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■1、イラク戦争その後■
●米英「暫定占領当局(CPA)」と「イラク統治評議会」の発足●
E:それはどうも…。気に入ってもらえて僕も嬉しいよ。まあゆっくり飲みながら話そう。
昨年(2003年)3月19日に、「大量破壊兵器の秘匿」などを理由に米英軍を中心としておよそ10数万の兵員を動員し、いわゆる『イラク戦争』が開始された。
米英軍は空と海から猛攻撃を展開し、隣国クウェートからイラクに侵攻し、4月9日には首都バグダッドを陥落させたわけだ。たった二十日だぜ、ものすごい勢いだよ。と言うのも、巡航ミサイルや精密科学兵器を繰り出した米英軍の圧倒的な軍事力の前にはイラク軍はひとたまりもなく敗れ去ったというわけだ。
思い起こせば、昨年5月1日にブッシュ大統領が『イラク戦闘終結宣言』を発表してから1年と2ヶ月以上が経った。長かったような短かったような…。ともかくその間にいろいろなことがあったな。
H:そうだね。ブッシュの『イラク戦闘終結宣言』を受けて、同年5月22日に「国連安保理決議1483号」でイラク経済制裁を解除し、復興への道が拓(ひら)かれた。そして、占領体制も、5月中に、米英「暫定占領当局(CPA)」に一元化され、さらに7月13日にはイラク人による「イラク統治評議会」が発足したのだが、そのメンバーはこの米英「暫定占領当局」によって選出され、占領下の実権はブッシュ大統領の任命したブレマー(暫定占領当局)代表が握ることとなった。
E:その間、仏・独等の諸国とのゴチャゴチャした悶着はあったが、結局、大枠はアメリカの思い通りになったんだ。
アメリカのイラク政策は、ネオコンに代表される米国流の「自由と民主主義」をイラクに根づかせることにあった。彼らの考えではそれは「世界平和」にとって必要なものだが、むしろアメリカの利益がその背後に控えていたのは言うまでもない。
そして、イラク民主化は恐らく彼らのシミュレーションでは簡単に進むはずだったんだ。しかも、イラクの民主化から始まってアラブ諸国への民主化のドミノ効果まで考えていたんだ。
H:だが、イラク復興は思ったように実現しなかった。
E:まあ、確かに思ったようにはいかなかったさ。
しかし、今君が語った「国連決議」でのイラク経済制裁解除によって、米英が石油事業を掌握する道が切り拓かれたことになるんだ。国連からお墨付きをもらった石油事業開発については5月末にはアメリカ企業は早くも調査を進めていたらしい。つまり、チェイニー副大統領が元社長をしていたハリバートン社や、共和党重鎮が顧問や幹部であったベクテル社といった企業がそれだ。
それに、それらの企業は国防総省(ペンタゴン)からいくつもの巨額の復興プロジェクトを受注しており、しかも、急いで復興事業を始めねばならないという理由で、入札も行われずに発注されていたというからまったく驚きだよ。もっともイラクの泥沼化で復興事業は思ったようには進んでいないようだが…。それはともかく、かくして、彼らの手には膨大な利益が転がり込んだと言うわけだ。
とは言え、そこには明らかに不正行為が含まれているのだが、ずいぶん後までマスコミも問題にしなかったよね。つまりアメリカ報道の怪?
H:なるほど。ようやく最近になって、チェイニー副大統領のイラク復興受注に関する不正疑惑(経費の水増し請求など)が発覚(2004・5/31発売の米誌タイム・電子版)したが、何だかウヤムヤになってしまったようだな。
E:ともかく、君と以前話した軍産複合体の現実を見るような話だろう? 発覚すればそれなりの痛みは伴うが、それも後の祭りということだ。大して痛くも痒くもない。
H:結局、米英の暫定占領当局がイラク復興を指導することで実利は着実にアメリカの手に入ったというわけか。
確かにアメリカは実利を手に入れたけれども、イラク国民からの反感もずいぶん大きかったじゃないか。ブレマー暫定占領当局代表が「イラクの自由と民主主義を実現する」とアメリカ流の価値観を繰り返し押し付けようとしても、多くのイラク国民は「フセインの独裁体制は倒れたのだから、アメリカもイギリスも出て行け」と拒否反応を示し続けたんだろう?
