朝日新聞不買運動




 理由の1 ミニコミ誌の折込を拒否される 他の新聞販売店にも手を回されて、折込拒否される。

 折込費用を支払ってあったのに、朝日新聞販売店から折込拒否されたのだ。朝日新聞販売店のI社長から電話が来て、ミニコミ誌を書き直せといってきたので、お断りしたところ、それでは折込しないと言われたのだ。しかも他の新聞販売店も折込しないとI社長から言われたのだ。朝日新聞販売店の社長に読売新聞の折込を拒否する権限があるはずはないのだが、他の新聞販売店にも手を回されて、折込してもらえなくなったのだ。
 自由経済の国であるから、契約するしないは勝手なのだが、金を受け取っておいてから拒否とは何事だ。しかも読売新聞販売店の分まで拒否する権限があるというのか。

 だがそれはそれ湯河原のことであるから、朝日新聞販売店の社長が読売新聞販売店の社長にしつこく電話して、「うるさく言われてうんざりしたから」という理由で、読売新聞販売店にまで拒否されてしまったのである。その点真鶴の販売店はしっかりしていて、「うるさく言われてうんざりしているが、ミニコミ誌の中身を見て判断させてもらう」ということで、毎回点検してから折り込みしてもらっていた。

 後になって町長選挙の記者会見の時にこの話をしたら、読売の記者は驚いて謝罪したのだが、アサヒの記者は知らん顔してシカトしたのだ。いかにもアサヒらしいではないか。

 町長選挙が終わってからは、もうどうでもよくなったのだろうか、読売にも真鶴にも折り込みしてもらっている。

 ということで、朝日新聞は報道の自由も表現の自由もないものだ、言論の自由を封殺するのが天下の朝日新聞である。反対の立場の言論も保障するのが天下の公器、朝日新聞ではないのか。という議論をアサヒ相手にやっても、今更どうしようもないのである。


 理由の2 朝日新聞本社からホームページの全体を削除される。

 匿名の人から「リンクが切れている」とメールが来たのだが、そもそもこのサイトの全体が一般向けに書いてはいない。ブログ部分は地元有権者向けであるし、小説と写真は半分は地元向けだが、半分はタダのひとりごとである。

 更に解説を加えると、この匿名の人は知らないでメールを書いているのである。地元の有権者であれば、殆どの人が、私のサイトが全面的に削除されてしまったことを知っているのである。全面削除された後に、何とか頑張って無料のページに無理やり押し込んで再現したものが、今のサイトなのだ。無理やり押し込むために、随分と無理をしたので、あっちこっちにリンク切れがあるのだ。その経緯を知っている人たちを主たる対象にしてサイト運営をやっているのだ。

 であるから、匿名であれこれ言われても、サイトの手直しはのんびりやることにしている。何しろそんなことよりも、湯河原の現実を追いかけるほうが重要なのだから。

 さらには、自分の精神状態を維持することだけですごく大変なのだ。サイトのあっちこっちを見なおしている余裕はないのだ。自分でも良く精神異常にならないものだと感心しているくらいなのだ。匿名の人は何も知らないでメールを寄越しているのだ。匿名というのはそんなもんだということが長年の経験でわかるので、いちいち気にしていないが。

 ということで、長い前置きになったが、朝日新聞本社によってこのサイトは全面削除されてしまって、何とか無料のページに縮小して押し込んだのだ。その全面削除の理由が、朝日新聞の記事をブログに貼りつけたからというのだが、こっちとしては朝日新聞の宣伝をタダでやっているようなものだから、却って感謝されるべきだと思うくらいだ。

 もう少し詳しく説明すると、最初は貼りつけたページだけが削除されて、著作権違反だとプロバイダー経由して朝日新聞からメールが来たのだ。そこで金を払うからと返信したところ、1万5百円払うように請求が届いた。あまりにも小さな金額なのであっけにとられて、2週間たったところで、すべてのページが全面削除されてしまったのだ。1万5百円を払うのに2週間経過しただけで、小説から写真からあれだけのたくさんのページをすべて削除されてしまったのだ。もちろん督促もなかった。

