イラク戦争から見た のアメリカ・ろな日本
−平和を守るための「整憲論」(第九条考え直し論)-

《読み始める前に》 
 この著は、最初から最後まで『対話』という形式で書かれています。そこで読んでいただく前に、少しだけ解説をしておきます。
 この中の登場人物、つまり対話者である
はともに著者である私、斉藤悦雄です。したがって私自身が考えたことを二人の人物に託して「自己内対話」を試みたものです。
 なお、
は地域でこぢんまりした塾を開いている現実の私であり、は仮想の私(何者でもよいのですが、とりあえず一風変わった会社員)として話を進めることにします
 対話の基本的な形式に関しては、疑問を感じて質問する立場が
であり、現在の私、つまりがその質問に答え、自分の意見を語っていると思って読んでいただくと分かりやすいと思います。
  余計な解説はこれまでにして、それでは早速、最初の「対話」を始めることにしましょう



■対話一『イラク戦争論』■ ―アメリカとはどういう国か?―




H:
やぁ、やっぱりここにいたね。今日は休日だから、もしかしたら「塾」にはいないかと思ったよ。

E:おやおや珍しいことがあったもんだ。何の連絡もなしに突然顔を見せるなんて、一体どういう風の吹きまわしだい。

H:いや、今日は何だかとてもお前と話したい気分でね。

 世の中何だか嫌なムードが漂っているだろう? 最近いろいろ考えているんだが、2001年9月11日の「同時多発テロ」以降、どうも気味悪い方向に動いているみたいじゃないか。それにしても、この間の世界情勢についていろいろな意見を耳にはするが、ほとんど決まり文句ばかりで閉口しているんだ。

 この前「イラク戦争」について調べていると言っていたよな。それならヘソ曲がりなお前の調査結果を…、というわけで、ちょっと話がしたくなったってわけだ。何といっても、世界の出来事をやぶ睨みするお前だからな。
 でも俺はお前の考えと本質的には違っていないのではないかと思っているんだ。

E:ふーん、「やぶ睨みのヘソ曲がり」か? ずいぶんな誉め言葉じゃないか? 確かに僕は君のように純粋でまっすぐなたちではないからな。そんなわけだから、もしかしたら君の意見と僕の意見の違いは大きいかもしれないよ。まぁ、ほんとうにそうなのかどうか今日は確かめてみよう。



●西欧とイスラーム



H:
ところで早速だが、先の同時多発テロはイスラーム過激派組織が起こしたものだけれど、その事の起こりは、どう考えてもアメリカや西欧に原因があるのではないのか? 
 
 
「イラク戦争(2003・3/19〜5/1)」を考えるにしても、「同時多発テロ」を抜きには考えられない。そして、その「同時多発テロ」の大本はソ連の「アフガニスタン侵攻(1979〜1989)」にあるんじゃないかと思い始めたのさ。 つまり俺は「同時多発テロ」の原因は、ずっと遡って1979年12月にソ連がアフガニスタンに軍事介入し共産主義政権を擁立したときから始まっていると思うんだ(1)

E:突然、ソ連のアフガニスタン侵攻から始まるのか? 確かに「イラク戦争」の根は深いからね。ちょっと迂回的だが、話のとば口としてソ連の「アフガニスタン侵攻」から始めるのもいいかもしれないね。

 アフガニスタン侵攻を教科書風に纏めれば、「1978年に中東の国アフガニスタンで共産主義の人民民主党が軍事クーデターを起こし政権を掌握したことから、アフガニスタン内部で権力闘争が激化した。この内乱に対してソ連は翌年(1979年)共産主義政権を支援しアフガニスタンに軍事介入し、カルマル政権(ソ連の傀儡(かいらい)政権)を擁立した。しかしその後も反政府、反ソ連の内乱は治まらなかった」というわけだ。

 ソ連はと言えば、その後1991年に崩壊し政権交代して現在のロシアになったが、当時は共産主義国を束ねる盟主だったからね、「イスラーム」の国アフガニスタンを共産主義の国にしたかった。

