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2010年7月夏韓国0001
鄭 銀淑著『マッコルリの旅』忠州スンデ通り(スンデコルモク)と
ドラマ『テロワール』清道ワイントンネル、『ファンジニ』と河回村芙蓉台、『カインとアベル』清州スアムゴル欲張りロケ地紀行1日目

2010「スアムゴル」 2010「ワイントンネル」


火曜日の夜8時40分に京都駅八条口を夜行バスは博多駅に向けて出発した。
大分ナンバーのバスで最終大分まで行くらしい。

関門大橋を渡るころに夜が明けた。

早朝7時前に博多駅筑紫口に到着。
そのまま、港へ向かう。
バスの始発は午前7時過ぎ。
これに乗車。


2010「」
福岡港国際ターミナルはきれいになっていた。

8時15分初のビートルに乗船。
運賃は往復で1万円。
ただし、平日指定便2泊3日まで。


2時間55分が予定時間だが、鯨やいるかのせいで3時間を過ぎる。

プサン銀行で中国元を3百元ウォンに換える。
台湾ドルは断られた。

キャッシングで20万ウォン(日本円で約1.5万円の請求だった。)出金した。

プサン駅まで国際フェリーターミナルからバスに乗る。
運転手は女性。
ソウル交通カードが使えた。
2010「」
プサン駅に到着。
まず、時刻表を買った。 2010「時刻表」
窓口でチョンドまでのムグンファの切符を買う。
2010「12:40」
これは少しくたびれたセマウル号。
2010「」
ムグンファ号は電気機関車が引っ張る。


2010「」


最初の目的地は、ドラマ「テロワール」のロケ地ワイントンネルだった。
2010「」 2010「」
途中から雨になる。
チョンド市外バスターミナルはすぐに見つかった。
その奥に、郡内バスの待合所。
乗るバスも7番バスとわかった。

しかし、7番バスが来たので乗ろうとしたら、運転手に拒否される。

どうも、ワイン・ギルまで直接行かないというのだ。


それで、タクシーにした。
1万2千ウォンと高かったが、雨の中正解だった。

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昨年のリベンジだ。
満足した。
ハン・ヘジンの写真の笑顔に癒される中年アジョシみなみやまだった。


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柿ワインも試飲をお代わりしていい気分。
平日だが、観光客も家族連れが多い。
ただし、郡内バスで来る人はまったくいない。
みんな自家用車だ。

2010「」 2010「」 2010「」
写真と色紙が飾ってあった。
色紙は、ハン・ヘジンの直筆サインらしい。

トンネルから外を見るとやはり雨だ。
しかし、入り口を入れて外をこう撮影すると風情があるのではないだろうか。


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雨の中を、村のだらだら坂を下りていく。
ドラマセット場の標識。



2010「」 2010「」 2010「」


2010「」 2010「」 2010「」

マッシーさんが言うように規模は小さいが、雰囲気はあるし、丁寧に保存されている。
説明板もあった。


2010「」 2010「」
坂を下りるとバスの終点があった。
乗客は村のアガシが二人とハルモニ。
片田舎でも、まだ若いアガシがいるのが韓国のいいところだ。

2010「」 2010「」

この二人のアガシが、みなみやまの相手をしてくれた。
そして、河回村で値切る方法を教えてくれた。

「アジュモニ。チョワンダ。カッカジュセヨ!」と。
少し間違っているかもしれません。

郡内バスは駅まで1000ウォン。
アガシ二人は警察署の前で降りた。
挨拶してくれた。
ハルモニは市場前で降りた。

ハルモニが、挨拶してくれたのにはびっくりした。
どぎまぎして返答ができなかったみなみやまだったが。

やはり、田舎の人情はいいものだ。
片言でも、会話ができるほうがいい。


2010「」 2010「」 2010「」

雨の中のチョンド清道駅。
15:49発。2500ウォン。
2010「」 2010「15:49」
20分ほどで東テグ駅。16:16着。
2010「」 2010「」


2010「16:40トンテグ大邱・安東」

16時16分トンテグ・東大邱駅着。
急いで、中央高速バスターミナルへ向かう。
そして、ゲットした安東行きバスチケットは、16時40分発だった。
ここで、うーんとうなった。
1時間30分で安東につかなければ、アウトだ。
時間は読めない。
とにかく、バスに乗った。おんぼろバスだったが、これでも高速優等バス。

時間が迫っている。
安東市内バスのハフェマウル行き最終が16時10分発。



2010「」 2010「」

安東まで2時間弱。
安東着は何と午後6時ちょうど。

とにかく、46番バスの乗り場を探す。
バスターミナルを出て、とおりの向こうには安東市内バスがずらっと並んでいた。
アジョシに聞く。
ハフェマウル行きはどこか?と。
親切に、バスを探してくれる。
3台目に46番バスがあった。
「ハフェマウルカヨ?」自然にこの言葉が出るようになったみなみやま。進歩したものだ。
安東市内バスはすぐに発車した。
ここでも、ソウル交通カード・T-MONEYが使えたのはラッキーだった。
2010「」
46番バス。最終バスだ。

