|
■4、イラク戦争と日本■
●アメリカ追随の日本政府●
H:現実の問題といえば、今度のイラク戦争の開始(2003・3/19)直前に、つまり2003年3月17日にブッシュはテレビ演説で対イラク最後通告をしたんだが、小泉首相は即座にアメリカへの支持を表明しているだろう?
確かに湾岸戦争(1991)のとき日本の国際貢献のあり方が問われたという苦い経験があったのが一因なのは否定できないが…。だからといってあまりにも早急な支持声明だった。多くの人がアメリカのイラク攻撃の真意に首を傾げている最中だったからな。
E:そうだね。何だか軽はずみな印象は拭いがたい。
今になって外務省というか川口外務大臣は「国連とのコンタクトを続けていた」なんて言っていても、あの早急な表明はどう見てもアメリカへの追随にしか思えない。
確かに開戦前、2002年11月8日に「国連安保理決議1441号」(15) が全会一致で採択されてはいるが・・・。
H:なんだい、その「国連安保理決議1441号」というのは?
E:簡単に言うと、「イラクは湾岸戦争停戦決議に基づく大量破壊兵器の破棄などを定めた義務に違反している。従ってイラクに対しては武装解除の義務を遵守する最後の機会を与えるが、これからも義務違反が続けば“深刻な結果”に直面するだろう」、という合意なんだ。
H:なるほど、それでイラクは査察を受け入れ、国連査察団(2002・11)が送られたというわけだな。少なくともこの段階ではアメリカを含んだ国連の意思が反映していたというわけだ。
その後、査察団は、中間報告で、イラクが大量破壊兵器を秘匿している痕跡はないと発表した。しかしタカ派が牛耳るアメリカは、有志連合(コアリッション)を募り(2003・3/18米国務省発表三十カ国)、やがてイラク戦争を国連決議を待たず敢行し、そして小泉首相は即座に支持を表明、イラク戦争を肯定した…。
E:うん、それがこの問題の一連の流れだ。
さらに言えば、有志連合などといっても、所詮、国際社会に広範に支持されているとするアメリカによるイラク戦争の合理化にすぎない。そして、イラク戦争自体は、あっと言う間に終結する。
H:しかもブッシュが「イラク戦闘終結宣言」(2003・5/1)を発表すると、日本は「有事法制関連三法」(2003・6/6)に引き続き、早速『イラク復興支援特措法』(2003・7/26)を成立(16) させたわけで、どう見てもアメリカの片棒を担いでいる感は否めない。
E:さらに補足しておけば、イラク戦争がとりあえず終結?して、イラクの占領統治や制裁解除それに復興支援などを米英主導にするか国連主導にするか、で齟齬をきたし、やがて国連(仏・ロ・独)もイラクの復興の必要性を認め「国連安保理決議1483号」(2003・5/22)を大多数の賛成で採択し、とりあえずはそれに則って、日本も『イラク復興支援特措法』の成立となったわけだ。
●イラクへの自衛隊派遣●
H:そして、米英暫定占領当局(CPA)の同意を得て、2003年12月9日には「自衛隊イラク派遣基本計画」を閣議決定し、それ以降、自衛隊のイラク派遣(航空自衛隊先遣隊の派遣2003・12/26、陸上自衛隊先遣隊の派遣2004・1/20、陸上自衛隊本隊の派遣は2004・2/3〜)を積極的に推し進めていくことになる。小泉首相は自衛隊派遣の理由を「世界の中の日米同盟」と明言しているからね。
だが、これにはイスラーム世界という独特な問題を含み、ますます混迷化する気がするね。
E:この問題は国と国の問題というより、宗教を含む超国家的な新しい原理を内包している。
ともかく爆破テロや自爆テロは、国連本部や赤十字周辺、それにNGO事務所や医療用ヘリすら攻撃している。その意味では国際法を超えてしまっているから、それを国際法的に捉えようとしても無理がある。
