新車でブルガリアとルーマニア、ギリシャも周遊 
ドイツのミュンヘンで車を受け取り、9,410kmを走り、ミュンヘンに戻る。
ドイツから、オーストリア、ハンガリーを通り、ルーマニア、ブルガリアを南下、ギリシャで12日間過ごし、
ブルガリアとルーマニア周遊、ハンガリー、スロベニア、チェコを抜け、ミュンヘンに戻る
2015年4月19日から7月10日。
宿代は税込み。所要時間と距離は、参考程度に。随時の駐停車や遠回りを含みます。。

Renault Eurodrive
The vehicle you have booked is : MEGANE BERLINE DIESEL 130CV GPS EUROPE
Duration: 90 days
2454 euro (Vehicle2154+Delivery,Return fee300)

2015年決済時の価格
1ユーロ=139.72円  
チェコ:1チェコ・コルナ=5.092円
ハンガリー:1フォリント=0.4465円
ルーマニア:Ron レイ=31.4円

出国時には、ほとんど空のトランクに、ワイン用6本箱と丈夫な中位の段ボールそれぞれ2枚と、ソフト保冷ケースを詰めていった。
日本の段ボールは綺麗で長持ち。 レンタカーのトランクが気持ちよく片付きます。
帰国時は段ボールを処分して、お土産の食品を入れました。
宿の予約はBooking.comを利用。選択肢の少ない民宿風キッチン付のアパートメントを探して予約。
まだバカンスシーズンでは無いので、どこも2泊でも3泊でも予約可。
出来れば無料の敷地内駐車場があり、キッチン付、 Wifiありの条件を絞っての検索。
以前、フランスでの宿は、看板を出しているので見つけ易く、予約無しでもOKだったが、フランス以外では、ほぼ看板無し。
予約を入れておけば、宿をナビに入れておいて直行出来るので、運転手は楽。

4月20日、初めてのエティハド航空でドイツのミュンヘンに13:20 到着。
厳しい入国審査。何日滞在して、その後、日本に帰るのか? etc
ユーロドライブにメールしていたので、サインボードを持ってお迎えに来てくれた。これは初めて。
連れて行ってもらった、空港から5分程離れたオフィスで書類にサイン。 新車のメガーヌ4ドア ディーゼルターボ130馬力・6MT車を受け取る。
携帯をbiuetooth接続。Boseサウンドシステム搭載車だった。
軽油の価格は、L当り約1.199ユーロ。48L入った。
アウトバーンを80kmほど走り、Landau ander Isar のナビを見ながら予約してあった宿に。
3階にレセプションがあれど無人。宿主にTEL、指示された鍵のぶら下がった指定の部屋に。
1時間後に69ユーロ集金との事。TELでの会話は分かりずらい。
持って来た段ボールを組み立て、荷物を整理して車に積直し。
窓から中が良く見えるので工夫が必要(盗難に注意)。
1階のスーパーで買い物。 夕食は白ソーセージにパンと黒ビール。
夕方には急に寒くなり、フリースとセーターでお散歩。早々に一泊。 走行87.8km


21日、ドイツ南東部、Passauを経由して、オーストリアAmstettenまで。
多少の時差ボケ。6時起床。気温8度。 
宿から見えるパン屋で4ッ4.5ユーロ。8時出発、低い太陽が眩しい。日中の日射しは強い。
9時10分オーストリア。「ヴィニエット Vignette」は買わず、一般道路を走る。
Billaで買い物をし、Pregで昼食。Euro sparでまた買い物。異国のスーパーは楽しい。
ドナウ川を離れ、立派な門構えの農家が今日の宿。納屋の3階、広々と部屋にバルコニー、私達だけ。71ユーロ 走行222.6km
去年のルノーキャプチャーと違い、メガーヌのステアリングに違和感なし。
ギア比は日本車と大きく異なり、トップギア(6速)に入れるには、たしか時速72km以上でないと加速不可。
アウトバーンは時速90~130km超で走り、流れに乗って走ると平均時速120km程度の速さだった。
1回の移動距離の限度は300km。今回の旅では200km程度に設定(1日当たりでは100km)、この程度が長期では楽。

22日、オーストリアAmstettenからハンガリーMosonmagyarovar。
どうしても早々のお目覚め。6時くらいにコーヒーを沸かし朝食。
この先の予約の宿から、「到着時間を知らせろ」「部屋の変更」とやらのメールがあり、それへの返信。
支払いをして、8時10分出発。一日中晴れ。朝の気温5度
一般道路をのんびり。若々しい緑の木々と桜のような白い花が点々。
畑は、緑の麦、耕したばかりの土色、からしの黄色い花の帯。10時にケーキとコーヒーで休憩。
もうすぐハンガリーという小さな町で昼食。午後1時オーストリア出国。特に何もなし。
ハンガリーの道路は、1号線でも、穴、亀裂、凸凹の継ぎはぎ。 ハンガリーのお金をATMからキャッシング。ハンガリーのTESCOで買い物。
到着時間の件で今日の宿にTELするが応答なし。メールを出したら返信あり。
14:45 宿に到着。宿の前でオーナーに会い、現金払い。48ユーロ 走行214.4km
旧市街を散歩、アイスは150-200ft。ft=約0.45円

23日、Mosonmagyarovarから、Gyor、Pannonhalma、Szekesfehervar。
8時出発。平原の麦畑・菜の花畑を行く。
Gyorの「P」は、400ft/h。Pannonhalmaは、音声ガイド付きで一人2200ft。
宿に向かう途中の、車がたくさん止まっているレストランで昼食。「車がたくさん止まっているレストラン」は重要。
皆さんが食べている物をのぞき込み、鶏もも肉ローストのランチとビール0.5L*2を注文
飲みきれない量のスープ付きで、二人分1,780ft。安い。ビールは一杯340ft。
到着時間を今日の宿にメール。15時着。Booking.comに載せられている条件とは、
異なるところがいくつもあるが、宿替えも面倒臭く、値切り交渉。ベットのばねが痛かった。
交渉後、1泊33ユーロ 走行140.8km。

24日、Szekesfehervar。今日も晴れ。
のんびり旧市街を散歩。1泊33ユーロ

25日、SzekesfehervarからBugac、Szegedへ。今日も日射しが熱い。
預かった鍵がなかなか返せず、8時10分出発。
Bugacは、特に見るものも無さそうで、通過。
セゲドまで、もう直ぐの町で、何台かのトラックが駐車しているレストランで昼食。
ランチAとBを注文して、一人1,080ft。ここもランチはスープ付き。美味しかった。
セゲドの街で、ハンガリー名物の水玉模様のチョコや、セゲド名物のサラミなどを買い物。
番地を見て、インターホンを押し、ご夫婦と対面。
部屋は、以前ジジババが住んで居たところを改装。古めかしい造作や古道具を残していて、とてもきれい。
1泊40ユーロ 走行216km

26日、Szeged
朝食後、持参の洗剤で洗濯。洗濯機をまわしたら、3hと表示。3hも待てないので止めるがフタが開かず。
「鍵」のマークを押せば、フタが開くことをようやく発見。奥さんが外に物干し台を出してくれた。
午前は街見物。午後3時 Anna Fordo温泉へ。一人、1,320ft。約2時間のんびり温泉に。
年配の男女が多く、超メタボ体形。1泊40ユーロ

27日、Szegedから、Sannicolau Mare,Timisoara泊り
昨日のうちに宿代の支払いを済ませ、預かった鍵をPost Boxへ、8時3分出発
8時40分国境着。ハンガリー出国は何もなく通り過ぎるのみ。
ルーマニア入国審査は、我々のみ道路脇に止めさせられ、待つこと20分。
女性用トイレは見つからず、ガマン。
パスポートと車の車検・保険証は返してくれたが、免許証を返してくれていない事に気づき、あわてて取り返す。
Road TAXと書いた小屋があり、「ミニマム7デイ、4ユーロ」と言われ、A4の紙を貰い、これで入国。
Sannicolau Mareのカルフールで、キャッシングと買い物。Ron レイ=31.4円

4月28日 Timsoaraから、Deva経由、Hunedoara泊
ハンガリーとルーマニアの時差1時間
8:38に鍵をPostに入れて出発。
Timsoaraは大きな都市で、街を出るまで車の運転は冷や汗もの。
ナビの地図ソフトの作成中、幹線道路が道路工事中だったらしくて、ナビは脇道に入るよう、しつこく指示。無視して東進。
ガソリンスタンドで、トイレのみ拝借。
一般道路で11:39、Deva着。客の多い店を探して昼食。
大きなピザ1枚とビール、25レイ。店内は禁煙にあらず。
未舗装あり、ぬかるみありの、凸凹道を無事通過。
13:50、Hunedoara。部屋に入り、キッチンを見るが、鍋釜など、何もなし。
レセプションで、鍋・フライパン・ミルクパン・おたま・カラトリ一式を借りる。
8:30頃、夕日が沈む。走行182.7km 宿代23ユーロ(坂を上がった所の赤い家)

4月29日 Hunedoara泊
旅行に出て初めての朝から雨。1日のんびり。走行0km 宿代23ユーロ

4月30日 Hunedoaraから、Tirgu Jiu泊
6:30起床、8:30出発。フネアドラ城へ。Pは7.5。開城は9時。
フネアドラの町を出ると、山に囲まれ、道はクネクネ、起伏あり。川岸には大量の生活ゴミ。
夕方5時頃、宿着。キッチン無しの朝食付き。
町にライラック、スズランの花束を売る人あり。走行129.6km 宿代59ユーロ(町の中で「P」は道路向こう)



