さっそくボスに挨拶をしお礼を述べて、さて!ゆっくりしようかとしていた時、ボスの口から出た言葉が、「是非私のホテルの調理場で中国料理を作って欲しい」「ウチの料理人達に中国料理を教えてもらいたい」・・・「えっ?マジ」が、私も二つ返事で「喜んで引き受けます」「もちろんそのつもりでした」などと言ってしまい、こんな所に来てまで自分の性格を恨んだ。実はこんなこともあろうかと、モスクワから中華調味料を持参していたのだった。ロシア人に中華を教えるのはもう慣れたもので、いつもやっているスタイルで彼らに接し、お昼と夜2回に渡り料理教室を無事終えた。おもてなしのディナーを頂き部屋に戻り長かった一日がやっと終わった。翌朝8時にドンバイに向け車を走らせた。ドンバイまでは約160kmの道のりで、途中何度も検問にあいその度に荷物検査、パスポート検査、そしてワ○ロを渡し4時間ほどで、ドンバイに入った。写真でもお分りの通りすごくキレイなそしてどこか日本的な風景が、私達を迎えてくれ一泊ではあったが久し振りにゆったりと過ごした。この地区に警察が居なかったのものんびりできた要因の一つである。(笑) 「経験にまさる知識は無し」この言葉を痛感した旅だった。 〜もうちょと続く〜 | |
| コーカサス 〜空港篇〜 2001/05 | |
| 5月17日から二泊三日で、コーカサス地方に行ってきました。モスクワから国内線で2時間ちょっとのフライトでミネラリヌィ・ヴォド空港(ミネラルウォーター空港)に着き、知り合いの出迎えの中「さぁ、行こうか!」って歩いているとお約束?の警察が寄ってきて「ちょっと来いっ!」・・・この一言から今回のディープな旅が始まった。名前はミネラルウォーター空港などと爽やかな響きだが、辺りはかなり物々しく、厳重な警備体制が敷かれていた。(この地方はロシアと紛争を繰り返しているチェチェンとの国境線の為)世界中どこの国でも逞しく生きる中国人もさすがにコーカサスでは居ないらしく?私のようなアジア人は目立ち過ぎの模様で、警察官に速攻!別室に入れられパスポートチェック、持ち物全ての検査、口頭で旅の目的など数十分に渡り行われたのだった。勿論、ビザ等不正なものは無かったが、ヒマを持て余している彼らはなんだかんだと細かい不備を突き出した結論が、「これから移民局に護送し3日間拘束だ!」・・・しかし私には、切り札があった。これがあるからコーカサスの旅に出たのだった。知り合いとはキスロヴォトスクでホテル・レストランなど手掛けている地元の名士(簡単な言い方でマ○ィア)なのでなにかトラブったら彼に連絡を取れば大丈夫なハズだった。が!連絡が取れないのである。私の同僚(ロシア語堪能)と出迎えの若い衆で一生懸命携帯電話を使いボスに連絡を取り、やっと取れたその時!今回のガイド役若い衆の一人エディック君が警察官の耳元でなにか囁くと、なーんとあっさり私のパスポート、荷物が戻ってくるではありませんか!!「さすがロシアだっ!」って妙に感心してるヒマもなく雨の降りしきる中、足早に車に駆け込み空港を後にしたのだった。 〜続く〜 | |
| 日本人の味覚は鋭い! 2001/02 | |
| 海外で仕事をしていていつも思うことがあります。それは、日本人の味覚の素晴らしさです。例えば生まれて初めて食べる物に対して日本人は必ずコメントができますよね。「〜は、コリコリして旨い!」とか、「なんか、固くてマズイ」など、なにかしらの評価を下せます。味そのものというより感覚の表現が豊かな気がします。「こってり」、「さっぱり」、「ぷるん」、「つるん」、「しゃき」、「ぷにゅ」、「まったり」・・・なんて分りやすい表現なんでしょう!(笑)聞いただけで想像できますよね。これは日本語の表現力が凄いとも言うんでしょうけど。あと、「まあまあかな」って感じたとしても、「もっとこうなったら美味しいのに」って無意識に考えますよね。これも凄いことです。私が料理人だからじゃなく、一般の人も思っているハズです。日本のお客様はいろんな意味で、舌と目が肥えていると自分自身で認識しています。料理を作るサイドからしてみたら、こんな嬉しいことはありません。正当な評価を下してもらうことをいつも願って作っていますから。こんなにも味覚の鋭い日本人に対して料理を提供してるのだから、我々料理人も常に勉強し、様々な感覚を養わないとすぐにソッポを向かれてしまいます。ですから、お客様サイドでも遠慮せず、想ったこと、感じたことをドンドンお店に対して言うべきですね。・・・苦情だけじゃなく、美味しいときもですがね。(笑)せっかく素晴らしい感覚とこだわりを持っている日本人なのですから。私は海外で仕事をし、改めて自分を含む日本人の良い所と、イケてない所を料理というものを通じて見た感があります。やはり日本人の感覚は素晴らしい!って、ことですかね。 (・・・そうでもないかぁ?!) | |