H:イラクへ出て行くということはそんな危険の中へ飛び込むことでもあるんだ。
しかも、今回の自衛隊派遣は、イラクの復興支援とされているが、今見てきたように、どう考えても日本が復興だけでなく占領軍に全面的に加担しているように見られても仕方ない。特にイラクからすれば軍隊の派遣に他ならずアメリカの占領政策の支援にしか映らないに違いない。日本の自衛隊も攻撃される日はくるのではないかと…。
基本的には国連がアメリカの政策に疑問を感じながらも復興を支援しているなかでの派遣は控えた方が良かったのではないのかな? 安全保障理事会で大多数の賛成で復興支援が可決されたわけだが、その中心の仏・ロや、それに独は派遣していない。
復興の必要は認めるがアメリカのやり方には疑問を呈している。
確かにイラクの復興は緊急を要するものだし、国連の要請の事実もあるにしても、自衛隊の派遣にはもっと慎重であるべきだった。
それにしても自衛隊は給水活動、道路補修それに医療施設や学校の修理などの専門家ではないのだから、どれほどのことができるかは、はなはだ疑問だが。
E:僕もそう思う。自衛隊の支援の能力は、PKO活動でカンボジアや東チモールでの活動があるから、まったく経験が無いわけではないと言われているが。それでも限界はあるだろう。復興支援、人道支援という名目で自衛隊が出動する意味が国民にはよく理解できない。自衛隊にどれだけのことができるのか、と。
だから、一番問題なのは、日本政府は事の理非曲直を見極めずに“何故か”イラク戦争にいち早く賛同したということだ。
H:何故か? それは決まっている。アメリカへのお追従だよ。
E:もちろんそうさ。だから理非曲直を考えない自衛隊のイラク派遣には僕は反対なのだ。
しかし、その他にも日本の問題は残っているよ。日本政府の判断もさることながら、結果として日本国民がイラク派遣を求めてしまったということの意味は大きい。先の総選挙(2003・11)を通して与党連合が過半数を超えたという事実は、国民は結果として自衛隊派遣を支持したことを意味するのだから。
H:そうなんだ。そしてアメリカのイラク戦争開戦を疑問視していながらも、今でも国民の半数以上は自衛隊の派遣を支持している。
E:それに、さっき君は「自衛隊の派遣はイラクから見れば軍隊の派遣に他ならない」と言っていたけれど、イラクの国民からすればそれがたとえ軍隊であっても、復興を支援して欲しいと希望しているのはもう一方の事実でもあるんだ。
しかも、アメリカの占領政策への参加を大きく問題にしているのは、少なくとも現時点(2004・3)では、イラク国民全体というよりテロ組織に他ならない。事実、「自衛隊派遣についてサマワ住民の92.3%が賛成、1.8%が反対と、地元紙『アル・サマワ』が報道」(「朝日新聞」2004年1/13)しているくらいだ。もっとも、彼らの希望は仕事が欲しいわけで、自衛隊が彼らの職を希望通りに創出できるとは思えないが…。
H:確かに。しかし概(おおむね)日本の自衛隊が好意的に受け入れられているのは、日本には、中東の地を“血を血で洗う”という過去がなかったことが影響しているんだ。
武器輸出もしなければ、軍事介入もせず、中東から石油を大量に買ってくれるお客さんだからね。それに民間のインフラ整備への積極的参加という過去の日本への想いも一役買っている。
つまり、日本が平和憲法を守ってきたことが好感情につながっていることは忘れてはならないことだよ。それが、いま変わろうとしているんだ。
イラク戦争は、米英が国連の決議を待たず、単独行動主義によって自国の利権のために始めたものであるという事実をここで確認しておかなくてはならない。フセインの罪悪よりもアメリカの罪悪の方が大きいはずだ。そのことを伏せておいてイラク戦争を論ずることはできないだろう?
