「なに、旅といっても大層な事では無い。三面寺の分院をまわったりする程度の事で御座るよ。                 
飛燕にも寺の外の事を知っておいたほうが良いし、修行にもなろう。」
経文が収められている小さな部屋の中で雷電はそう言うと月光のほうに視線を向けた。
「臣人のため…ですか?」
微笑む雷電に月光は厳しい表情を見せる。
「先程の闖入者は明らかに彼を狙っていた。三面拳を倒して名を挙げようとする者であるならば、立会人を伴う筈だ。
あんな森の中で襲ってくる必要はない。」
月光は見えぬ目の奥で先刻の戦いを反芻する。相手を倒すことではなく、始末すること屠ることのみ、ただ其の為だけに
鍛え抜かれた体術であることは戦ってすぐに判った。
「旅に出て此処を離れ、臣人を追手の目から晦ますというのが真の理由でしょう。」
「我等三面拳の絆を強めるといった効果も旅にはあると思うので御座るが」
詰問するような口調の月光を茶化すように雷電が答える。
「臣人を助け、飛燕を普通の生活に触れさせ、それが何になるというのです?
全員戦いの中でしか生きられず、戦いの中で果てるしかない者です。
我等三面拳にも絆など必要無い。ただ因習によって集められただけなのだから。」
月光は肉親と引き裂かれるようにしてこの寺に来た。
雷電はどのようにしてこの寺に来たのかを月光は知らない。
知らないが自分と大差は無い筈である。
そんなふうに連れてこられた場所で、突然引き合わされた仲間とやらと絆を深めようというのか。見ず知らずの子供を助け
どうするつもりなのか。
「旅に出るのは反対で御座るか?月光」
「三面拳を率いる貴方の言葉に反するつもりは無い。しかし家族ごっこをするつもりも無い。」
それだけ言うと月光は立ち上がって部屋を出て行った。

三面拳と伊達が寺を出たのはそれから三日後の夜のことだった。