| モスクワに“白タク”は、必需品 2001/01 | |
| さて、ご存知だと思いますが「白タク」とは正規のタクシーではなく認可のない、いわるゆ非合法のタクシーのことです。言葉にすると聞こえが悪いですが、実に合理的な非合法?だと思います。分りやすく言うとモスクワ市内を走っている車全てが白タクといって過言ではありません。例えば通勤途中の車が走っていたとして、道でタクシーを拾おうとしているお客さんを見つけます。ごく普通に止まり、「何処まで行くの?」「フ〜ん、行く途中だから乗っていきな!」・・・これで商談成立です。(笑)値段はガソリンの相場制で、モスクワ環状線内であれば、昼間50ルーブル(約¥200)夜間100ルーブル(約¥400)程度で、移動できます。あとは度胸とハッタリで値段が決まります。夜間パトロールのパトカー(我々アジア人を散々調べた後、白タクに変身する)、車庫に帰る途中の市バス(ゆったり♪貸切)、任務を終えた後の救急車(信号無視だから早い!)、ボスを護衛し終わった後の、マフィア運転のベンツ&四駆(高級車ゆえ、ちょっと値段が高め)などなど・・・・私が今まで乗ってきたタクシーの一部です。こんな合理的?な、社会はあまりないでしょうよ。逆に日本は、ヘンな規制・規則だらけで人間らしさが欠けているような気がするのは、ロシア社会を受け入れてしまった!私だけでしょうか?(苦笑) このように書いてはいますが、観光でいらした場合は、絶対に白タクを使ってはイケません。それだけは付け加えておきます。(ボッタクリ等の被害は必至の為)「何事も調子に乗ると痛い目に会う」・・・私は、これをいつも頭に入れ慎重に、かつ楽しく!モスクワで暮らしています。 | |
| “やるなら今しかねぇ〜”と、いうこと 2000/12 | |
| このHPをご覧の皆様は、この題名についてどう思われますか?「わけわかんな〜い」という感想が強いと思いますが、(笑)自分にとって大切な言葉なんです。今から3年前の1998年4月にどうゆう運命か、モスクワに仕事で赴任し、中国料理の土壌もないこの国でのレストラン立ち上げが始まりました。想像を遥かに越えた毎日の出来事(言葉、習慣、文化、ロシア人?)に、一喜一憂していた或る日、スタッフ誰からとも無く「ウダウダ文句言ってもしょうがない!やるしかねぇじゃないか!!」・・・・「そうだよな!私には、時間は限られているんだ」正直言って、かなり救われました。それからは、いろんな理不尽に対して精神的に対処できるようになり、そんな想いが募った結果モスクワから、自分でHPを発信するにまで至りました。他人に不満や文句を言うのは簡単なことです。「潔く生きたい」これが私の目標とするところ。(・・・なかなか難しいことですが)5月の後半に、契約を終え帰国してからまた新しい環境に身を置きます。新しい人との出会いを楽しみに、今は時を待っています。「やるなら今しかねぇ〜」を、自分に言い聞かせながら。 | |
| 料理人とパソコンの素敵な関係 2000/09 | |
| 私は、昨年の夏日本に一時休暇で帰国したときにパソコンを買った初心者なのです。ハハ(恥)以前に仕事でワープロを使っていた程度で、ウインドウズという言葉は「テレビとかで聞いたことあるよ」、そんなもんでした。仕事柄かなりのアナログ的人間なので、逆にデジタルは向いていたのかもしれません?!(自己解釈)最初から理屈で物事を考えることが好きでない私は、まるでおもちゃを与えられた子供のように、毎日PCと遊んでいました。そのお陰?で、もうすでにOSを2回ほど再インストールしています。(苦笑)・・・最近は絶好調ですが。そして自分なりに発見したことは「これは、凄い!可能性を秘めているんだ」でした。以前は料理の写真を撮る時でも他人に頼んでいたので、どうしても納得できないカットが多かったのです。しかし今はデジカメというものがあるじゃないですか!!自分で作った料理は自分が一番知っています。何処から見ればキレイか。何処がその料理のポイントなのかを。これからの若い世代の料理人には是非PCを覚えて頂き、仕事で活用して欲しいですね。料理人本来の仕事は機械には絶対に出来ないのだからこそ、自分の料理を人に伝える一つの手段として、PCはいい相棒になってくれるハズです。 | |
| モスクワの、へっぽこ回線?インターネット事情 1999/12 | |