ブルガリア全図


2015年5月1日 Tirgu Jiuから、ブルガリアのベルコヴィツァ泊
宿代に含まれるリッチでボリュームたっぷりな朝食を、宿近くのレストランで。
ルーマニア式のオムレツにハムとチーズ、トマトとベーコン。コーヒー。
メニューには、朝食18、コーヒー6と書いてあった。
すぐ近くは野菜中心の市場。ロマの人達が多数。
細長ネギ1レイ、赤玉ねぎ1、パセリ1、きゅうり5本2.5、人参、ラディシュを買う。
ホテル発9:36。15度C。ルーマニア国境Calafat12:56着。
トラックの長い長い列。ギョッとしたが、乗用車マークのレーンに入りトラック追い越し。
ルーマニア入国の時とは違い、出国は5分程で終了。トランクの中の検査も形だけ。
ドナウの橋の通行料(6ユーロ又は27レイ)を払い、渡る。橋の真ん中でブルガリア。
橋を渡り入国審査かと思ったら、何もなく、パスポートを確認したら両国のスタンプがあった。
まずは両替。Lidle(スーパー)にも、スタンドにもATMが無い。
街の中心まで行き、探してATMの最高額400を2回引き出す。1BGN=約28円
cafeで、ビール1.7、エスプレッソ0.8。14時。
買い物をしてヴィディンの宿へ。部屋を見るとキッチン無し。冷蔵庫も無し。
booking.comでは、キッチン有りになっていたので予約したのに、話が違う。
100kmは離れた次のホテルに、ここのホテルのフロントでWifiから予約を入れた。
このヴィディンの宿は、宿の方からbookingに「宿の都合」でキャンセルを入れてもらった。
キャンセルには、トラブルが付き物なので、何度も確認する。
16時出発。モンタナへの道は、すごい悪路。狭く、路肩は落ち込み、舗装はパッチワーク。
丸や四角の深い穴があちこちに有り、通行量が多く、起伏のあるクネクネ道で追い越しもママならない。
穴の深さは時に30cm、落ちれば即お陀仏。センターラインを無視せざるを得ない蛇行運転で、助手席もグッタリ。
遠くに雪山が見え、道の両側には薄紫のライラック、とても景色がいい道。
モンタナ着18時。食料を買い足し、宿着19:15。
レストラン兼営の宿で、レセプション見つからず。ようやくオーナーと会うが英語が通じず。
ウエイトレスを通訳にしても意思の疎通は難しく、絵を描いて調理道具や食器を手配。
予定外の走行合計305.4km 宿代31ユーロ(バリアフリー、隣レストラン、音楽ガンガン)

5月2日 ベルコヴィツァ泊
宿代に含まれるボリュームたっぷりな朝食、昨日の内に何が食べたいか聞かれオーダー。
朝は14度、車で1,504mの宿泊施設のあるところまでKOM登山、雪が残り、気温は8度。
夕方、5種類の現金残を数える。ブ797.5、ハ9,145、ル522.8、ユーロ875.76、円小銭2,600
帰路に使うので、いくらあっても気楽。 走行32.5km 宿代31ユーロ

5月3日 ベルコヴィツァ泊
7時朝食。大コーヒーとホットミルク、カメルーン産のバナナと黄桃のジュース。
昨夜サンドイッチと頼んだら、ボリュームたっぷりの薄切りパンの上にハムとチーズ載せのオーブン焼き。
KOMの山中を散歩。スミレに一輪草、上がると紫のクロッカス。走行16.4km 宿代31ユーロ

5月4日 ベルコヴィツァ泊
朝食にオムレツを頼んでいたが、長ネギ・チーズたっぷりの極大で油たっぷりで出てきた。
再度、車で1,504mの宿泊施設のあるところまで登る。10時出発。雪、雪の雪道を時に嵌りながら登山。
11時半、右の山KOMに。途中、軽い昼食。12:35 2,016mのKOM頂上。車までの下山は、わずか1時間半。
走行32.6km 宿代31ユーロ(4日分として240LVを支払う)

5月5日 ベルコヴィツァからヴィトシャ山に登り、ソフィア泊
8:45出発。ソフィアまでは80km程だが、悪路を1,700mまで車で登山。ナビは大混乱であてにならず。
11時20分から、自然保護区をクロッカスを踏みつけながら歩き回り、岩山の頂上へ。
15時出発。ソフィアの街中の一方通行だらけの狭い道に入り、宿へ。駐車場所が無い。違法駐車し、暫くして移動。
宿は3室も有り、一般家庭と多分ほぼ同じ。家電製品を含めすべて揃っていた。30度C以上で暑い。
夕食にスーパーで買った「スイバ」のソテー。以外に旨い。ビールはジュース、コーラより安い。
走行132.5km 宿代35ユーロ(市場通り、薬局の前にP)

5月6日 ソフィア泊
洗濯機は前回と同じ機種だったが、英語の説明書があり、Short washのプログラムを選んだら30分で終了。
ベランダに物干し棒と洗濯バサミがあり、猛暑のカンカン照りでよく乾く。
1日パス、4×2を買い、トラムに乗りネフスキー寺院等を見て歩く。中央市場の地下に食堂有り。それぞれ好きな物を取って食べる。走行0km 宿代35ユーロ

5月7日 ソフィア泊
今日は涼しい。1日パスを買い、トラムに乗り街を見て歩き、いつものように気に行った場所でお絵描。
走行0km 宿代35ユーロ

5月8日 ソフィアからリラの僧院を見て、サバレババーニャ泊
パン屋が朝8時からしかやっていないらしく、あきらめる。お花の市場は大賑わい。
8時半、雪山を前に見ながら南下。10時半山の中に行く予定なので、食料は多目に買う。
山道を登り、リラの僧院の離れた駐車場、入場料は無料。中国人の団体あり。
山の斜面にある宿は断水中。19時になったら水が出た。安心して夕食つくり。
部屋にキッチンは無く、廊下の向こうに共同炊事場。ガスボンベの上にレンジが載った器具で煮炊き。 走行185.3km 宿代30ユーロ

5月9日 サバレババーニャ泊
簡単なランチをつくり、連れ合いが背負い、8:10 リラの7つの湖を目指して出発。
8:45ゲートに到着。リフトの券を買うのに8:57まで待ち、一番乗り。一人分往復18。
25分も乗り、寒くなった。やっぱり雪道を歩くことに。天気がいいので雪山でも暑くなる。
雪の中を、雪に埋もれた湖を見ながら歩く。しばしば、時には腰まで雪に嵌る。
12時頃ランチをしていると、下の方から霧が上がってきて視界不良。遠雷がありリフトに向かう。軽装の観光客が増えてきた。
車に戻るまで濡れることは無かったが、今日の天気予報によれば「雷雨も有り」となっていた。
ワイパーを動かしながら山を降りて、町に着くと上天気。車で間歇温泉公園を見に行く。夕方、宿は停電。
走行30.8km 宿代30ユーロ

5月10日 サバレババーニャからサンダンスキを歩き、ギリシャ Agistro Serron泊
12度C。8:15出発。1号線を通って山脈を越えた頃から、一気に赤いケシ、アザミ、アカシア、エニシダ、薔薇等々と、花の数が増えた。
サンダンスキの駐車は一苦労。公衆温泉は廃業していてボロボロ。町の中心は歩行者天国。日曜日で人多し。
次はメルニックの予定だったが辿り着けず、国境越えに。国境はトラック渋滞。反対車線に入り追い越し。そのまま出国。
ギリシャの入国審査で、「左に停車して待て」と言われたが5分程で審査終了。14:30
宿まで10km程、山の中に入り探すが見つからず。暇な婆に命令されたらしい兄ちゃんが、車で先導して連れて行ってくれた。
新しくきれいな宿。だけど台所はあれどレンジが無い。聞くとレンジは外。雨風の当たる場所にあった。
村のハマムは宿から500m、水着を持って歩いていく。
入湯料一人5ユーロ。ギリシャ語であれこれ説明されるが、全く通じないと分かると「こっちへこい」
個室温泉で中から鍵を閉める。2.5m四方で深さ120cm程度。水温38度。
ここの宿も、ガスボンベの上にレンジが載った器具で、部屋から外への出入りが面倒。
走行168.3km 宿代35ユーロ(夫、溶接得意。ケーキを貰った)



ギリシャ中西部

5月11日 ギリシャ Agistro Serron泊
曇り空でフリースを着込む気温。午前、車であちこち。午後、宿で野草の花のお絵描ほか。
走行?km 宿代35ユーロ

5月12日 Agistro Serronから、Logkadasでランチ、テッサロキニ泊
8:20出発。本道をはずれて山を登り小さな村を巡る。山を下って町に。11:20昼には早いが、大勢の男たちが飲み食いしている店へ。棒状のつくねの直火焼きを注文、追加して4本。豚串も3本。焼きたてパンにビール。合計7.8ユーロ。
この旅行へ来て初めて市場でサクランボウ(スペイン産)とビワを見る。スーパー2軒より、14時チェックインして支払い。
街を散歩、海沿いを歩き18時に戻る。蚊に喰われた。一日中晴れ。
走行143.8km 宿代49ユーロ(鉄道駅、BTに近い。路上駐車場所を見つけるのが大変)



ギリシャ東部

5月13日 テッサロキニ泊
8:15出発。E75を通ってオリンポス山へ。ナビは、料金所を通らないように、途中2回E75を降り、遠回り。
リトホロ(登山基地の町)から、登山口へ。道の途中で車を止められる。お姉さんの説明を聞き、パンフレットを貰う。
クネクネ道を登り、1,060mが車でのEND。無料駐車場にトイレあり。
10:30に登り始め、3.5hで山小屋に到着。カフェを飲んで、2hで下山。17時駐車場着。
帰りは、E75を最後まで走り、料金2.2、1.2ユーロを払う。距離・時間は大幅短縮。
走行228.8km 宿代49ユーロ

5月14日 ペラ・ヴェルギナ・ヴェリアと遺跡めぐり。テッサロキニ泊

8:10出発、17度C。通勤時間帯で車多し。ヴェルギナの墳墓は見ごたえ有り。
走行193.7km 宿代49ユーロ

5月15日 テッサロキニから、アンフィポリス、フィリピ経由、カヴァラ泊。
8:10出発、10:40アンフィポリス。12時出発、途中の大き目の町で昼食。フィリピ遺跡は広大で日陰なし。暑い。
フィリピからカヴァラまでは20分。宿に17時着とTEL。途中、カルフールで買い物。
16:50宿着。トリプルルームに。キッチンには鍋しか調理器具が無い。
走行180.3km 宿代45ユーロ(坂を上がって、海が少し見える)