H:その通り。だが、当時は東西冷戦の最中で、アメリカはソ連の侵攻を黙視することができなかった。だから、アフガニスタンのタリバン(2)にまで武器や資金を提供し、さらには軍事訓練まで施してソ連に対抗したわけだ。まあ、その結果かどうかは知らないが、ともかく十年後の1989年にはソ連はアフガニスタンから撤退し、その結果アメリカを盟主とする自由主義圏の勝利ということになった。
 
 だが、アメリカは、イスラームの聖地をないがしろにし(3)、しかもイスラーム諸国で自国の利益になるように活動し、しかも駐留し、イスラーム諸国内の国民感情を損なってきた。そして今度はアメリカが狙われた・・・。

E:確かに流れはその通りだが、でももう少し微妙な気もするんだ。
 
 西欧諸国は、世界を国の集まりとして認識している。それが二大陣営(東西陣営)に分かれて反目していた、と。もちろんその考えは間違ってはいない。だがこれだけでは偏っていて錯覚だったのではなかったか?

 つまり西欧諸国の考えとは異なった原理の存在に気がつかなかったんだ。それはソ連のアフガニスタン侵攻以前から、と言うか、もっともっと以前から既にあったのだが、アフガニスタン問題以降徐々に姿を現わし、次第に明らかになってきた。

H:何だかよく分からんな、もう少しはっきり言ったらどうだい。国の集まりと違った原理とはいったいなんだ? 今だって国境によって分断されていて、国が基本単位だろう?

E:まあそうなんだが…。1989年ソ連がアフガニスタンから撤退したとき、僕達は、自由主義「国家」陣営の勝利、共産主義「国家」陣営の敗北を確信したものだ。アメリカも西欧も、更にはソ連もそう思ったに違いない。

 ところが2001年の同時多発テロ以降の流れの中でその認識が一方的だったことが明瞭になったんだ。つまり、今となって省みれば、1989年のソ連に対するアフガニスタンの勝利は、イスラームの人達から見れば、「異教徒に対するイスラームの勝利」に他ならない。すなわち、イスラームにとっては「聖戦(ジハード)」であり、「国家を超えた原理」「宗教による連帯の原理」によって動いていたんだ。このことはもっと考えるに値すると思う。

 イスラームの原理(4)は、遥か昔、七世紀にムハンマド(マホメット)が「アッラーのほかに神はなし」と啓示を受けてから連綿とアラブ人の心を支配してきた。それは幾多の侵略や戦争による危機をはね除けながら十何世紀も守り通してきた価値観なんだ。「コーランか然(しか)らずんば剣か」という格言があるように、彼らにとっては神の教えは絶対でそれを受け入れない人には死を意味することになる。
 そうそう、ついでに言えば「イスラーム」とは「神への帰依(きえ)」という意味なんだ。詳細を無視して言えば、世界に13億人いるといわれるムスリム(イスラーム信徒)全員が一つの共同体をなしていると言っても過言ではない。これは、西欧が経験した近代の「自由・平等」という価値観とは、およそ、その性質を異にしている。これからは、こうした認識上のギャップはかなり大きな問題になってくると言えるだろう。

 だから、アフガニスタンがアメリカから武器などを供与されたことは、イスラームの連中にとっては、同胞からの援助とは明らかに違うだろうね。最初は「敵の敵は味方」として歓迎していたにしても、アメリカだってやっぱりキリスト教つまり異教徒の国なんだから。

 それ故、アメリカのイスラーム国家への駐留や価値観の押し付け、それにイスラーム国家上層部のアメリカへの擦り寄りは、イスラームへの敵対であり、裏切りだ、と思うのは当然なのかもしれないね。

 そして同時多発テロ以降の、アメリカのアフガニスタン空爆(2001・10/7〜12/?)やイラク戦争(2003・3/19〜5/1)へのイスラームの思いは、僕らの抱く思いとはかなり違っているのではないかと僕は思っている。こうした動きはこれからの世界をますます不透明なものにしていくような気がするよ。二十一世紀は国家だけの原理ではつかみきれないんだ。



●イラク戦争の謎



H:
そうだな、彼らにとっては「宗教戦争」にちがいない。国を超えて応援部隊が駆けつけるくらいだからな。イスラームは長い歴史を通して培ってきた独自な文化なんだ。それに世界に13億人もいるのか? それって世界の人口の五分の一以上じゃないか? そうなると、今回のイラク戦争も少し違った見方をしなくてはならん。