ともかく日本はアメリカの占領政策に加担していることになる。原理の違うイラク人達の気持ちは、アメリカや日本の考えが及ぶようなものではないんだ。それをこちらの思い通りにしようなどとはおこがましい。たとえこちらが善意のつもりでいても、去年(2003・11/29)奥、井ノ上の二人の外交官が銃撃されて死亡したようなことは、これからも繰り返される可能性は大きいだろう。復興支援などといってもアメリカの占領政策の一環だからな。
E:まさにその通りだよ。本質的には危険なことだと僕も思う。
彼らの思いを裏切る結果になれば、たとえば職の創出に失敗しただけでも、どういう反応を示すか不測だから。
それに、米英暫定占領当局からイラク国民へ主権移譲(2004・6/30期限)するにしても、宗教的、民族的対立が強く、日本を占領統治したときのようには、そうは簡単にいかないだろう。その点でも紛糾、混乱するのは目に見えている。
それなのに陸上自衛隊のイラク派遣をはじめ、次々と陸海空の自衛隊が派遣された。日本にとっては初めての経験なんだ。
H:その他にも、自衛隊が派遣されたサマワの治安維持活動に当たっているのはオランダ軍。サマワは比較的政情が安定していると言われているが、それでも危険がないわけではない。あるオランダ人記者は石破防衛庁長官に「緊急時にオランダ軍は自衛隊を守る。なのに自衛隊はオランダ軍を守れない。そのことをどう考えるのですか」と質問した(『朝日新聞』2004・1/17)。当然だよな。
●軍と軍需産業の問題●
E:自衛隊が海外へ出るということは「軍隊」として以外ありえない。
H:問題はそこだ。だから自衛隊を海外派兵できる軍隊に編制し直すのか? それともイラクへの派遣はすべきではなかったのか?
もし日本が確固たる姿勢、理想を固持していれば後者であろう。現実をとるのか、理想をとるのか。いま政府は現実をとる方向を向いている。つまり軍産複合体のアメリカに追随する道を選んでいる。
戦争は繰り返されるというわけだ。そして日本はまたもや追随する。
E:それに、いわゆる海外派兵できる軍隊を創設すれば、さっき後回しにした国内の問題も新たに出てくる。
つまり軍隊となれば「界(かい)」の論理により軍の上層部は戦争を欲望するかもしれない。日本国内の自衛を越えて海外の問題にまで頭を悩ませ、それへのイメージを膨らます。だから、本来は「自衛隊」でなければならない、と僕も思う。
また、ひとたび軍隊を創設してしまえば、日本は「軍需産業」を興し、資本の論理、「界」の論理に則って、「死の商人」にまで成り下がることもありうる。早くも政府は、海上発射型迎撃ミサイルの日米共同生産を目指し、「武器輸出三原則」の見直しを考えている(「朝日新聞」2004.1/5
& 1/14 & 1/15)。
案外この問題は見過ごされているみたいなのだが、「界の相対的自立性」と絡めて見ると大きな問題だといえるんだ。
H:そうだよ。平和を求めるという日本の「大義」を忘却すべきではないんだ。お前の言う「界の相対的自立性」はアメリカだけでなく、日本にも当てはまるからな。日本が死の商人になるなんて、考えただけでもたまらないよ。
●一つのシミュレーション●
H:それに、もう一つ俺が気になっていることがあるんだ。絶対にこうなるということではないが、可能性はないとも言えない。一つのシミュレーションを試みると…。日本が復興支援と称して自衛隊派遣をしたにせよ、イスラーム過激派はそれを占領政策支援とみなし、日本国内にテロを仕掛け、多数の国民が死亡したとしよう。ありうることだ。事実、アル・カーイダは日本を標的にすると宣言(2004・3/17)している。もしその宣言が実現したら、日本の国論は一気に「反テロ」に傾き、ナショナリズムが勃興し、「自衛隊を軍隊ヘ」という意見が力を得るという可能性はあるだろう。国を守るのは国民だからだ。そして海外に出兵してでもテロを撲滅しなくてはならない、と…。
アメリカの言いなりになるとは、こういう事態もありうるということを意味している。方向を見失うと、志願兵制や、極端な事態になれば徴兵制も絶対ないとは言い切れない。現段階では政府は否定しているが。政府の判断ミスが国民に犠牲を強い、国民はナショナリズムに酔い、憂国の士に変貌する。そして国のために死んでゆく。これのどこに「美しさ」があるというのか。「痛ましさ」以外のなんであろう。国を守るとは一体どういうことなのだ?