5月16日 カヴァラ泊。市内見物。
8時ホテルの朝食。トリプルから、ダブルルームに半強制移動。予約はダブルルーム。
お昼は、昨日のようにオジサン達が集まっている店を発見。小さなイワシのから揚げ、ナスの素揚げ、オリーブ。
お客から干黒オリーブ(しわしわ)を貰う。小皿のメゼ3皿に500mlのビール2本で、7ユーロ。
走行0km 宿代45ユーロ

5月17日 カヴァラからPort lagos、コモティニ経由、アレクサンドロポリ泊。
8時、今日もホテルのたっぷりな朝食。9時出発。
1時間ほど山のほうへ向かって走り、海へ降りる。車がたくさん止まっているので寄り道。漁港と市場だった。
野菜と網から外していた魚5匹3ユーロ、蛸1匹8ユーロを買う。ここはトラキア海らしい。
しばらく行くと、砂州の向こう、端の先に白とブルーのきれいな教会。観光バスも止まっているギリシャ正教の教会。
ファナリに向かったが、リゾート地でそのまま通過。
コモティニでランチ。この町はモスクにミナレット、トルコの観光客がいて、女性はスカーフに長コートとトルコ風。
コモティニから、自動車道を通らず、山を上り下りして途中の町を見ながら宿へ向かう。
海から600m程離れた丘の上。4部屋のコテージで深いプールもある。広いキッチンで魚と蛸を料理。
走行175.8km 宿代55ユーロ(ロフトつき)

5月18日 アレクサンドロポリ泊。Evros Deltaに行く。
連日、日差しが強く、暑い!30度以上。宿は、アレクサンドロポリの街から車で15分ほどかかる。
街の「i」を探して(移設)歩き、見所を聞く。街を歩く。今日は月曜日で休み多し。宿に戻り昼食。とにかく暑い。
15:20デルタ地帯へ出発。デルタのビジターセンターは4時クローズ。追い出される。
アレクサンドロポリの方へ戻り、Aristinoで海方向へ。未舗装道路を道なりに海岸(砂浜)へ。あたりは湿原。
走行69.6km 宿代55ユーロ

5月19日 アレクサンドロポリ泊。西側の山へ行く。日の出5:57、日没20:30
8:10出発、自動車道に入り、空港の先で北に。切り立った岩に渓谷。軍の基地に風力発電。曲がりくねった立派な道。
走行146km 宿代55ユーロ

5月20日 アレクサンドロポリから、Dadia NP、Orestiada泊。
8時半、チェックアウト。東へ(真直ぐ行けばトルコ)。その後北へ。軍の施設多く、道路も良い。
国立公園のDadia Forestへ。案内板(鳥の看板)の指示通りに到着。猛禽類のビデオを見せてもらってから歩く。
松ノ木がほとんど。鹿、陸亀、緑のとかげに小鳥。猛禽類の姿なし。13時、手持ちの昼食を食べ、次の宿へ。
15時チェックイン。が、キッチンなし。他の部屋へ。調理道具の不足分をお姉さんに言って調達。
17時半ころ、夕食の準備で電熱器をオン。ブレーカーが落ちたらしく冷蔵庫も真っ暗。
お姉さんはブレーカーがどこにあるか判らず、再度、部屋換えで移動。ま、いろいろあるわ、と、連れあいは言う。
走行140km 宿代40ユーロ

5月21日 Orestiada泊。
夜中、背中が汗ビッショリで起きる。ビニールのおねしょシーツだった。4人部屋だったので、ベッドを変える。
9:20、町の見物に出発。これといって見る物、絵に描くものもない。
ここは、トルコまで10km、ブルガリアまで40kmといったところ。川向こうにはエディルネ(トルコ)が見える。
宿への帰り道、川の中(水没道路)の道をナビが行きたがる。確かに近道。
トラックやトレーラーが通るが、乗用車は無理(PROBLEM)とオジサンに言われた。
走行17km 宿代40ユーロ

5月22日 Orestiadaから、ブルガリアのPlovdiv泊。
8:37出発。立派な舗装道を北上。9:15国境着。駐車しろと言われ、暫し待ち出国。次にブルガリア入国審査。
まず道路税13ユーロ(25レバ)。12日間滞在と言ったら1ヶ月分を買わされ前窓に貼る。9:38出発。
最初のみ舗装良し。すぐに穴ぼこ道。馬やロバと一緒。「石の結婚式」を見に走る。白い巨石がゴロゴロあるところ。
砂利道を行った先に「P」。汗だくで歩いてきた観光客に聞くと、1時間位の道でdangerousと。踏み後を頼りに進む。
目的の岩は見つからず。戻り道は自動車道を歩く。途中、「石の結婚式」を発見。13:15「P」出発。
次の目的地の「岩山」へ。しばらくは舗装路、脇に逸れ、くねくね山道を。??だったが、観光客もそれなりに。
未舗装路をさらに登り、凸凹道を行く。さらに酷い凸凹道に先を行く車有り。がったんごっとん車を傾けながら右に左に。
ようやく辿りついた教会前。駐車し、他の客について急坂を登る。頂上は岩の絶壁。360度の景色はいい。
ダートの道を降り、BILLAで買い物をし(野菜はPennyでも萎びている)宿へ。17:20から予約の宿探し。
TELが通じず、住所になんの表示も無く、あちこちの人に聞いて回る。あちこち歩き、さらに探し、TELをかけ続ける。
住所地の隣のネールサロンのお姉さんが親切で、TELをかけてくれる。
結果は、宿の主はこの町ではなく首都のソフィアにいて、
「明日には帰る。すぐそこのホテルに泊まれ」との事。バカたれが。ガックリ。
20:30ホテルにチェックイン。3時間も、いろんな人に聞いて、うろつきまわされた。疲れきって外出もせず。
走行282.4km 宿代50レバ

5月23日 Plovdivのホテルから予約のアパート泊。
朝の市場は、ほとんどやっていなかった。午前中は街歩き。旧市街はごろごろの石畳。
予約のアパート主とTEL連絡がつき、ホテルのロビーで会い、アパートへ。一言の謝罪もなし。
広くてきれいだが、調理道具に食器が無し。30分後、お姉さんが持って現れる。15時過ぎ、旧市街へ。
昨日の宿探しの大騒ぎで、顔見知りになった近所の人とも挨拶する。
地域民族博物館から、17:50に締め出される。
この時間は涼しくて気持ちが良い。土曜だからなのか人であふれていた。夜には花火も。
走行0km 宿代35ユーロ

5月24日 Plovdiv泊。オルフェウス山と、バチコボ僧院
日曜日でブルガリアの祭日。パン屋も市場も休み。
8:25南へ100kmオルフェウス山へ。路面は良いが、くねくねで、落石有り。
smolyanの町の中から、車で山を登る、途中から未舗装の悪路。1,700m位に「P」10:42。17度で涼しい。
そこから山登り。しかし、登山道は倒木の山。くぐり、乗り越え、しゃかりきに歩く。後半は倒木なし。
13時岩山のてっぺんへ。断崖絶壁、ロドピ山地や他の岩山などがよく見える。
すぐ傍に、レストランらしき建物が有り、車道が通っている。なんだか・・・・。
「P」に車があるので、倒木だらけで塞がれた道を戻る。14:11着。
14:15出発。15:40バチコボ僧院着。有料の「P」に入れず、路上「P」。1km程坂を上がって僧院。
祭日ですごい人出。お参りするのに行列。
17:11宿着。なんとしても、鍵でドアが開けられず、隣のカフェのお兄さんに助けを求める。なぜか直ぐに開く。
ここの洗濯機は簡単。毎回、洗濯機の機種が違い、洗濯機の文字が読めないので苦労する。
走行197km 宿代35ユーロ

5月25日 Plovdivから、中央バルカン国立公園 カザンラク泊。
7時起床、3種のパンを買う。なぜか全部白チーズ入り。
宿の姉さんにTEL。姉さんは10分ほど遅れてくる。チェックアウト。市場へ行き、さくらんぼ他を買う。kg当り2ユーロ。
8:37出発。18度C。最高峰2,376mを目指す。途中、バラの花摘みをしていた。
Kalofa村は未舗装。酷い凸凹道を上がる。せいぜい時速10km。
1,300mまで車で上がる。山から下りてきた馬3頭とすれ違うが、登山客なし。1,800mまで登る。さらに500m直登。
雪山が見えたが、登りきらず。車に戻り、悪路に緊張しながら降りる。南下して山をまわり、カザンラクへ。
宿の直ぐ傍には来たが、TELも繋がらず、どの部屋か不明。たまたま出てきたおばさんに聞いて、連れて行ってもらう。
チェックイン、支払い。エレベーターを間違い、荷物を抱えて、登ったり降りたり。
朝食のパンを買うため、町の中心へ。2軒みつける。
走行140km 宿代35ユーロ

5月26日 カザンラク泊。
歩いて街見物。トイレのため歴史博物館へ。さらに歩いて、トラキア墳墓(コピー)、本物そっくり。
宿に帰る途中、よその庭のバラの匂いを嗅いでいたら、その家の女性が、「これがダマスコ(?)よ」
他に2種のバラを切ってくれた。香水用のバラの香りは、「便所の香水」、甘い香りと言うより、人工的な強烈な匂い。
午後、車でバラ畑へ。片道4km程。ピンクと白、白に近いピンクのバラが雑草に埋もれて咲く。
走行8.6km 宿代35ユーロ

