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■8、残された課題■
●簡単なまとめ●
H:うーん、ずいぶん話してきたが、俺が思っていたより複雑なんだな。さっき「イラク戦争は杜撰(ずさん)で単純だ」と言ったのは撤回するよ。
今日のお前との話を要約すると…。表層をたどれば、ネオコンはブッシュ政権以前からイラクへの関与を計画していたし、石油利権の問題も燻(くすぶ)っていたわけで、いずれイラク問題は何らかの形で顕在化しなくてはならなかったのだろう。それが「同時多発テロ」という千載一遇のチャンスを与えられた。時あたかもブッシュ政権の危機、つまり経済状況の低迷、不祥事、人気低下などが重なり、イラク攻撃の時期を定めたといっていい。そして、戦争の経緯にしたがってフセインは馬脚を現わし、テロリストとの関わりか大量破壊兵器の保持か、何らかのイラクに不利な、そしてアメリカに有利な証拠を見つけることができる、と米政権が踏んでいたことによる。でも発見できなかった。だから、単純ではなかったが、イラク戦争への突入が杜撰だったことは確かだ。
しかし深層にはそれに収まらないアメリカという国の構造的問題が潜んでいたというわけだ。一言で言えば、アメリカは、“軍事力で世界平和を”と主張するが、意識的か否かは別にして軍需産業や石油産業の必然性として戦争をしなくてはならない、少なくともアメリカの現実において戦争のない世界を実現することはできない、ということになる。しかも言論統制をしているわけでもなく、自由に民主的に国民はそれを選択している、と。
その上、イスラームのように原理的に異なった国にまで自らの価値観(民主主義)を押し付けている。アメリカの民主主義は底割れしているというのに…。大体こんな感じでいいのかな?
E:まあ、そう言ってもいいと思うな。もう少しつけ加えれば、アメリカの政府(共和党でも民主党でも)は、アメリカの軍事力は世界の平和を実現できる、と主張する。当事者には矛盾なくそう言える。力によって解決できる、と…。
ところがこれまで見てきたように、その背後まで深く考えると、ヨーロッパよりもアメリカの方が「紛争解決能力がない」ことが見えてくる。つまり、過去の戦争に反省もなく、しかも戦争や紛争を前提にしなくては成り立たない国家ではないか、と。
ともかく、こうしたアメリカという迷宮は、そこに生きている国民には分からない。統制されているわけでもないのに見えてこない。政府自らも明確には自覚していない。底割れした「民主主義」への信奉と、底割れした「強いアメリカ願望」や果てしない「アメリカンドリーム」に支えられ、こうして矛盾なく、あまねく無自覚的に肯定される、という寸法だ。
だからといって個々のアメリカ人がいい加減な気持ちでいるわけではないことも付け加えておこう。多くの人は本気で真面目に自分の道を生きている。ブッシュだってある意味ではそうなんだ。そして大半の国民は「忠誠の誓い」を大真面目に信じているし、その内容に自信を持っている。
個々の人がたとえ善い目的を持って行動したとしても、この「軍産複合体」というシステムの機能は個々人の目的通りには働かないということなんだ。「全体は部分の単なる代数和以上の何物か」だからね。つまり、仮に政治家が本気で目的(世界平和)のために戦争をしたとしても、アメリカというシステムは更なる戦争や紛争を機能(欲望)してしまうということなのだ。いつでも敵を見つけなくてはならない。ペンタゴンを支配すればかなりのことができてしまう。そしてそれが利益集団のネットワークの手の内にある。
つまり、このイラク戦争は、石油利権の獲得などが第一の目的ではなく、戦争そのものを目的にしたものだったのではないか、と僕は思う。それを当事者が強く意識していたかどうかは分かりにくいが、アメリカ国家の深層にある強迫神経症に似た構造が彼らを動かしていたのではないか、と。
H:うーん…、ところで、これを打ち崩す方法はないのか? お前の話だとあまりにも希望が見えない。
E:現時点では多分ないだろうな。
もし僕達が考えてきたことが正しければ、少なくとも現代のように巨大軍需産業を背景にした世界には、平和は実現し得ないということになるからね。
しかしこれも、自分の国、日本を考えるときの材料にはなるさ。日本はこうした国とどう付き合うのがいいのか、あるいは自衛隊のことも…。アメリカの内在的自家撞着というかズレは他にもあるし…。
●イラク戦争以後の世界は?●
H:日本の話は今日はよそう。でもちょっと気になるな、少しだけ聞かせてもらおうか?
