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■2、『日本国憲法』と「改憲論」■
H:ところで、「日本国憲法」は終戦後、有無を言わせぬアメリカの押し付けにより成立した、としばしば言われてきた。そして、「自主憲法」制定への動き、なかんずく第九条の改正への策動がこれまでにも何回かあった。
60年近くたった今、新たにその動きが急となった。いやその動きはこれまでのものとは比べものにならないくらい強い動きだ。まあ、それも流れとしては分からなくはない。だが、本当に第九条は日本にとって意義が失われたのか? まずその検証が必要だろう。
E:いよいよ君の好きな分野に入ってきたね。確かにアメリカが作成した『日本国憲法』だが、そして“最先端にある憲法だ”とも言われているが…果たしてそうだろうか。
H:アメリカは日本で二つの実験をした、なんていう嘘とも本当とも分からん話もある。だが俺はなんだか本当のような気がしているんだ。
一つは、新兵器「原子爆弾」の威力を試すために広島や長崎に投下したなんていう説さ。原爆を使わなくても日本の敗戦は決定的だった。原爆投下のアメリカの表向きの理由は、もし本土決戦に突入すれば米兵五十万人とも百万人ともいわれる犠牲者が出たというものなのだが、それはむしろ疑わしい。やっぱり原爆の効力の実験だった、っていうのが本当だったように俺は思う。
それにもう一つは、「純粋な民主主義国家」を作る実験をした、というものなんだ。アメリカや西欧にも実現できなかった本来の民主主義国を…!
だから日本の憲法はもっとも理想的な憲法だと言っていい。
E:「実験」ということの真偽はやっぱり怪しいよ。
確かに、原爆の威力の実験というのはそんな気もしないわけでもないから、僕もそれを積極的に否定するつもりはないが、しかしソ連の参戦が間近に迫り、アメリカに決着を急がせたのかもしれないからね。
それに現行憲法の制定も、まあ、当時の時代状況から考えれば平和を希望する意識が反映していたとも考えられるが、連合国軍最高司令官マッカーサー元帥には日本の“牙を抜く”という極東委員会(連合国)の意見、ひいてはアメリカ本国の利益が念頭にあったのは言うまでもない。
事実、アメリカの「初期対日方針」には「日本が再び合衆国の脅威とならないこと」と記されている。つまり、アメリカの占領軍に当初から期せられていた課題は、@好戦的な国家主義の廃絶、A戦争遂行能力の破砕、B日本国軍隊の完全武装解除、の達成、であり、日本の戦後処理の方針はすでに決定していた。
H: “牙を抜く”というのは、もちろんそうさ。
だが、保守派は、アメリカから押し付けられた憲法だからダメだ、自主的な「憲法」を作ろう、と言っているんだが、もしそれが本当に世界に類のないよいものなら、押し付けられようが何されようが、よいものはよいに決まっている。確かに当時は拒絶することのできない状況だったとしても、その後の日本の国民はそれを受け入れ、大切にしてきたのは事実だからな。
しかも、日本国憲法の成立には、高野岩三郎が代表になった「憲法研究会」の民間の憲法草案などが反映しているとも言われている。だから必ずしも押し付けられたものだとばかりはいえないのではないのか? 民間の意見が反映している、という事実もある。
それはともかく、少なくとも戦後60年の歴史の中で憲法改正を願っていたのはほんの一部の人間だけだったんじゃないのか。「押し付け」か「自主」かという小手先の議論に惑わされない方がいいと思うんだ。
E:その点は僕も同感だよ。だが、今君が図らずも語ったように、制定過程の理解も混乱しているんだ。確かに連合軍総司令部(GHQ)は民間草案を参考にはしただろうさ。でもそれも先の「初期対日方針」に反しない限りのことであり、それに日本国民が賛同した憲法だという内外向けのGHQ草案の合理化のためだと言っても過言ではない。だからこそ現行憲法の成立過程を調べなくては公正ではないと思うんだ。
H:たとえ成立過程をよく知らなくても、戦争に反対するのは間違っていない。とはいえ、「日本国憲法の成立過程」とやらに話を進めよう。
●『日本国憲法』の成立過程●
E:僕が調べた限りでは、微妙な問題を含んでいる。
当時の幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)内閣(1945・10〜46・4)のもとで作成された「憲法問題調査会(松本烝治(まつもとじょうじ)委員長)の試案」は『大日本帝国憲法』とさして違わないから取り上げないことにするが、現行憲法成立には少なくとも「天皇」の位置と「軍」をどうするかが大きく関わっているんだ。今ここで特に問題になっているのは「軍」の問題だからそれに話を特化することにしよう。
連合国軍総司令部(GHQ)の民政局(ホイットニー准将、ケーディス大佐)は一週間ほど(1946・2/4〜2/12)で日本国憲法の草案を作成し、日本政府案を拒否した(2/13)のは周知のことだ。そして、その草案は「マッカーサー三原則(2/3)」をもとに作成されたわけだ。マッカーサー三原則とは、@天皇制の民主化、A戦争の放棄と軍備撤廃、B封建制の廃止のことで、その中でマッカーサーは、侵略だけでなく自衛も含んだ「一切の戦争放棄」を謳(うた)っていたんだ。