5月27日 カザンラクから、シプカ峠、エタル野外博物館、ポジェンツィ歴史保護区を経由して、ヴェリコタルノヴァ泊。
チェックアウトしようとしたが、誰も居ない。部屋のテーブルに鍵と「P」のリモコンを置いて8:30頃出発。
シプカ峠へ行く途中、畑ではバラ摘み。峠道を上がりきり、「自由の碑」のあるあたりに来たら濃霧。
気温12度。見物の小学生と写真を撮ったりして、早々に下山。徐々に天気は晴れて回復。
エタル野外博物館の「P」は2レバ。入場一人5レバ。中でランチ、持参のパンと、チキンスープ3.4レバ、ビール2.7。
ポジェンツィ歴史保護区へ。少しづつ雨が降り始め、しまいに土砂降り。到着時、車内で小止みになるのを待つ。
「P」は3レバ、トイレ0.5、久し振りに傘をさして歩く。
ナビがこの当りという所で、予約した宿を探す。ここかなと思いドアを開け、それらしい表示のベルを鳴らして、うろうろ。
ブルガリア語オンリーのおばさんが来て、さらに鍵でドアを開け、おばさんが、何処かへTEL。
だいぶ待たされて、英語がしゃべれる人からのTEL。早口の説明を聞かされる。
すべてブルガリア語だから、「払え」「ついて来い」と言ってるのだと想像するしかない。宿代を払い、おばさんについて行く。
宿まで約5分歩き、「P」はここでいいのかと問うと、「da!」、部屋に入り簡単な説明。「帰りには、ここに鍵を置く」
車を移動。が、すぐ横に駐禁の表示。そこに居た「おまわりさん」に聞いたらそこは駄目。でも皆さん停めている。
多分、大丈夫と駐車。大丈夫だった。
走行117.2km 宿代22ユーロ

5月28日 ヴェリコタルノヴァ泊。
朝はまだ曇りで、とても寒い。午前中は街歩きをして、宿に戻りランチ。
晴れて暑くなり(今迄程ではなく、過し易い)車でエメン渓谷へ。27km程、30分。
エメン村に入り、吊橋の横に「P」、支えが壊れた吊橋を渡り、遊歩道(草が刈ってあり歩きやすい)
しばらく行くと手すりの付いた上り坂。どんどん上がっていくと、白い花が咲き乱れる上の道に出る。
上の道から、渓谷が眺められ、絶壁の縁の、足がすくむ遊歩道。黄色いアザミが咲いていた。ここはお勧め。
走行55km 宿代22ユーロ

5月29日 ヴェリコタルノヴァ泊。
朝は曇りで、朝晩が12度から13度Cで涼しい。新種の洗濯機に戸惑う。まずフタが開かない。なんとか洗濯開始。
歩いて10分程で小さめの市場。以前はイチゴが主流だったが、今は明るい赤のサクランボ。kg2.5から3レバが多い。
ソラマメの若いのを0.5kgを2レバで買う。生で鞘ごと食べれると言われ、食べると柔らかだった。
郵便局を聞き回って3軒目。大き目の絵葉書(1枚1レバ)だったが、切手は1.7でOKだった。
以前から気になっていた、コーヒーの自販機で、カプチーノ0.5を押す。おいしい・・。午後3時間の街歩き。
走行0km 宿代22ユーロ

5月30日 ヴェリコタルノヴァから、アルバナシ、シューメン泊。
アルバナシの町で車を停めて、歩いて回るが、なかなか車に戻れず。9時半出発。
城への案内板も特に無く(裏道)、何度もUターンしながら、シューメンの城壁へ。下に町が見える。
ナビが指定する宿の場所に辿り付けない。宿の前が歩行者道路。行ったり来たりした挙句、歩いて宿へ。
レセプションで教えてもらって、宿の裏の専用「P」に移動。部屋は階段で53段、これまた辛い。
走行166.6km 宿代42ユーロ(キッチン付きに変更)

5月31日 シューメン泊。
ホテルで、カフェとトルコ式の朝食。次から次へと階段を登り、建国記念碑へ。
小学生の団体が入り、うるさい。
走行0km 宿代42ユーロ

2015年6月1日 シューメンから、Veliki Preslav、Madana Horseman、ディリクタシ奇岩、Varma泊。
アメリカの軍人さん8人と、ホテルのbuffe。9:06発、17度。9:40にプレスラフの町の外れにある、Veliki Preslavへ。
遺跡の入場料と博物館込みで、一人5レバ。遺跡を10:40に出て、町にある博物館へ。入ると直ぐ金庫に案内。
金銀宝石の装飾品。11:40に出て、Preslavの町で聞いて、おしゃれなレストランでランチ。ブルガリア語のメニューのみ。
店にいるオジサン達は、パンとヨーグルトのスープ、あるいはフライドポテトのみと、とてもささやか。
12:55発、約40分でマダラの騎士へ。一人4ユーロ。200段の石段を登り、断崖の彫刻(情けない)を見る。
fortの方へ行こうとしたら、血を流したフランス女性が「ナイフが・・・・」と、物騒なので行くのは止め。14:20発。
ヴァルナに向かって15kmほど進んだ道路脇。直径1m位もある、柱のような岩がごろごろ立ち、
砂の上に多石が、思ったより広範囲に広がる。ひたすら暑い。ここは無料。
「K」で、安売りの1L×9本のセット(11.43レバ)と、0.5L×6本セット(5.22)を買い込み、Varmaの宿に。
ナビに従って、集合住宅の前に着いたが、案の定どこだか判らず。TELして、5分待つ。
古めかしい、団地の4階。部屋数は多く、すべてOK。夕食後町の散歩。海岸を歩く。歩行者道路には人多し。
走行141km 宿代30ユーロ(若者と従兄弟で運営。納戸に古物がいっぱい。カラフルな壁)

6月2日 Varma泊。
朝からカモメがうるさい。1日、公園、砂浜、港、ローマ浴場、駅と町歩き。宿代30ユーロ

6月3日 Varmaから、国境、ルーマニアのコンスタツァ泊。
7:50出発。鍵をmail boxに入れる。いい天気で車内でも日焼け。ブルガリアのお金を使い切る。
途中、植物園に入ろうとしたが、ブルガリアのお金が無いので入れず。
黒海に面したシャブラ湖保護地区に寄り、ドーランクラク湖保護地区に。砂利道を進む。鳥の姿無し、静かな湖。
国境10km手前から、店もスタンドも何もなし。ブルガリア国境では、チェック無し。進む。
ルーマニア国境では、前にいたトルコのトラックに時間がかかり、30分ほど足止めされる。
ルーマニアに入り、ランチ。レストランの男性客3人が食べているのと同じものとビールを注文。全てで56レイ。
コンスタツァへ。スーパーで時間を潰し、14:55、新しめのホテルにチェックイン。エレベーターのある4階。良かった。
16時過ぎ、車で町の中心へ。路上「P」、歩いて岬の旧市街へ。壊れたような古い建物が多い。
走行183.6km 宿代43ユーロ(旧市街から3kmほど離れた大きなホテル。トイレのフラッシュ動かず。)

6月4日 コンスタツァ泊。
ホテルのbuffe。車で旧市街へ。午前中、それぞれお絵かき。宿のキッチンでランチ。
午後、車で旧市街へ。それぞれに、お絵かき。ようやく見つけた、遺跡公園には遺跡から出た石が飾ってあるだけ。
コンスタツァには、外壁に装飾のある古い大きな建物がたくさん残っているが、痛みがひどい。
走行20km 宿代43ユーロ

6月5日 コンスタツァから、ヒストリア遺跡、Murighiol(ムリギオル)泊。
朝食は昨日と同じ。8:43チェックアウト。ユーロ払い。コンスタツァの町中は、市場や通勤で朝の渋滞。
ママイアの先で、食料品を買い込む。市場でサクランボ1kg8レイ(約250円)とパセリを買う。
相変わらず、路面は酷く、大きな穴が広範囲にある。深い穴に落ちれば、即、遭難。運転は右へ左へ大忙し。
それでも、時々、ドカーンと車ごと、飛び上がり、ビックリ。
ヒストリア遺跡一人10レイへ。パラパラとお客も。遺跡は広く、当たると痛い鬼アザミがたくさん。
作業員に教えてもらった道を行くと、黒海に。今日は雲が多く風が強いので、波立ち、暗い水の色。
博物館は一人10レイだが、ガラス張りの中は暑く、めぼしい物は無い。
博物館横のベンチで、朝買ったパンとビールで昼食。12:30に予約の宿にTEL。言葉が通じたかどうか?
黒海沿いの道を選んだせいか、未舗装の悪路。15時、宿近くに着くが、宿が見つからない。
探し回る。もう一度、TELしたが要領を得ず、またうろうろしていたら、宿のお姉さんが手を振っていた。
ナビの地図ソフトは、東欧の辺鄙な所の地図情報が不十分。分かってはいたが、時間がかかり疲れる。
トリプルルームに入る。キッチンは宿主と共用なのだそうだ。面倒な・・
近くを散歩。murighiol湖には、白鳥が一杯。
古めの建物は、ウクライナ風伝統家屋だそうで、葦で屋根を葺き、青と白のペンキを塗りわけ、妻壁に木の飾り、
鼻隠しにぎざぎざ、そして北側に窓が無い。
走行170.2km 宿代39ユーロ(湖の近く)

6月6日 Murighiol(ムリギオル)泊。
車で近くの湖、川の畔へ。行く先々でボートに乗るかと聞かれる。
世界遺産ドナウデルタ見物は、こんな小さなボートで廻るようだ。
空を飛ぶ大きな鳥の群れ、コウノトリかと思ったら、ホワイトペリカンだった。
宿に戻って昼食。宿の家族は自力で、3部屋増築中。こんな辺鄙な所での、割のいい金銭収入なんだろうな。
午後、お絵かき。白い桑の実がなりつつある。散歩に出たが、あまりの日射に引き返す。
この宿の奥さんが言うには、宿は夏の半年のみ開いていて、それ以外はクローズ。Tulceaに住んでいるとの事。
Murighioの冬はとても寒いとのこと。
走行23.1km 宿代39ユーロ