E:いや、日本だけの話じゃないよ。
第二次世界大戦後、世界各国は1928年の「パリ不戦条約(ケロッグ‐ブリアン協定)」を基礎とした「国連憲章(1945)」に則って国作りを再開したんだ。
つまり簡単に言うと“軍事力でなく話し合いを外交の手段とする”と。だから大半の国の軍隊も国防軍(自衛隊)なんだ、それは今でも…。あのアメリカの軍隊だって国防軍(自衛隊)なんだよ。つまり、もし他国が攻めてきたら国を守るが、戦争は仕掛けないということさ。
ところが国連創設の際、こうした他国の侵略から自国を守るという「個別的自衛権」のほかに、何カ国かが共同して侵略から同盟国を守るという「集団的自衛権」というものが採択された。「集団的自衛権」はもともと補足的なものであったはずなんだが…。ところが、それ(集団的自衛権)が主流になり、今に至っている。
確かに、「集団的自衛権」は、冷戦時は北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構(WTO)として対立し相互に牽制するのに利用され、それにはそれなりの意味も、本来の役割もあったのかもしれない。
とはいえ、現実には抑止というよりアメリカのベトナム戦争やソ連によるアフガニスタン侵攻、それにアメリカによるニカラグア侵攻(1981)やグレナダ侵攻(1983)など集団的自衛権の問題は山積していた。つまり、国連軽視の集団的自衛権発動のほとんどはアメリカ絡みなんだよ。
冷戦終了後、アメリカ中心の世界となり「集団的自衛権」はどういう意味を担うようになったのか?
それが現代に投げかけられた大問題なんだ。
湾岸戦争の多国籍軍はまだしも、アメリカは同時多発テロを「戦争」と定義し、NATO軍も「集団的自衛権」の行使を決定したわけで、それを梃子(てこ)にアフガニスタン空爆が開始され、今度のイラク戦争へと繋がっている。ところがイラク戦争は国連安保理決議を経ず単独で行なわれたから「国連憲章」違反という国際法違反の問題も残り、集団的自衛権の正規の発動とはいえないと考えられる。
だからこのイラク戦争の今後の処理の仕方によっては次の僕の意見は極論に過ぎるかもしれないが、しかし今のところ「国連憲章」違反ということでアメリカを糾弾する声は強くない。そうなると、今回のイラク戦争は、これ以降の「集団的自衛権」の発動が、まさに“集団的自衛権”という名でなされる、そして
“アメリカの国益(私益)=世界平和”のためになされる「侵略権」の保証、を暗示しているのではないか、つまり本来の国防を超えて侵略に近いものに。
事実、アメリカは“先制攻撃”を仕掛けているのだからね。もちろん旧来の帝国主義的侵略ではないにしても、「集団的自衛権」「世界平和」を隠れ蓑にした侵略。見えない侵略。これまで二人で話してきたことを基にすると、そんな風に思えてくる。
こうして、日本はこれとどう関わるかを自らの意思で決定しなくてはならない。しかし、これまで話してきたようなアメリカの現在を考えると、簡単に答えを出すわけにはいかなくなるんだ。
●長夜の飲の嘆き節?●
H:イラク戦争の話は日本の問題でもあり、まだまだ続くというわけだ。
E:ともかく君と話してきて、僕もずいぶん地球上に起こっている風景が整理されてきた気がするよ。もう外も暗くなってきたし、今日はここまでにしよう。
H:そうだな。
…実は田舎から焼酎「百年の孤独」が送られてきたんだ。飲もうや。
E:おう、それは嬉しいな。僕はせいぜい五十年の孤独だったが、日本はこれからの「百年の孤独」に耐えられるかどうか…?
H:???… お前は孤独じゃないぜ、優しい家族もいれば仲間も多いじゃないか。
E:そういう意味ではその通りさ。だが、それでも“思想の孤独”は淋しいものだぜ。
H:思想の孤独とはオーバーな!
E:そうだね。ともかく僕が一人で考えているだけではどうにもならない孤独感って奴だな。これまで君と話してきたことは、僕の子どもや塾の卒業生、それに生徒達の将来に関わることだからね。第二次世界戦後、日本人に夢を与えてきたアメリカは、知らない内に巨大な怪物になってしまった。そして子ども達の未来はその怪物の手の内にある。
H:…。まぁそうぼやくな。飲もうぜ、飲もう。
(2004年2月19日)
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