これは翌日観光案内所でもらった安東・河回村のパンフだ。
2010「安東・河回村」 2010「安東・河回村」

民泊の紹介がある。
民泊でもらった名刺。村で迷子になったときに困ると思ってもらった。

2010「安東・河回村」


ハフェマウル着は7時前。当然、入村料は払わなかった。無料は2回目である。

バスを終点で降りる。
二回目なので、村・ハフェマウルの入り口だとすぐにわかる。

日は暮れかけている。どうするか?

バスに乗っていた伝統服のおじいさんを追いかけるみなみやま。
追いついて「オルシン!!アンニョハセヨ」と声を掛ける。
単刀直入に「ミンバクイッソヨ? 」と聞いた。
すぐに通じた。
すたこら歩く伝統服のおじいさんの後をついていく。

一軒の家へ入って行った。
ついていくみなみやま。
おじいさんが声を掛けると中から男性が出てきた。
おじいさんにはお礼を言う。

民泊の男性に「オルマエヨ?」と声を掛ける。
主人「オーマノン。」
みなみやま「オーマノン???」
みなみやま「カッカジュセヨ」

主人「アンデヨ」
みなみやま「オプソヨ!」

とくるりと背中を向けて門を出た。
そとは暗くなりつつあった。

ここは、外国。
とある片田舎の伝統村。
町へ帰るバスもない。

一巻の終わりか?
それとも、野宿か・・・・・・?


しかしあきらめないみなみやま。
ネットで調べた民泊の値段はもう少し安いところもあったはず。
そこで、運良く目に入った隣の「ミンバク」に飛び込んだ。

誰もいない。
声を掛ける。
返事がない。
また、声を掛ける。
2010「民泊」
これが、みなみやまが泊まったミンバク。
「歩き方」(旧版)に最初に名前があった。

ハルモニが出てきた。
やはり5万ウォンだという。
もう決めたいみなみやま。
後がない。
2010「」 2010「」
ハルモニに
「アジュモニ。チョワンダ。カッカジュセヨ!」と。
少し間違っているかもしれません。

協定料金で5万ウォンは高すぎると思ったみなみやまだった。
しかし、ポリシーとして韓国で5万で泊まったことがない。
2万5千がみなみやま的相場だ。
ただ、ここは折れなくては。


夕食は、別の民泊に連れて行かれた。

実はこの民泊のハルモニは日本語が堪能だ。
しかし、日本語は使わないポリシー?のみなみやま。
通じなくても、日本語は使わない。

晩御飯のことをハルモニが言っている。
食べるという。
この民泊では食事がない。

ほかで食べてくれという。
突然、若い男性がやってくる。
実はこの民泊の息子?(孫かもしれない。)だった。

村の中の迷路を連れてほかの民泊まで連れて行かれた。
それが、この「民泊・食事」のちいさな看板だ。
家は草家(チョガ)の家(チプ)だ。
2010「」 2010「」
別に若い夫婦と乳飲み子と小さな子供の4人家族が食事中。
最初はこの、民泊の家族かと思った。
このミンバクはアジョシとアジュマの二人きりで切り盛りしていた。
息子は二人いるそうだ。
二人とも、ソウルで暮らしているという。
のんびりとした時間が過ぎていく。
2010「」 2010「」
マッコリ(5千ウォン)を頼んだので、マノサムチョノンだった。
観光地価格である。
みなみやまは、珍しく我慢をした。
郷に入れば郷に従えと。


雨は、しくしく降っていた。
かさがいるほどではない。
ハフェマウルには電柱がない。
車の音がしない。
とても静かだ。
手作りドンンドンジュのおかげで、ゆっくりとした夕食時間をすごせた。
店の前を、ちらほらと他のミンバクの宿泊者が通っていく。
声を掛けたいけど、それも難しいようだった。

食事は、定食が8千ウォンだと思う。
最初に聞きたかったが、そんな雰囲気でもなかった。
ドンドンジュ(伝統酒)は5千ウォンと聞いた。

店のアジョシにご馳走様を言って、「ミンバク モルラヨ!」というと、電話をしたようだった。

まもなくして、案内してくれた男性が店まで迎えに来た。

無事、ミンバクにたどり着いたみなみやま。
ここは蚊がいる。
ハルモニから蚊取り線香をもらう。

蚊帳がつってある。
久しぶりの経験だった。


静かに眠りについたみなみやまだった。

あ!!かゆい!
蚊も多いハフェマウルだった。
蚊帳の中で眠る。

2010.8.8みなみやま記



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