ルーマニア全図

6月7日 Murighiolから、Tulcea、フェリーに乗り、Galati、Focsani泊。
Tulceaに向かう途中、川釣りや日光浴をしている人達に出会う。竿は中国製、リールはEU製とか。30cm程の魚あり。
Tulceaの市場に「P」、日曜なので無料。ここまで38km。
市場にはサクランボだらけ。kg当たり、5から10レイ。6.5から8が中心。
ドナウデルタ周遊のボートが集まっている川岸へ。スリナからは、Tulceaまで大型フェリーで4.5時間とか。
市場近くでビールランチをして、出発。16時少し前、ドナウ川フェリー着。30分毎の運行。運賃22を払い乗船。待ち時間0。
10分で対岸。Galatiの町を抜け、一路、宿へ。夕方西へ向かって走るのは、まぶしく暑くて辛い。
途中、道端で売っている黒っぽいサクランボを買う。kg当たり、5レイ。これは甘くておいしかった。
道路端に次々と白く塗られた、井戸がある。宿近くに18時着。TELして、5分待つ。英語の出来る娘を乗せた父親が来た。
宿で食事後、町の市場やパン屋に。台所に蚊、寝室に蚊から始まって、夜中中、蚊との戦い。10匹は殺した。
すべて退治できず、手足や首、まぶたを喰われた。完璧に寝不足。
走行202km 宿代27ユーロ(アパート3F)

6月8日 Focsaniから、Putna Vran自然公園、Targu Secuiesc、Brasov泊。
寝不足で食欲無し。8時すぎ宿主にTEL。10分程で来た。レシートにサインして、鍵を渡してチェックアウト。
市場に行くと、野菜、果物、魚等々、色々。ここもサクランボだらけ。赤・赤黒・黄赤でkg当たり、3から8レイ。安くなった。
自然公園までの道は整備されていたが、入り口を入っても関係者のみ。すぐに、おしまい。
Targu Secuiescまでの道は、最後の5kmを除き整備されていた。この町で、ランチとビール。
宿までは、多分1時間なので、Brasovの宿に16時に着くとTEL。
大きい街での運転は大変。車線変更や、一方通行、狭い道での路上駐車の脇を抜け、多分この当たりと見当を付け停車。
車を降りて、うろうろしていたら、若い男性がここだと言って、アパートの中へ。英語も達者でわかりやすい。
宿は3F、中におばあちゃんと孫。部屋の説明を聞き、400ロンを支払ったらバイバイ。さっさと帰っていった。
後で、この若者からPCに「1時間前に電話してくれ」メールが入っていた事に気づく。
たまたま電話して良かった。携帯電話が無ければ、宿に泊まれない。
走行185.2km 宿代45ユーロ(窓からBrasovのサインが見える)

6月9日 Brasov泊。
朝、湯を沸かす道具が無いので、電子レンジ使用。
トゥンバ山頂の展望台で街を見る。ロープウェイもあり。ランニングの人も。
18時、黒の協会でのパイプオルガンのコンサートへ。大入り満員。3曲、40分ほど。
走行0km 宿代45ユーロ

6月10日 Brasov泊。
8:08出発、スケイ門から町の中心を通り、ブカレスト方面(南)へ向かう。クネクネ道を上がりながらシナイアへ。
カルパチア山脈が迫り、観光地が続く。ホテル、ペンション、土産物店。
プチェジ山に登るロープウェイへ。切符売り場で「風が強いので運行できないかも」。
結局、2,000mまで上がる心算が、1,400mの第一ステップ迄で降ろされる。往復で一人、30。
ここはスキー場らしく、リフトがあちこちに。誰も歩いてないが、急な山道を赤い印に沿って歩く。
1,800mあたりにくると、残雪。ビオラが咲き、アルペンローザが山一面に咲いている。12:30ランチ(パンのみ)。
雨が降り出し、ゴアの上下を着込む。雨脚が強くなり、下山。15分ほどで小止みになり、空が明るく。
13:30のロープウェイで下りる。上がる時は、修理で途中ストップしたが、帰りは何事も無く、無事下山。
車でシナイア僧院へ。古い教会の絵を描く。隣のお城へ。駐車料金は1時間3ロン。
山の中の未舗装道を走り回り、宿に戻る。
走行104km 宿代45ユーロ

6月11日 Brasovから、ブラン城、Arupasude Sus村泊。(ポエナリ城の北、直線30km程の所)
朝一、出来立てのプレッツェル、ゴマと芥子の2種を買い、朝食。一つ1ロン。
鍵をmail boxに入れて8:08出発。17度C。丘に停車して街を遠見。道路の清掃員がタバコや金をせびる。
ゴミ箱に入っている、飲み残しのを飲んでいる。スーパーの「P」でも子連れの10代の女性が物乞いをしていた。
ブラン城へは、山を越えクネクネ道を通り到着。一大観光地。日本の団体ツアー客も多い。入場30。
どこも絵にならず、次の町でランチに。ファガラシュの町で駐車券、2時間1.9を買う。
レストランが無く、歩き回る、客の多いカフェがあり、そこで、他の人が食べているのを注文。
市場で野菜とサクランボを買い、ファガラシュの城塞を一周。車に戻ってちょうど2時間、15:45。
予約の山の中のバンガローへ。山の方へ南下、小さな村の間を通り、森の中へ。急な上り坂で、徐々に高度を上げる。
森を抜けると、大きな滝と土産物屋、進入禁止(夜間)の道を、他の車と入っていった。少しずつ雪が道路脇に。
2,057mの峠(人がたくさん)を過ぎ、800m下る。ようやくいくつもの宿が見えてきて、ホテルに到着。
チェックインして、荷物を運び、バンガローに入ると、キッチン無し。極小の冷蔵庫とコーヒーメーカーのみ。
予約時にはキッチン付きと書いてあったのに話が違う。色々と交渉したが、料理は出来ず、ネットに繋ぎ他の宿を探す。
直線距離でここから20kmの宿を予約し、ナビに入力。18:30出発。さっき来た峠を登り返し、下るにつれ薄暗くなっていく。
ナビの地図ソフトには道路が無く、携帯のGPSでこの辺りではと車をバックさせていたら、男性が近づいて来た。
「ここから4kmのところだから、付いて来い」と言われ、女性も乗り込んだ車についていく。
車は山の中に入り、最後は砂利道。着いた所は、こじんまりした何軒か家の建っている所。
その内の一軒が宿。中に入るとキッチンもすべてOK。寝室も3つ。キャシュで3泊660を支払い、粉カフェ1kgを貰う。
物音一つしない、林の中の静かな家。お爺さんと犬4匹がこの一角を守っていた。あの峠道を2度も往復、疲れました。
走行179.5kmに追加53.9km 宿代220レイ

6月12日 Arupasude Sus村泊。
宿の近くの渓流沿いに、行けるところまで歩く。沢桔梗のようなのや、ナデシコ等が咲いている。
走行14.3km 宿代220レイ

6月13日 Arupasude Sus村泊。
11日に往復した峠に向かう。7:46発。15度。なぜか今日は関所を設けて通行止め。どうやら毎土日の事らしい。
関所で英語はさっぱり通じず、車に乗っていたお兄さんに聞く。答えは、「峠のラリーがあるから」
「関所で、10ユーロか30ロンを払えば通してくれる」。ロンで支払って、通過、峠の「P」へ。
隣に駐車した人に、ハイキングのお勧め、4時間コースを教えてもらう。2,057mの「P」を9時発。
目の前の雪のある道を登る。始めから急な登り。上天気で、白・黄・ピンク等、花盛り。雪渓があるので気分上場。
最初に上がった頂上は2,417m。尾根沿いに歩くところが多いので、両側の景色が見られる。暑いので大汗。
11時ランチにする。手持ちの酸っぱいサクランボや、平べったい桃がおいしい。
一気に湖近くまで100m程下り、またまた上り返すコースで、もう一つの山に登る。
大きな岩に阻まれたり、残雪がまだまだ大量に残っていて、迂回せざるを得なかったり、足の届かぬ岩を登る。
12:50、ようやく登った頂上は2,507m。ところがその時、雨が降り出す。その内、7mm程の雹まで降り出す。
遠くで雷、霧も出てきて景色も見えない。ゴアテックスを着込み、フードを被り、濡れた危ない山道を下りる。
雨はほどなく小降りになるが、思ったより急な下りで、時間がかかった。14:15に「P」に戻る。アルファロメオがいっぱい。
掲示では、17時まで通行止めになっていたが、早めに解除されると思っていた。しかし、解除は結局17:14に。
その間、私は読書、つれあいは音楽。皆さん、イラだってさんざんに抗議していた。皆さん、猛スピードで下山。
走行68.5km 宿代220レイ

6月14日 Arupasude Sus村から、ポエナリ城、Curtea de Arges、シビウ Sibiu泊。
6時半起床、朝食をとり、7:32出発。昨日の峠までは車も少なく、7:56に昨日の関所を通過。
お姉さんが居たが、行けと合図。よって、今日はタダ。峠を登り、そして下る。湖のまわりのクネクネ道を走り、ポエナリ城。
今日は日曜日。湖畔やポエナリ城のまわりにも、多数の車。一人5を払って、1,480段の城への階段を登る。
登る人、少なし。中に入っても、壊れた城壁があるだけ。
Curtea de Arges修道院の参拝客多し。ランチは市場で。キョフテにイワシのから揚げ、ビール。
Sibiuに向けて出発。ここからは幹線道路で整備され、ほぼ真直ぐ。遅いトラックの追い越しは大変。
ナビの指示する宿の前辺りに。TELして、鍵を持ってきてもらう。外観は古いが設備は整っている。
宿の前は一通なので、いったん宿前で荷物を降ろし、公営「P」に。夕食後町を散策。大勢が、そぞろ歩き。
走行236.9km 宿代33ユーロ(バス停が目の前)

