イラク戦争から見た のアメリカ・ろな日本
−平和を守るための「整憲論」(第九条考え直し論)-



■1、冷戦後の日米関係の概略■



H:
俺は「冷戦後の日米関係」、ここにすべての問題の芽があるのではないかと思っている。

 つまり、今、日本人を思考困難に陥れているのは、冷戦が終結し、日米関係がずいぶん微妙な感じになっていることに原因があるように思うんだ。

 東西冷戦中(1947〜89)は、アメリカは共産主義陣営(ソ連・中国)に対抗するためにも日本を含む自由主義陣営を守らねばならなかった。特に、ソ連・中国の位置する極東の要としての日本の存在は極めて重要で、日米安保は日米双方にとって緊密である必要があったんだ。

 ところが、冷戦が終わると、共産主義陣営は総崩れになり、アメリカの一極支配が確実になって、アメリカは単独行動を望むようになった。そして今ではアメリカは世界の警察官を自認している。
 つまり、アメリカにとって日本は単なる同盟国の一つにすぎず、日米安保の位置づけもこれまでほど緊密である必要はないというのが現状だろう。だから米軍基地の縮小の可能性も当然ある。それなのに、わが国の政府がアメリカに媚(こび)を売り尻尾を振っているのが一番の問題なんだ。



●アメリカの軍事戦略の変化●



E:
うーん、状況が変わったのは確かにそうだが、今でもアメリカは日米同盟の重要さは否定していないと思うよ。むしろ違った意味で重要さは増しているともいえる。

 軍産複合体国家アメリカは、冷戦の終結、つまり仮想敵ソ連陣営が次々と崩壊する中で、その性質が問われるところにまで来ていたのかもしれない。しかし、湾岸危機が起こりアメリカ軍需産業は危機を脱した。

 こうして、湾岸戦争(1991)を経て、危機を脱した軍産複合体国家アメリカは「ボトム・アップ・リビュー(BUR=冷戦後の米戦略と兵力構成の指針)」を1993年に定め、4年ごとにその内容を見直すという方針(QDR)を採用したんだ。

 別の角度から見れば、確かに冷戦終了直後のアメリカの国防費は大幅に縮小されたが、湾岸戦争で増強され、次のクリントン政権の前期に一時削減された国防費は後期クリントン政権から徐々に増大し、現在に至るというわけだ。

H:
それは分かるが、アメリカの国防費の増大がどうしてこの問題と絡むんだ。アメリカの問題ではあっても、日本の問題とはあまり関係ないように思うんだが。

E:
まあ慌てるなよ。つまり、冷戦終了直後の段階では、君の言うように、日本の米軍基地の位置は冷戦中より弱くなったと言っていいかもしれない。
 ところが、今言った「ボトム・アップ・リビュー」は、やがて1999年にはトランスフォーメーション(米軍の改革)の推進となって形を整え、同時多発テロ(2001・9/11)を介して、米軍の抜本的改革構想としてラムズフェルド国防長官によって声高に宣言されたんだ。

H:
トランスフォーメーション(米軍の改革)? 聞いたことはあるが、いったいなんなんだ? 耳にする割には内容がよく見えてこない…。

E:
つまりトランスフォーメーションというのは、これまでの「国家対国家」の戦争からテロ組織などによる攻撃に脅威の中心が移りつつあることを踏まえて、米軍のぜい肉を削ぎ落とし、小回りの利く軍隊に改めるのが狙いで、ハイテク武装や基地の再配備などによって、世界中に迅速に部隊を急派できる体制らしい。

 それに、同時多発テロの突発で、アメリカ国内が直接攻撃されるという危険が生じてから、戦略的に米本土防衛(ホームランド・ディフェンス)もとらなくてはならなくなった。米国内へのテロはそれ以前から予想されていたのだが、本当に実現してパニックになったのは間違いない。

 ともかく「ホームランド・ディフェンス」と「トランスフォーメーション」の具体化が同時多発テロ後の大きな変化だと思うんだ。冷戦後、アメリカの目は世界中に拡散するわけで、従来の個別の基地中心の戦略から、アメリカ国内からの指令やネットワークシステムで統一的に攻撃できる態勢への改革となったわけだ。こうして国をあげて、つまり軍産複合体をあげて、今ではテロ対策に乗り出したんだ。そしてそのメダルの裏側には、軍産複合体内部の人々の利益が彫り込まれているのは言うまでもない。

 それはともかく、アメリカはRMA(軍事における情報革命)と呼ばれるITの軍事転用を進め、今では地球の半周先にある攻撃目標に狙いを定めて命中させることや、わずかな熱を感知して洞窟に隠れた敵兵を発見できる域にまで達しているらしい。

H:
そうだろう? つまりそれは日本の基地の役割が小さくなったということではないのか? だからこそ俺は、基本的には日本がアメリカから自立できる条件ができた、と考えたんだが…。
 ホームランド・ディフェンスをとらなくてはならなくなって、自国の軍事システムを中心にして、米軍のぜい肉を削ぎ、国外にある基地から米軍を徐々に撤退させることができるシステムだと俺は判断したんだ。



●日米軍事同盟と日本●



E:
僕もそう思いたいんだが、そうは問屋(とんや)が卸さないよ。確かにホームランド・ディフェンスの重要性が強調されてはいるが、だからといってアメリカは本土に閉じこもって守りを固めて、世界にあまり関心を払わない戦略に転換したとは思えないんだ。

 さっき君は「アメリカは単独行動を望むようになった」と言っていたが、僕はむしろ逆で、同盟国との連携(もちろんアメリカ主導でだが)をもっと強く望むようになったんじゃないかと。

H:
しかし、イラク戦争では国連決議を待たず単独行動に出た。西欧諸国の軍事力にさえ見切りをつけているんだ。お前は先日、「アメリカは、西欧諸国も含め他国の軍事力に期待しないし、傲慢な国だ」と言ったじゃないか?