●泥沼化したイラク●
E:そうだね。この間ずっとイラクも混乱していた。ともかく戦闘のない日は一日としてなかったんじゃないかな? 一つひとつ数え上げたらきりがない。
H:もっとも、それも予想通りといえば予想通りなんだが…。米軍の立ち退きを要求するイラク住民に米軍が発砲するという事件があるかと思えば、バグダッドの国連現地本部で爆弾テロがあったり、どんどんエスカレートしていったからね。
E:イスラーム過激派の自爆テロや爆破テロ、フセイン政権の残党スンナ(スンニ)派の爆弾テロなどが、米軍だけでなく駐留に関わるあらゆる国や組織、それに個人にまで攻撃対象を広げていった。民間人であっても米軍の占領の一部と見なされ、今でも強い憎悪の対象になっている。
武装勢力にとっては米英暫定占領当局や有志連合軍だけでなく、「復興業者」も敵として狙う理由があった。武装勢力にとってだけでなく、イラク人全体の中にも、「多くの復興事業が外国企業に発注され、地元の業者に仕事が回ってこない」という不満が溜まっていったんだ。つまり、欧米人の請負業者は「占領の手先」としてイラク人の憎悪の対象となっているというわけさ。
H:それにNGO(非政府組織)や赤十字、国連職員までもが攻撃された。たとえ善意であっても彼らには通じにくいんだ。これがイラク復興の難しさだろう。
日本人も二人の大使館員や二人のジャーナリストは銃撃で命を落とし、五人の、カメラマンやジャーナリストやボランティアが人質にされる事件などの
日本人の被害もあった(20)。
E:価値観の違いが問題を複雑にしているんだ。
イラクの国民は「西洋型教育」の推進に反対して「イスラーム文化の尊重」を求めている。たとえNGOであれ赤十字であれ、多くは西欧の価値観で接近するから彼らと敵対することにもなる。
アメリカのあるNGOがパソコン教育の機会を提供する条件として、男女を同じ教室で勉強させようとして強い反感を買ったこともあるらしい。イスラームは男女の間に厳格な区別がある。異文化の押し付けは怒りを誘う呼び水になるのは目に見えているよ。つまり彼らNGOもアメリカの占領の手先だ、ということになる。
H:それなのにアメリカは「自由、民主主義、人権の尊重」をイラクに広めようとしているんだ。覇権主義のお節介がますますイラクの復興を困難にしているといえるね。
それに、イラク人の約6割はイスラームのシーア派(21)で、彼らはスンナ派のフセイン政権転覆を歓迎していたのに、今年(2004)の4月頃からはそのシーア派と占領軍の戦闘にまで発展していったよね。それはいったい何故なんだ?