6月15日 シビウ Sibiu泊。
公営「P」のチケット、8時から14時1レイ、8時から翌8時2レイ、8時から翌14時3レイを買う。
走行0km 宿代33ユーロ

6月16日 シビウ から、Agarbiciu、Axeute Sever、Medias、Biertan、Sighisoara シギショアラ泊。
TELして、10分後、鍵を渡し、8時半出発。シギショアラまでの途中、たくさんの要塞教会がある。
世界遺産より、そうでないものの方が静かでよかろうと、いうことで出発。
Agarbiciuの教会は壊れて廃墟。
Axeute Severは、立派な城壁に囲まれている。管理人に入るかと言われ一人7レイ。絵を描く、とても静か。
最後に時計塔の上に上がり、村や家屋の様子、見張り台の役目を果たしていたのがよくわかる。
Mediasの村に向かい、ホテル内のレストランでランチとビール。その後、市場で野菜類を買い込み、車に。
つれあいが、やはり、どうせ行くなら世界遺産にと言い、Biertanに。本道から外れて泥濘に。戻って舗装道へ。
宿は、Sighisoaraの町の入り口近くにあり、すぐ分かった。専用「P」に4レイ払い、駐車、チェックイン。
いくつもの教会の塔が見え、景色はいい。エアコンを点けると涼しいが、騒音。
走行142km 宿代35ユーロ

6月17日 シギショアラ泊。
近くのパン屋で、ネジネジにへびパンを買う、一ヶ1レイから。雨なのでスーパー「K」へ。
さくらんぼ7.7/kg、計り売りの豚肉15/kg。肉の税は9%、ワインにビールは24%の税金。
高価な CASTEL JIDVEIを買う。少し甘い。
午後は青空、街でお絵かき。多分ロマと思われる、チビの物乞いが、観光客通りに徘徊。全身汚れ、ボロ服、靴なし。
「i」は移転していて、時計塔広場に面して、地下の薄暗いところ。親切に教えてくれ、地図もくれた。
走行2.7km 宿代35ユーロ

6月18日 シギショアラ泊。 Saschiz、Cloasterf、Crit、Mesendorf
今日は要塞教会巡り。最初は世界遺産のSaschizへ。車を「P」に。隣に停めた、夫婦がリュックを背負い、山歩きの準備。
「どこへ行くのか?」と、聞くと、約1時間で山の上のcitadelへとの事。我々も行くことに。
登山靴に履き替え、教会の脇の道へ。屋根つきの少々古びた橋を通り、昨日の雨でどろんこ道。登ると村がよく見える。
山の上のcitadelは、1347年、今はすっかり廃墟。ノカンゾウのつぼみを採取(スープ用)。山を下りる。
Cloasterf=Closdorf は、田舎町にある教会。食堂無し。村の家々を描く。ポテチとビールで昼食。
Crit=Dwutschkreuzは、立派な城壁に囲まれ、時計台あり。中には入れず。
Mesendorf=Meschndorf は、高い時計塔に模様のある屋根。これも入れず。
走行82.8km 宿代35ユーロ

6月19日 シギショアラから、Bicaz渓谷、Izvorul muntelui(ビカズ湖)、Vatra Dornei泊。
スーパー「K」で買い物をして、9時出発。最初は、要塞教会へ行った東へ。途中から北の方へ。
小さな町をいくつも通る。地域によって門の形が少しずつ違っている。彫があったり、小さな屋根つき、彩色のもあり。
しばらく行くと、屋根の下にバルコニーのような出っ張りがあり、木の飾りが付いているのもあった。
Bicaz渓谷は、台湾のタロコ風の岩山のある観光地。道はずっとクネクネだが、ダム湖や、高い山々と予想外の景色。
Vatra Dorneiは、思ったより大きい町。町を抜けて田舎の風景の中の、小さめの家が今日の宿。
木の柵の中に駐車したら、刈り草の高い高い山を作っていた若者が、すぐに現れる。
走行296km 宿代30ユーロ(農家の副業)

6月20日 Vatra Dornei泊。Calimaniului,2031m
朝食後、パン、ハム、果物をランチ用に買いに行き、登山に出発。ナビによれば山までは30km。
道は徐々に傾斜し、車で登っていく。悪路を進み、馬に乗った10人ほどの観光客を追い越す。
これ以上は車で上がれない(自分の車ならここまでも登らない)と停めたところは1,800m。8度。
登山道ははっきりしないが、低い松を掻き分け踏みながら登る。2,000mまで登り、雨が降り出す。
車まで後一息のところで本降り。すぐに雹まで。川のように、赤茶けた泥水の流れ下る道を、穴ぼこを避けゆっくりと下る。
この中で、乗馬グループとすれ違う。さぞかし寒かろう。14時宿着。15時半まで、雨は降り続く。
走行100km 宿代30ユーロ(苺ジャムのお土産)

6月21日 Vatra Dorneiから、ヴォロネツ修道院、グラ・フモル、フモル修道院、スチャバ泊。
8時半出発。12度、晴れ。途中パンを4コ買って、Cafe。モルドヴァ川沿いの人気のカフェ。地元の人達が寛いでいる。
ヴォロネツ修道院、「P」は2、トイレは1。グラ・フモルでランチ。ピザはサワークリームを掛け、チーズを乗せている。
ホームメード・ビールを頼んだら、「ボザ」のような味。麦芽発酵で、甘く、炭酸がある。お客の婆々も同じ飲み物。
フモル修道院、グラ・フモルの街から北へ5km。「P」は3、16:20宿へ。宿に電話連絡「1時間後に到着予定」
返事は、「マックの「P」で待て」。時間どうり、お兄さんが迎えにくる。宿は直ぐ近く。
広くて、設備の良いアパート。カードでユーロ払い。部屋の鍵の開け方を教えてもらうが、これが難しい。
スイッチONで、パスナンバー、上のつまみを引いて、下のつまみを右に回し、押す。開かないので3回トライ。
外へ出るドアの開け方は、スリットに鍵(板のような四角)を入れ、引く。
日曜日だからなのか、公園でブラバンの演奏。宿の前は歩行車道。
走行131.3km 宿代35ユーロ(9階建てアパートの5階)

6月22日 スチャバ泊。Arbore、Patranti、Dragomirna、Parranti
洗濯物を干して出発。Arbore修道院へ。観光客なし。静かで小さな修道院。
Patranti、村の外れに建つ、木製の塔。鍵が掛かっていて入れない。馬車が大変多い。数分で2・3台見かける。
Dragomirna、シスターが草刈、花の手入れ。何の合図なのか、木を叩いて廻っている。
Parranti、午後に再訪し、絵を描く。団体客があり、門が開いていた。
途中、ローカルな馬車で買い物をしに来る市場に寄る。黄色のインゲンを買ったら、おまけにアプリコット。
道端で子供がサクランボ。山盛りが10だったけれど、柄が付いていないのが多く、痛み気味。少々ジャムに。
走行131.7km 宿代35ユーロ

6月23日 スチャバから、Manastirea Sueevita、Manastirea Moldovita、Visende Jos泊。
テーブルに鍵を置き、オートロック。8:40出発。
Sueevitaと、Moldovitaの修道院を廻り、絵も描き、宿へ。川に沿った道で、壁にカラフルな模様の家々が並ぶ。
オープンしたばかりの、古い建物を模した宿。部屋にキッチンは無く、1Fの共用キッチン。
部屋の冷蔵庫も小さく、キッチンの大型冷蔵庫のスペースを開けてもらって入れた。我々の保冷バッグにはビールまで。
夕食後、宿のお母さんに誘われて、暗い夜道を車で付いて行く。古いお祭りに参加。21時半過ぎ、松明に点火。
大きな焚き火もあり、小さな子も、親に渡された小さな松明(たいまつ)を振る。若者はタイヤに火をつけてグルグル。
走行233.5km 宿代32ユーロ(新築木造)

6月24日 (水)Visende Josから、Ieud、Poienile Izei、Barsana、Visende Jos泊。
シゲトゥ方面の道を北上。Petrovaの町を左に砂利道を行く。案の定、ぬかるみ、凸凹、行き止まり。
宿の直ぐ近くまで戻り、教会のある通りに出て、山道へ。クネクネの道を上がり、峠から一気に降りる。
Bogdan Vodaの町へ。ここにも立派な木造教会がある。今日は何かイベントがあるらしい。
バス停に、伝統的な民族衣装を着た中学生くらいの男女。聞くと、ダンスをするらしい。
男は、白いブラウス、カラフルなシャツ、毛皮のベスト(中は毛、外は刺繍)、ブーツに帽子。
女は、白いブラウス、ベスト、スカート、エプロン、先の尖った靴。どれも母親の手仕事の手間がかかっている。
Ieudの村はずれに教会があると言うが、見つからず。木々の中でランチ。
村の中心に、世界遺産の標識。木造の高い高い尖がり屋根の、塔のある教会。行って絵を描く。
Poienile Izeiに行き、丘の上の塔のある教会。行って絵を描く。
Barsanaは、世界遺産では無く、修道院。テーマパークのように華やかな木造建築物が並んでいる。
庭には様々な花々。入場料タダ、トイレもタダ。写真は5だそうな。
帰り道、道路端の家の門のそばに、ベンチのある家多し。屋根まで付いているベンチもある。
トラッドな服を着たおばあさん(の方が多い)おじいさんが、腰掛けている。
婆さんは、膝位か少し膝下の短いプリーツスカート。よく似たスカーフを顎の下で結んで巻いている。
男女とも、ベストが多い。宿に戻ると地元に近い客多数。宴会に呼ばれてアル度の高いフルーツブランデーを飲む。
走行148.8km 宿代32ユーロ