だが、民政局での草案作成段階でその条項は問題視されたらしい。つまり、“自衛権だけは認めよう”というものなのだ。それは戦争放棄条項原案の起草者ケーディス大佐の「どの国にも自己保存の権利があるはずだ」とする思惑が反映していたと言われている。しかし、多少の考慮や修正はあったものの最終的には、「一切の戦争放棄」というマッカーサー原則にほぼ添ったものになったわけだ。その結果はともかく、自衛権だけは保持させようという意見は民政局の内部にもあったらしいのさ。
それに面白いのは、いざ憲法草案が発表されると、当時の共産党も「自衛権は必要だ」「自衛権を保証しないのはアナクロニズムだ」と反対していたんだ。
確かに1946年の毎日新聞の世論調査(有識者二千人対象)では「戦争放棄の条項は必要だ」という回答が70%となっているが、GHQの検閲(『CCD(民間検閲支隊の検閲指針)』1946・11・25)がかなり厳しかったのも事実だからね。GHQに批判めいたことは一切報道されないし、公言できない。だから、ともかく基本的には第九条に賛成せざるを得なかったにしても、民政局だけでなく日本国内でも、当時、「自衛権が保証されていない」ことを疑問視する意見が燻(くすぶ)っていたようなんだ。
H:でもさ、そうは言うけれど…、国内では、この60年間で護憲論が強くなったのは事実だろう。それだけ反戦意識が根づいたわけで…。
E:それはそうさ。しかし君はさっき「押し付け」か「自主」か、という小手先の議論に惑わされない方がいい、と言っただろう?
だから僕は、当時本当に皆に歓迎された第九条だったのか、を問うてみたかったのさ。自衛権も持たない憲法が
“世界に類のない良い憲法”かどうか、 と。確かに戦争のない世界は理想的だが、世界全体からみたとき現実的なものではないのかもしれない。理想郷つまり「ユートピア」とは「どこにもない場所」という意味だからね。
だから“最先端の理想的憲法だ”というのも、どうしてこんな憲法になったのか、を考えると、これまた微妙な気がしてくるよ。もっとも、「天皇制の維持」との交換条件で「戦争放棄」が採用されたともいえるが…。それでもそこには徹底的に日本が報復できないように、牙一本も残さないようにする、というアメリカや連合国にとっては極めて “現実的な動機”が背後にあったんだ。
それに、冷戦という今考えれば異様な時代が、現行憲法を無傷で存続させただけなのさ。しかもアメリカの傘(日米安全保障条約)に守られていただけだという…。つまり日本国憲法にとっては幸運?な時代だったんだろうけれど。
H:しかし、平和条項(憲法第九条)は、当時の幣原首相がマッカーサーに懇願して導入させた、という意見もあるじゃないか?
E:確かに僕もその話は聞いているよ。
朝鮮戦争(1950)の最中、マッカーサーは、最高司令官を解任された後に米議会上院軍事外交合同委員会公聴会で「第九条幣原発案説」を証言(1951・5/5)したとか…。だが幣原発案説は俄(にわ)かには信じ難いんだ。マッカーサーの話では、1946年1月24日に幣原から話があったというんだが、それに確かに幣原は平和主義者ではあるけれど、そのころの彼は先にあげた「憲法問題調査会」(松本烝治委員長)による憲法試案作成過程であるし、彼自身も松本達と同じように帝国憲法の延長として新憲法を考えていたはずだからね。その日、マッカーサーとは平和一般については語り合ったようだが、日本の憲法に「一切の戦争放棄」を導入したいと自分の方から提案はできなかっただろう。マッカーサーが提案し、それを了承することはあっても…。
もしかしたらマッカーサーは、朝鮮戦争の勃発で占領政策を変更せざるを得なくなったことや、警察予備隊(1950)を発足せざるをえなかったことで、第九条を幣原の発案として彼に責任転嫁したのかもしれない。
H:どうもお前の意見は引っかかるよ。
E:いや、今の話はちょっと語弊があったかも知れないね。
僕が言いたかったのは、誰が最初に「一切の戦争放棄」を言い出したか?は、さして問題にならないということなんだ。たとえ幣原が発案したとしても、それがマッカーサー率いるGHQの戦後処理の考えやGHQの憲法草案への内容を変更させたわけではない。ともかく、マッカーサーには、当初からアメリカの「初期対日方針」が使命づけられており、「日本国軍隊の完全武装解除」が義務付けられていたんだ。
たとえ幣原発案説をとったとしても、日本の政府の方から、しかも首相から「非武装化」を表面きって言ってくれれば、渡りに船、こんなありがたいことはない、おそらくマッカーサーは心の中で、そう“ほくそ笑んだ”ことだろう。
ただ、それにしても、幣原発案説は俄かには信じがたい、と僕は言いたいだけなんだ。この手の問題は「押し付け」か「自主」か、という瑣末な議論に発展するだけだからね。君の言う、小手先の議論になりやすい。
●現実の変化と改憲論●
H:お前はそう言うが、平和憲法を日本が先頭に立って世界にアピールしていく意味は大きいと思うんだ。それは否定できないだろうと俺は思っている。
E:君の気持ちはよく分かるよ。でももう少し先に進めた方がよさそうだな。ともかく今では、現実が変化しているのも否定できないからね。
戦後、日本人の多くは「戦争が起こらないこと」を切に希求し、「平和な世界」を望んできた。それは今でも同じことだが…。しかし現実がそれを追い越している。それはどういうことか?