E:それにはいろいろな要因が重なっているんじゃないかな。
確かにシーア派の多くは、フセイン政権の崩壊(2003・4/9バグダッド陥落)やフセイン大統領の拘束(2003・12
/14)を歓迎しただろう。しかしそれに続く占領統治協力者への武装勢力の攻撃やテロが激しくなり、社会不安が募っていたわけで、治安対策に無能な「暫定占領当局」に非難の矛先が向かっていったとも言える。どこから攻撃されるか分からないテロやゲリラには米軍も思ったようには対応できないからね。
それに、米英「暫定占領当局」とその傀儡(かいらい)である「イラク統治評議会」が決めた主権移譲プロセスがシーア派の不満を燻らせていたこともある。2004年3月8日に「イラク統治評議会」の全員二十五名が署名した暫定憲法に相当する『イラク基本法』にいたる道程は、スンナ派やシーア派といった宗教上の対立だけでなくクルド人の権利といった民族の問題も含み、波乱だらけの展開だった。
H:それに、イラクではシーア派の宗教的な指導者シスターニ師の言動が事の成り行きに決定的に影響するからね。『イラク基本法』の経緯も、彼の言動が反映している。
E:そうそう、サイード・アリ・シスターニ師というのは、シーア派の聖地ナジャフにある最高学府の頂点に立つグランド・アヤトラ(最高位聖職者)で、シーア派の民衆に強い影響力があり、また政治の動向を背後で動かしているらしい。
そのシスターニ師がクルド人の権限や集団的指導体制の条項に異議を唱えたことが『イラク基本法』の成立を困難にさせたかと思えば、次にはイラク統治評議会が彼の側近との協議のすえようやく成立に至ったという経緯もある。彼は占領当局の行動にも苦言を呈している。それに、シーア派の戦闘を抑えるにも彼の一言が大きな影響力を持っているんだ。政治の表舞台には現われなくても隠然たる力を発揮している。
H:イラクには諸々の問題が錯綜していて、おいそれとはアメリカの思い通りに事が進むわけがないということさ。
E:そうだね。そんな複雑で不安な状態の中で、今度はシーア派の中でも反米姿勢の強い宗教的指導者ムクタダ・サドルがスペイン軍に身柄を拘束されたとの怪情報が流れたり、暫定占領当局がサドル系の週刊誌「アルハウザ」を60日間発行禁止したことが引き金になって、米軍の占領統治に抗議するシーア派強硬派のデモが起こったんだ。そして、それを鎮圧しようとするスペイン軍との銃撃戦にまで発展した。しかも、それまで協調的立場を維持してきたシーア派が強硬路線に傾くことを恐れた米軍が今度は攻撃を開始したというわけだ。こうしてシーア派(サドル率いる「マフディ軍」)との泥沼化(2004・8〜)が決定的になったんだ。
まあ、サドル問題はきっかけに過ぎず、アメリカの占領政策は味方であるはずのシーア派にまで不満や苛立ちを与えていたことになる。しかもこれは異教徒による占領に他ならないからね。
H:それに、自衛隊の宿営地サマワでもオランダ軍が攻撃され、日本の自衛隊も危なかったじゃないか。日本も米軍と行動をともにしているのだから。
E:確かにね。アメリカがいくら「世界平和と、自由と民主主義のために」を掲げても、それはイスラームの側から見れば、自分達の価値観を無視したものだからな。
その上、復興の実態を垣間見ればイラクのためにと言うよりアメリカやそれに追随する国のためであることが透けて見えてくる。これは紛れもない事実だからね。隠し通すことはできない。軍と産業が一体化したアメリカ資本主義が、途上国イラクを食い物にしている姿が次第に浮かび上がってくる。そしてそれに追随する国々はその余り物に喰らいつくハイエナのようにさえ感じるのだろう。悲しい話だが…、事実だから仕方ない。
他方で確かに復興の必要性はある。イラク人もそれを求めている。そしてそれはなされてもいる。でも純粋に復興のためであるとはとても言い難い。日本の立場も同じことなんだ。「占領(利益)」と「復興」、この二面性が難しさの根源なんだ。
H:その通りだと俺も思うよ。それにしても、テロ組織やスンナ派の残党による攻撃や、ついにはシーア派にまで見放され、アメリカはもう収拾がつかない状態だったと言っていい。もっとも泥沼化するのは当初から分かっていたことなんだが…。