6月25日 Visende Josから、Budesti、Surdesti、Plopis、Baia、Desesti、Sighetu Marmatiei泊。
珍しく、一日中小雨が降り続く。山は霧で8度、下でも12度から15度。寒い。
今日の朝食(昨日今日は朝食つき)は、ベーコン、白チーズ入りオムレツ、胡瓜、トマト、パンコーヒー。
まずは、Barsanaに行く道を辿り、その先西、南下して木造教会を見に行く。雨なので、ベンチに座るじじ婆はいない。
Calinestiに古い教会があると本に書いてあったが、新しい教会しか見つからなかった。
Budestiでは、中に入る。ここから山に入り、濃霧、1,000m、8度。のろのろ運転。
Surdestiの尖塔は72mとか。昼近くで観光客もいなくなり、墓地に立って、草に足を濡らしながら、絵を描く。すぐに雨。
Plopisを見て、Baiaでランチにしようとしたが、店は無い。ここから又、山越え。
霧にヘアピンカーブ、あちこち工事中。ぬかるみに、砂利道、突然の穴ぼこ道、片側通行、運転手は疲れきった。
Desestiは、雨の中、「P」に停め、見物。Sighetuの町のスーパーのATMでキャッシング。
宿の前は、一通で、ぐるっと廻ってきて宿の前に。何時も通り、中に入れず。TELして少々待つ。
宿代を現金で支払い、一杯飲んで、街のセントロへ。とりたてて特長がみつからない街。br> 走行163.1km 宿代50ユーロ(ビル2階、隣パン屋)

6月26日 Sighetu Marmatiei泊。
晴れて、昨日よりずっと暖かい。隣のパン屋でクロワッサンとプリッツェル。
5kmほど行った、野外博物館へ。一人4。
木造農家が、たくさん復元して建てられている。復元しても、公園で時間がたち、痛んできた建物も。
木の門、桜(?)の枝で編んだ塀垣、農具、井戸、教会etc、見所たくさん。絵を描く。
近くの山に車で上がろうとしたが、行けず。街に散歩に出る。ATMで明日の入場料のため10(318円)を引き出す。
街に物乞い多し。帰って夕食。のんびりした一日だった。
走行17.1km 宿代50ユーロ(新品フライパン、コーヒーマシン)

6月27日 Sighetu Marmatiei、Sapanta、Satu Mare、国境、ハンガリー Nyirbator泊。
宿のお姉さんにTEL。5分後、お姉さんが来て、8:35チェックアウト。
約30分走って、サプンツァの陽気な墓。一人5。つれあいの姉さんの、お勧め観光場所。
ルーマニアの小銭を使い切るため、スーパーへ。有名な高級ワイン45.99、ランチ用のパンを買う。
さらに、地元の人達が野原で摘んでいた、黄色い花茶、香りの強い白い花茶、なんだかだで7,000円程の買い物。
20分ほどで国境。ルーマニア出国とハンガリー入国が同時。10分くらいで終了。
宿に向かう途中、ATMを探す。スーパーに無く、ナビで銀行を探す。ハンガリーフォリントを確保し、宿にTEL。
30分早く着いたが、大きな宿なので問題なし。宿の表示は15,000ftだが、41ユーロで予約したので、
41×310=12,710で、現金払い。コテージで、キッチン、バスタブ付き。広い庭に、屋内スパ、屋外プールもあり。
直ぐ傍の湖の周りを散歩。釣り人は大勢だが、誰も釣れていないよう。
宿に戻り、キョフテを焼こうとしたら、レンジが無い。言葉が通じないが、なんとか電熱器を確保。
夜、バスタブに湯を張ろうとしたが、ぬるくてチョロチョロ。役立たず。
走行179km 宿代4,000ft

6月28日 Nyirbator、Kisuarda、Tuzserから渡し舟でZemplenagard、国境、Morskeo Oko、Vihoriatsky、Hemenne泊。
ハンガリーから、フェリーに乗り、検問無しの国境を越え、スロヴァキアへ。後12泊、チェコ、ドイツを経由して帰国。
7:41チェックアウト。出発しようとしたが、ナビが起動せず、反応無し。弄り回し、ようやく起動。
ハンガリーフォリントが1,400ほど(600円強)残っているのを使い切ろうとしたが、日曜日でどこも休み。
町の中心のパン屋があり、1ヶ200ft程のパンを7ヶ買い、使い切る。45残し、国境へ。
麦秋の畑、田舎町を抜け進むと、ナビが「フェリー乗り場、この先300m」。フェリーに乗るには金がいる、しかし金が無い。
乗り場に行くと、川向こうから簡単な板に車と人を乗せた、渡し舟。看板はあるが、マジャール語で意味不明。
渡し舟に乗ってから、紙に「□ft=□ユーロ」と書いて、おじさんに渡すと、小さく2と書いてくれた。
9:45、エンジンも掛けず、川の流れに乗せて、ワイヤに沿って渡し舟は静かに向こう岸へ。所要4分。
田舎道を進む。看板があるだけの国境を10時通過。あっけなくスロヴァキアへ。
ハンガリーは、日曜日でスーパーは休みだったが、スロヴァキアは、どのスーパーも開業、早速、買い物。。
野菜とかパンは、ハンガリーと比べて少し高い程度だが、豚肉とかビールは2倍近い値段。ユーロでの買い物は高い。
目の前を、コウノトリが歩いていく道路端、ハンガリーのパンでランチ。
スロヴァキア、Vihoriatsky、ぶなの森、世界遺産。
「P」迄走り、そこから湖、山を歩く。片道1.5時間。今日は日曜日なので、大勢が歩いている。
新緑のブナや楓が美しく、湖には鱒が大量にいる。山へは登りがきつかったが、頂上の、岩の上からの眺めは綺麗。
紫色に熟した「こけもも?」の実が、甘酸っぱくて美味い。宿に到着時間をTEL。
宿は広く、ゆったり。トイレとシャワーも仕切られている。夕食後、町を散歩。アイスクリーム2玉、0.8ユーロ。
歩行者道路を通って、民族屋外博物館、古い城の博物館、公園等に行けた。
走行217.3km 宿代35ユーロ

6月29日 Hemenne泊。
9時、ネットで見た、近くの山に出発。村に入り、山への道の入り口に、たわわに実るサクランボ。甘いが渋い。
林間のスキーコースを130mほど登って、宿に戻りランチ。午後はのんびり。
夕方、町の散歩。17時には、ほとんど全ての店が閉店。開いていたのはスーパーとカフェ。
走行18.2km 宿代35ユーロ

6月30日 Hemenneから、スピシュ城、レボチャ、Kezmarok、ポプラト、Strba泊。
今日は、真直ぐ タトリ(Tatry)に行き、山登りの予定なので、早起き。7:40に鍵をmail box に入れて出発。
幹線道路を行き、途中ヘアピン道路が少しあり、そこを過ぎたとたん、スピシュ城が山の上、遠くに見える。
東から行くので、光を受けとても綺麗。スピシュから、レボチャを通る道は去年と同じ。
買い物に、Kezmarokの町に寄る。ポプラトを通り、(右に山が見える。去年より雪が少ない)山に向かって北上。
Strbske Plesoに行くべく、リフトを探す。「i」で「go pass」一人15ユーロを買い、ソリスコ山のリフトに乗る。
高低差438m、約20分。リフト終点から山頂へは石の階段状の道が続く。子供連れも多く、歩きやすい。
45分登って頂上。そこから、左へ尾根伝いに行けるところまで。すっかり晴れ渡り、山々がよく見える。
急峻な岩山が続き、下にはハイマツ。所々に湖。花は少ない。リフトの駐車所に戻ったのが16時。
宿まで直線4kmだが、ヘアピンの下り坂なので、9.1kmもある。カラフルなアパートが並ぶ一角に。
何時ものことだが、TEL。10分ほどで、お兄さんが現れ、宿に入る。トイレとシャワー別、寝室も複数。広々。
ベランダもあり、山々が見える。設備も整っている。ビールを飲んでから散歩。静かで、店も無い。
走行202.9km 宿代30ユーロ(アパート2階)

7月1日 Strba泊。Tatranska Lomnica、Skalnate Pleso(湖、流れが目に見えない沼)
車で、Tatranska Lomnicaへ。往復チケット一人19を買い、Skalnate Pleso(1,751m)まで。
チケット売り場には、珍しく日本人青年二人。カヌーの選手とか。2,634mの雲の中の頂上まで行くかを悩んでいた。
8:41発のロープウェイに乗り、乗換て、9時Skalnate Pleso着。11度C。頂上は6度と、表示されていた。
マークに従い、山に向かって右側へ(去年は、6月15日までは通行止めで塞いであった)行く。
湖を左に、階段状の道を上がり、山を回りこむ。このコースだと、下の町は見えるが、山並みは見えない。
見上げると、巨大な岩肌。11時、クロスのある頂上に。少し歩き回るが、寒いので、あまり長居をせず車に戻る。
宿に戻る途中、明日のコースの下見。Stary Smokovec 1,010mは、とてもにぎやかなケーブルカーのコース。
もう一つ、Popradske Plesoに行く道。「P」から1時間で湖に着き、そこから山にも行けるとの「P」の兄ちゃんの話。
昨日行った「i」で、「go pass」のデポジット、2ユーロを返還。
走行63.8km 宿代30ユーロ(アパートの前でBBQの家族)