おい、なにをニヤニヤしてるんだ。でも絶対にありえないとは言えないだろう?
E:いや失礼! 君が突然あまりにも熱く語りだすものだから…つい…。
確かに絶対ないとは言えない。しかし、可能性としては、スペインのマドリードで起こった列車同時爆破テロ(2004・3/11・死者191人)の後のスペインのように反政府の動きの方が強くなるんじゃないかな?
その方が可能性は高い。
H:俺もその可能性のほうが強いことは認めるよ。
しかしここでいささか不安がよぎる。一見平和で、自由かつ平等に見える生活(いや、現時点では実際にまだ「自由かつ平等」だと言ってよい)の裏側で、人びとは自らの実感に頼りなさを感じている。それが現代社会の実相なんだ。
ある若者が言っていたが、それが青年マンガに色濃く反映しているのかもしれない、と。何となく押し寄せてくる「虚無の気分」がそれだ。『NANA』(矢沢あい)のように何でも満たされているのに「私には何もない。私にも命を燃やせるような何かが欲しい」という気分。『ヒミズ』(古谷実)の主人公・住田のように、普通でありたいのに普通すら実現できない不測(不足)感。ともかく「生きる実感がない」とその若者は括(くく)っている。
いや、そうしたヤルセナイ気分は青年だけではない、大人にも蔓延しているような気がする。俺の中にもある。やることをやり、やれることをやっているはずなのに、何か満たされていない気分。
E:だんだん君の言いたいことが分かってきたぞ。
この気分は戦前のドイツ、ワイマール体制の中にも蔓延しており、人びとはありあまる自由の中で不安であり、満たされていない。戦争と恐慌の繰り返し、それに続く長引く不況と失業への恐怖。これからの生活への展望が見えず、社会への期待はますます持てない。どう考えても安心できる方向が見えてこない。そこへヒトラー率いるナチスの登場というわけだ。一気にナショナリズムの火が吹いて、集団ヒステリー状況へ。これがエーリッヒ・フロムの描く『自由からの逃走』の骨格だった。
H:その通り、今の日本はその「自由からの逃走」の前夜のようにも映るんだよ。
何も満たしてくれない自由。そんな気分の中で何か事が起こり、「命を燃やせるような何か」、つまりナショナリズムに火がつかないと誰が保証できようか?
現代可能な「愛国心」とは所詮そんなものに違いない。そんな「愛国心」はいらない。
同じ理由で、反政府運動が盛り上がるかもしれない。もしそうなら反政府運動だって同じ根っこを持っていることになるだろう?
E:時代が何を選択するかは不透明だからな。
ということは、旧来からの軍国主義反対をただお題目的に唱えているだけの民主勢力の発言だって無力だということさ。なぜなら、蔓延しているあの「生きる実感のなさ」に応えることができていないのだから…。自由で平等な社会なのに、虚無に陥っている民衆の心に訴えるものがないのだから…。
H:しかし、政府が推進しているグローバリズム、つまり市場原理主義・新自由主義(ネオリベラリズム)が進んでゆけば、貧富の差(階級格差)が拡大するだろう。人びとの「生き甲斐」はますます遠のく、いや、生き甲斐どころではなくなる。もはや革命という放水路を持たぬ国民の不満はどこへ。どうやっても打ち勝てない力(資本・国家・社会構造)の罠。
お前のいう民主勢力は確かに無力だとしても…、では政府がその問題を解決することができるか?というと、これまた…、いやもっと深い隘路(あいろ)に陥るだけだ。
E:確かに君の言うように、国民の満たされない気分は無視できない。それにグローバリズムの進展が進めば貧富の差・階級格差が広がり、不満が鬱積することは考えられる。しかし、この問題は、また別の機会にでも改めて考えることにしよう。
|
|