 ネットをあっちこっち眺めていると、新聞を丸写ししているサイトはたくさんあるのだが、どうも朝日新聞は私のサイトを狙い撃ちしたようだ。湯河原にも猫カフェの記事をそのまま載せているサイトがあるじゃないか。

 こういうケチな朝日新聞に対して、私もそれに応じたケチさを発揮してやり返さないといけない。朝日新聞不買運動である。しかるべき地位を手に入れたら、湯河原町から朝日新聞を追放してくれる。今は読売4千に対して朝日2千であるから、これをゼロにしてくれる。朝日新聞販売店を廃業に追い込むか、社長交代に追い込んでくれる。




 平成24年11月11日 海浜公園 焼きそば食べ比べ 「朝日の石井」は本物か偽物か?
 海浜公園で、「アサヒの石井」と名乗る人に声掛けられたのだが、あの人は今まで電話してきた人や公園で話しかけてきた人と同じ人なのかどうか、「朝日の石井さんは二人いるのではないか?」と質問してみたら、回答しないで行ってしまったので、確認できなかった。その人の発言はこんな具合であった。目撃者複数あり。
    「こいつが誰だか知っているのか」(私がお話していた人に向かって)
    「こいつのブログには、『湯河原の人は頭が悪い』と書いてあるんだぜ」
    「お前みたいな奴は湯河原から出ていけ」
    「悪いことが書いてあるんだからミニコミ誌を折込しないのは当然だ」
 町長と議会関係者は皆さんご存知の通り、私は親知らずが炎症をおこして、ここ10日ほど顔面麻痺が起きている。それに対してこう言う言葉をぶつけてきた。  
   「あんたね 人と話するのに顔をしかめて喋るんじゃないよ」
理由は説明したのだが、「そうかい」で終わり。湯河原の人は病人や障害者に対してこう言う口の聞き方をするのだろうか。あたかも自分が湯河原を代表してものが言えるかと錯覚しているようなものの言い方(湯河原から出ていけ)にしても、カメラの三脚(正確には一脚)を上下に振り回して顔に向かって突き付けるようにするとかについても同様である。
 町長議長以下が、「おもてなしの心」と声を大にしなければならない事情が段々と分かってきた。


 平成24年11月12日  「朝日の石井」 海浜公園に続いてマンション前で二度目
 10日のこと、「アサヒの石井」と名乗る人が、今度はうちのマンションの前に出没、何かの写真をとって、通行人と立ち話しで私の悪口を言った次には、私に向かってこう言ったのだ。
   「あんたね、そんなに人を睨みつけるもんじゃないよ」
親知らずが炎症を起こしていて顔面麻痺状態であることは知っているはずなのに、またこの発言である。社会の公器である新聞を売っている人が、病気障害に対してこう言う発言はまずいのではないのか。天下の朝日新聞本社はどう考えるやら。
 で、私のお返し。
    「私はいちいちあんたの目つきがどうとか言ってないだろうが」
その次のやり取りが、
    「あんたはまともに話ができない人間だね」
    「話しかけてきたのはそっちだろうが、嫌なら話しかけなければいいじゃないか」
最後に、運転手を待たせていた車に乗って、捨てぜりふを残して立ち去っていった。
    「ナカジマカぁ〜ン」 
 ここの部分は、副町長が議会でよくやるように、カア〜ンのところにアクセントを入れて音を伸ばすのである。ひょっとしてあの人は副町長の親戚なのだろうか?
 改めて、町長議長が「おもてなしの心」と強調しなければならない町であることを実感した。「アサヒの石井」氏については、余りしつこいようならば警察に相談だが、心にやましいことがあるから、ああいう態度に出てくるのだろう。さて心にやましいことって、何なのだろう?ひょっとして朝日新聞本社から折込拒否についてなにか言われたのであれば、朝日新聞本社は正常だということなのだが?