それにしてもいったいどれだけの犠牲者が出たんだろう? まだ攻撃は続いているし、犠牲者の推計が出るまでには時間がかかると思うのだが、市民を含め膨大な数の人々が死亡したり負傷している。この大きな問題を、犠牲者という軽々しい言葉で片付けるのは不謹慎だとは思うが…。
E:そうだよ、人の死が軽々しくなってしまうのが戦争なんだ。戦争だから…、正義だから…と、括ってしまうのが戦争の問題に違いない。そこで語られる犠牲者はただの数になってしまう。このイラク戦争も米兵の死者は八百八十一人となり、イラクの民間人は一万千人以上だという話(2004・7)もある(22)。こうした数には個々人の「顔」は意味をなさない。
●戦争と言うものは?●
H:数になってしまう命か? アメリカの価値観(アメリカ流の世界平和)の押し付けや国益・私益のために始めた戦争によって、罪もない市民や子ども達まで命を落してしまう。そして彼らの命はただの数? 何だかたまらないね。
それに、そうこうしているうちに、今度は駐留米軍によるイラクのアブグレイブ刑務所でのイラク人捕虜へのひどい虐待がスッパ抜かれた(2004・4/28・CBS報道)。そして、その後、次々と虐待の報道が続き、しかも今度は、虐待への報復としてテロリストによる米国人の殺害も起こった。
これがイラク戦争の一つの結末なんだ。アメリカという国家の犯罪性そのものなのではないのか? イラク人への虐待はどうやらラムズフェルド国防長官も公認していたらしい。 たとえ反米武装勢力に関する情報収集が目的だったとしても、あまりにもひどい。それに、虐待を楽しんでいるようにしか見えない。
E:しかし、やはりこれが戦争というものだろう。旧日本軍だって多かれ少なかれやってきたことでもあるからね。
これもまさに「界の論理」の一つだといっていい。状況が整えば目的のために手段は厭わない。外部にいる人間には道義的に許せないものでも、界の内部では許されてしまう。それに、軍人にとって敵は人間ではないという感覚が醸成されるんだ。それに耐えられない者はその界から排除されるだけだ。今度のイラク戦争だって、ベトナム戦争や湾岸戦争のときと同様、精神的に病んでしまった兵士がたくさんいたからな。
僕ら外部の目には彼らは極めて正常な人間、つまり正常だから精神を病むのだが…、界の内部では彼らは異常な存在に見えるんだろう。そこではきっと臆病なチキン野郎と軽蔑されているに違いない。「界」というのはそういうものなんだ。だから、これは国家や国民性の問題ではないよ。
H:確かに米軍のイラク人虐待とともに、英軍による虐待も問題になったからな。戦争というものはそんなものなのかもしれん。軍という界は人殺しを前提にしたものだから、現実に戦場での人殺しを許されるだけでなく、復興という場面でも人命を軽んじることが許されてしまうと言うことか。
それに、最初の対話でも話題になったが、劣化ウラン弾の問題も無視できないよ。どうやらこのイラク戦争では二千トンもの劣化ウラン兵器が使われたのではないかと推定されているんだ。湾岸戦争の時には三百二十トンだから、その六〜七倍もの量だ。その他にも、アメリカのアフガニスタン攻撃でも千トンほど使用されていると予想されている。これは戦闘による直接的な被害だけでなく、放射能や重金属毒性の影響で、今後多くの人々、殊に多くの子ども達が白血病やガンに侵されることを意味している。
E:たとえフセインがイラク国民を虐げていたとしても、今度はそれを超大国アメリカが独断とエゴで攻撃することに何か意味があったのか、という疑問が改めて湧いてくるよ。そしてその攻撃によって罪のない人達、抵抗の術さえ持っていない子ども達すら命を落してゆき、顔のない死者の数にカウントされる。数には痛みも感情もないからね。恐らくフセイン圧政の何倍もの犠牲者がでていることだろう。
そしてこの戦争の大義「大量破壊兵器の秘匿」の誤認もCIAのテネット長官の辞任(2004・6/3)、つまりトカゲの尻尾切りで一件落着になる? いや、確かに「大義の喪失」は、隠しようもなく明らかだから米国議会で問題になるだろう。CIAの情報操作疑惑や陰謀疑惑も問われるに違いない。同時多発テロに対する失態も浮上するかもしれない。しかし、それらは恐らくCIAのいっそう強力な改編に帰趨するだろう。それによってアメリカの軍産複合体は更に強固になるに違いない。
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