7月2日 Strbaから、Turany泊。
太陽燦燦。TELして、10分程で来た兄さんに、鍵を渡し、8時前に出発。
昨日、下見をした「P」は、8時なのに既に駐車した車の列。高度は1,300mくらい。
舗装路を1時間ほど歩いくと、Popradske Pleso(湖)に着くということだったが、前を歩くカップルが坂を上がって脇道に。
地図を持っているので、ショートカットの道で、大丈夫かと思ったのだが、そうでもないらしい。
途中で、北へ、山のほうに行く道を我々は選び、カップルと別れ進んだら、赤白マークの、いい道に出た。
舗装路を進み、Popradske Pleso(湖)1,500mに到着。湖を右に見て、青白マークのを進む。
午前中なので、西側の山に日が当たって綺麗。山を見ながら歩けるコースなので、人気らしく、パラパラながら時に行列。
岩がごろごろしていたり、水が流れて飛び石になっていたり。目の不自由な人も、補助の人と一緒に歩いて登っている。
急な上りをどんどん行くと、平坦なお花畑。湖(Velke Hincovo Pleso,1,948m)が二つ三つ現れる。ここでランチ。
急なヘアピンを登り、頂上らしきところに着くが、まだ道は続いている。我々は、Vysne Koprovske Sedlo 2,180mまで。
去年は、他の山で下山時に怪我をしたので、慎重に下りる。足腰が疲れる。思ったよりも。「P」迄の道は長かった。
16時に今日の宿にTEL。買い物を済ませて、1時間後に宿近くに到着。ここからが大変だった。
予約サイトの地図と宿の住所が違うと、近所の人に言われ、4km先の住所地に。
着いた先の近所の人に聞くが、住所はここだがと言って、TELをしてくれた。15分後に迎えに来るとか・・
ビールを飲んでいたら、若い男女が、車で来て、ここではないから、着いて来いと言われる。宿主に頼まれたらしい。
着いた先の宿は、地下室でキッチン無し、シングルベッド。頼まれた女性は宿主にTEL。
宿主が戻ってくる、20時過ぎまで待たされた。その間、若い男女が、ビール、サラダ、オムレツ、お菓子を出してくれる。
どうも、この若い男女が長期予約を入れたので、1泊のみの、我々が飛ばされたらしい。
遅くなったので、ここに泊まることにし、食料は宿主の冷蔵庫、冷凍物はフリーザーに場所を作っていれ、
寝るのは、さんざんに交渉して、宿主の広いベットルームを使うことに。洗濯機を使い、シャワー。
宿主の娘が現れ、ワインを一緒に飲まないかとのお誘い。気が進まなかったが仕方なく行く。11時就寝。
走行124km 宿代25ユーロ(セコハンの店)

7月3日 スロヴァキアTuranyから、チェコZlin泊。晴れて暑く、30度越え。
8時に宿を出て、近くのナショナルパークへ。木陰に「P」
黄色マークの石を敷き詰めた登山道。材木を積んでいる車がいたが、登山客おらず。
400mの「P」から、Plostiny 1,112mまで上がり、一気に下る。途中会ったのは、鹿一頭、登山客3人だけ。
末の林や、広葉樹の林の間を通り、水量の少ない川を臨みながら歩くコース。12時頃「P」着。
近くのレストランでランチ、Zlinのスーパーで買い物をし、宿へ。17時。
走行158.4km 宿代65ユーロ(年配夫婦の家の2階、昔は靴の町、几帳面な夫)

7月4日 Zlinから、Kromeriz、Macocha、Dosp Lanovka、Jihlava(イフラバ)泊。今日も晴れて暑く、30度越え。
Kromerizの町に「P」、40/h。去年は、つれあいが足の故障で町の散策が、少ししか出来なかった。
ここは、とことん観光地、お客が一杯。大陸の客多し。今日は土曜日で、小売店はほとんど11時で店仕舞。
Macochaの「P」は満杯。かなり大きな町で、どうも有名なところらしい。「P」、50/h。
観光案内地図に岩の絵が描いてあったので、巨岩ゴロゴロと想像して来たが、カルスト地形と洞窟が有名だそうだ。
「P」から歩いて、5分ほどのところに、下るロープウェイ。往復一人90。立ったまま3分ほどで下へ。
どこへ降りるか、下はどうなっているのか、分からぬまま。人の流れに乗って歩き出すと、洞窟見物の入り口。
Dosp Lanovkaは、大行列なのでパスして歩く。高い岩が両側に。下に川が流れ時々洞窟が口を開く。
水は冷たく、洞窟はひんやり。30分ほど遊歩道を歩き、引き返し、ロープウェイに乗り、「P」へ戻る。
Macochaから、今日の宿まで105kmほど。17時到着を連絡済。
途中、道路工事中のため、通行止めのところが二ヶ所もあり、未舗装道を走ったり、行きつ戻りつしながら、17:10着。
アパートの前に停め、TELしていたら、中からお兄さんが。無事チェックイン。
キッチンを見たらレンジが無い。流しの下に、2口電熱器発見。ビールで一服。(毎日、大量のビールを消費)
夕食後、ポータブルナビを持って、旧市街を歩く。歩くにも初めての町では、ナビは必需品、安心して歩ける。
古い城壁の名残があり、中心には大きな広場、旧市街の直ぐ外にはモール。21時にはバタバタと閉店。
走行205.8km 宿代36ユーロ(1階が部屋でラクチン)

7月5日 Jihlava(イフラバ)泊。
約2kmを歩いて、町の中心の動物園に。今日は日曜日なので、広場で市でもやっているかと期待したが何も無し。
動物園は、あまりきれいと言えない。餌やりを見せるイベントはやっていた。暑く、日陰を伝い歩き。
宿に戻りランチ。3時半に再度出かけるが、暑さに負け、何の絵も描かず。戻ってビール。
走行0km 宿代36ユーロ(風呂場スノコ)

7月6日 Jihlavaから、Pelhrimov、Tabor、Rabi、Suice泊。今日はチェコの祭日。
今日はチェコをひたすら西へ向かって進む。途中、チェコの絵地図を元に見物。
Pelhrimovの町の中心、教会傍に「P」。時計塔のある教会、テルチのようなパステルカラーの壁の家並み。
マウンテンバイクで、敷石の上を、走りづらそう。休日なので店は閉店。観光客無く、静か。
Taborは、去年と同じく川傍の木陰に「P」。観光客多く、賑わっている。町の外のレストランで、ビールランチ。
Rabiには、狭い道をあちこち曲がり、田舎町を通り過ぎ、ようやく辿り着く。古い城塞が残る。絵を描く。
Suiceの町のスーパーで買い物し、17時の約束だったが20分早く着く。宿は新しく、設備も完備。
宿の前を、水着を持った人や、着た人がたくさん通る。ビールを一杯やってから、町に出る。
やはり、川で泳いでいる。浅い。あまり水がきれいに見えないが、宿の人はきれいと。真っ赤に日焼けした人も。
走行181.6km 宿代56ユーロ

7月7日 チェコJSuiceから、ドイツ、Furthimwald、Ambeng、Schwabach泊。
8時半出発。スーパー二軒でチェコのお金を使い切る。10時出発。
Furthimwald着11時半。町の中心のレストランでビールランチ。町にはなぜかドラゴンのグッズがたくさんある。
博物館らしきのもあり、路上にドラゴンの足跡がついている。ドイツの高速道を飛ばし、Ambengへ。
Ambengは大きな街で、町の中心の直ぐ近くに「P」。3時位だったのでカフェでコーヒーとケーキ。
店の中はムシムシするので、外で。風が吹けば気持ちいいが、無風だと汗ダラダラ。
衣料品店が並び、アコーディオン弾きや物乞いまで居る。アイス屋は行列。16時再出発。
高速道は車が多く、遅いと煽られる。皆さん、とにかく早い。
宿に近づき、車の中から、「15分前に連絡してくれ」に応じTEL。宿の前で待つと、自転車に乗ったおばさん到着。
部屋の中はひんやり、窓を開けると熱気。
この5日ほど、会う人毎に、「暑い」と言うから。これは珍しいことなのかも。
乾燥しているので、ビールを良く飲む。昼に1リットル、夜は2リットルか。後、一泊、食料は食べつくすように。
走行233.6km 宿代65ユーロ(高速を出てすぐ、窓から線路)

7月8日 Schwabachから、インゴルシュタット、Erding泊。涼しい。
出発時は雨。この町の見物は出来ず。今日の宿まで高速を通ると2時間で着くので、一般道を行くことに。
小さな田舎町巡り。茶色く実った麦畑、大きく育ったトウモロコシ。高速より車は少ない。
さすがドイツで、穴ぼこや凸凹パッチワークの道は無いが、狭くてくねくねで時間はかかる。
インゴルシュタットに着いたのは11時半頃。とても大きな街。城壁、旧市街に「P」、2時間分チケットを買い、街へ。
昼時になると、若者でいっぱいになる。13時過ぎ出発して、最後の買い物(自分達用の土産)。
ホテルの部屋には、予想通り冷蔵庫なし。手持ちの保冷Boxに氷を入れて「なまもの」を保管。
それ以外は、リュックやトランクにパッキング。残った食べ物で夕食。車とゴミのかたずけも。
走行182.3km 宿代68ユーロ

7月9日 Erdingから、ルノーoffice、ミュンヘン空港。
トランクに「なまもの」を詰め込む。しかし、持ってみると重過ぎ。荷物を移動して、トランクを軽く。
預け荷物は5ヶ(トランク28kg・リュック3ヶ・ダンボール箱)、手荷物は3ヶに纏める。全部で100kg?
ルノーofficeまでは30分。今回も、事故無く、傷一つ付けなかったので、Drop off は問題なし。
今日まで乗ってきた車(メガーヌ)で、空港の出国ビル入り口まで。

7月10日 ミュンヘン空港から自宅。
入国、税関、問題なし。全ての荷物を持参して、バスとタクシーで自宅到着。


山歩き(山登り)は、
ブルガリアのKOM 5/4、リラの七つの湖5/9、ペリンタシュ岩山5/22、スモーリャンNP・オルフェウス山5/24
ヴィトウシャ山の反対側の山5/5、中央バルカンNP5/25、エメン渓谷5/28
ルーマニアのプチェジ山6/10、2,057mの峠から2,507mと2,417mの山6/13
ギリシャのオリンポス山5/13、Dadia forest5/20
階段、1,300段はシューメン記念塔(ブルガリア)、1,480段は、ポエナリ城6/14(ルーマニア)

宿泊費合計(多分)3,217ユーロ÷81泊=39.7ユーロ
走行合計9,409.9km。給油は15回(多分)410.992リットル、平均燃費22.895km/L、軽油、6速MT

出発時ユーロ現金のみ用意。
現地通貨はすべてATMからキャッシング。。
キャッシングしてから、ほぼ一週間程度でネットで早期返済。利息最小。

アクセスカウンター