JA4KKW Okayama JAPAN
May I introduce JA4KKW?
3/24 追記編集中

756-3+AMP 857 1000-5+AMP
時間が取れたときに気軽にDXとQSOしたい。そんな思いから構築されたシャックです。
1980年頃

T-599+R599+homemadeAMP FT400+FR400+FL2500
造っては壊しの連続の日々からある程度形がまとまって来た頃

当時使用していたANT時代も良かったのか? 7Mhzで誰にも負けないANTが欲しいと でも金がない!快くミニマルチの親父(親愛の情)が材料原価で部材を分けてくれ 会社としても始めての試みなのでデ-タ-がないので総べてのパ-ツをリフレクタ−サイズで送ってくれた。それから毎週山のタワ-に通い調整に係り何とか物になったのが、半年後。 調整DATAをミニマルチに送り4ELを発売したものの大型ANTの時代が早すぎたのか? 一本も売れなかったとの事。
当時印象に残っている 40m Bander
JA0SX・JA2KVT・JA1ELY・JA4JBW

1980年代 ロ-バンドに夢中に成っていた。3.8Mhzが解禁されてすぐさまチャレンジ ANTは、DPで始めたもののEUの信号が聞こえない!
次にGPを使用 何とかQSOが可能となった。
次にGP*2を使用 まだまだ付いて行けない!
とうとう短縮ではあるものの2ELを作製。 違う! ニンマリしながらQSOを楽しんでいた。
ANTの紹介は VP−DPと言い QSLには2ELと記入していた。
ブ−ム長 16M 最大エレメント 26M
当時印象に残っている 75m Bander
JA6BSM・JA6LCJ・JA6XMM・JA1SGX.JA1KXY
2000年頃 山の上から障害物の何らない平地に引越し

■ L-Tower 10M、14M-DP ・ 4ELCQ(18,21,24,28) ■ R-Tower HB9CV FullSize(7M)
タワ−ドライブフェ−ズ(3.5,3.8) 1辺300mのロンビック(全長1.2km)
現在は総べてのANTが変っています。
長年山に通いつめ日夜無線を楽しんだ思い出の地から 平地への引越しを決心した。
山の木の伐採、竹の伐採、1m道を通い総べて人力作業、藪蚊の襲来で夏季作業は体がボコボコ、同軸がタヌキにかじられるetcで限界を感じていた。
新天地は、利用可能な土地面識は無限! 私有地は約400坪 しかし土地は、幅100m以上の2級河川に隣接し かつ敷地周囲1kmの中には何ら障害物がなく、山の仰角は、5度以内 またレッカ−車etcの重機の利用は何ら問題がなく可能。
但し 1から総べての物を整える為に 出費が・・・? 大蔵大臣の同意を取るのに3年かかった。
移設当時のシャック

コリンズ病に犯された。
DX実用機は、TS940を中心に使っていた。音質は非常に私の声と相性が良くほとんどのDXよりは、BESTとの評価。その後時代は、DSPに。