E:
もちろんその通りだよ。確かにアメリカは他国の軍事力なんかにさして期待していないだろう。同盟国の軍事力は、アメリカの世界戦略に手足として役立つこと、つまりその意味で米軍の一翼を担う軍事力だけが期待されている。だからこそ、むしろ、米軍全体をネットワーク化し、同盟国の軍事力をそのネットワークの内部に位置づける形で米軍基地の再編をしなくてはならないんだ。そのためにも同盟国との絆は欠かせない。アメリカにとって海外の基地は絶対に必要なんだ。

 確かに、君の言うように基地の規模を縮小することはありうるだろう。だが、たとえ縮小するにしても、それは米軍のネットワークシステムの必要性から生まれるだけなのだ。だから基地が不必要になることにはならない。

 いや、むしろ日本の基地(沖縄だけでなく)は、アメリカの軍事戦略にとってこれまでよりもっと重要になるはずだよ。だって中東と同じく東アジアは不安要因も多く、しかもアメリカにとって地球の裏側に位置しているしね。軍事大国化を目指す中国への睨みも必要だ。だから日本との連携が一層緊密になるんじゃないかと…。東アジアは「国家対国家」の問題がまだ色濃く残る地域でもあるんだ。

 確かにこれまでとはずいぶん形は変わるかもしれないけれど。それは日本の基地だけではなく、韓国でも北朝鮮との国境地帯から南に米軍基地が移動し、国境地帯は韓国軍が直接防衛しなくてはならなくなったわけだ。こうした変化は日本にも突きつけられているのかもしれない。

 世界を睨むアメリカは「国家対国家」の対称型の戦略中心から「対テロ(対大量破壊兵器テロ、対サイバーテロ)」の非対称型戦略に比重を移さざるをえないんだ。

H:
となると、アメリカは日本の基地や自衛隊とむしろ密に関係を持ちたいというわけか? トランスフォーメーションとやらの一環として。

E:
アメリカが軍隊としての自衛隊にあまり多くを期待しているとは思えないが、それでも米本土のIBCT(暫定型の一個旅団戦闘チーム)が日本の基地で独自の演習をしたり、自衛隊との共同訓練を繰り返すことも考えられる。それに、日本は、最前線に投入される米軍部隊の発進準備基地としてだけでなく、兵站(へいたん)補給基地としての役割が一段と強くなると予想されているんだ。

 こうして、アメリカとしては、米軍のネットワークの中に同盟国日本を組み入れ、何かあったときに即座に機敏に基地から行動を起こせるのさ。

H:
ということは基地から撤退するどころか、有事に備えて能力が近代化され、基地は維持し続けられるってことか?

E:
そうとしか考えられない。それとともに、冷戦のときのように状況が単純ではなくなっているだけに、日本はアメリカに全面的には軍備を頼り切ることができなくなっていると思わないか?

 日本にとっては、東アジアにはまだまだ冷戦の残滓(中国、北朝鮮、など)が存在し、政治的不安は拭いがたい。アメリカの戦略がテロなどに対する非対称型に変わってきているだけに、アジアに残る対称型つまり「国家対国家」の問題は(韓国の場合のように)ある程度当事国が対応しなくてはならなくなるのではないか。北朝鮮の弾道ミサイル(テポドン、ノドン)、それに核開発の脅威も具体的に存在し、それに加え、イスラーム過激派の自爆テロの可能性も無きにしもあらずだ。

H:
でもアメリカに追随すればするほどそれらの危険性が前面に出てくるだろう。だから、アメリカとは距離を置かなくてはならないんじゃないかと思うよ。

E:
それは僕も同感だな。イラク戦争などは、結果を見ると、アメリカ自らが戦争の火を付けておいて、その手でその火を消そうとしていると言うような、いわゆるマッチポンプだからね。テロ攻撃の危険性も根本のところは同じサイクルになっている。こうしてアメリカ自身の招いた危機の事態は、今度はアメリカの力なくしては対応できないという妙な様相を示している。そんな世界が到来したんだ。

 その一方で日本には「国家対国家」の危険の可能性が…。日本国内にも、自国は自分で守らなくては、という何となくの共通了解(自衛意識)が強まってもいる。よく耳にするように、マスコミが過剰に煽っているとも言えるが、それでもそういう問題意識が出てくるには、それなりの理由があるのさ。その意味でも自衛隊の必要性は否定できなくなっている。

H:
いや、それは分かるが、それこそが問題なんだ。だからといって『日本国憲法』第九条の無制限な改正は危険だよ。

E:
何だよ、一挙に第九条かよ。

 でも冷戦後の日米関係についてはこれからも繰り返されそうだから、日米関係はこの辺にして、とりあえず『日本国憲法』の問題に入ることにしよう。


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