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●はじめに●
アメリカは疑いもなく巨大な国家だ。大きいと言えば確かに世界第三位の人口と第四位の国土を抱えている。しかし、それだけではない。GDPはもちろんのこと軍事力も世界第一位で、世界の富の約三分の一はアメリカに集中しているとも言われている。誰の目にも明らかなように、なんと言っても政治や経済における他国への影響力は圧倒している。それが世界を支配しており、僕達はそんな世界の一部として生きている。
ここで僕が語ろうとしているのは、そんなアメリカとはどんな国なのか?ということ、日本は今どこに向かって何をしようとしているのか?ということなのだ。
更に進んで、僕達日本人はこの事態をどのようなものと捉え、日本は一体どうしたらよいのか?への道筋を考えることなのだ。
2003年3月19日、アメリカは世界の危惧をものともせずにイラク攻撃を開始した。それがいわゆるイラク戦争に他ならない。その結果、イラクは血みどろになり、言葉で表せないほどの多大な打撃を受けた。そして、今年(2006年)5月20日、イラクに「正式政府」が発足し、確かにイラク戦争は形式的には終結したことになる。だが、占領軍へのテロ攻撃や、イラク人同士の殺戮、それに国内の内乱状態は未だに終結していない。いや、たとえそれが終わったとしても、問題は少しも解決したことにはならないだろう。イラク戦争という現象を超えた背後に難問があるからだ。
膨大な犠牲のもとに繰り広げられたイラク戦争は一体何のためだったのか?
一体何故アメリカは? その裏側には何が隠されているのか? これらは依然として謎として残されている。いろいろ語られている割には良く分からないのがこのイラク戦争なのだ。
こうしたことを多面的に考えることで、少なくともアメリカの実像に迫ることはできるに違いない。
世界の切り取り方は時代によって変化するものだ。今となって考えてみると、冷戦終結の以前と以後とでは隔絶の感がある。自由主義(資本主義)陣営と共産主義陣営が鎬(しのぎ)を削っていた世界から、まるで超大国アメリカの一極支配の様相を呈する世界への変化。あれからまだ二十年も経っていないのに、イデオロギーによる世界の二極化の世界はもう完全に過去のものとなった。もはやアメリカに対抗できる大国はどこにも見当たらない。
2001年9月11日、突如世界を震撼させたアメリカへの「同時多発テロ」、これもまた新たな時代を切り取る一つの契機になっているだろう。新手のコマーシャルでも見ているような不思議な感じを我々に与えたあの「同時多発テロ」、それは明らかに時代の空気を一変させた。旅客機を乗っ取り、世界貿易センタービルや米国防総省(ペンタゴン)に激突させるという新たなテロ攻撃。ほんの数人のアラブ人が巨大国家に挑んだテロ。かの超大国アメリカが一体何故テロの標的になったのか? それに続くアメリカ主導のアフガニスタン戦争やイラク戦争。確かに時代は旋回している。
ここではこんな時代の旋回を考察の対象に据えつつ、日本という国の持つ内在的問題やイラクへの自衛隊派遣は一体何を意味しているのか?などに迫りたいと思う。
と言うのも、どうやら、アメリカに独自の論理があるばかりでなく、ある意味で日本にも独自の論理がありそうだからなのだ。誰でも気づいているように、それが僕達の生活に、特に若者や子ども達の肩に重くのしかかっているのは疑いえない。我々の未来はどこに向かっているのだろう。こんなことを頭に描きながら、ここでは、アメリカの論理、日本の論理を徹底的に解明することにしよう。その中から、僕達は何を考え、どうしたらよいのか、を一緒に考えたいと思っている。
だから、この問題は必然的に日本の憲法問題、護憲や改憲への考察に突き進むことにならざるをえない。著者はこの両者に内在する疑問点をただし、それへの対案(「整憲論」第九条考え直し論)を提起しており、それがこの著書のもう一方の大きなテーマになっている。この部分は読者の皆さんに、いや中学生以上のすべての日本国民に是非読んで頂き、自分の問題として共に考えて欲しいと心より願っている。それ故、憲法問題に関心のある方は『対話二 イラク戦争と日本』の最後の部分「六、護憲か? 改憲か? それとも整憲か?」を最初に読んで頂くのも一つの方法かもしれない。
何はともあれ「この新しい世界が何を意味しているのか?」、これが、この小著に課せられた最重要課題である。
この書が時代を切り開くための判断の一助になれたら著者としてこれ以上の幸せはない。
(注) なお、この著書では、イラク戦争を中心に、三部構成になっており、書かれた時期は次の通りです。
対話一 「イラク戦争論」―アメリカとはどういう国か?― (2004年2月19日記)
対話二 「イラク戦争と日本」―日本はどうすべきか?― (2004年4月 5日記)
対話三 「イラク戦争、その後」―おわりにかえて― (2004年7月12日記)
このように、書かれた年代はどれも2004年です。その後かなりの修正を施しましたが、当時の時代感覚の鮮度を保つことに腐心しました。なお、対話二の中の「Eの『整憲論』(第九条考え直し論)」はその後何度も書き直し、今も再考中であることを付記しておきます。
(2006年5月27日)
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