| モスクワの市内通話は基本的にタダ。と!いうことはプロバイダー料金(1時間/$1)だけなのです。それに、いくら電話で無駄話をしてもお金が掛からない。しかし!!「美味しい話に裏があり」で、信じられないくらいへっぽこ回線なのです。市内アパートは昔の建物がほととんどのため、電話線がどうゆう状態なのかも分らず(数年前までソ連ですから)隣のアパートと親子回線など当たり前。(おまけにパルス)自分が会話をしていて、そのとき隣に電話が掛かってきたら切れる。インターネットもプロバイダーに繋がるが、ノイズが多いため表示されない。10Kバイト程度のメールでも数分掛からないと吸えない。雨が急に振り出すと切れる。(マジです)ダウンロードは運任せ♪(1Mあたりで10分以上〜)・・・もう笑うしかありません。すべて本当の実体験の話です。情けな〜。そんなへっぽこでもモスクワらしい?のは、平日(AM10:00〜PM5:00)ロクに繋がらない回線も、日曜祭日は夢のように繋がります。(笑)お仕事中は混んでいて、休日はガラガラってこと。逆に分りやすいところもモスクワの魅力?の一つです。(フー)聞いたところによると、超高級アパートなどはこういった事はなくISDNもあるらしいです。こんな素晴らしい環境?!の中で結構苦労してHPを発信しています。!・・・この事をご理解頂きたく、書きました。(苦笑) 早く日本で50000bps以上の表示が見たいっ!! | |
| “麻婆豆腐”に想うこと 1999/11 | |
| 私の専門は“中国四川料理”です。一般的に“四川料理”と聞いて連想するのが「辛い」ではないでしょうか。今から五年前やっと念願の中国四川省に会社のメンバーと共に行きました。目的はただ一つ「ひたすら四川料理を食べる」こと。この仕事を始め少し自分で料理が作れるようになり、そのときから想像をしてきた本場の四川料理が目の前にありました。感想は「ん〜、まずい!」でした。(苦笑)全ての料理ではありませんが、ビックリするほどの香辛料(主に山椒)に、私の体は3日目で受け付けなくなりました。その時強烈に感じたのが、「よくこんな凄い味付けの料理を先人達は日本人に合う料理に変えられたなぁ!」でした。“麻婆豆腐”がいい例でしょう。辛さはそうでもありませんが、とにかく“麻”(マァ:痺れる)がハンパじゃありません。ごく普通の日本人がこの“麻婆豆腐”を初めて食べて「旨いっ」といったら、私はその人の人格を疑います。(笑)そんな“麻婆豆腐”ですが、今の日本では大人から子供まで当たり前のように知っている大衆料理になっています。(学校の給食にまで出ているらしい)その“麻婆豆腐”を日本に紹介し、全国に広めた陳建民氏(私の仕事の父です)は、とてつもなく柔軟な考え方と不屈の精神の持ち主でした。見習いの頃はただ怖いだけの親父みたいな存在でしたが、自分がお客様に料理を提供する立場になって改めて凄さを感じました。それを感じさせてくれた料理が“麻婆豆腐”であり、私にとっては自分の原点のような大切な一品なのです。偉大な先輩達の意志を少しでも次の世代の料理人に伝えたい!それが陳建民氏と仕事をさせて頂いた料理人の共通の想いなのだと信じています。 | |
| “お寿司”は、やっぱり凄い! 1999/10 | |
| この1〜2年の間、モスクワ中に凄い勢いでお寿司が広まっています。数年前のアメリカがそうだったように、ロシア人も皆一様にお寿司を食べています。基本的にロシア人も活の魚は食べません。にもかかわらず、ナゼ!世界中でお寿司が人気なのでしょう?ロンドンでは回転寿司が人気らしいし、留まる所をしらない勢いです。私が思うに日本が生んだ世界の調味料「醤油」のお陰だと!!これを読んでいる皆さんどう思われますか?このお話のネタに関しては自分自身よく分りません。なぜ?これほどまでに海外の人を魅了するのかを。なぜ?これほどまでに各国に受け入れられるのかを。日本で仕事をしていればこんな事は思わなかったでしょうが、海外で仕事をしているからこそ考えるのです。実際お寿司を食べているロシア人を見ていると、大量の醤油をつけて食べています。海苔巻をサイフォンのように醤油皿に立て、醤油が登ってくるのをジッと待っている素敵な?ロシア人も見かけます。(笑)これらを目のあたりにして自分で出した結論が「醤油」だったのですが・・・。我々日本人も、もしお寿司に醤油じゃなかったら、ここまで食べたでしょうか。勿論「醤油」だけが全てじゃないことは理解しています。ともかく「お寿司は凄いっ」の一言に尽きますよねっ?!(イマイチまとまりに欠けたので、このネタはそのうちに・・・) |