 とはいえ、俺達の、というか、西欧的な考え方をもってしても今度のイラク戦争は妙に思うんだ。だって、同時多発テロはウサマ・ビンラディンのアル・カーイダ(5)中心の「犯罪」でしかないよね。だったら彼らを捕まえて犯罪者として国際法廷で裁くのが筋ってもんだろう? 彼らを匿っているらしいということでアフガニスタンを攻撃したり、イラク戦争をしたりは、やっぱり筋違いだよ。

 確かにイラク戦争は、「テロリストを匿っている」→「大量破壊兵器(WMD=生物兵器・化学兵器・核兵器など)の秘匿」→「ならず者国家イラク(サダム・フセインの圧政)を叩け」へとアメリカの大義は変わってきているが、根本はテロリストと関わっているのではないか?が事の始まりだった。 となると、やっぱり “戦争”に拡大するのは変だとしか言いようがない。

E:確かにね。最近になって「大量破壊兵器はなかった」ことがはっきりしたし、イラク戦争の前からそういう意見が米国防総省・国防情報局(DIA)から報告されていたのにイラクを攻撃したからね。  

 それに、テロ組織を匿っている、なんていうのも最初から疑わしい。だって、現実主義のフセインと理想主義のイスラーム原理主義とでは結びつきようがないだろう? 現実主義者のフセインはテロリストを見つければ恐らくアメリカとの交渉の取引材料に、つまり政治的駆け引きの材料にしたにちがいない。

 それに、何よりも、仏・ロ・独が国連決議を提唱しているのに、それを無視して米(ブッシュ大統領)・英(ブレア首相)・スペイン(アスナ―ル首相)で独断的に強行したのも、腑に落ちないよ。 どうも筋が通らない。

H:そうなんだ。2004年1月13日にアメリカで発売された『忠誠の代償』という本では、ジョージ・W・ブッシュ大統領の就任(2001・1)直後には、コンドリーザ・ライス大統領補佐官(安全保障担当)が「(次の議題は)イラクがいかに中東を不安定にしているかです」と切り出したと書いてあるらしい。もしこの文章が正しければ、ブッシュは大統領就任直後にすでにイラク攻撃を考えていたことになるだろう?

 それはともかく、今となっては誰にも分かるアメリカのバカさ加減だが、後になって戦争の大義が無いことがボロボロ出てくるなんて、あまりにも「単純で杜撰(ずさん)な戦争」だったってことだろう。

E:杜撰といえば杜撰なんだけれど…。そして君も言うように確かに、アメリカの「大義」はコロコロ変わるし、「大量破壊兵器」が見つからないとなると、「大量破壊兵器を作る能力があったからだ」などと言い出すしまつ。それなら日本の首相が危険人物だと判断されれば、日本も攻撃されることになる。

 ともかく今ではブッシュの支持率が50%に急落(2004・2)。結局、戦争の初めの頃は、「戦争の大義」はあとで証拠を見つければいい、ともかくイラクを叩こう、だったのかもしれない。でも、杜撰ではあるが、単純かどうかは即断しない方がいい。 結構複雑な事情があったと思うよ。まあ、イラク戦争の真の原因を探そうとしても複雑すぎて簡単には導き出せないだろうな。

H:でも、ともかくイラク戦争は起こったんだ。確かにすっきりとは分からないかもしれない。それでも、原因らしきものは考えられるだろう? それをお前と話し合いたいのさ。

E:ともかく、あらゆる原因らしきものを色々分析して、二人で推測するのも悪くないな。

 そこで、問題を大別してみると…、@当時のアメリカの状況、なかんずく経済状況 Aブッシュの背後にあるネオコンの問題 Bアメリカの軍需産業の問題や、Cブッシュ個人の問題、そしてこれが D石油問題と絡(から)んでくる。E石油だけでなくアメリカそのものを支配している存在、それに、Fマスコミのありようと民主主義についても考えねばならん。雑駁に言ってこんなところかな。そして当然これらはすべて次の大統領選(2004・11)に関わることだからね。

― まあ、どれだけ迫れるかは分からないが、ともかくこれを順に追っていくことにしよう。


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