確かに冷戦時代、アメリカが自由主義陣営を守る役割を果たし、極論なんだが日本は自衛隊すら必要としなかった。つまり、「自衛隊の存在自体が平和憲法違反だ」と感じる現状があったんだ。
その頃の自衛隊の存在意義はアメリカからの強圧と日本政府のそれへの屈服(せざるを得なかったが)だけだといっていい。そんな時、「憲法」第九条の改正を訴える輩の意見は、たとえ「自主憲法」制定を主張していても、あたかも「軍国主義に復帰することを望んでいる」かのように見えた。軍隊の必要がないのに「なぜ?」と感じたものだ。
自衛隊がなくても、平和憲法を保持し世界に発信していけば、いつかは戦争のない世界が実現できる、そんな幻想を抱ける根拠が少なくとも当時はあった。もっともストレートには誰でも皆がそう思っていたわけではないが…。まあ、こうした(この延長線上で何とかなるだろうという)当時の実感といえども、冷戦体制下における強大なアメリカの傘(日米安保条約)のお陰だったのだが…。
しかし、今ではこうした実感を支える支柱が失われつつあるのではないかと思う。今後は日米安保条約の意味も変化するだろう。それに、超大国アメリカの身勝手な行為、国を脅かす存在の影、日本は自力で「平和」を考えなくてはならなくなったんだ。それにもかかわらず、旧来の感覚で日本を語る人が如何に多いことか。
H:そうはいっても疑問は残るよ。
冷戦の当時、「憲法」第九条を改正しようと目論んだ人達は一体何をしたかったのか?
その発想と現在の改憲論(創憲論と言葉を変えても同じことだが)、とどう重なり、どう違うのか? この判断を踏み外すと危険が待ち受けているとも言えるのではないのか。
必要もないのに第九条を改正しようと狙っていた人達は日本を「軍国主義」にしようとしていたのではないのか? そして時代が変わりそのチャンスが生じたので勢いづいているだけではないのか? つまり、今の改憲論も「軍国主義」を目指しているのではないか、と。
E:あの当時憲法改正を唱えた人達に対しては、確かに、“何を寝ぼけているんだ”という感覚があったよ。
当時の「改憲論」にどういう意図があったかは、今となってはよく分からないが、少なくとも最近の「改憲論」は、戦前の八紘一宇の、他国を植民地化する軍国主義に戻そうというものではないだろう。政治というものは曖昧で鵺(ぬえ)的なものだから、これからのことは分からないにしても、現時点ではそれとはちょっとニュアンスが違うだろう。
H:そうかもしれない。しかし、政治が鵺的だからこそ、この平和憲法を守らなければならないのではないのか?
この前、お前が言っていたように、アメリカは見えない侵略をしているわけであり、それに加担するというのはやはり一種の侵略ではないのか? そして、それを是認するとなると日本もやがて軍事大国化し、やがて戦前のような軍国主義に走ることを是認することになるのではないのか?
E:確かにアメリカに加担するのは見えない侵略に加担することになる。それに、現政権や自民党は海外に派兵できる軍隊を作ろうとしたり、日本の文化や伝統を国民に強要したり、ますます国家主義的傾向を強めてはいる。しかし、それだからといって日本が旧来の軍国主義に走ることにはならない。話の次元が違っているよ。
その意味では日本はアメリカに追随することでアメリカ寄りの国際貢献をし、国の威信を内外に示し、国益につなげたいのが本音なのではないかと思う。君の危惧は考えてみるに値するが…。その辺のところを考えるには、前回の最後の話「戦後の世界の原理」を、もう一度復習してから考えた方がいいだろう。
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