 24.05.26 二本目 朝日新聞販売店石井社長の偽物現る?
 25日の午後4時半ころ自宅に電話が来て、「朝日新聞販売店の石井社長です」と名乗ってきた。どうも話を聞いていると、偽物の石井社長が現れたようだ。そこでのやり取りを再現してみると、
  「私は中島先生のところに電話したことはありません」
  「電話番号も知りません」
  「それでは、何年か前電話してきて、『新聞折込しない』といったのはあなたではないんですか?」
  「『朝日新聞だけではなく、読売も真鶴も折込しない』といったのは、あなたではないんですか」
  「私ではありません」
これは大事件だ。朝日新聞販売店石井社長の偽物現れたのであろうか。
 ところで、どっちが偽物なのであろうか。何年か前に電話してきて、折込拒否したのが偽物なのか、今日電話してきたのが偽物なのか。
 全く湯河原というところはすごいところだ。湯河原某重大事件だけではない。まるで鬼頭さんの官名詐称事件ではないか。それとも小佐野賢治の「記憶にありません」であろうか。
 電話では本人かどうか確認することができないので、「今後は文書でお願いします、警察でも裁判所でもどうぞ、受けて立ちます」、と申し伝えて電話を切っておいた。


 平成24年05月27日 朝日新聞販売店石井社長の偽物現る?の続篇
 電話してきた石井社長はこういったのだ。
    「私は朝日新聞がどんな新聞でもいいんだ」
    「私には家族がいるんだ。生活費が大切なんだ」
 朝日新聞本社もかわいそうなものだ。第一線の販売店が、新聞の内容ではなく単なる金儲けの手段としてしか受け止めていないのだ。売っている商品の品質でないのだ。トヨタのセールスマンがホンダファンになるようなものか。
 経営者としても情けない言い分だ。それでは読売新聞が営業努力して部数を増やしたら、部数の減った朝日新聞販売店は、
    「あんたのおかげで売上が減ってしまった」
    「俺には家族がいるんだ。どうしてくれる」
と泣きつくのだろうか。さすがは湯河原である。中学校津波から、放射能から、連続痴漢レイプ事件から、何があっても湯河原方式。徹底しているところが偉いではないか。


 平成24年05月29日 朝日新聞販売店石井社長の偽物現る? 続々 「人間として」「議員として」
 私の朝日新聞不買運動に対して、「人間として」どうなのか「議員として」どうなのかと攻撃してきた。この二つの言い回しを聞いて、湯河原の人たちは何か思い当たらないだろうか。
 「人間として」というセリフは、湯河原ちゃんねるで私の娘の自殺に関して、私に責任があるという主張に使われていたセリフである。ひょっとして朝日新聞の社長が湯河原チャンネルを書いているのかと疑ってしまうではないか。
 それでは、朝日新聞の石井社長が私のミニコミ誌の折込を拒否したのは、「人間として」正しい行いだったのだろうか。少なくとも社長はそう考えているようだ。
 「議員として」というセリフは、トップページにリンクがある政策のページの過去の実績にあるではないか。三回もらった議長注意文書にあるセリフではないか。
 それでは、石井社長が私のミニコミ誌の折込を拒否したのは、「議員として」の活動を妨害したということになるのだろうか。片方では議員活動を妨害しておいて、私に向かって「議員として」と主張してくるとは、それで何にもおかしくないと信じているところが湯河原らしいではないか。
 他にも、「湯河原のため」と言われたのだが、(湯河原のために朝日新聞不買運動を辞めてくれ、という主張)、議員が14人いれば、14通りの「湯河原のため」が存在するのである。事実、私以外の議員は全員中学校移転に賛成したではないか。議員報酬引き上げだって、与党公明党は賛成してるではないか。議員の数だけ「湯河原のため」があるということが理解できないところが、大政翼賛会の湯河原である。
 何しろ戦争責任従軍慰安婦の朝日新聞の販売店社長がそう言っているのだから、説得力があるではないか。


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